近衛の実力
ラムが上空に放った矢は一瞬で見えなくなり、暫くしてから落下してくるのが目に入った。
本気のラムなら視認できる矢など放たないが、かなり力を抑える約束をしているので、こうなっている。
だが、タイナルのレベルだと視認できるかできないかギリギリの速さだ。
「あそこから矢が落ちてくるの見えるか?」
「はい、かろうじて見えています。」
だそうだ。
すると、矢は途中から無数に分散し始めた。
「え、何ですかこれ、こんな異常な?」
驚くタイナルをよそに、分散した矢はその身に炎、氷、雷、を纏い始めたのだ。
最早タイナルは何も話せなくなっている。
その代わり、オルドがラムに話している。
「おいおい、しっかり力抑えてくれたんだろうな。俺達の分、大丈夫だよな?あいつらに防御系統の付与するか?」
何を言っているんだろうかこの人は?こんなキャラだったっけ?
「大丈夫よオルド、これ以上ないくらい力抑えたから。あなたならこんな攻撃、鼻息だけで防げるでしょ?」
「う、む、それはそうだが、あいつらが心配で。」
タイナルが、何故か目を大きく見開いて痙攣している。
これ以上あいつらの会話を聞かせると、良くない、か?
と考えている内に、矢は魔獣の群れに突き刺さって行った。
ラムは見事にコントロールして、オルドが気にしていた<SS:聖級>の魔獣には矢が当たらないようにしていたのだ。但し、他の魔獣にはもれなく確実に突き刺さっている。
一部攻撃を避けようとした者もいたようだが、ラムの矢は追尾機能がついているので無意味だ。
そして迎えた阿鼻叫喚の図。
爆風、閃光、氷の炸裂で目の間に暴風が吹く有れて、タイナルはしゃがみ込んでしまった。
一応防御膜を張っているから、俺達の周りには何の影響もないのだが・・・
因みに近衛達は、何の防御もせずに素のままで平然としている。
こいつら、普段の鍛錬を一度視察する必要があるな。
やがて落ち着きを取り戻すと、<SS:聖級>以外の魔獣は跡形もなく消え去っていた。
オルドはこの攻撃を鼻息で防げるらしい。
いや、この近衛達皆同じ感じだろう。
タイナルは立ち上がることはできたが、ガクガク震えている。
モモが支えて辛うじて倒れていない状況だ。
そんな中、ラムがもう用はないという感じで、魔獣達に背を向けて俺達の方に来た。
モモがラムに向かって労いの言葉をかける。
「ラムさん、かなり力を抑えるのが上手になりましたね。それにしてもここの魔獣軍団は歯ごたえがないんですね。これでは二コラ隊長、オルド殿、ハルド殿の準備運動にもならないんじゃないでしょうか?」
「ありがとうございます。モモ様。力を抑えるのって意外と難しいんですよね。でも残したのは<SS:聖級>なので、流石に準備運動にはなってくれないと困りますね。」
タイナルは、ガクガク震えながら酸欠の魚のように口をパクパクさせている。
これ以上の刺激はまずいかな?
「お~い、二人ともその辺にしてあげて。ちょっと俺達のレベルの高さについてこられていないから。」
と、突然ウェイン、マーニカが表れた。
「ジン様、全員無事解放いたしました。先にご指示いただきました通り、<魔界森>の塔に全員<転移>済みです。」
そう、俺はウェイン達に救出者の転移先を<魔界森>の塔に指定しておいたのだ。
膨大な人数の避難民が来る事を想定して、四階層までをかなり拡張して解放している。
そこには、間者の侵入防止と、万が一の回復のために<魔眼>や<回復>系統の隊員を配置している。
更にこのままウェインとマーニカに行ってもらえば盤石だ。
「ありがとう。ウェイン、マーニカ、そのまま彼らの所に行ってくれるか?そうそう、タイナルはこの状況刺激が強すぎるので、彼女も一緒に連れて行って。」
そうして、放心状態のタイナルとウェイン、マーニカは<転移>でこの場から移動した。
ここからは、残った<SS:聖級>の魔獣10匹の討伐だ。
敵が持っているスキルによっては危険な状況になる可能性があるので、万が一の時の為にサポートする体制はとっておく。
と、俺達の若干の緊張をよそに、二コラ、オルド、ハルドが何やら言い合いをしている。
討伐対象の魔獣は、現状を受け入れられないのか呆然としている状態だ。
そして、俺達の頼りになる近衛の言い合いの内容とは・・・
「オルド、ハルド、私は一応ではあるが【近衛部隊】の隊長だ。つまりお前たちの安全を確保する義務がある。しかし、実践訓練もしてもらわなくてはいけないので、しょうがないから私が四匹受け持つ。お前たちは各三匹だ。」
「隊長、そりゃないでしょ。むしろ隊長は隊員の為に引くのが筋ってもんでしょ?俺とハルドで各五匹でも良いんですよ?」
「オルド、とてもいい事言うじゃないか。隊長、ここは大きな懐を見せるべき時だと思う。」
「そんな懐はない。」
「「え~、小さいな。」」
「小さくて結構。私が譲歩できるのはお前たちが各三匹だが、その代わりと言っては何だが、好きな魔獣を選ばせてやろう。これでどうだ?」
「どうだって言われても、納得できるわけないでしょ?」
「そうだそうだ。」
と、本当に緊張感のかけらもない子供じみた言い合いをしている。
王族の護衛についている時とは、キャラが変わりすぎていて怖い。
実戦から遠ざかっていた弊害なら、【近衛部隊】も時々実戦させないとまずいか?
「ジン様、彼ら子供ですよね?その点、私は大人の対応ができましたよね?」
いや、ラム、お前も変わらんぞ・・・とは言えずに曖昧に笑っておく。
と、ようやく<SS:聖級>の魔獣のなかでも一番力のありそうなものが動き出した。
「貴様ら、いきなり表れてこのような暴挙、許すことはできん。我らは魔神様のご指示により活動しているのだ。つまり貴様らは魔神様に敵対していることになる。このまま無事で済むと思うなよ?」
そんな忠告を聞く【近衛部隊】ではない。
「ほら、隊長!あの若干強そうなやつ隊長に譲ってあげますよ。なのでそれ以外は俺達で!」
「バカを言うな!オルド!!よく見てみろ、他のやつらと大して変わらん、目クソ鼻クソだ。」
「まあまあ、そう言わないでくださいよ。何ならもう一匹サービスしますから。」
「ハルドも訳の分からん大安売りみたいなことを言うな。っく、だがこのような無様な状況をジン様の前で続けるわけにはいかん。しょうがない。本当にしょうがないが、あの辛うじて強そうなやつとあと二匹だ。これ以上は譲歩しない。」
もうすでに無様な状態だから今更な気はするが、何とか話は纏まりそうだ。
思わぬ【近衛部隊】の人の変わりようを見せつけられてしまったので、俺も本心は動揺している。
散々煽られた魔獣は怒りから全身が震えている。
「貴様ら、良い度胸だ。冥途の土産に教えてやろう。俺達のレベルは<SS:聖級>だ。流石の俺達にはさっきの女の矢は効かなかったようだな。どうだ、今更怖気づいても手遅れだ。魔神様に逆らった罪、ここで償え!!」
「ホラ見ろ、やっぱりあいつも雑魚だ!!くっそ、これならもう一匹追加して四匹を主張し続けても良かった。」
怒る魔獣に、悔しがる二コラ隊長。全く会話がかみ合っていない。
ここを収めるのも俺の役目か?
「皆、落ち着けって、そうそう、情報を抜きたいから一匹は生け捕りね。そうすると全員三匹でちょうどいいでしょ?」
「「「ジン様、お見苦しい所をお見せしました。仰せのままに。」」」
よしよし、ようやく・・・
「俺が生け捕る「俺だ「何を!!私だ」」」
「良いから!!生け捕りは二コラ。わかった!!」
ホントにキャラ変わりすぎだろ。
「ホント隊長達って子供よね!!」
すました顔でラムが煽る。やめなさいって。
しかし、ここでようやく魔獣が攻撃を仕掛けてくれた。