私はレイラ(2)
私を抱きしめ続けて下さっていたヤリス様を始めとした王族の方々に、これ以上私の為に手を煩わせるわけにはいきません。
それに、私には伝えなければならない情報があるのです。
「皆様、私の為にありがとうございます。私は大丈夫です。幻獣部隊の皆は任務を遂行することができました。先ほどウェインより<念話>があり、皆様にお伝えすべき情報が伝えられたのでご報告致します。」
そう伝えると、ヤリス様の私を抱く力が少し強まりました。
何故かはわかりませんが、私は報告を続けなければなりません。
「その報告とは、今回襲撃をしてきた<シータ王国>の5名の召喚者の内、<反射攻撃>と<魔力強奪>については排除することに成功したとのことです。この情報を次の作戦に使って欲しいと・・そう言って彼は、彼らは散っていきました。」
何故かこれ以上話すことができません。
ダン様が、
「もういい、もういいんだレイラ。今は少し休んでくれ。おい、ラム。」
そう言って、祭りで仲良くして頂いたラム殿を呼んでくださいました。
私はラム殿に手を引かれるまま、この5階層の別の部屋に連れて行かれ、ラム殿の淹れて下さった飲み物を飲ませて頂いています。
私などが、この非常事態にこんなにゆっくりしていていいのでしょうか?
そう思っていると、
「レイラ、あなたは今ゆっくりすることが仕事なの。そして、ゆっくりして元気を取り戻したら、今度はジン様の元気を取り戻せるように一緒に頑張るのよ。そのためにはまず、あなたが元気にならいと駄目よ。」
エルフ族である美しいラム殿は、笑顔で私に話かけて下さっている。
そう、ジン様。ジン様に元気を出していただかなくては!そう思い立ち上がろうとする私を、ラム殿は上から押さえてきました。
「こ~ら、今言ったばかりでしょ。レイラ!あなたが元気にならないと、ジン様を元気にすることなんてできないわ。まずは落ち着いて、ね?お願いよ。」
ラム殿も少し目から何かが流れている。ここで無理をしてはいけない気がして、私は大人しく席に着いて飲み物を改めて飲んでみました。
改めて飲んだこの飲み物は、幻獣部隊の皆と楽しく話をしていた時に感じたように、心がポカポカしてきます。不思議な気持ちになっていると、よほど体と心が疲れてしまったのでしょうか?睡眠をとる必要はないのですが、だんだんと意識が朦朧としていき、やがて深い闇にのまれるように意識を手放しました。
「レイラ、ジン様の為に本当にありがとう。そして辛い思いをさせてごめんなさい。」
そうラム殿が言っている声が聞こえたような気がします・・・・・
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その同時刻、<神狼>の町では・・・・召喚者のリーダである北野がその場を仕切っている。
「おい、ドルロイ、いつまでそんな隅っこで小さくなってるんだ。あいつらは全員逃げたしもう攻撃は受けねーぞ。」
「うむ、わかってはいるのだがそこの獣の力に少しやられてしまってな。」
「あぁ、確かに凄まじい力だった。最後に残ったやつら、とんでもない美人三人もいたが、とてつもない力を秘めていたな。対処に少々手こずるかと思っていたら、まとめて3人も瞬殺するレベルだからな。」
そう言いながら北野はモモを見た。
モモは血の涙を流し続けている。
「ッチ。うぜぇ。」
そういって、北野はモモに蹴りを入れた。
しかし、神獣であるモモには何のダメージもなっていないが、心のダメージにはなっている。
この時点でモモを制御しているのは召喚者である佐藤が持つ<強制隷属>であり、北野は万が一にも佐藤が裏切らないように、すでに佐藤に対して<心身操作>を行っているのだ。
そんな北野はドルロイと話を続ける。
「確かにドルロイの言う通りエルフは美人だったが、そのエルフにも負けない程の美人がいたな。もう消滅しているがな・・まあいい、約束通り早くエルフを連れて来いよ。それと、これから俺達はどこで生活するんだ?あの廃墟のような俺達が召喚された町は勘弁しろよ。丁度この町は人はいないが栄えているようだから、このあたりで良い所を見つけて拠点とするか?」
「それが良いだろう。そもそもここら一帯は<シータ王国>の領地であったのだからな。で、エルフだったな。我が王都に避難してきた奴隷商によると、王都の商店地下に数人置いたままにしているそうだ。そこに行ってみるか?」
「おい、ここからまた王都まで移動するのかよ?」
今回の旧辺境東伯領を取り戻し<アルダ王国>の面々を撤退させる作戦は、召喚者2人を失ったが、明らかに<アルダ王国>の主要戦力にも多大な被害を与えており、概ね成功と言える。
そのため、北野の気分は上々で、ドルロイとも友好的になりつつある状況だ。
「ふむ、そうだな。その間にやつらがまたここを拠点とすると面倒だ。う~む、どうするか。」
「それだったらお前たちが行って連れて来いよ。」
一応ドルロイの近くには近衛として、辺境伯の子供であるアレン、ブゴウ、ショリーがいるのだが、北野を始めとした召喚者にとっては、何の障害にもならない。そのため、北野はこの3人に王都まで往復しろと言っているのだ。
3人は北野が<アルダ王国>の規格外の力を持つ者を退け、そして神狼まで制御している状況を理解しているため、断る選択肢など存在しない。
コクコクと頷くと、高いステータスに物を言わせてあっという間見えなくなってしまった。
「ドルロイ、あいつら逃げたりしないだろうな?」
「そこは大丈夫だ。既に奴隷紋を刻んでいるのでな。」
「奴隷?何か制約を与える契約があるのか?」
「ああ、その通りだ。だが、例えばそこの獣のようにあまりにも強大な力を持つ者には奴隷紋を刻むことはできんぞ。そしてこの紋章を刻ませるにはスキル<魔眼>が必要になる。いま、<魔眼>持ちは王都にもいないので、必要であれば追って考えるが・・」
「いや、少し興味があって聞いただけだ。そもそも俺は<心身操作>があるからそんな物は必要ない。」
二人の間には、召喚されて指輪を嵌めさせられた直後の蟠りのようなものはなくなっているように見える。
それ程、今回の作戦成功は両者の心を満たしたのだろう。
北野に至っては、同郷の2人を既に失っているのだが、彼にとって手駒が減ったくらいの感覚で、一切気に病んでいないのだ。
「んじゃ、これからどのあたりを拠点にするか、それと宿泊場所でも探すか。できれば風呂にでも入りたいんだがな。」
「そうだな。以前の辺境東伯領であればある程度の知識はあったのだが、全く様変わりしているから、軽く探索しながら探すのはどうだ?」
「まあ、軽く見て回りたかったからちょうどいいな。こいつに探させようとも思ったけど、今回は自分で行くか。」
北野はモモに探索をさせようと思っていたようだが、自ら探す方に方針を変更した。
そして、ドルロイと北野が話しながら散策し、その後ろを佐藤、悠里、モモがついて行く。
やがて<神狼>の地下迷宮にたどり着いた。
「ここは世界四大地下迷宮と言われる物の一つで、かなり高いステータスでないと危険な場所だ。あいつらにこの領地を奪われてからどのようになっているか全くわからなくなったが・・」
そう言って、ドルロイは一階層の入口を覗こうとしたが入ることができなかった。何やら見えない膜のような物に阻まれているのだ。
それを見た北野が、
「おい、獣!お前入ってみろ。」
モモにそう命令する。
モモはこの<神狼>の管理補助者であり、この結界も本来は意味がない。
だが、モモも同様に結界に阻まれて侵入することができなかった。
「こいつで入れないんじゃ、誰も入れないんだろう。中から何も出てくる気配もないし、そもそも何かがいる気配もないから、どうでも良いんじゃねーか?」
「うむ、何があったかはわからんが、ここは活動停止になっているようだ。」
実は、本来モモはここに入ることができるのだが、その場合ジン達が避難している<魔界森>とも再度直結させて、北野達が弱っているジンの元に追撃を加えてしまうかもしれない。
そう思った水晶さんが、ほぼ全てのリソースを使って本来は行う事のない制御をしているために、モモすら侵入することができなかったのだ。
もちろんジンが殆ど管理しないので全ての権限を持っているのだが、管理補助者を進入禁止にするなど前代未聞なのだ。
そのために、水晶さんはジンと連絡を取ることもできずに、仮にジンからの連絡があっても回答できる状態ではなくなってしまっているのだ。
こんな状況でなければ、ジンに対して有効なアドバイスをできるのだが・・・。