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006 ソトヘビノミタマ(仮)

 大通りに出たジェイコブは、右手後方に止まっていた、たぶん旧式のベンツである黒塗りの車の方に向かう。後ろについて歩くユキは、角の建物のあたりに立っていた何人かの男たちの背後からの視線が少し気になりつつも、ジェイコブに導かれながら、その頑丈そうな車に乗り込んだ。


 車が走り出し最初の赤信号に止まった時、運転している男が、ユキの方へと振り返った。

 「はじめまして。運転しながらで失礼。私は自分で運転する主義なものでね。神主の前山といいます。」

と言い、手元のクリップは挟んでいた名刺をユキに渡す。


 「ユキといいます。よろしくおねがいします。」と、ユキは慌てていい、名詞を受け取った。

 名詞には、『神主 前山稼珠央まえやまかずお』とだけ簡潔に書かれていた。


 前に向き直り、車を走らせた前山は、

 「神主といっても、正確には補佐という立場でね。双子の兄のおかげで、随分と自由にさせてもらっているのだよ。」

 と、先程のジェイコブの同じ補佐という語を口にした。

 

 ユキは職業としての神主がどんなものであるかを知らなかったが、ご神体の加護といったあたりの関係で、なかなか神社を離れられないもののなかと理解することにした。

 

 そこからは、ユキの脇に座るジェイコブが続けた。

 「前山先生には、私達のハイブリッドゲーム、八女剣やめのつるぎの監修をしてもらっています。

 ユキ君にアルバイトを長く続けてもらうためにも、ゲームの背景事情を前山先生に話していただいく予定です。」

 

 ザコキャラ確定と思われる、たかがアルバイトの高校生に監修の先生が話してくださるということに驚きながら、ユキはうなずいた。

 その後、車を走らせる前山先生の方が、

 「まもなく、神社の方では、夏越なごし大祓おおはらえというものがあってね。なかなか忙しくなるもんで、エミリちゃんの紹介という君に手伝ってもらいたいんだよ。」

 と続けたことで、なるほど、バイトの人手確保込みの話なのかと、ユキは納得した。

 

 車内では前山先生の神社と神道についての解説が始まった。

 

 そのうちに、高校生の僕がご想像の通り神社には疎いと見てとった前山先生は、黄昏たそがれのうちにひとまずはお参りをしておこうと言い出した。もりの木というのだろうか縁を感じさせる木々を前にした駐車場に車を停めた前山先生は、「お参りではこれを使うといいよ」と言い、見慣れない古びた硬貨を渡してくれた。『五円』と書かれてはいるが穴の空いていないその硬貨は、第二次世界大戦後すぐのものとのことで、げんを担ぐお参りをする際に用いるように勧めているものだということ。

 ユキはありがたがり、日本武尊ヤマトタケルノミコトを祀った村社と、脇にある小さな境内社けいだいしゃとに、ご縁が続きそうな五円玉を手にお参りをした。

 

 車に戻ってから神社の解説を再開した前山先生は、「僕のところは、境内社けいだいしゃの方の古女神ウケモチノカミの旦那の海神を祀っているんだよ。」と言った。

 新年くらいしかしないお参りをしっかりと行い澄んだ身になった気がしているユキが、なるほどといった風に頷くと、「まぁ、海神様は、ヤマトタケルの主神筋にウケモチノカミを奪われて寝取られちゃったんだけどね。そういうわけで、僕は黄昏に潜んでここを参るんだよ。」と、お参りのげんが帳消しになりそうなことを言い出す。

 

 そこからは、渋滞しながら再び新宿方面へと南下していく車内で、前山先生とジェイコブとが代わる代わるでの解説タイムを再開させた。

 ふだんは、神道系の大学で国際関係論を講義しているという前山先生の話の前半部は、神社と戦争協力と戦後憲法、及び、朝鮮半島と陸続きだった頃から続いている地霊信仰との関わりといった専門的な、まさに大学の先生のような話が続いた。ただ途中から、海神様は、今では、海を渡ってこられた女性たちに特に目をかけているといった風な、男女共同参画の時代にそぐわないような話も始まった。

 

前山先生のおやしろへと到着する頃に、最後にジェイコブが

・先生のやしろでは、先の大東亜戦争の後は万族繁栄を掲げて人々の安寧をお祈りしている。

やしろは、新宿界隈では唯一の海神であるソトヘビノミタマ(仮)を祀る。

・海神は、縄文の世の有楽町海進後にこの地に出現した大石に宿っている。

・花園界隈のお祭りでは花園神社の下で祭りを訪れた人のご案内をしている。

・NPOと共に歌舞伎町や花園の花街で働く女性たちの社会復帰の支援もしている。


といった風にまとめてくれた。


 神様の名前に「仮」なのは、地とのごえんが深すぎて、神の名を記した文書がないのからだと言う。縄文時代の神社の話などはじめて聞いたユキに、ジェイコブが

 「日本の海岸の各地に、明らかに僕のような外国人のことを指しているような鬼の伝説があるそうです。ひょっとしたら、なのですが、第二次世界大戦後に進駐軍が入った後くらいに、花街はながい闇市やみいちに鬼が出たとかいう、どさくさの中で祀り上げられた神社とかなのかもしれませんね。」

 と、前山先生の嘘か本当か分からなくなるような追い打ちをかけた解説を加えて、レクチャーは終わった。


 前山先生の車は、けっこうしっかりとした入り口を持つビルの横に周り、ビルを半地下にくぐる形のシャッター付きの車庫へと入って止まった。車外に出ると、一段高いところに社殿しゃでんがあった。

その鮮やかな朱色にありがたさを覚え見ていた僕に、後から車を降りた前山先生は、

「今日はもう夜だからいいとして、昼に来た時はお参りをしておくといいよ。八百万ヤオヨロズの神を全部入りで祀らせてもらっているから、時間がない時こそね。」

と、ご立派なおやしろをなんだかコンビニ扱いするかように言うのだっだ。


 社殿の左手側には車庫からビルの中に入る扉があった。一番うしろに続くことになったユキの視線に、とびらの脇のオープンクローゼットのようなところに、ズラリと並んだ巫女装束みこしょうぞくが入ってきた。あまりの数の多さに、その手の界隈のカフェのメイドさんの衣裳も含まれていたりしないかと、ユキは思った。ユキがそんなようなカフェに行ったのはただの一度、先々月に18歳になった日だけだったが。予備校上がりにモコミチたちに御茶ノ水駅まで連れらいかれ、誕生祝いをしようと案内された先がたまたま「巫女サンかふぇ」だったがためのれんそうである。そこには、ユキよりは少し年上であろう巫女の由貴ゆきおねえさんがいらっしゃり、小さな誕生ケーキのロウソクを二人で消すことになったのだった。横顔がわりと可愛い由貴ゆきおねえさんだったが、受験生のユキにはその後何のゆかりも生まれなかった。

  

 ☆

 

 扉を開けると木製の扉があつらえられたエレベーターがあった。上の階のほうまで直通らしいエレベーターで3人は最上階まで上がった。

 屋上に参る服に着替えてくるという前山先生は、

 「ここはお清めの場を兼ねた書庫だから。自由に見ていいよ。」

 との一言を添え、由緒ありそうな本や巻物を眺めておくようにユキに勧めた。

 

 もう十分に話したためか他宗教の神聖な場所であるためか無言のまま古書を開きだしたジェイコブにならい、僕も少し薄めの古書を開いた。達筆すぎる文字をユキは全く読めなかったが、絵の色彩が鮮やかだった。江戸とか明治のものであろうその絵の中には、白と黒の蛇らしきものもあった。

 

 その後、何冊かの古文書をパラパラとめくったが、前山先生は戻ってこなかった。空腹を感じ、時間の方が気になってみてみると午後7時半になっていた。家に帰る頃には午後10時くらいになるだろうか? 今日は予備校のあとにバイトの面接があるから遅くなるかもしれないと、母親に言っておいて正解だったとユキは思った。

 

 前山先生が再び現れた。そのお姿は、烏帽子帽えぼしぼうに家紋か何かの模様付きの白い狩衣かりぎぬ、そして、手にはしゃくを持つという、書庫になぜかあったためにユキが見ていた最近の神道入門書らしき本に描かれていた神主の姿をグレードアップしたようであった。

 前山先生は

 「ちょっとユキ君にはらいを入れてあげようと思って。最近に、お隠れになってしまった後輩の子がいたもので。」

 と、声色をどこかの武闘派の如くに変じさせた口調で何やら不穏ふおんなことをおっしゃり、ユキとジェイコブを屋上へといざなった。

 そこには、都会の明るさに薄くてらされ、白い紙垂しでが巻きつけられた頑丈そうな黒岩があった。そして、岩の下方にはうっすらとライトアップされた由緒正しそうなおやしろと大きなもりとが借景となっていた。都心とは思えない神聖さを讃えた光景に、ユキとジェイコブは目を奪われた。

 

 「ジェイコブ君も、初めてだったかね。隠してたわけではないけど、僕がソトヘビの元に来る時は本気モードだからさ。」

 けっして大きな声ではなかったが、ユキはその声にすごみを感じた。


 その後、前山先生に何かを祓っていた時間は5分ほどだったはずだが、ユキはその間のことを良く覚えていない。ただ、ゆかりあるおやしろをほんとうに空中から参ってきたかのような浮遊感が残った。

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