005 ケイママ
ソファに座るなり、ボスキャラは、
「この二人相手じゃ、あんたも疲れたんじゃないかい?」
と言い、にまっと笑う。
「私が、あんたの雇い主になる圭子だよ。前職の続きで圭ママと呼ばれているけどね。仕事の方はまぁ普通だよ。あんたの場合、ルーレット担当だっだかな?」
と、ケイママは確認するようにエミリを見る。
そして、エミリの方に笑いかけたまま、
「そうだね。若い時は、私もエミリくらいの器量だっだよ。エミリは何ていうか別だけれど、私は器量と身体一つで身を立てて、ママになったというわけ。」
器量というのを測量のことかと思いかけたユキだったが、ママになる、といったあたりで、性的なものだと思い直した。
そんなユキの方を見やったケイママは、
「ということで。だいぶ前だったら、あんたとかあんたの兄さんみたいなのの上に乗って腰を振るのが本業だったんだけどねぇ。」
と追い打ちをかけるように言う。
「まぁ、腰を痛めてるし、もうそんな年でもないから、この子を持ち上げる企みっていうのに乗ったわけ。」
何の企みを話さずに、ケイママは続ける。
「あたしみたいないい年なオバサンはね、これからの未来なんかよりも昔の方が懐かしいわけ。済州島の生まれのあたしは、新宿に来てから、毎晩腰を振って身を立ててき。いい男に出会ったわけよ。ホストやってちゃんと稼ぎもあった男のおかげで、あたしゃ、お金も残すことができて、今の今までまぁいい暮らしができるっていうわけ。男がいなくなってから、店を構えてだいぶたった後に、過去を再現できる術があるってことを、その頃のお客さんのお役人さんに聞いてね。だったら私が一番大事に思ってるモノを持ってきて皆っていったらさ、その次にはこの子を連れてきたというわけ。」
と、エミリを見やり、言う。
「エミリが連れてきた子には、毎度、この話をすることにしてるんだけどね。十年も前の歌舞伎町のことだからさ、お人形さんみたいに小さかったこの子が来たら、普通は人身売買か何かじゃないかと思うわけよ。ただ、まぁ、連れてきたのは、ヤクザもんとは思えない馴染みのお役人さんなわけだし、ひとまずは話に付き合ったわけ。で、次に包み物を抱えてニヤニヤしたお役人さんがやってきてさ。これが、ケイママの大事な一角獣ですね、というわけよ。」
ケイは話についていけていなかったが、ウリやヤクザといった聞き慣れない言葉から、普通ではない雰囲気は感じてはいた。
その時、ジェイコブがはじめて冗談めかして、
「うほっ、いい男。」
と言った。
ケイママは再びにんまりと笑うと、
「いつもの話なんだけど、そうさ。そのユニコーンは、あたしが咥えてきたものと寸分も違わずにさ。おんなじ大きさだっだわけ。あたしはあっけに取られた後と、お役人さんに、あんたのあれとはずいぶんと違うねぇ、とか悔し言葉しか出てこなかったよ。」
既に冷や汗をかいていたケイに向かって、ジェイコブが解説をはじめた。
「入り口をくぐった後に、馬の像がありましたよね。あそこにあった一物が、その時のユニコーンです。」
ジェイコブが一角獣と言ったあたりからケイママは、続け出す。
「一階のあれはね、随分たってから、今のハイブリットっていうのの仕切りをすることになってから、その時の子。このエミリさ。その子が、やってくるっていうから、お返ししといてやろうと思って、わたしの部屋につながる特別ゲートのセキュリティをアレにしてやったのさ...。まぁ、この子は、ユニコーンの原作者らしくいつも平然と握ってくれるんだけれどね。」
とにもかくにも話を聞き続け、入り口のところの馬のアレが、ケイママのいい男のものだということは理解できる国語力を発揮していたユキは、エミリの頬がほんのりと赤いことに気が付いて、ほんの少し自尊心を取り戻すことができていた。
最後にケイママは、たぶん一番大事な話をした。
「とにかくこの子は本物なんだよ。お役人が昼間に考えてる未来のこととか、年寄りのあたしたちが懐かしんでる昔のこととかお構いなしさ。この子はそんなのを引き寄せられるんだよ。このことをほんとに信じている、ということから、あたしはこの子エミリのビジネスパートナーなんだよ。」
最後に
「あんたはエミリの先輩なんだってね。ちゃんと時給は払うからさ、いいところみせてやんなよ。はい、これがあたしのお名刺。この後の手続きとかは、ジェイコブの方にね。」
とケイママはユキに笑いかけるなり、去っていった。
☆
ユキは、机に置かれた名刺を手に取って眺める。縦書きで
「株式会社ワコウ 代表取締役社長 十全圭子」と書かれている。
ジェイコブが、
「ワコウは日中韓を巻き込んだ海賊の倭寇をもじっているのだとか。韓国ご出身の圭子社長にしては刺激的な社名ですかね。」
ジェイコブの「にっちゅうかん」という発音の見事さの方に感心していたユキは、株式会社ワコウがどう刺激的かはピンとこなかったが、続く言葉には、納得感と並んで刺激感がやってきた。
「名前の縁りは、このあたりの新宿花園地区の界隈でケイママが持っていたお店『花園倭寇』、ですね。6歳だったというエミリが連れて行かれた方が表の花園、後、裏の花園なんてのもあったそうで、どちらもはじめのうちは、インターナショナルな女の子がジャパニーズ・サラリーマンに大サービスをするお店だったそうです。」
表情を崩さないジェイコブにそう言われ、横にいるエミリがその店にいるさまを思い浮かべるユキはどんな表情をしていいのか、全くわからなかった。
話がそっち方面にぶっ飛びすぎているケイママと既に話した後だったのでもはや驚くべきものではなかったが。
ただ、大サービスの方を想像することは、下半身的に危険な気がするので止めて、頭を空っぽにするよう務めた。
その後は、繁盛していたケイママがお店を閉めたのはその売上のかなりが同郷出身のトレーダーの先物取引に託され何倍もに増えた後だったこと、増えたお金で株式会社ワコウが設立され、カジノ運営で回ったお金が、ジェイコブがプロデュースするハイブリッドゲームの開発資金に回されたことを、ジェイコブは解説した。
「風が吹けば桶屋が廻るというか、花園回転おそるべし、というか、そんなストーリーで私は資金には困らずにプロデュースに専念できているわけです。」
オチをつけたらしく、ジェイコブは笑って、話を区切った。
そして、
「この後ですが、ユキ君には、その時のエミリをケイママのお店に導いたお一人、ご近所の神社の神主さんにお会いいただきます。正確には神主補佐、ですがね。」
と言って立ち上がり、ユキを促す。
部屋を出た短い廊下で、ジェイコブは、
「今日は最後まで、私がお付き合いいたします。
アルバイトが始まってからの、ユキ君の報告ラインはエミリになりますが。」
と言った。
先程のエレベーターに3人目として乗り込んだエミリが、スマフォを操作した。
エレベーターが一階に着き、扉が開く頃、伝達済のメールアドレスにエミリからの初メールが届いた。
またも例の馬頭の像が目に入るが、今回はエミリはそちらに視線を向けることはなく、すたすたと出入り口の方に向かっていく。
こうして俺は、たぶん天才にして、たぶん変人(あるいは変態)な美少女からのメールアドレスを手に入れたのだった。
そして、スマフォの操作するエミリの手をここでの出来事を反復するように思い出しながら、屋外へと出た。夕暮れが始まっていた。
☆
最後は後輩女子百点満点の笑みを浮かべ、「私は本日はここで失礼します。」と、エミリはさきほど通った花園通りの方へと去っていった。
ユキは、ジェイコブに「こちらの方へ。」と言われ、反対側の大通りの方へと導かれる。