表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/6

004 ホログラフィ

 エレベーターの中、ユキは気を落ち着けるべく、これからの展開に備えようと思いを巡らす。

 

 (カジノってのは、やっぱ、ラスベガスとかマカオとかケイマンとかで黒服の男とセクシーなオネェさんが出てくる何ていうか、結局のところヤクザな奴のことなんだよな。)

 

 (そもそも、エミリは、母親が国際的なラリーレーサーって血筋なわけだし、ひとたび日本を離れたらいろいろとすごい場に立ったりするんだろうな。

そんなエミリが大人アダルトなパートナーやらとカジノを経営するなんてのもに関わりを持つだって、もはや今の時代、ありといえばありなのかもしれないな。)

 

 明らかに見当違いな方向に思いを巡らせ始めているユキの頭の中では、エミリは、バニーちゃん改め水着ハイレグ姿のレースクイーンになってしまい、そんなクイーンにマティアの若頭あたりが目をつけても仕方がないなと、得心してしまっていた。

 

 気がつくと既にエレベーターは目的箇所さいじょうかいに着いていた。

 

 得心を得て呆けつつエレベーターを降りたユキのすぐ眼前に、いつの間にか、無言のまま、エミリが立っている。

 そして、エミリの両手は彼の手を包み込む。少し前にプラチナ色のウマのアレな剛体オブジェを握っていたこともあるエミリの手は柔らくあたたかだった。エレベーターの中で動揺を鎮めたはずのユキの心拍数は、一気に本日の最高スピードを記録し始める。

 

 固まったままのユキに向かい、エミリは、言う。

 

 「ユキ先輩。あの、私はケイママから、賭け事にインスピレーションありそうな人を見つけて欲しいって頼まれているの。トランプも想定のひとつだったから...」

 

 エミリはユキを見つめる。正統派お嬢様の制服姿で馬獣けもののアレを握ってくれた彼女に、急に中学の関係からの先輩と言われ、ユキは言葉につまりつつ、返す。

 

 「ということは、バイトで、ポーカーか、ぁ、ブラックジャックか、何かをすることが期待され、ているってわけだ?」

 

 そう言い終えたことで、ユキは辛うじて先輩の挟持を保った気になる。

 

 「そう、です。詳しいことは、これからケイママから話があるわ。」

 ユキの詰まり加減が若干伝染り気味のエミリだったが、語尾は、優等生らしい表情と言葉遣いでまとめてきた。ユキの手を包みこんでいたエミリの両手も、ふわっと離れていった。

 突然のことにまさしく目のやりてに困り、強いて言えば制服の胸元のリボンに向かっていたユキの視線のハズレの方で、エミリのスラリと伸びた指が開いた。その動きは美しかった。

 (もしかして、芸術的アートって奴か。)

 

 謎オブジェの馬頭胸男ウマナミアジンのアレに触れたのがエミリの手と指だったからこそ、衝撃シゲキを受けたということなんだな、と、頭真っ白状態から脱したユキは頭の中に落とし所を見つけていた。

 

 ともあれ、どうやらケイママとやらは、この先にいるらしい。

 廊下の奥の扉をユキは見つめる。

 どこぞの大木から作られたのではないかという立派な木製の扉だ。

 この先はおそらくはボスの間だ、そんな感じがする。

 

 その扉が開いた。

 現れたのは、入り口でホログラフィとして現れた帽子姿の男。

 

 「ユキ君、改めてはじめまして。ジェイコブです。

 今回の話、いろいろと聞いていますかね?」

 「よ、よろしくお願いします。」

 

 自動翻訳機トランスレータなど使っていないであろう、流暢な日本語を碧眼のジェイコブが話したことで、ユキは、(この男、ただものではない)と思えていた。

 

 部屋に通されたユキとエミリは、ソファに案内される。ジェイコブはユキの前に座る。

 

 「少し待ってね。」

 ジェイコブがユキに微笑みかけ、かぶっていた帽子を取る。

 

 そう大きくはない部屋は、ユキの予想に反し、質素だった。部屋を照らすシャンデリアはいかにも高そうだったが、トラの置物とか日本刀とかその類の非社会的勢力ヤバそうなひとたちを連想させるようなものはない。

 

 右手は小さなディスプレイが5✕5で盤面のように並んでいる。左手には大きなディスプレイが一つ。ユキは順番に視線を走らせた。

 

 ジェイコブが、

 「やっぱり、気になるね。」

 と、リモコンらしきタブレットを手にして言う。

 「はい。」

 と答えたユキはそのタブレットに視線が写った。

 

 「少し写しておこうかな。」

 とジェイコブはエミリの方を見て言うと、タブレットで5✕5の盤面の方のディスプレイのスイッチを入れた。

 

 そこには、今のユキが最も気になっているもの、すなわち、エミリの手が浮かび上がっていた。その指にはきらめくダイヤモンドがはめられている。

 

 「ダイヤモンドの方はかなりいいお値段の売り物だよ。」

 息を飲むユキにジェイコブはそう解説した。

 

 「手の方のモデルはエミリだね。」

 

 ジェイコブがそう答え合わせをした時に、少しはにかんでいくエミリの横顔をユキは捉えていた。


指輪リングを従えた、エミリの手。  

 その手は、指輪リングを備えるのが本来であるかのように、指輪リングと共に自然ナチュラルに回転していた。

 

 「良く似合ってるよね。」

 

 ジェイコブは、立体造形ホログラフィから視線を動かすことを忘れているユキに向かって微笑む。

 次いで、ジェイコブは、エミリに向かって確認を入れた。

 「たしか、2年ほど前から、ジュエリーのモデルをしてくれているんだね。」

 「うん、2年半、30ヶ月というところね。」

 エミリはより正確に言い換えた。

 

 エミリにジュエリー・モデルの仕事を紹介したのは、亡くなったエミリの母ミケーラと同郷であるハンナであった。ミケーラは、最後の半年間を、自らにとって思い出深い地である中近東の地で過ごした。ミケーラは、自身亡き後のエミリを、ハンナに託した。研究者肌で頼りにならない夫のトモナガに加えて、あるいは、その代わりに。

ハンナがお近づきへの一助になれば、と、エミリをジュエリーのモデルへと誘った。

ハンナは、著名な宝石商だった。母とハンナがいる前で、エミリのためにあてがわれた初めての指輪サファイアを着けた日をエミリは忘れることはない。 

 

 「そうだったね。」

 もうそんなに経ったんだねという表情でそう返したジェイコブは、ハンナの息子である。彼らはロシア系のユダヤ人。エミリにもその遺伝子は半分受け継がれている。ロシア系のユダヤ人といっても混血が進んでいるので、各々の遺伝的な近縁性はどこまでかは定かではないが。

 

 「ユキ君、モデルの像が形として完璧パーフェクトだとしてもね。指輪うりものの輝きなどの特性との関係で、いろいろなバリエーションを試す必要が出てくる。例えば、陰影かげのつけかた、色温度といったあたりで。最後は、実際の宝石売り場の光量などの特性も加味して、どのバリエーションが望ましいかを決めているんだよ。」

 宝石商の息子として育ち、留学先の筑波でもイスラエルの縁ある宝石商と交流があり、売り場でのホログラフィのプロデュースにも少し絡んでいるジェイコブだったが、ここで語りたいことは宝石の輝きのことではない。ホログラフィの各映像にバリエーションがあることを説明することで、ユキにそれぞれのバリエーションを確認するように促したのだった。

 

 言われる通り、確かに、5✕5、都合25種類のホログラフィの、明るさと色合いはそれぞれが別物だった。それら全ての形状は、エミリの視線に焼き付いてたエミリの手と同じ完全体パーフェクトなのだが、印象は異なる。

 

 視線を走らせるユキの様子に、ジェイコブは満足げに頷いた。

 

 「エミリの手がお名残惜なごりおしいところだろうけれども、ケイママが来る前に、僕の担当である、ホログラフィ・グラフィックの方の説明を進めておこうかな。」

 ジェイコブは、流暢な日本語を操りそう言って。立体映像ホログラフィを切り替えにかかる。ロシア生まれのジェイコブだったが、小学生の時を含め、これが三度目の来日である。映像ホログラフィの方に気を取られているユキは、そのことをほとんど気にかけていなかったが。

 

 少しの間を置いて、全ての映像ホログラフィは、回転する直剣へと切り替わった。相変わらず、5✕5のホログラフィはそれぞれに陰影や色合いなどが異なっている。

 「さて、質問だ。ユキ君、君が一番にお気に入りの、いや馴染なじむ感じがするつるぎはどれかな?」

 

 問われたユキは、しばらく考えてから答えた。

 「真ん中、ですかね。」

 「なるほど。じゃあ、こちらはどうかな。」

 と言ったジェイコブの操作により、次は、なめらかな反りを持つかたな映像ホログラフィへと切り替わった。

 はじめ、それぞれのかたなはほぼ静止していた。ユキがそれぞれの映像ホログラフィを見比べはじめたところで、かたなは斜めに切り落とされた。

 

 「今の動きで、どれかしっくりきたのはあったかな?」

 「...一番右上の右手の方、でした。」

 

 「オーケー。」

 と言い、ジェイコブは映像を消し去った。

 

 「真剣に見てくれてありがとう。これは視力検査とか面接試験とかいうわけではなくてね。今日、エミリにつれてこられた件の前半分、対戦ゲームの方の紹介の一貫いっかんというわけでね。」

 

 そこから先の数分間は、ジェイコブの説明をユキが聞く形となった。

 

 だいぶ前から日本への導入が試みられてきた大型のカジノは、あまりうまく行っていない(ユキには、その理由が複雑な税制の政治家のスキャンダルといったところにあるという教科書的な知識はあった。)。

 

 その後、既得権益きとくけんえきなどのしがらみの中にありつつも政策目標を達成しようという規制緩和を経て、近年は、「ハイブリッド」と呼ばれるミニテーマパーク的なカジノが主流となっていた。

 今回のカジノバイトも、そんな「ハイブリッド」型の一つ。カジノ会場では、眼前で行われる、対戦格闘ゲームの勝者への投票を行うことができた。要するに競馬の馬に賭ける代わりに、プレイヤーに賭けるというもの。正確には、競輪や競艇など、自転車やジェットボードなど、機器を用いる公益ギャンブルを掌握しょうあくしてきた経済産業省が旗振り役とのことだそうだが。

 対戦格闘の様子は、カジノバーの各所に据え付けられた平面やホログラフィ・スクリーンに映し出される。多くの場合、カジノで提供されるゲームの多くには関係業界からのスポンサーがつけられている。この種のハイブリッド・カジノの収益性は、ゲーム業界とのタイアップの良し悪しで決まるのだという。

 

 話の半分はついて行っているふうとユキを見て取ったジェイコブは

 「僕は、そうしたカジノでゲームをプロデュースする側でしてね。」

 と、自身の立ち位置を話し始めた。

 

 「いまプロデュースしているのは、グローバルでは『Missing Nijja Sord』、元々の開発国の台湾では八女之剣やめのつるぎとして提供されている対戦剣戟ゲームだよ。グローバルの方では、ええと、『失われたニンジャの剣』とか言う名前なのは、様々なパラメーターを持っているつるぎの中で、より良いのを求めた冒険などの、サイドゲームがあるからだね。残念ながら、カジノで提供しているゲームは、直接のスマートフォン版を出せない決まりがあるから、18歳になったばかりのユキ君はプレイしたことがないだろうね。」

 「先輩に紹介しておいて、なんなのですが、17歳の私はカジノには入場できないです。」

 入室してからほとんど喋ることがなかったエミリが口を開いた。確かにカジノが18禁であることは知ってはいた。アルバイトの方は年齢制限がないのかもと思っていたが、どうやらそういうものではないらしい。

 では、なぜに? といったことをユキが質問する前に、ジェイコブが再び話しだした。

 

 「ハイブリッド・カジノで提供されているバージョンの『Missing Nijja Sord』には、さきほど見せた映像ホログラフィタイプのものがあってね。その表示周りのカスタマイズをエミリに頼んでいるんだよ。」

 高校生のエミリに頼んでいる、ということで、ゲームのテストプレイのようなものをユキは想像したが、話は違っていた。

 

 「元々は、ホログラムの物理モデルを研究していたのは、僕だったんだけれどね。僕の方は、メディア表現論研究の一環で社会実装の方に興味が移ってきて、ホログラフィを使ったゲームのプロデューサー側に回ったことで、物理モデルのチューニングの方は、エミリに引き継がせてもらったというわけ。」

 

 話についていけなくなったユキは、

 「それは、エミリが天才プログラマーであるとかそういう話、でしょうか?」

 と聞いた。

 「プログラミングも一部入るのだけれども。ただ、目的としては映像表現としてのホログラフィに正確なリアリティを持たせることです。今回の場合は、プレイヤーの皆さんに適切な情報量を保証する、ということになります。」

 口調は中学時代の後輩のもののままだったが、難易度が高めの言葉タームたちをしれっと言い切るエミリに、ユキは愕然とした。

 

 「僕が少し補うと、やっていることはポテンシャル最小という目的を愚直ストレートに目指して、技術テクニックを駆使する、ということだね。」

 と、ジェイコブが、ユキには全く助けにならない補充を入れた。

 

 その後もジェイコブの説明が続いたあとで、ユキは

 「ひとつだけ、質問、いいですか?」

 と言うなり、なぜ自分がここに連れてこられたのかを聞いた。

 その質問には、エミリの方が、

 「直接の理由は、先程言いましたように、私はまだカジノに入れないので、その、年の近い人に中を見てほしいな、というのでして。」

 と、答える。

 

 ユキは、

 (俺が連れてこられた理由って、ただ18歳になっているってことだけ...)

 と、俺のザコキャラ確定、といった風に受け止めた。後輩の秀才女子から声がけされたユキは、何か自分に特別なところがあるのではと思っていたのだった。ここに来て分かったことはただ、後輩が秀才でなくて天才らしいということだけだ。

 ユキが、直接以外の間接の理由はあるのか、とかいう問いを思いつく前に、扉が開き、貫禄十分ベテランの女性が現れた。

 ボスキャラ登場、とザコキャラ気分のユキは思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ