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『拗らせ恋愛白書 #1』  作者: 氷原桜
1/1

完璧を望む貴方へ。

恋愛なんて、しないほうがいいものである。そもそも、恋なんて故意に落ちるものでもなんでもない。したくなくても勝手にしているもので、それが本当にくだらない事である。


(まーじで本当に、勘弁して欲しいんだけど)


理論的でもない。理由もない。ただ脳味噌が全て埋め尽くされるような、気持ち悪い感覚。吐き気すら催す。


(恋なんて、するつもりなかったのに)


する前に、戻させてほしい。



「はぁ……それにしてもいつみてもいつやっても藤野沙織、どこからみても完璧すぎて最高だよなぁ……こんなに可愛い女の子がどうして画面の中にしかいないんだろうなぁ……」


このくそオタク特有の嘆き悲しんでいる様子は私の幼馴染の二階堂とか言うやつ。二階堂は自分のことは棚に上げて理想はとにかく高いやつだ。自分の好みの女の子は昔からずっと画面の中にいる、と主張を続ける。藤野沙織がいたら確実に付き合ってるし結婚してるし子どもは三人欲しい〜とかほざいている。そんなこと言えるたまか、こいつ。しかも己の名前もクロード・アストレアとか言うわけわかんない名前で呼ばせてるし。お前は二階堂翼だろ。こう言うかっこいい名前に憧れるんだよ……とふぁさと髪をたなびかせようとしたが猫っ毛の癖の強いその髪はたなびかせられるほど長くもない。


「と言うかお前なんでまた俺の家来てんの? 暇なの?」


と、この通り私の気持ちなんかどこいく風で。何も気にしてないと言うか、気にならないんだろうな、と言うかわかってないんだろうな、と思う。仮に暇だとしても幼馴染だとしても男の部屋に転がり込む理由なんか好きじゃないとあると思うなよ。万が一があっても覚悟の上で来てんだぞこちとら。知らないだろうけど新品のパンツなんか履いてるぞ。


「別に。まーた気持ち悪いオタクムーブ決め込んでんな、と思って見てるだけだけど?」

「うるせー。お前と違って藤野沙織ちゃんは可愛いの! 腐ってもないし、キラキラ輝いてて純情だし」

「別にどうでもいいでしょ、私が腐ってようとなかろうと。なんだお前、犯すぞ。脳内で受けキャラとして犯してやろうかああ?」

「お前が言うとシャレにならん。やめてくれ」

「やめてくださいませ、秋桜様、でしょ?」

「やめてくださいませ、秋桜様。俺の貞操をお守りくださいませ」

「よろしい」


本当に好きなの? と聞かれかねない。私の趣味を理解してくれていたり、なんだかんだ言って相手してくれたりする、この幼馴染のことが好きだと自覚したのはつい最近のことである。死ぬほどベタな話になるけれど。少しだけ、脳内でトリップしようかな。



『うわあ、雨じゃん勘弁してくりー』


私は傘を持たない。正確にいうと雨が降ってないと持っていかない。たとえ降水確率が百%になろうと。基本的に覚えていない。降水確率というもの。かつ、持ってきてもどこかに傘を置いていきがちなのである。そうなると、もはや傘なんていらねえ! と開き直っていくことがいいんじゃないかと判断した。が、外からはそんな私をあざ笑うかのように土砂降り。いつまでたっても状況は変わらない。学校からお家まで、果たして何分かかることだろうか。ため息混じりにカバンを頭の上に乗せて、走り出そうとした時だった。


『何やってんの、秋桜』

『二階堂じゃん。戦場へ駆け出そうとしているところだけど』

『コミケ行く前のお前みたいなこと言ってる……。何、傘ないわけ?』

『傘なんて惰弱が使うもの。偉い人にはそれがわからんのですよ』

『偉い人は傘なんて使わずにタクシーで帰りそうだけど。……これ使えば?』

『へ? いいの? ありがと』

『藤野沙織で覚えたからな。こういうことすると好感度上がって周りの女の子からも評判が上がるわけだよ!』


こいつの脳内は恋愛ゲームに犯されてんのか。んじゃ、帰るわ、と土砂降りの中、私より明らかに遠い道を走り出す。その背中をどうしようもなく追いかけたくなった衝動に駆られたのは、雨のせいだったのか。なんだったのだろうか。


『……別に幼馴染なんだし、一緒に入ればいいのに』


恋愛ゲームの選択肢に一緒に入るというルートはなかったのだろうか? 世界一ベタなのに。それとも、私とは絶対に嫌だったのだろうか。考えれば考えるほど、二階堂の行動がよくわからなくなる。大したことじゃない一瞬の行動すら、気になっていく。



「おーい。大丈夫か、秋桜」

「はえ!?」

「飲み物。お菓子。一応客人だしな。勝手に押しかけられてるようなもんだけど」

「あ、ありが、と。ココアじゃん、やったぁ。しかもこれ牛乳で作ってくれたやつ!? めっちゃ嬉しいわこれ」

「……本当に甘いもん好きだよな」


そろそろ季節は夏を終えて、秋が深まっていく。そんな時に飲むあったかいココアは心も体も温まる。気持ちが落ち着いていく。ふう、と軽く息を吐いてじっと目の前にいるけど背を向ける彼を見る。顔を見ると、ドキドキしてうまく話せなくなるから、正直彼の背中を見ているのが一番好きかもしれない。後ろからぎゅっと抱きつける距離。それができたらどれだけ幸福だろうか。


「ああ、藤野沙織ちゃん本当に可愛い……。可愛すぎてもう何も見えないわ」


これどっちかっていうと私を騙させるためのものなだけ? 私を迎えているというよりはそっちの世界に集中したいから、にしか見えなくなってきた。ちくしょう、こっち向け。いいや、やっぱり向かないで。お前を好きになってからお前めっちゃくちゃかっこよく見えてしまって困ってんだよ、こちとら。本当に無理だからそう言うの。でもそれ以上に、私以外を向いてずっとそっちしか見ないお前を見るのもムカつくんだよなぁ、二階堂。


「目潰ししてやろうか?」

「なんで? もてなしてるじゃん、お菓子好きでしょ。チョコレートにチョコレートにチョコレートに」

「甘いもんばっかじゃねえか!」

「だってチョコレート信者でしょ秋桜は」

「そりゃそうだけど。チョコレートオンリーは流石にあれだわ。ポテチとか食べたい」

「文句言うなよ」

「うるさいな!」


期待なんかしない。チョコレートが好きすぎて毎日1キロ食べたいくらいの願望を何故知っているのかとかわざわざ聞いたりしない。ただ、なんとなく知ってるだけなのだから。そう、自覚してからこんなことがよくあった。


『この薄い本のこのプレイ好きそうだよね』

『カレーは甘い方が好きなんでしょ』

『このキャラ好きそう』


なぜか私のことをよく知っている。びっくりするくらい。二階堂が興味あるのってゲームの中の愛しのマイハニー、藤野沙織のことだけだと思っていた。藤野沙織のプロフィールを見ると『容姿端麗、清廉潔白、文武両道のしっかり者で料理も得意で欠点が何1つない完璧美少女』と書いてあった。こんなの太刀打ちできる気が1ミリもしない。どうしろと言うのだ。実際藤野沙織のどこが好きなの? と軽いノリで聞いて見たところこの選択肢を選ぶことこのエピソードがあって、などと事細かに解説混じりに語られてしまった。それも、三時間も。


(なんで、好きになっちゃったのかなぁ本当に)


画面の中の美少女に勝てる要素が何1つないわけだ。残念ながら。あと、仮に努力を続けたところで私は到底そこにはたどり着けない。とある芸人に似ているとよく言われがちな黒縁メガネをかけてるし、髪だって癖っ毛気味でサラサラなストレートにならないし、目も昔から細くて威嚇している、と誤解されがちだ。理想の相手にかすりもしない。


「秋桜、どうかしたわけ?」

「別に。なんでもないよ」


そんなの好きになった時から知ってる。昔のゲームを飽きもせず何周もしていて、その度にまた恋をできるんだぜ、と嬉しそうに語る彼の様子は嫌いじゃないし、その時の彼の瞳はキラキラ輝いていたから、悪くない気持ちだった。けど、それと同じくらいこっちを見て欲しい、と思うようになったのはもしかしたらもっと昔からだったのかもしれない。


(恋愛は惚れたもん負けなんて、よく言ったもので)


戦う前から、こんなに負けてると思い知らされるなんて思わなかった。



「はぁ……ねえお願いだからさぁ米沢……さっさと二階堂掘ってきてくんない? 女の子大好き大好きってなってるくそオタクにアナルの快感でメス堕ちさせたら気持ちが落ち着くし、女に取られるなら男に掘られて快楽落ちエンドの方が諦めがつくんだよ腐女子としては」

「お前は何を言っているんだ」

「米沢、お前が最後の希望だ! 我々腐女子界隈はお前のような典型的な攻めキャラを愛しているんだよ」

「何言ってるかわかんないけど二階堂とは別にただの友達、だしなぁ……」


二階堂と米沢は同じクラスだ。私は別のクラス。みんな学年は一緒。こうして米沢は私の話し相手となり、いろんなことを愚痴るのを許してくれる。なぜ仲良くなったのかといえば、そう。


「二階堂は確かに受けキャラとして完璧に完成されて熟成されてると思う。細いし、メガネかけてるし、黒髪だし、しっかりしてると本人思いながら時々抜けてるし。今日も弁当箱開けたらご飯とご飯だけだったよ。間違えておかずの方持ってこなかったって言ってた。可愛いから卵焼きあげたら嬉しそうに食べてた」


二階堂受け同盟のメンバー入りである。もはや主力だ。スタメンだ。有能である。しかし、今のところ私と彼しかいない。もっと増やせべきである、二階堂受けは。……何を言っているのかそろそろわからないがメガネが受けであると言うのは古事記から書いている。なぜかってぶっかけられるからである。何をぶっかけるかはあえてここでは説明しない。


「二階堂いちいち萌えるよなぁ〜。腹立つ。長年受けだと思って観察はしてたけどまさかこんな気持ちになるとはね思わなかったよね。自覚したら二階堂のちょっと照れたように笑う細い目すごい好きだよ本当にしんどい、しんどすぎて振動が気になって震度で初期微動継続時間」

「帰っていい?」

「待って待って! 帰らないで、嘘、嘘だから!」


放課後の教室の限界オタクみたいな会話も許される。そう、米沢とならね! と叫びたいレベルである。というよりそろそろ帰らなくてはいけない。そして米沢は私の気持ちも理解している上で聞いてくれるから安心する。


「デートとか誘えば、いいんじゃねえの」

「誘えない〜! 誘えたら苦労しないよ、だって断られたら泣いちゃうしそして死ぬし」

「死ぬのはえーよ。いつまでもこうしてグダグダすんのらしくないって言わなかったっけ?」

「それはそうなんだけどさぁ……」


机に突っ伏す。そういうアドバイスをもらうたびに私はいつもこうして逃げる。逃げてる場合じゃないということくらい、理解はしているのだけど。机に突っ伏しながら窓を見てみるとザーザーぶりに変わっていくことに気がついた。えっ傘持ってないんだけど。というより雨多くない、最近。秋だから? そんな疑問を口にしたのかしてないのかも定かではないが、そろそろ帰るか、と米沢が言い出す。


「……デートって何がいいのかな、米沢二階堂が何を好きか知ってるか?」

「藤野沙織」

「そ、れ、い、が、い!」

「俺よりずっと幼馴染のお前の方が詳しいんじゃないの?」

「男同士にしかできない会話ってあるだろ? オナホール何使ってるの、とか、おちんこの大きさ比べとか、AV女優の好みとか、エロゲーのおすすめとかさ」

「というかそれを知ったところでどこにデート行くつもりだお前は!?」

「……レンタルハウスとか……?」

「安く手っ取り早く済ませようとすんじゃねえよ!! おめー処女だろうが!」

「心が手に入らないならせめて体だけでも、一回だけでいいから……」

「受けが泣きながら謝りながら攻めに対して目でもつぶって好きな女の子とでも考えていてっていって騎乗位するネタやめろ!」

「的確に伝わってて草」


そんなことを言いながら帰ろうとしたら傘が無いことを米沢は驚く。お前降水確率100%なのに傘ないの? とどん引いてすらいる。ちくしょう、雨のやろう。いつもお前はそうだ。私を困らせる。


「あっ一緒に入れてくんない? 風邪引きたくないし」

「あー、はいはい。わかってるわかってる」


こんな風に、二階堂と、一緒に濡れないように近寄りながら歩けたらいいのに、なんて。そんなことをぼんやりと考えた。すぎた願い事だってことくらい、知っているけど。



「二階堂、あのさ」

「ん? 何」


翌日。またいつものように二階堂の家に上がりこむ。しかし、いつもより何処と無く不機嫌そうに見える。どうしたというのだろうか。


「……怒ってる?」

「藤野沙織のグッズが何年待っても出てこないことにめっちゃ怒ってるけどそれ以外は別に怒ってないよ。どうかした?」

「あっ、だったらさぁ明日おやすみじゃん? 一緒にどこか出かけない?」


諦めたい、それと同じくらいまだ諦めるには早すぎる。私は二階堂のこと、対して何も知らないから。だからお願いだから二階堂、こっちを向いて。藤野沙織ばかり見ないでさ。私が知っている二階堂は、背中ばかりだ。昔はあんなに近くにいたはずなのに。どこへ行くと言うの。どんどんと近づけば近づくほど遠ざかるような気分だ。


「どこかって、どこに」

「……ゲームセンターでもいく? 遊ぶもの色々あるし」

「……それ、俺じゃないとダメなの?」

「へ?」


何か、やっぱりいつもと様子がおかしい。何があったのだろうか。二階堂の考えてることは何もわからない。表情があまり変わらないし、あまり怒ることもしないから、余計に。


「なんでもない。けど、出かけるのはいいや。藤野沙織と一緒にいるつもりなんだよ、あした一日中ずっと。だからごめんね」


ああ、そう。わかっていたよ。好きになった時点で。叶う要素なんかひとつもないと。画面の中の女の子に、私では絶対にたどり着けないその女の子に。


「……そ、か」


この恋心は、どこにいけばいいのだろう。じゃ私、帰るね、と言い出す私に二階堂は少し驚いた顔を見せる。お前、そんなこと言ったくせにまだ私のこと心配するのかよ。中途半端なんだよ、行動が色々と。突き放したいなら突きはなせ。優しくしたいなら優しくしてくれ。


「大丈夫、用事は済んだからさ」


追いかけてきて欲しいなんて、願わないから。望まないから。期待なんて、最初からしてなかったろ。帰るときに、台所を見たら前よりチョコレートが増えていて、なおかつポテチが置いてあるところなんて、どうでもいい。きっとあれは二階堂が食べる分だろうから。……お菓子食べてる二階堂、見たことないけどさ。



走り出して、息が苦しくなって、気持ち悪さに襲われ、その場にあったベンチで座り込む。泣かないで頑張ったから、それで全て良しとさせてくれ。まさかね、昔はもっと2人で出かけてたりもしてたのに、そんな風に断られると思わなかったよね。女だと思われてないことも、そもそも興味すら持たれてないことも知ってる。


「昔の二階堂は、もっと、こう、さ」


可愛かった。もっと私に甘えてきていて、もっと私に構ってきていて、とても嬉しかった。だんだんと背を向けるようになって、だんだんと遠ざかる。近寄れば近寄るほど、あなたは遠ざかる。意地悪なことしか言わなくなる。私ももっと昔は純粋で決して二階堂をそう言う目で見てなかったしパンツを食べたいなども言い出さなかったこともあるけど。


「……戻りたいなぁ、あのときに。戻れないのくらい、知ってるけど」


せめて戻れないのなら。神様、お願い。もしも今、願いが叶えられるなら。1つだけでいい。こんな二階堂に愛されない自分は、いらないんだ。


「二階堂が愛する女の子に生まれ変わりたいよ……」


そう。あの子になりたい。あの子がいい。こんな自分は必要とされてない。二階堂の、愛するあの子に。どうか、どうか。


(本当に、いいんだね?)


「え……?」


誰の声かわからない声がして、私の体は真っ白な光に包まれてそして、意識を失った。



願うなら、どうか優しい夢を。眠るなら、永遠に目覚めぬ夢を。叶わないなら、その夢が終わらないことを。



「……えっ、なに、こ、れ?」


起きると、じぶんの体に違和感を覚える。おっぱいが……大きい! 普段はまな板とからかわれることもあるこの私が、こんなバインバインに……!? と思って手鏡を取り出すと、そこには、自分の理想が広がっていた。


「藤野、沙織……?」



夢だけは、君を裏切らない。




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