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「やあ、いらっしゃいませ。煙草屋の泉岳でございます。さあさあ雨宿りがてらにご一服いかがかでしょうか」
雨を避けて駆け込んできた男はその売り文句に答えることなく決まり悪そうに問いかけた。
「あの、いまの見ていましたか?」
「まあ自然に目には入ってきましたがね。なあ?」
煙草屋の男、泉岳が隣の少女に目を向けると、少女はなにやら顔を赤らめてもじもじしている。
泉岳は客を改めて見てははんと思った。歳の頃は20代の半ばほど、すらりとした長身、サングラス越しにも分かるとんでもない美形だ。そしてよくよく見れば見覚えがある。
「お客さん、あんた市村光彦だな。役者の」
「えーっ!」
出し抜けに少女が悲鳴を上げた。その声に、青年は初めて少女に気がついたのか、ぎょっとしたように彼女を見ると、なぜか慌てて顔を逸らした。
「こら、お嬢。いや、すみませんね。この年頃の女子ときたら顔のいい男に目が無いようでして」
「いえ、それはべつに構いませんが……」
そう言って青年、市村光彦はサングラスを取った。青みがかった瞳の涼し気な目元が明らかになり、泉岳は改めて唸った。少女はたじたじになって泉岳のコートの裾に手を伸ばしている。
「よくサングラス越しに僕だと分かりましたね。髪型も普段と変えてるし、これを掛けてるとあんまりバレることは無いんですけど」
「いえね、たまたまこちらをじっくりと読んでいたところでして」
泉岳は右手に持っていたスポーツ紙を掲げてみせた。一面にでかでかと書かれているのは『人気俳優市村光彦 熱愛!?』の文字。ご丁寧にスクープ記事には、目の前そのままの髪型とサングラスを掛けた写真載っている。
それを見て、市村は得心がいったのか苦笑いを浮かべた。
「となれば、先程の女性が噂のお方で?」
市村は隠す気も失せたのか、若干肩を落として言った。
「はい、恋人の世良響です」
その名も当然紙面にあった。市内の有力グループ企業本社役員のご令嬢で、この頃話題の女優だ。
「なにやらただならない雰囲気でしたが」
市村は黙り込んだ。その反応は納得出来る。誰が好き好んで恋人との複雑なアレコレをこんな胡散臭い2人組に話したがるだろう。それが芸能人ならなおさらだ。
泉岳は気を悪くした様子も見せず、目の前に置かれた商品ではなく、ポケットから先程とは別のソフトボックスを取り出すと、縁を叩いて1本浮かせ、市村に差し出した。
「ほら、たしか吸うんでしょう」
礼を言って1本取った市村に、泉岳は
「毎度、300円」
隣の少女は「せこっ、しかも高いし…」とぼやいた。市村は苦笑すると1000円を渡し、釣りも受け取らずに口でくわえて自前のライターで火を灯した。
美男は何をやっても様になるようで、深く吸い込んだ煙草の煙をふぅと吐き出す仕草に、少女はまたそわそわと身をよじった。
「へえ、これは……。うまいですね」
感心したようにしげしげと煙を眺める市村。泉岳は嬉しそうに言った。
「でしょう。こいつはちょっと他じゃなかなか手に入らん草を使った私のお手製でしてね。1本300円の価値はある」
「うん確かに。…いや、しかしこれは」
答える市村の目は妙にとろんとして、言葉も若干間延びしがちになっている。
「うまい煙草を吸えば、口もかるーくなるってもんです。さあ、誰にも言いいやしません。思いの丈をお話しあれ」
そして美男の役者は語り始めた。