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「なんだその馬鹿馬鹿しい話は!」
聞き終えた阿多野は、腹をよじらせて笑いこけた。一歩退いていた周囲の娼婦たちも追従するように笑っている。
「いや、実際恐ろしいぜ。そんな薬が流行ったら俺の商売もあがったりだ。さすがに俺も敢えて醜女を量産するのは信条に反するしな」
「やはりお心当たりはありませんかね」
「知らんな。しかし面白い話だ。あの若造、そんなに洒落のわかるやつだったとは、くたばったのが残念だな」
「ノイマン氏とは面識がおありで?」
「以前、野郎の囲ってる女を二人ほど施術したことがある」
「へえ。そしたらその方にも、その、例のやつを?」
「おいおい、ノイマンは統企と取引するくらいの金持ちだぞ。思い切り足元見てふんだくってやったよ。一人分はな」
泉岳が無言で先を促すと、阿多野はさも愉快なことを話すような調子で続けた。
「なかなか酔狂でいい趣味してやがるぜ。唸るほど金を持ってるくせに、あの野郎もう一人の女には条件付きで施術をさせやがった」
「へえ……。それは確かに結構なご趣味。ちなみにどちらを選ばれたんで?」
「右腕だ」
神の腕を持つと呼ばれるドクター阿多野には奇妙な悪癖がひとつある。正規の美容整形の依頼は法外な料金をふんだくる一方で、到底金が用意できない相手には、だいぶお求めやすい価格にする代わりに、相手の身体の一部をサイボーグ化させるというプランを提示するのだ。
泉岳は周囲の女たちに目をやった。誰もが非常に整った顔立ちと扇情的な肢体をしているも、それぞれ一様に一箇所だけ欠落がある。阿多野の右手に立つ黒い髪をショートにして、唇も黒く塗った少女の左手首から先は硬質なメタリックの義手だ。左手側で阿多野に寄り添う赤髪の長身の白人女は、四肢が生身である代わりに左耳から左眼にかけてを機械化している。
健康な身体をあえて削り取って機械に置き換える奇行。阿多野謹製の高性能で洗練された機械部位は、それだけでもひとつの財産である。阿多野はそれを割安の施術料と併せて提供する。酔狂はどちらだと泉岳は内心笑った。