探索再び
朝の会議の場では、未だ晴海は見つかっていない
という情報の共有がされただけであった。
クラスに行き、朝の会を済ますと御崎がやってきた。
「先生、僕のほうの用事は済んだので、いつでも迎えに行けますよ。
とりあえず、晴海さんは無事なようです。」
「で、どこにいるんだ」
冷静に考えれば、無事と告げられたところで
にわかに信じることもできないはずだが、
なぜか自然と言葉を受け入れ、疑うこともなかった。
「隣の沢上江にある今は使われていない
工場の跡地ってやつですかね。大きな神社の裏手にある場所です」
「沢上江の大きい神社っていうと国道沿いの団地の近くの神社だな」
「先生の言っている場所であっていると思います」
「なんで晴海はそこにいるんだ」
「理由は知りませんが、晴美さんの他にも女の子が3人ほどいます」
「家出なのか?まぁ会って話をすれば済むことか。
で、危なくはないんだよな」
「一応、何かあれば僕のほうで分かります」
何が分かるのかは分からなかったが、
そう言った御崎は淡々と話しながらも根拠はないが
何か安心させるようなものを感じさせた。
危険はないのであればと、放課後に行く約束をして
いつも通りの授業へと戻る。
放課後、職員室での仕事もそこそこに
校門で待っている御崎のところへと向かう。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
御崎と連れ立って駅まで歩き、沢上江へ向かう。
秋永駅から沢上江駅までは2駅。
秋永駅に着くとすぐに電車はホームに入ってきて
10分もかからず、目的の駅に到着する。
ちょうどいい時間帯なので、それなりに人が多い。
目的の工場の跡地へは駅の北口から
国道まで歩き、さらに北上。
徒歩で15分というところだろうか。
比較的大きな神社があり、何とかいう商売繁盛の
ご利益のある神様が奉られていたはず。
国道は以前の参道を跨ぐ形で通っているので、
車で来るには便のいいところにある。
その国道沿いにある神社から、さらに一本奥に入っただけなのに
車の姿はなく、歩いている通り自体には人影もない。
工場自体は半年前くらいに操業を停止しているはずで
所謂、東京ドーム一個分、だと言い過ぎかもしれないが、
少なくともその半分以上の広さを備えた土地で、
会社自体は誰もが聞いたことのあるビッグネーム。
経営不振からの部門の切り売りやら買収騒動など
ニュースになったほどで、そのゴタゴタのさなかに
閉鎖されたと聞いている。
当初は売却を目論んでいたはずだが、結局買い手が
つかなかったということだろう。
閉め切られた正門には立ち入り禁止の文字が
若干薄汚れた感じで出迎えてくれた。
本来であれば来訪者を管理する管理室が門の向こう側に見えるが
さすがにもぬけの殻。
「正面突破しようにも、さすがに門は開いてないな」
横に並んだ御崎に声をかける。
「部外者には入ってもらいたくないでしょうからね」
当たり前のような答えが返ってきたが、
目的はこの敷地内。
「管理会社もあるだろうから、そこに連絡入れるのが
通常の手順だろう」
「でしょうね」
「だが、面倒なので入れる場所を探します」
「あまり褒められた宣言じゃないですね」
結構な高さの門で、よじ登れないことはないものの
誰かに見られればあまり褒められた状況には見えないので
最後の手段にしておきたい。
正面以外にも入り口はあるだろうと
工場の周りを二人で歩く。
背の高いフェンスが周りを囲み
ご丁寧に天辺には有刺鉄線が侵入を阻んでいる。
側面を歩き続け、さらに裏へと曲がる。
すると裏門と言っていいのだろう。
正面からするとだいぶ小さいが全開ならトラック一台くらいは
通れる程度の門があり、案の定閉まってはいたものの
門の脇には人が一人通れるくらいの扉がついている。
ノブを回すと。
「開いてる」
そのままドアを押して回りに人がいないことを確認しながら
工場に入り込んだ。
「で、全部見て回るのは手間なんだが、
どのあたりにいるのかは分かるか」
振り返って御崎に聞く。
「ええ、工場じゃなくて事務所みたいなとこですね」
見渡す限り大きな倉庫みたいなところばかり。
事務所ともなれば正門から近い場所にあるのだろう。
「よし、じゃあ歩くぞ」
案内板らしきものも見当たらないので
とりあえず自分の勘にしたがって正門のあった方向に歩く。
さすがに人の気配もなく、大きな工場が静まり返っているのは
なんともいえない感じだ。
勘通り、事務所は正門から入ってすぐのところにあった。
ぐるりと裏門まで回ったので、余計な遠回りをした形になる。
正面は自動ドア、さすがに電気は通ってないかと
ドアの前に立つと、これが動いた。
中に入ると正面には扉があり、すぐ脇に受付のスペースだろうか
ガラスから中が覗けるようになっていて
事務室であったろう場所が見える。
業務用のデスクと椅子はあるものの、
当然ながら書類などは一切残されていない様子。
人らしい気配がしないことを確認していると、
脇から御崎に声をかけられる。
「先生、3階に上がります」
正面を左に曲がるとすぐにある
階段を使い昇って行く。
3階まで昇り、廊下に出ると、まっすぐ伸びた廊下の
奥の扉を指差して
「あそこですね」
特に迷いもせず御崎が言い放つ。
言われた通りに扉に向かって歩いて行く。
扉の前に立つと、違和感を感じた。
ドアノブは鍵穴があるほうが、廊下側に出ているのが普通だと思う。
でもこのドアだけは違って、廊下側から
鍵の開け閉めができるようになっている。
それがこっちに出ているということは
部屋の内側は逆に鍵穴ということなのだろうか。
ドアノブをまわすと明らかに鍵が掛かっている状態で
ノブを回しきれない。
内側から鍵が開けられないということは
閉じ込められていると考えてもいいのではないか。
とすると、単純な家出という話ではなく、
誰かに監禁されているということになるのではないか。
想像は悪いほうに膨れ上がり、
今ここにいること自体が危険な感じもしつつ、
とはいえ開けてみないことには何も分からない。
意を決して鍵を開ける。
カチャっと軽く回り、そのままノブを回すと
先ほどと違ってしっかりまわし切ることができた。
そのまま内側にドアを開けると
暗い部屋が現れた。
そこには黒く蠢く塊が見え、声を掛けてみる。
「晴海、いるのか」
すると塊は動きを止め、声を発した。
「せ、先生」
声は掠れているが、聞き覚えのある声だ。
よくは見えないが、うずくまっているわけではなく
体の自由がきかない状態なのが見て取れる。
すかさず、中の状況がはっきりわからないままに
晴海に近づき、立ち上がれるように手を貸す。
手は後ろ手に縛られ、思うように立ち上がれないようだった。
晴海を立たせるとふと奥にも動くものが感じられ
ぎょっとする。
同じ学生くらいの女子が3名。
同じように手を縛られてそこにいた。
まずは晴海を廊下に出し、手を見るとナイロン性の
結束バンドで縛られているのが分かった。
続けて部屋の中にいる3名も立たせて
廊下へと連れ出す。
晴海と女子3名、合わせて4名とも
顔に疲労が見てとれた。
ふざけているようにも見えないし
家出して隠れていたという状況では少なくともなさそうだ。
「何があったんだ」
晴海と女子3名に向けて疑問を投げかける。
彼女達が答える前に御崎が口を開けた。
「先生、まずは外にでましょう。
あまりゆっくりしていたら良くないみたいなんで」
確かに監禁されているような場所から早く離れるのは
間違いなくいいことに違いない。
御崎の言葉に従い出口へと向かう。
「晴海、何があったか説明してもらえないか」
歩きながらも質問する。
「塾の帰りに男の人たちに絡まれていたのを
助けてもらって、そしたら気付いたらここにいたんです」
ざっくりとした説明だったが、少なくとも拉致監禁の類
ということなんだろう。
一緒についてきていた3人にも声を掛ける。
「私は晴海の学校の担任をしていて尾崎と言います。
君たちも晴海と同じように連れてこられたのかい。」
「助けてくれてありがとうございます。春永と言います。
だいたい晴海さんと同じような感じです。」
「小川です。助けてもらってありがとうございました。
私も同じです。」
「川喜多です。私もそうです。」
「そういえば、君たちを連れてきたやつは
どこにいったんだろう」
自分たちの意思でないなら、連れてきた者を
考えないといけないことに今更ながら気付いて
問いかける。
「わかりません。昨日は部屋にやってきたけど
それっきりで、それからは先生達が最初にやってきた人です」
「そうか、ここまで来た時には誰とも会わなかったから
留守にしているということなのか、それとも出会ってないだけで
どこかにいるのか」
事情を聞く間に1階へと着き、そのまま入ってきた
自動ドアから外に出る。
見回しても、特に人影は見つからない。
そのまま正面の門に向かって進んで行く。
管理室の前を通って門につくと、人一人通れるくらいの
小さな扉があり、中からであれば開けられる状態になっている。
鍵を開けて、そのまま外へ。
周りに人はなく、ひとまず駅の方へと歩き始める。
そのような一行をじっと見ている者がいる。
工場の門から数メートル離れた場所に駐車された車に
男達の姿があった。
後部座席で、それまで話をしていたスマホから耳を離し
「商品を持ち出されると困るんだがな」
苛立ちを含んだ呟きと共に運転席にいる男に向かって
指示を出す。
指示された男はなるべく音を立てないように車から出ると
そのまま距離を取ったまま後をつけ始めた。
歩きながら警察署へ向かうとなるとだいぶ距離もあるので
一番近かった駅前の交番で保護してもらう話を晴海達にする。
国道へと出たところで車の量が急に増える。
それまで黙っていた晴海が急にうずくまる。
「うっ、うっ」
押し殺すような嗚咽が聞こえてくる。
「晴海、大丈夫か」
晴海の正面に回り、肩に手をかける。
「とても怖くて、怖くて」
震える声で、そこまで話すと
そこまで抑えていた感情があふれ出したかのように
鳴き始めた。
それを見ていた川喜多も同じく泣き崩れ
小川は両腕を自分に回し、俯いて
泣き出しそうな自分に耐えているようだった。
春永は泣きはしないものの、唇をキッと硬く結び
怒っているかのような顔になっていた。
「大丈夫だ」
言い切る。
「怖い思いをしただろう。でももう大丈夫
警察にも調べてもらえば、そんな思いをさせたやつも
きっと捕まる」
手をとってゆっくりと晴海を立ち上がらせると
周りを見渡し、「よし、じゃあ行こうか」
声をかけてまた歩き出した。