御崎
フロアの一区画にある本屋のスペースに入ると
見慣れた制服があった。
明らかにうちの高校の男子だし、
なんだったらクラスの生徒だ。
「尾崎先生、こんにちは」
彼は私を見つけると軽く会釈をした。
彼の名は「御崎 遥」
普段から一人でいることが多く暗い感じの生徒。
それが彼の学校での印象であった。
成績も特に悪くはなく
どちらかと言われれば優等生側に
属しているといっていいだろう。
そんな彼は私のクラスに編成され
いたって静かではありつも、
なんと言うか他の生徒とは違った
雰囲気を纏っていた。
生徒と先生という関係上、
普通に挨拶を交わすくらいは
していたが、より話すようになったのは
学校裏での彼との出来事があってからだ。
急ぎの用事があって校舎の外を
歩いて移動していると、ちょうど
御崎を囲むようにして3名の上級生が
建物の影へと移動したのが見えた。
校舎から伸びた準備室をつなぐ
通路分がちょっとした袋小路になっている。
外側から見ると完全に死角になる。
そこへ連れ込んでいるとなると
あまりいい想像はできない。
おとなしい感じの御崎と
一緒にいたのは強面な感じの上級生。
組み合わせは普通ではない。
どうにも仲良しイメージが沸かずに
どちらかというとトラブルの方向にしか
思考が回らず、様子を見に消えていった袋小路に向かう。
彼らの入った場所に近づくと
壁際に御崎が立ち、3人がそれを囲むように立っていた。
御崎はそのうちの一人の手を取って
なにやら話をしている様子だった。
「おい、お前らはここで何してるんだ」
囲んでいた面々はさすがにギョッとした表情を見せたものの
一人が振り向き答える。
「先生、遥に話を聞いてもらっているだけですよ」
確かに胸倉を掴まれているような状況でもないし
当の本人はいたって普通に見える。
「御崎、そうなのか」
御崎はこっちを向いて答える。
「尾崎先生、一志君の話の通りです。
何も問題ないですよ」
特におどおどするでもなく、
平然と対応しているように見える。
そしてお互いを下の名前で呼ぶような仲であれば
本当に知り合いなんであろう。
「なら良いが、囲まれて引っ張って行かれたように
見えたんで、てっきり問題が起こっているのかと」
「勘弁してください。遥はアドバイスが的確なんで
たまに相談に乗ってもらっているんですよ。
後輩をいじめてるとか、そんなんじゃないんで
気にしないでくださいよ」
「興味本位で聞くんだが、わざわざ年下の御崎に
聞くなんて何の話なんだ」
御崎から一志と呼ばれている生徒は
ちょっと躊躇ったように考える仕草を見せるが
思い切ったように、こちらに向き直って
隣に立っている生徒を指差して話始めた。
「こいつが探し物をしていて、
手がかりにならないかと思って。」
「探し物ねぇ」
「まぁたいしたことはないんですけど、
意外と遥の指摘が当たるんで、
藁にも縋るってやつですよ。」
指を指されたほうの生徒は
真面目な面持ちで御崎を見つめていた。
御崎のほうは目の前の生徒ではなく
そこより右上のほうを見ていた。
少なくともそこには何もないように見える。
「探している子ですが、大丈夫、無事だって。」
正面の生徒に視線を動かすと御崎は話した。
「悟さんの家の近くに公園があると思いますが、
そこに今、友達の子といるようです。」
「公園って、裏の児童公園か、ありがとう御崎」
悟と呼ばれた生徒は、緊張が解けたのか
笑顔をみせた。
「何の話なんだ。さっぱりわからん。」
正直な感想を口にした。
「猫ですよ。」
一志が疑問に答えてくれた。
「猫って。」
理解できずにオウム返しに聞きなおす。
「悟の飼い猫なんですが、ここ2、3日
姿が見えなかったんですよ。
あいつの家の周りは意外と車の通りも
多いので轢かれたんじゃないかって心配してたんで
御崎に聞いてみることにしたんです。」
「今は入り口入って左手にある鉄棒の先のベンチに
黒い毛の子と一緒に寝てます。
いろいろ走り回っているみたいですが、少なくとも
公園の中にずっといたようです」
「わかった、行ってみるよ。」
悟と呼ばれた御崎の正面に立つ生徒は
感極まっているのか若干涙目になりながら
礼を言ってそのまま去っていく。
残された御崎と一志、あともう一人の生徒。
御崎に声をかける。
「占いでもやるのか。」
声を掛けられた御崎はこちらを向くと
軽く首を横に振った。
「占いじゃないです。分かったことを伝えただけです。」
「分かった事って、あぁシャーロック・ホームズ的な感じか、
相手を観察して推測するってやつか。」
口元にかすかに笑みを浮かべつつ、
御崎は再度首を振った。
「そうじゃないんです。見てきたことを教えてもらっただけで。」
「見てきたって誰が。」
だんだん話が要領を得なくなってきている。
御崎は困ったように口を噤んだ。
ますます分からない。
御崎はいたって真面目に受け答えしてくれている。
ただ、さすがになんと反応してよいのやら。
「先生、そのへんにしてやってください。」
不意に一志が間を割って会話に入ってきた。
「とりあえず、先生がどう感じるかは知りませんが、
御崎に助けられている人が結構いるんですよ。
それでいいと思いますがどうですか。」
「ま、まあ問題はないけどな。」
実際、何か問題を起こしているわけでもないし、
そう気にすることでもないのかもしれない。
中二病的な何かであったとしても
今のところ問題ないだろうし、仮に何かが
御崎の側にいたとしても、見えない以上は
そういうもんだと思っておけばよいか。
そんな感じに気持ちを切り替え
元の急ぎの用に戻ることにした。
「じゃあお前たちも気をつけて帰れよ。」
声だけ掛けてその場を後にした。
後日、悟と呼ばれていた生徒、ひとつ学年上の
風見 悟という生徒だったが、猫が見つかった
というのを廊下で会った際に聞かされた。
「ああ、御崎か」
「見回りですか?」
「見回りというか、人探しというか、御崎は、って本屋だから
本を見に来ているんだよな。」
「勉強の本ではないんですけど。」
そう言うとちょっとはにかんだ笑顔になる。
こういう顔が普段からできれば、もっと友人も増えるだろうに。
「人探しって誰を探してるんですか?」
「同じクラスの晴海だ。」
「確か今日は休んでましたね。」
一瞬話そうか悩んだものの、事実をそのまま伝える。
「実は昨日から帰ってないんだそうだ。」
「晴海さんは話した事ないですけど、家出するような
雰囲気の人ではないと思いますけど」
「そうなんだ。最近、付近でも行方不明になっている子も
いるという話も出ているから心配なんだ。というわけで
こうして見回りをしているというわけだ」
「先生もいろいろと大変なんですね。」
不意に御崎の猫探しの一件を思い出した。
「そうだ御崎、お前分からないか晴海の居場所」
「晴海さんのですか」
「あぁ、前に猫を探し当てたろ。同じように分からないかな」
なぜ彼に頼んだのかは今思い返しても分からない。
少なくとも猫の件は不思議に思ったものの
御崎自体に特別な何かがあるなんて、その時は信じていなかった。
気休めになるとか、もし偶然にもヒントになるような
情報が得られれば儲け物くらいに考えていたんだと思う。
ただ、御崎は近所のコンビニにでも行くかのように
「分かると思います。」
特に考え込むでもなく、ほぼ速答といってもいいくらいだった。
そんな軽く答えられるとも思っておらずに
反応に窮したものの、了承されたということに気づき
「そうか、手伝ってもらえるか」
と反応するのが精一杯だった。
「ただ、今日は先約があって、そっちを片付けないと
いけないんです。探すのは始めておくので、居場所については
明日お話するのでよいですか?」
「ああ、それはもちろん構わない、それまでに
見つかるかもしれないが、それはそれでいいしな。」
「じゃあ」
そう言うと、目線を右上方、といってもそこには何もないのだが、
そこに向けて小さく何かをしゃべったようで
そのまま、目線をこっちに戻した。
それは占いの準備的な仕草なのかも知れないし、
本当に見えない何かへ語っていたのかも知れないし、
なんとも奇妙な空気を覚えつつも
「すまんが、俺はもう少し見回るからもう行くが、
御崎も気をつけて帰るんだぞ」
そう言うと本屋スペースから離れ、先の雑貨売り場の方へと向かう。
「はい、じゃあ先生、また明日」
御崎のほうも本屋を出てエスカレーターの方へと向かったようだ。
階上のレストランの集まる場所もぐるりと周り、
見知った生徒に出会い、遅くなるなよと声をかけ
本命の晴海には出会うことなく時間だけが過ぎた。
人目の多いところなら、とっくに見つかっているなとも思いつつ、
結局まともな情報を収集することもなく帰路に着くことになった。
警察自体も動き出しているはずだし、
こんな簡単に見つかるとも半分以上は思っていなかった。
ただその時は、晴海が変な事件に
巻き込まれていないよう祈っていた。