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幽玄世界

「うりふたつ」 ~瓜子姫異聞~ 

作者: 団子の長

 昔々あるところに、お爺さんとお婆さんが居ました。

 2人はとても優しく近所の村人からも慕われていました。


 そんなお爺さんとお婆さんは、なんとも悲しいことに子供だけは恵まれなかった。

 だけど2人はさびしくも、穏やかな毎日を過ごしていました。


 そんなある日のことです。


「おじいさんや わたしは今からふくを洗いに行きますね」

「ならわしはその間 うらの畑を見てくるよ」


 そうしてお爺さんは畑を耕しに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。

 いつも通りの日課。だけど今日はいつもとは違ったのです。


「おや? あれは……まあ……」


 川に来て洗濯をしていたお婆さんは、川上からどんぶらこ、どんぶらこと流れてくる物を見ました。


 流れてきたのは、大きな大きな白い瓜でした。


「これを持って帰れば おじいさんも きっとよろこんでくれる」


 お婆さんは抱えるのも難しい大きな瓜を、洗濯の為に持ってきていた桶に入れ紐で繋ぎ、えっちらおっちらと引っ張って行きました。


 家に戻るとお爺さんももう帰っていました。

 お婆さんが持って帰ってきた白くて大きな瓜を見ると、お爺さんはたいそう驚いたあとに喜びました。


「これはいい しばらく食う物にこまらない じつはわしも畑で これをひろってきた」

「まあ これはこれは りっぱな瓜」


 お爺さんがお婆さんに見せたのは瓜でした。

 お婆さんが持ってきた瓜とは違って普通の大きさ。ですが色艶と香りはとても良い、目にしただけで上等とわかる素晴らしい黄色の瓜でした。


「白いのはご飯に 黄のはおちゃうけにしよう」


 お爺さんとお婆さんはうきうきして支度を始めます。

 黄色の瓜はもっと甘くなるように棚の上へ置き、大きな白い瓜は食べやすいようお爺さんが包丁で切り分けようとしました。


「さあ 切るぞ」


 そんな時です。

 パカッ

 白い瓜がひとりでに割れました。


「おぎゃー おぎゃー」


 赤子の泣き声。

 お爺さんとお婆さんは瓜の中身を見ておったまげました。


「赤んぼうじゃないか」




 瓜の中からなんと、玉のような赤子が出てきたのです。




 包丁を置き、赤子を瓜の中から抱き上げたお爺さんはお婆さんに見せます。


「たまげました ……もしかしたら この子は神さまからの 授けものかもしれませんね」


 お婆さんの言葉を聞いたお爺さんは「そうかもしれんな」と首を縦に振ると、元気に泣き声を上げる愛らしい赤子をお婆さんへ抱き渡します。そうして棚の上に置いた黄色の瓜へ目をやります。


「……なら あれは この子のものかもな」

「きっとそうかもしれません」


 お爺さんは黄色い瓜の端を、包丁でちょんとつつきます。するとそこから白くて甘い汁が垂れてきます。そうした黄色い瓜をお爺さんはお婆さんへ手渡します。


「さあさあ たんとお食べ」


 瓜から出た汁を赤子はちゅうちゅうと吸います。するとあれだけ泣いていたのが嘘のようにおとなしくなり、すやすやと眠ってしまいました。


「なんと あいらしい」

「あしたから この家も にぎやかになるな」




 ―――こうしてお爺さんとお婆さんは、瓜から産まれた赤子……女の子だったその赤子に『瓜子姫』と名付け、自分達の子供として育てていくことに決めました。




 あげられないお乳の代わりに黄色い瓜の汁を吸う瓜子姫はすくすくと成長していきます。


 一年も経つ頃には十の子供と同じぐらいまで育ちました。お爺さんとお婆さんはその成長の早さに驚きましたが、瓜から生まれた不可思議を思えば気になりませんでした。

 この頃になると黄色い瓜も役目を果たしたといわんばかりにしおしおと(しお)れて土に還りました。


 少女になった瓜子姫。彼女はそれはそれは、たいそう美しかった。

 瓜子姫は育て親の気質を受け継いでかその心根も清らかで優しく、お爺さんとお婆さんにとっては血の繋がりはなくとも自慢の我が子でした。


 キー……コトン……

 キー……コトン……


 機織りの音が家の中にこだまする。

 瓜子姫は家で機織りをするのが日課になっていました。そうして出来た布もまるで彼女の容姿のように美しかった。


「―――とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこのほそ道じゃ」


 キーコトンキーコトンの音と共に、歌を歌う。


「天神さまのほそ道じゃ ちっと通して下しゃんせ」


 機織りと歌が好きな瓜子姫は、誰もが聞き惚れるような声で歌い上げる。そうして外へ働きに出ているお爺さんとお婆さんの帰りを待つのです。


 人の好いお爺さんとお婆さんが育てる器量よしの女子。その評判は村の中に広まるのにそう時間は掛からず、瓜子姫は村の一員となっていました。



 そんなある日のことです。


「―――かごめかごめ かごの中の鳥は いついつ出やる」


 今日も今日とて瓜子姫は家で一人、機を織りながら歌を歌っていました。当然、聞こえる音は機織りのキーコトンと瓜子姫の歌声だけ……その筈ですが、今日は違いました。


「夜明けのばんに つるとかめがすべった」

 ――――――カン カン カン


 家の外から何か、音が聞こえてくるではありませんか。

 拍子を取るように打ち鳴らされる、高く澄んだ音。


「後ろのしょうめんだあれ?」

 カン カン カン


 今までに無いことで驚いた瓜子姫。彼女は機織りを止めると、家の壁の方へ歩いて行きます。そこは音が聞こえた方向。つまり、その壁の向こう側に誰かが居るのです。


「もしもし? そこにいるのはだあれ?」


 瓜子姫は生来の素直さで、顔も知らぬ何者かへ声を掛けます。

 これに慌てたのは相手でした。


『わあ ごめんよ あんたの歌を じゃまするつもりじゃなかったんだ』


 申し訳なさそうに相手は言います。

 それに瓜子姫は朗らかに返します。


「わたし 気にしてないわ それよりも 今のとっても楽しかったわ」

『……楽しかった? ほんとうに?』

「ええ うそなんて言わないわ 楽しかった 音がたくさんになったもの あなたはすごいのね」

『すごいなんて そんな』


 瓜子姫のそんな屈託無い言葉に声の主は照れてしまいます。その者は誰かに褒められたことなどなかったから。


「わたし 瓜子姫って言うの あなたは?」

『……おれは……』


 声の相手は言い淀みます。まるで自分の正体を明かすのを躊躇うように。


「おれ? あなたの声 女の子でしょう どうしておれなんて言うの?」

『……女の子は おれって言ったら だめか?』


 少し、相手の声にトゲが出てきました。

 だけど瓜子姫は気が付きません。

 それがかえって良かったのかもしれません。


「だめじゃないわよ? わるいことなんて なに一つないもの」

『…………』

「ねえ それよりも 名前をおしえてよ わたし あなたと友だちになりたいわ」


 瓜子姫の言葉に声の主は悩みます。

 きっと『これまでの彼女』なら、嘘を、瓜子姫を欺くような言葉を吐いていたでしょう。

 ……けっきょく、声の主は正直に自身のことを打ち明けます。


『おれ 天邪鬼なんだ』

「まあ あなた 鬼なの?」


 天邪鬼は嘘つきで有名な、ちんけな鬼の仲間です。

 人を騙してあざわらう、性根の意地汚い、この村の近所にある山中に住む鬼です。

 田んぼで代掻きをしているのを見付けると、牛の尻を叩いて暴れさせ、田んぼを台無しにしました。

 道ばたで一休みしている旅人を見付けると、荷物の中に毛虫を入れて、旅人の腰を抜かせました。


 悪さばかりの碌でなし。それが天邪鬼。


 それなのに、この天邪鬼は正直に自身の正体を瓜子姫に打ち明けたのです。

 人に正体を知られれば、追い払われる。それをよおく知っていた天邪鬼は、しかし。この時ばかりは、どうしてか正直に答えてしまった。


『……歌が』


 天邪鬼がそうしてしまったのには理由が有りました。


『あんたの歌が ……あんまりにもきれいだったから』


 ふと耳にして、聞き惚れて、惹かれて、家の裏に張り付いて……気が付けば歌に合わせて拍子木を打ってしまっていた。


 人の言うことに逆らう跳ねっ返り者の鬼が、人に合せてしまった。

 生来の不調法者である天邪鬼が、何故かこの瓜子姫に対してはどうしても素直になってしまう。生えかけたトゲも瓜子姫の朗らかな声に包まれて引っ込んでしまいました。


 天邪鬼は帰ろうと思いました。瓜子姫は自分が天邪鬼であると知った、だからきっと自分を追い払うだろう。そう考えて山へ帰ろうと決めたのです。


 確かに、瓜子姫は天邪鬼の噂は知っていました。

 優しいお爺さんとお婆さんが、自分達が留守の時は決して一人で外に出ずさらに家の中に他人を招いてはいけないと、そう言い付けており、特に山に住む天邪鬼には気を付けるようにも言い添えられていました。この村に住む子供達はみんな天邪鬼の相手などしないのです。


 このまま静かに、瓜子姫のところから立ち去ろう


 そうして天邪鬼が腰を上げて家から離れようとした時です。


「天邪鬼さん こんにちは」

「 ! 」


 いつの間にか家から出ていた瓜子姫。彼女はひょっこりと(かど)から首を傾げるように顔を出して天邪鬼へ挨拶をしました。これに天邪鬼は跳び跳ねるように驚きます。


「…………」


 天邪鬼は信じられないように瓜子姫を見ます。まさか鬼が誑かすまでもなく親からの言い付けを破って家から出てくる子が居るとは思ってもいませんでした。それが瓜子姫のような村で評判の器量よしなら尚更です。


 瓜子姫は天邪鬼の驚きも知らず、にこにこと笑顔を浮かべて歩み寄り、拍子木を握る天邪鬼の手を握ります。


「これでわたしたち お友だちね 天邪鬼さん」

「……いいのかよう おれ 天邪鬼なんだぜ」


 にこにこ。にこにこと。瓜子姫は天邪鬼と手を繋いだまま笑っています。


「わたし 鬼の友だちなんて初めてよ とってもうれしいわ」


 天邪鬼はその真っ直ぐな瓜子姫を見て、きっと彼女は自分が天邪鬼だからと気にすることはないのだと思いました。


 素直で可愛い瓜子姫。

 騙して悪戯すればきっと楽しいであろう純真な女の子。以前までの天邪鬼ならそうした筈です。


 ですがそれは出来ません。

 瓜子姫に対して酷いことが出来ないくらい、天邪鬼は彼女のことが好きになってしまっていたのです。


「……おれと友だちになったこと おじいさんとおばあさんには ないしょだぞ」

「あら どうして?」


 瓜子姫はこてっと首を傾げる。


「ゆるしてくれないからさ 鬼と友だちなんて」

「わかったわ ないしょのお友だちね」




 ―――こうして友だちになった瓜子姫と天邪鬼。2人はこの日から時間が合えば一緒に遊ぶ関係になりました。

 瓜子姫が機を織りながら歌を歌えば、歌が下手な天邪鬼は代わりに拍子木を打つ。

 天邪鬼が山から木の実や綺麗な石や花を持ってくれば、瓜子姫はそれを宝物のように箱に仕舞いました。


 そうして2人が友だちになり遊ぶようになってから一年経ち、村からは天邪鬼が悪戯したという噂をめっきり聞かなくなりました。


 瓜子姫は生まれてからの二年ですっかり女盛りとなりました。

 その美しさは村の中だけに留まらず、近くの大きな町にまで評判が届くようになりました。そして町一番の耳にまで、瓜子姫の話しは届いたのです。




 ――――――




「―――輿入れ。決まったんだって?」

「あら、耳が早い。実はそうなの私、長者さんの元へ輿入れするの」


 村の近くにある山の中。

 木陰の下で腰掛ける天邪鬼。その彼女の後ろで膝を着いて髪を梳くのは瓜子姫。

 瓜子姫と友達になってから、天邪鬼も美しくなりました。それはもうとても美しく。

 2人は川や池の水面に映る自分の顔を見た時、それが互いの顔だと見紛うほどそっくりだったのではしたないぐらい口を大きく開けて驚いたほどです。


「お爺さんもお婆さんも、すっごく喜んでたわ。自分達が先立っても私が苦労することはないからって」

「…………」


 瓜子姫は微笑みを湛えながら天邪鬼へそう言う。本当に幸せそうな表情です。

 ……しかし天邪鬼の顔は曇っています。


「どうしたの鬼さん? 何か気になる事でも?」

「……あるさ」


 天邪鬼は身を預けるように瓜子姫の膝を枕にして寝転がります。


「瓜子姫。その格好……どういうつもりだ」

「…………」


 天邪鬼が見上げながら指摘した瓜子姫の装い。

 それは上から下まで真っ白な着物。


 ―――死装束でした。


 死装束を纏った瓜子姫は、しかし変わらぬ朗らかな笑顔を浮かべています。

 瓜子姫は笑顔を浮かべて首を傾げて、眉間に皺を寄せる天邪鬼へ語り掛けます。


「ねぇ、鬼さん。知ってる? 私ね、瓜から生まれたのよ」

「……ああ、知ってる」

「うん。それでね、二年とちょっとで大人になったの」

「…………」


 ざわざわと、木々の枝葉がざわめきます。まるで天邪鬼の心象を映すように。

 続く言葉を聞きたくない。天邪鬼はそんな思いに駆られましたが、しかし瓜子姫は続きを口にします。




「私、もうすぐ死んじゃうわ」




 ざわめきの音が、聞こえなくなった。

 天邪鬼は表情の抜け落ちた顔で、同じ顔で笑う少女を見る。


 瓜子姫はそんな天邪鬼へ語った。

 ―――樹木ならぬ植物の化身である自分は長くは生きられないのだと。

 短い生の間で、瞬く間に芽生え育ち咲き誇り……そして散り枯れるのだと。


 それは瓜子姫がずぅっと胸の内に秘めていた隠し事でした。

 お爺さんやお婆さんが聞けば、きっと酷く悲しむと確信していたから。

 これまで誰にも言ったことがなかった秘密。


「……ああ……知ってた」


 ですが天邪鬼は知っていました。


 天邪鬼は相手の心を読んで悪戯や悪行を為す鬼。

 瓜子姫が隠していた心の奥も、察してしまっていたのです。


「それは良かった。やっぱり鬼さんなら知ってくれていたと思ってたの」

「……で? いくら短命だって言っても今日明日死ぬわけでもあるまいに。なんで縁起の悪い格好なんてして来た」

「それはね、鬼さんに聞いて欲しいお願いが有るから」


 瓜子姫は天邪鬼の顔に掛かる髪をそっと手でよけてやる。そしてその顔立ちを確かめるように頬を撫でてて言う。


「鬼は人に化けられる。しかも家族でも騙せるぐらいに」

「……出来る」


 人を欺く。鬼が可能とする業の一つ。

 とても強力な業。……しかしそれを十全に為すには『あること』をしなくてはなりません。そのあることを瓜子姫は言葉にする。


「食えば」


 瓜子姫と天邪鬼。そっくりな容姿の中でも違う部分の一つである、鬼の白い牙が天邪鬼の口端から僅かに覗く。


「人を食えば、その食った人に完全に化けられる」


 悍ましき鬼の業。それを瓜子姫は嬉々として語った。まるでそれが我が望みと言わんばかりに。


「鬼さん」


 つまり瓜子姫の望みとは―――




「わたしを食べて、わたしに成り代わってください」




 ―――芽生え、育ち、咲き誇り、散り枯れる前に……実を結ぶのだ。

 それが瓜であるからして。


「俺は機織りも歌も下手だ」

「食えば解決します」

「友達は食いたくない」

「食わずとも私は死にます」

「……死ぬな」


 天邪鬼は断り続けます。……しかしその説得も半ば力無く。悲しいかな、瓜子姫の死期が近いのは誰よりもこの天邪鬼が一番理解しているから。


「食わねば枯れ落ちるだけ。誰に、何も返せず、何も残さず」


 瓜子姫から、笑顔が消える。


「後生一生の願いです。……どうか、私に成り代わり、『瓜子姫』を繋いでくれませんか?」


 ―――私の代わりに。お爺さんやお婆さんを悲しませず、迎えてくれる長者にも辛い思いをさせないように。


「…………」


 天邪鬼は手を伸ばす。

 瓜子姫がそうしているように、天邪鬼も彼女の頬へ手を添える。


「……なぁ、瓜子姫。長者は良い奴さ。きっと本当のことを伝えても、最後まで大事にしてくれる」

「……くすくす。もしかして輿入れ相手が気になって、内緒で見に行ってたの? だから私が教える前に知っていたのね」

「たったひとりの友達。その相手が悪い奴だと嫌だからな」

「私は他にも友達が居るわ。……でも一番大好きなのはあなた」


 たがいに(ひとつ)。ならんで(ふたつ)


「瓜子姫」

「天邪鬼」


 重ね交わすは今生の別れ。




 ありがとう




 さよならでも、ごめんなさいでもない。

 2人は感謝を伝える。どうしてその言葉が出てきたのか、その理由はわからない。きっと深く考えれば理由は言葉に出来るだろうが……2人にはこれ以上の言葉は不要であった。


 ―――天邪鬼の手の中には、瓜が一つ合った。

 白くて綺麗で、見事な実りを見せる、素晴らしい瓜が一つ。


「……戴きます」


 果肉も、皮も、汁も、その瓜が持つ何もかもを天邪鬼は食らった。


 そうして瓜を平らげた天邪鬼は自分が居た影を作る木へもたれ掛かる。


「……なあ瓜子姫。俺は……木霊(こだま)から生まれた天邪鬼なんだ」


 人の声。言霊を受けて、ひねくれて返す鬼。

 音奏でるのが好きなのに、1人ではなにも奏でられないさびしい鬼。


「一生の願いは聞いてやる。……だけど後生の願いは聞いてやらない」


 その一本の木は天邪鬼の本性であり、正体。


 天邪鬼が木から身を離して歩き出す。

 瓜子姫の家へ、自分の家へ帰る為に。


 そして手を伸ばしても届かなくなった頃、足を止めると一度だけ振り返って木を見る。


「……この木に生って、また……いつの日か……」


 微笑む。あの子のように。

 でも違う。

 泣いている。涙がとめどなく流れて落ちる。


 天邪鬼は止めていた足を再び動かし歩く。


 涙がとまらない。だけどこれでいい。瓜子姫に涙は似合わない。ここで泣き尽くしてしまえば、これから先泣くことはない。

 そうして天邪鬼は山を下りて歩き続ける。


 道半ばにある畑に通り掛かり、流れる涙が赤い血になった。

 血涙も畑を通り過ぎる頃には止まり、瓜子姫の顔からようやく涙が消えた。―――彼女が歩いた畑は蕎麦畑であり、蕎麦の茎が赤いのは天邪鬼の流した血が染み込んだからだそうな。




 ――――――




 ―――長者の元へ無事に輿入れを果たした『瓜子姫』。

 お爺さんやお婆さん、そして村中の祝福を受けて瓜子姫は長者の嫁御となった。

 長者は話し通り器量の良い瓜子姫をそれはそれは可愛がった。瓜子姫も長者の愛に応え愛を返し、しっかりと妻として支えた。


 そして瓜子姫は長者の元で何一つ不自由ない暮らしが出来る。……それなのに、相も変わらず機織りと歌を日課にしました。


 キー……コトン……

 キー……コトン……


「―――かごめかごめ かごの中の鳥は いついつ出やる」


 相も変わらず素晴らしい……いえ、もっと深みと味わいが増した歌声。耳にする誰もがついつい足を止めて聞き惚れてしまう歌。それが長者の家で毎日聴けるようになった頃―――不思議なことが起こるようになりました。


「夜明けのばんに つるとかめがすべった」

 ――――――カン カン カン


 瓜子姫が歌い始めると、家の外から何か……音が聞こえてくるではありませんか。

 拍子を取るように打ち鳴らされる、高く澄んだ音。

 何処から聞こえてくるのか、誰にもわかりません。近くを探しても、それらしい物は何も見つからないのです。

 だけど、その音が何処から聞こえてくるのか……『瓜子姫』だけは知っていました。


 拍子を打つ音。それは町から離れた瓜子姫の生家がある村、その近くの山がある方向から聞こえていました。


「後ろのしょうめんだあれ」

 カン カン カン


 そのうち、誰も拍子を打つ音に気を留めなくなりました。

 慣れもありますが、一番の理由はその拍子がとても歌と合っていたからでしょう。

 とてもお似合い。




 ―――そうして瓜子姫は日々を過ごしていきました。

 時折どうしてか自分ことを「俺」と言い間違える時や決して涙を流さないなどのこともありましたが、誰も深く気にすることはありません。

 だって彼女は愛されていたから。

 親切で、心優しく、皆を愛していた瓜子姫はこうして穏やかな毎日を送ったのです。


 お爺さんとお婆さんが天に召されるのを傍らで見送り、旦那である長者が天寿を全うするのを見届ける、その日まで。




 めでたしめでたし。


























「―――ただいま」


 山中に居る女性。

 それは年老いて天に召された筈の瓜子姫。しかし彼女はどうしてか若く美しい姿で、とある木の前で立っていた。


 赤い花が咲く木。

 その木には不思議なことに、なんと小さな緑色の『瓜』が生っているではありませんか


「返しに来たよ。あんたの命を」


 瓜子姫から、牙が生え、角が生え、……彼女は美しさはそのままに『鬼』へと変貌しました。

 そして、その鬼の手にはいつの間にか白い瓜が乗っていました。


「さあ、起きて……瓜子姫」


 白い瓜が蛍火のようにパッと舞い散り、木に生っている瓜へひゅうっと吸い込まれていく。

 青かった瓜が黄色く色付き、甘い良い香りが広がっていく。


 熟した実が……落ちる。

 それが地面に触れる瞬間―――



「――――――」



 白無垢姿の女性が瓜の代わりに地面に降り立つ。

 それは瓜から転じた瓜子姫。

 過去、天邪鬼に自らを食わせてこの世を去っていた筈の瓜子姫であった。


「……鬼さん、こうして会えたのは……いつ振りかしら」

「50年。元より化生の類いの瓜子姫だったから、生まれ変わるのに百年も要らなかったな」


 再会した瓜子姫と鬼。彼女達は内から溢れる喜びを笑顔にし、しっかりと手を繋ぎ合う。


 瓜子姫と鬼はこれから先の話しをする。


 一緒に居られなかった分も、これから過ごす分も、まとめて。


「―――ああ、鬼さん。そういえば」

「どうしたんだ」


 瓜子姫は何かに気付き口にする。


「名前。鬼さんの新しい名前が要るわ」

「俺の名前?」

「ええ。私はまた瓜から生まれたから瓜子姫で良いけど、鬼さんは違うわ」


 瓜子姫はただの瓜ではなく木瓜の化生と相成りはしたが、瓜に変わりなし。

 だがしかし、鬼はもう天邪鬼ではない。

 だから新しい名が必要だと瓜子姫は言った。そして「何が良いかしら?」と首をこてっと傾げて悩み始める。その仕草が生前と変わらず鬼は頬が綻ぶ。


「そうだな……」


 天邪鬼は自身の正体であり、瓜子姫が生まれる瓜を実らせた木を見やる。

 木にはいつしか、実りを外敵から守るための『(イバラ)』が生えていました。

 鬼はその茨が自分の角や牙にそっくりであると思い、それを名前に用いようと決めました。


「ねえ鬼さん。私とお揃いで姫って付けない?」

「姫は俺の柄じゃない。……でも言霊だけは貰うよ」


 鬼は落ちていた枝を拾い、地面に字を彫る。


茨姫(いばらひめ)……転じて『茨木(いばらき)』」


 その二文字に、更に別の言葉を書き足す。


「俺は瓜子姫、あんたを守る存在だ。だからこれからの俺の名前は―――」


 鬼が書き上げた名。それを見た瓜子姫が口に出して読む。彼女の名を呼ぶ。


「『茨木童子いばらきどうじ』」


 美しき花を咲かせる鋭い棘の木(いばらき)

 瓜の姫を守護する茨の(どうじ)

 瓜子姫が授けた()を分かち、女の臣であることを木の影に隠す鬼。


 文字には意味が宿る。発した言の葉には(たましい)が宿る。

 ちっぽけな鬼であった天邪鬼は、これまで過ごした月日と多くの人々との交流、そして何よりも……瓜子姫と心を通わしたことで愛を知る大鬼へと変じていた。

 鬼はそうして新たな名を戴き生まれ変わった。

 瓜子姫も、名は変わらずとも生まれ変わった。




 ―――そうして互いに生まれ変わった、瓜実のように美しい面立ちの2人は顔を合せる。いつしか2人は涙を流して笑い合う。

 尽きていた筈の涙も、生まれ変わって再び流せるようになっていた。


「これから先、俺はずっと瓜子姫の側に居る」

「これから先、私はずっと茨木童子の側に居る」


 2人は笑う、幸せそうに。いつまでもいつまでも。


 うりふたつ、いつまでも幸せに。


 これで本当の、めでたしめでたし

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― 新着の感想 ―
[良い点] 純粋に瓜子姫好きの私はこのお話に感動しました。 [一言] 本当にこのような作品を作ってくださりありがとうございました。
2019/07/16 22:56 退会済み
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