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鉄の重さ

作者: 煌千

お題箱サービスよりお題「鉱山から近いことと燃料の木とそれが湿らない乾いた気候を求めてそれなりの山岳地帯にある金属の精錬場 山の斜面を勢いよくかけ昇る風を受けて火がぶはーっとなる」をもとにした即興超短編です。

工房の設備と職人と、その技巧を目の当たりにする商人のお話です。

「こんにちは。また貰いに来たよ」

 開け放たれていた戸口から声を張る。室内から漂ってくる物凄い熱に彼は密かに顔を顰めながら、しかし、そこへ足を踏み出した。

「おーい」

 先ほどより大きな声はノック代わり。窓という窓が開け放たれたそこは、石造りであるにも関わらず眩しい程に明るい。

ずっと山道を来た足にとっては、整ったタイルの床にむしろ違和感があった。止んでは吹く、渇いた風が肌に涼しい。もう一度呼びかけようとして、そこで建物の奥がちらりと見えた。

「なんだ、作業の真っ最中か」

 そこに向かって歩く。

近づく度に熱が強くなる様は、火山の底へと足を進めているかのようだった。

 やがて、彼女は火口へ辿り着く。見回してみれば、中心に大きな炉があり、そこには真っ赤な炎が巣食っていた。ぐるりと囲う無骨な石の壁には窓こそ配置されているが、それらも全て閉じており、見ているだけで尚更暑く感じてくる。

 溶けるような熱の中、ようやく目当ての知り合いが彼女を見つけた。

「やあ、商人さんか。いつの間に来てたのさ、挨拶ぐらいしてもいいのに」

「いっぱいしたよ。聞いてなかった癖に」

 笑い合って、彼女は本題を切り出す。

「そうそう、分かってると思うけど、また買いに来たよ」

 しかし返事は暗い。床に彷徨う視線が、くっきりと見えてしまっていた。

「うーん……そうかあ、ちょっと時間が掛かりそうなんだよな」

 その姿を見てなんとなく察した彼女は、目の前の大きな装置に目を戻す。

「そういえば、お前はこいつが動いてるのは見たことなかったよな」

「うん。そういえばそうだね」

「折角の機会だ、ちょっと見ていけよ。ちょうど始める所だったんだ」

 たたら場自体は見慣れているが、ただの商人である彼女には使い方など分からない。動いている所を間近で見たこともなかった。興味がない、と言えば嘘になるだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「よしきた。じゃあ先ずは構造を説明しよう」

 うんうん、頷く相手を他所に、彼女は装置を見上げた。大きく逞しいが、ところどころ黒く焦げているのが痛々しい。商売で金属はよく扱っているが、このような設備のことはまるで知らないのだった。

「まずあの筒に鉱石と木屑を交互に入れて……」


「そろそろ大丈夫かな」

 そんな声とほとんど同時に、炉から大きな火がぱっと現れた。素人目には、もはや火事である。

「うわ、これは大丈夫なの」

「いいのいいの。そっち側の窓、開けておいてくれる?」

 その場を離れられないのか、客人にも容赦なく指示が飛んだ。

 渋々、簡単な構造の窓を開けてやる。

 一つ目の窓のふちに手を当てて、ぐっと力を込めた。少し重いが、あっさり開く。

 と。

 びゅう。

 強い音がして、突然の圧力に少し体がふらついた。

 途端に山岳特有の鋭い風が吹き込む。室内が、感じる程に一気に涼しくなっていく。同時に、眩しい昼の景色が目に飛び込んできた。やや殺風景だが、遥かな山肌と揺らめき囁き合う木々がなんとも長閑で心地よい。

「玄関、開けっ放しだったでしょ。この風を通すためにね」

 この風。

 急峻な鉱山の中腹に建てられたこの精錬所は、来る道中でも強い風に辟易したものだ。秋と冬には特に顕著で、毎年のように強くて冷たい颪に凍える旅路を過ごすのだった。

 そんな凍てつく気候すら味方に付けて、炉は高く強く誇らしく吠えていた。なるほど強い鋼が生まれる訳だ、彼女は一人頷く。

 ひと際強い風、ぶわりと煽られて、炎はさらに燃え盛る。冷気を一心に食べつくすかのように、ごうと音を立て風に膨らんだ。建物の壁や天井までも焦がさんと、熱が光が迸る。

「すごいね、暑い訳だ」

「温度は命だからね」

 言いながらも、職人の手は早くも働き始めている。

 きっと丁度良い火加減という物があるのだろう、ふいごを慎重に操作している、既に汗だくな手が印象的だった。見惚れかけつつも、彼女は窓を次々と開けていく。その度に炎が揺れて広がり、外気と熱のせめぎあいが強く激しくなっていった。

 商材一つに籠る想いや力というものを、商人は相手にする暇がない。だが、彼女はそれでも鉄の重さを思い出さずには居られないのだった。

 山から吹き下ろす風は、相変わらず強い。

読んでいただき、ありがとうございました。

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