第8話 ウルフ・オブ・フォーシーズンズ
今回はヒロイン達と過ごした一年間のダイジェストです。
入学式から一年が経った。え?展開が早いって?まあ落ち着けよ。この一年にあったことをダイジェストで紹介するからさ……。
―――――春―――――
入学式から一週間後――
「お花見行こうよ!!」
始まりは、お隣さんである薫が自室にいる俺に窓越し言った他人事だった。
「これまた突然ですね……」
「だってこんなに満開の桜があるのにお花見しないなんてもったいなんだもん!」
入学式の時には五分咲きだった桜もこの2〜3日で満開になった。たしかに花見をしないなんて勿体ないな。
「解りました行きましょうか…で、いつ行くんです?」
「明日!」
「……ホント急ですね」
「留美とか雄介とか来るからよろしくね!……後、理子にも伝えてね!じゃあ明日8時に『秋の丘』に集合ね!」
理子は言いたいことだけ言うと窓を閉めてしまった。
「まるで嵐だったな……」
ちなみに『秋の丘』とは村の中心部にあるあの丘の通称である(正式名称不明)。
次の日皆の分の弁当と父さんの書斎からパクったある物を持った俺と理子は秋の丘に向かった。
「征男!理子!オッハー!」
「チッ……なんで俺まで……」
「まあまあ雄のアニキ、楽しそうだから良いじゃないですか!」
「そうですよ。桜の散り具合からして花見のピークは今日のようですし」
「悪原君、待田さん、おはよう!」
「ワン!」
桜満開の丘の頂上にはシートを敷いた薫、留美、留美のペットのハチ、坂上と手下二人が待ち構えていた。
「お待たせして申し訳ないこれの準備に手間取りましてね」
謝罪しながら俺は重箱をシートの上におく中身は今日の為に理子と一緒に作った弁当だ。
「すげー!!」
「これは待田さんが?」
「いいえ半分は征男さまが作って下さりました」
「マジかよ……やるな、東京モン」
「薫ちゃんがわざわざ作ってくれたお弁当も凄いけどこっちも凄いね」
「くぅ〜〜、折角私が皆の分のお弁当作ったのにっ!もっと美味しそうなお弁当が出るなんて悔しい!」
皆から様々な乾燥が聞こえる。しかし薫の弁当か……シートの上には少し不恰好な弁当があったあれがその弁当か……薫もあの男勝りで活発な見た目と性格に反して家事がそれなりに出来るって設定だったな。後であの弁当頂こう。
「弁当だけで驚かないでください、今日の為にこれを持って来たのですから」
俺は父さんの書斎からパクった一升瓶をシートに置く。
「ちょ!?オイ!東京モン!それさk「お米のジュースです」いやどう見ても日本s「お米のジュースです」コイツお米のジュースでごり押しする気か!?」
坂上がなんか騒いでるが無視する。父は仕事の関係上お得意様からよくぶどうのジュースやお米のジュースを貰う仕事が忙しい父はあまり飲まないし種類がダブることもあるので今回みたいにパクっても気付かれないのだ。
「流石征男!今日みたいなめでたい日にはピッタリだね!」
「え!!薫ちゃん飲むの!?」
ノリ気の薫に驚く留美。
「お、オイオイ、俺ら未成年だぞ」
「アニキ何言ってるんですか!今日ぐらい良いじゃないですか!」
「そうですよ、一昔前なら僕達は元服を迎えてもうおさk――じゃなかった。お米のジュースを飲んでいましたよ」
「元服って……いつの時代だよ!」
飲むことを戸惑う坂上と以外にノリ気な牛乳瓶眼鏡とパンチパーマ。
「征男さまどうぞ」
「ありがとう」
何気に紙コップにお米のジュースを注ぐ理子。
皆それぞれ違う反応に微笑んでしまう。転生してから早2年酒も葉巻も我慢したんだこれくらい楽しんでも良いだろう?
そんなことを考えてたら話が纏まりお米のジュースで乾杯することになった。
「では!中学入学と新しい仲間、征男と理子を祝って乾杯!!」
「「「「「「乾杯(ワン!)!!」」」」」」
なるほど今回の花見は俺達の歓迎会的な要因もあったのか……嬉しいのだが薫さんや昨日の今日は急すぎるよ……でも俺も理子も嬉しかったよ。
一時間後
「こいつは酷い」
辺りは地獄だった。
「アハハハハ!コイツは傑作だぁ!アハハハハ!」
「アニキ、桜の何処が笑えるんすか?」
桜を見て爆笑する坂上とそれを諌めるパンチパーマ。
「すぅ……すぅ……」
「クゥ〜ン」
お米のジュースを一口含んだだけで合歓ってしまった留美とそれを見守るハチ。
「うわぁあああ、なんで男の征男の方が料理上手いのよ!私に女子力はないっての?どうせ私は男勝りなガサツ女ですよ!」
「落ち着いて!皐月さんの料理も十分よかったですよ!」
泣き叫ぶ薫をなぐさめる牛乳瓶眼鏡。
まさか一時間足らずで笑い上戸・下戸・泣き上戸が誕生するとは……俺はこの地獄絵図を眺めるしか出来なかった。
「征男さま〜、私の作った卵焼き食べてくださぁ〜い。はい、アーンって征男さまが3人いる?どれに食べさせれば良いのか解からなぁいです」
「………」
箸で掴んだ卵焼きを桜の木に食べさせようとする理子。
結局花見は酔っぱらった四人よりお米のジュースを飲んだ俺とパンチパーマと牛乳瓶眼鏡が四人を介抱してお開きになった。
―――――夏―――――
「釣りに行こうよ!」
始まりは、ぎのごとく薫の発言から始まった。なんでも村から少し離れた所にある小川で鮎が釣れるらしい。
理子をつれてその小川に向かう。
「おう、悪原お前も釣りか?」
川には既に坂上こと雄介が釣糸を垂らしていた。
「ええ、薫さんに誘われましてね」
春から夏にかけて雄介とは当初とは違い良好な関係でいる。同じお米のジュースを飲んだことと都会人にしてはタフだったことが関係改善に繋がったのだ。
「お二人は一緒じゃないんですか?」
「学は一彦の勉強見てるから1人寂しく釣りしてんだよ」
学とは牛乳瓶眼鏡こと川口 学のことで彼は小学生時代は苛められっ子だったらしいのだが、雄介に救われてからは雄介をアニキと慕い舎弟のような地位にいる。ちなみに見た目通り頭は良い。
一彦とはパンチパーマこと山田 一彦のことで彼は小学生時代、苛められていた学を見て見ぬフリをしていたのだが雄介が苛めを止めたのでその男気に惚れて雄介の舎弟になっている。
「おっ待たせ!お?雄介じゃんヤッホー!」
「うるせぇなぁ、魚が逃げるだろうが」
俺と雄介が駄弁ってると薫がやって来たタンクトップにオーバーオールとラフな格好だ。
「さぁ釣るよ!」
薫は竿を持ってやる気充分のようだ。
「悪原お前、竿どうした?」
一方、雄介の指摘の通り俺は竿を持っていない。わざわざ竿を持ってくるのが面倒だったのだ。
「私もう一本竿あるから貸そうか?」
「いいえ大丈夫ですよ。今から作りますから」
俺は丁度いい長さの木の枝を見つけると持参の鉈で切り余分な枝を払い持参の釣糸と釣り針で釣竿を完成させる。近場の石をひっくり返して石の裏側にいるミミズをエサにする。
「えっ!?それで釣るの!?」
「マジかよ」
「鮎ならこの枝で充分ですよ」
そう言って俺は釣竿を垂らす。
10分後―――
「はいっ!一匹目!」
「ホントに釣れた!」
「スゲーな……」
俺が一匹目の鮎を釣り上げ驚く二人、ドンドン釣ろう
30分後―――
「はいっ!三匹目!」
「やるな悪原、おっ?こっちも来たな五匹目!」
「ムムム……釣れない………」
俺が三匹、雄介が五匹、薫が無しという成績になった。
「むぅ〜〜私、場所変える!」
「気を付けて下さいよ……って、何やってるんですか!?」
「また始まったよ……」
「うんしょ…うんしょ…」
俺が情けない声を上げたのも無理はない何故なら薫がオーバーオールとタンクトップを脱ぎ出したのだ。ってマジかよ原作でもなかったぞ、こんなイベント!!薫のヌードが見れるのか!?
「うん!準備完了!」
はい、そんなことはありませんでした。
「スク水?」
オーバーオールの脱いだ薫は全裸ではなく紺色のスク水(旧型)を身に纏っていた。
「あいつ釣れなくなるといつもスク水になって川の中入って釣りに行くんだよ」
「ヌフフ、どうだ!私の悩殺ボディは!二人ともときめいただろ!?」
そんなことを言いながら無い胸を張る薫、平らな胸板部分に貼られた『かおる』とマジックで書かれたゼッケンの存在感が凄い。
「ハッ!何が悩殺ボディだ!そんなまな板見せられてもなぁ?」
「ムキー!まな板言うな!」
雄介と薫が醜い争いを始める。確かに彼女の胸は『ペッタンコツルツル』だ。
「もういい!私奥で一杯釣ってくる!!」
ご立腹な薫はズンズンと川の中に入り釣りを始めた。
「あ〜あ、今のでこっちに来てた魚が逃げちまった」
雄介が愚痴る。薫が音を立てて移動したので魚が逃げたのだ。
「そういえば待田どうした?随分大人しいけど」
「理子さんなら焚き火の準備をしてますよ。折角釣ったんですから塩焼きにして頂きましょう」
「準備万端かよ……焚き火の仕方はお前が?」
「ええそうですよ」
「お前ホントに東京モンか?どっちかつーとうちら寄りだろ?」
焚き火は火をつけて上から可燃物を置けばいい訳じゃない空気が入るように隙間を開けなければ火が燃え広がらないのだ。
「あれ?坂上君に悪原君?」
「ワンワン!」
30分くらい釣り竿とにらめっこをしていると背後から声を掛けられた。
「お、星川か」
「こんにちは星川さん、ハチの散歩ですか?」
声の主はハチを引き連れた留美だった。春の時と同じくワンピースを着ていたが春とは違いパステルグリーンの半袖のワンピースと麦わら帽子の組み合わせで夏らしい爽やかな出で立ちだ。
「うん、この小川沿いはハチのお気に入りの散歩コースなんだ。悪原君達は釣りかな?」
そう言いながら留美は屈みながら川の中を覗きこんだ。
「「………」」
留美が屈みこんだ時にワンピースに覆われた留美の胸がぷるんっと揺れた。その揺れは中学生とは思えないものであり薫では到底不可能なものであった。
「ん?二人ともどうしたの?」
「い、いやなんでもない」
「え、ええ、この川では鮎が釣れるんですよ。後で塩焼きにしますからいかがですか?」
薫と留美の胸囲の格差社会に思わず無言になってしまった俺と雄介を怪訝に思った留美が声を掛けてきたので二人揃って慌て誤魔化した。
「え!良いの?私、鮎の塩焼き一度で良いから食べてみたかったんだ」
「俺達だけじゃあ食い切れないからな食って貰った方が助かる」
留美が嬉しそうに目を輝かせる。よし、誤魔化せたな。俺と雄介はサムズアップし合う。
「なんなら星川、お前もやるか?薫の予備の釣竿もあることだし」
「坂上君、流石に他人の物をかってに貸すのはどうかと……」
「いいんだよ。薫の奴、悪原に貸そうとしてたんだ貸す相手がお前から星川に替わっただけだ」
ちょっと待ってその理屈はおかしい……って言いたいのだが留美が興味津々な様子で薫の釣竿を見ているので言えなかった。
「まあ、薫さんなら星川さんにも貸してたかも知れませんしね。どうです?星川さんも釣りやりませんか?」
「え、でも……」
「大丈夫だって、薫の奴はこんなことで文句言ったりしねーよ」
しばらく迷っていた留美だったが俺と雄介の進めと自分の好奇心には勝てなかったようで……
「じゃあ……お言葉に甘えて」
そう言って留美は薫の竿をおずおずと取った。
一時間後――――
「いやぁ〜〜大量っ大量!」
ジャブジャブと音を立てながら薫が戻って来た。
「テンション高いなオイ」
「おかえりなさい」
「ただいま〜〜あっ!留美じゃん!ヤッホー」
「おかえり、薫ちゃんごめん釣竿勝手に借りちゃった」
釣り竿を持ったまま器用に頭を下げ申し訳なさそうに謝る留美
「いいよいいよ〜どうせ雄介辺りが貸したんでしょ?それより皆何匹釣った!?」
テンション高めな薫が釣った数を聞いてきたこの様子だとホントに大量のようだ。
「やはり地元の人には勝てませんね。5匹です」
最初はよかったが後から不調が続き5匹に収まった。
「何言ってんだ。あんな竿で釣った奴がよく言うぜ俺は7だ」
雄介は地元の人間だけあってよく釣れるポイントを解っていたため俺より多く釣っていた。
「5匹と7匹かぁ〜……フフフ、二人ともまだまだだなぁ〜」
薫が不敵に笑うがスク水姿なので迫力はない。
「随分と言ってくれるな?」
「そんなに釣れましたか?」
「フフフ、これを見るがいい!」
そう言って薫はバケツをつき出した。どれどれ……うおっ!中には大量の鮎がいた。数はひぃふぅみぃ……
「「15匹!?」」
驚く俺と雄介、ドヤ顔のスク水薫端から見たら異様な光景だ。それにしても最初釣れなかった薫が15匹か……
「フフフ、場所さえ替えて仕舞えばこっちのもんよワァハハハ!」
バカ笑いをするスク水薫やはりカオスだ。
「ハハハ!ってそういえば留美は何匹釣ったの?」
薫の一言で辺りの空気は重くなる雄介を見れば複雑な表情だ、俺も同じ表情を浮かべているのだろうか?
「あっ……まさか余り釣れなかった系?ま、まあ、留美は初心者出ししょうがない「……20匹だよ」え?―――」
なんとか留美を慰める言葉を考えている薫は雄介の一言で呆然とする。
「留美自体は素人なんだけどさ、ハチが示す場所です釣り糸垂らすとバンバン釣れるんだよ……あれは反則だろ……」
ため息を吐きながら雄介は真相を口にした。正直俺もハチの嗅覚?動物的本能?には敬服するしかない。
「やったぁ!ハチまた釣れたよ」
「ワン!」
一方釣りに夢中で俺達の会話を聞いてなかった留美はまた一匹釣り上げハチと一緒に喜んでいた。
「訂正です21匹ですね」
「嘘でしょおぉぉぉ!」
薫の絶叫が辺りに木霊したのは言うまでもない。
当然のことながら全ての鮎を食いきれる訳もなくおのおの持ち帰って夕食の材料として調理したのは言うまでもない。ちなみにこの出来事により俺と雄介はハチのことをハチ先輩と呼ぶようになりハチの通り名は生体魚群探知機になった。
――――秋――――
食欲の秋、読書の秋と秋を形容する言葉は沢山あるが今回はスポーツの秋の話をしよう。
「さぁ!勝負だ雄介!ホームランをかっ飛ばすよ!」
バットを雄介に向けて宣戦布告する薫。
「ハッ!やれるもんならやってみな!こっちはお前さえ落とせば勝ちなんだよ」
雄介もボールを握りしめ勝利宣言をする。
「アニキ!薫なんかに負けるなぁ!」
「がんばれアニキ!」
「征男さま頑張って!」
「薫ちゃんがんばれ!」
観客の声援も凄まじい辺りのボルテージは高まるばかりだ。
夏休みが終われば大体の学校が運動会に向けた準備をすると思うのだが、我が秋穂中学は残念ながら運動会を行えるほどの生徒数がいない(各学年一クラスのみで運動会なんて土台無理な話だ)。そのため秋穂中では秋穂小と合同で秋のスポーツ祭と題してスポーツによる競争ではなくスポーツそのものを楽しむ運動会に比べると緩い行事が行われていた。
秋穂中にはスポーツ2強と呼ばれる存在がいる雄介と薫だ二人は小学生の頃より男女のスポーツ代表としてスポーツ祭で熱い戦いを繰り広げた(楽しむんじゃないのか…)二人は毎年の如くクラスを二つに分断し熾烈な団体スポーツを行った。サッカー、バスケ、ドッジボールと数え出したら切りがない程だ。毎年一進一退の攻防を繰り広げた二人だが今年は違ったそう、俺である。入学してから勉強とスポーツで頭角を現したことにより秋穂中スポーツ2強は3強常態になった(ちなみに学と留美で学力2強もあったがこれも俺をいれて3強になった)。そして今年のスポーツ祭で行う種目は野球である。俺は薫・雄介の両陣営からひっぱりだこになり迷った結果俺はなんやかんやよくつるむ雄介の陣営に入った。
思えば出会ってまだ半年くらいしかたっていないと言うのに雄介とは親友と言っても過言ではない仲になっている。最初は余所者ということで仲はよろしくなかったが俺が学力と運動面での台頭から彼は俺をライバル視する。彼は体育の度に勝負を仕掛けられたがその度に負かしたあの時の雄介の悔しそうな顔は今でも覚えている。その後彼は俺が独自のトレーニングをしていることを知るとそれに参加させて欲しいと頭を下げてきた。意味のないプライドを捨てライバルに頭を下げられる柔軟性に好感を覚えた。トレーニングに参加してからの雄介は最初ついて行けてなかったのだが徐々に頭角を現した流石自然の中で育っただけはある。一緒に体を鍛えたが故か今では男友達の中では幼馴染である服男より仲は良い。
話がそれた毎年一進一退の攻防を繰り広げる雄介と薫の今年のスポーツ祭の種目は野球になった。今はその野球の試合中であり雄介チーム5点で守備薫チーム2点で攻撃の9回の裏ツーアウト満塁というベタな試合展開になっていた。
バッターである薫は不敵な笑みを浮かべながらピッチャーである雄介を見ていた。雄介もそれに笑みで返すが目はキャッチャーである俺にアイコンタクトをしている。
『さて、薫に三振させれば俺達の勝ちだが……どうする?』
『薫さんがそう簡単に三振してくれる訳ありませんからね』
俺と雄介はキャッチャーとピッチャーとしてバッテリーを組んだのは今日が初めてではない雄介は秋穂村の少年野球チームに所属しておりよく刈穂町のチームと試合するそれに暇をもて余した俺が飛び入り参加のが俺と雄介のバッテリーの始まりで今ではハンドサインとアイコンタクトで粗方の意志疎通は出来る。
『坂上君ファーボールで薫さんを一塁に流してください』
『はぁ?今満塁なんだぞ!?向こうに点数入っちまうぞ』
『入っても一点のみ、満塁ホームラン出されるよりはマシです。薫さんをバッターボックスから離し後続のバッターを三振してしまえばこちらの勝ちです」
薫と真っ正面から勝負するのは危険過ぎるここは無難に一点取られてでも薫をバッターボックスから離した方が良い、後続のバッターはどう見積もっても薫以上の能力はないしな。
『まあ、たしかに勝ちを優先すればそうなるか……』
理屈は解るが納得はしていないようだ、俺も自分で言っておいてなんだがこの作戦はつまらないやはり一か八かの大博打の方が良い。
『悪原……作戦考えて貰ってわりぃんだがやっぱり薫から三振取りてぇんだ。』
どうやら雄介も博打好きのようだ思わず笑みがこぼれる。
『だろうと思いましたよ。まあ、私もこんな試合して観客からブーイング食らいたくないですしね』
「アニキ!頑張れ!」
「フレーフレーア・ニ・キ!」
雄介に向かって応援する守備に回った学と一彦(応援いいから守備せえよ)
「薫ちゃん!悪原君!坂上君!頑張って!」
「ワンワン!」
観客席から応援する留美とハチ(てか犬連れてくんなや)
「征男さま頑張ってください!」
芋ジャージ姿で応援しながら観客に麦茶を振る舞う。(君は野球部の女子マネージャーか?)
彼ら以外にも応援する者は大勢いる無様な試合は出来ないな。
『仕方ないですね。坂上君やるからには全力でやってください』
俺のゴーサインに雄介は獰猛な笑みを浮かべる。
『ただしストレートはやめてください見切られてますから』
『おう!今日のために練習したヤツを繰り出してやる!』
「ねぇ、そろそろ始めない?」
痺れを切らした薫が催促してくる。かなり待たせたようだ。
「お待たせしました。再開しましょう」
試合が始まる。雄介は先ほどの笑みが嘘と思えるほど真剣な表情だ。
「そいっ!」
雄介は第一球を投げた。あの球は……!?
「うそ!?」
薫が驚きながらバットを振るが空振りに終わる。
「ストライク!」
「スライダーですか……」
スライダーとは直線上に飛んだボールが途中から横にカーブする変化球のことでとても中学生に出来る芸当ではない、なるほどこれは雄介も余程練習したに違いない。
「もう一丁!」
第二球が投げられたこれもスライダーだ。
「またっ!?」
「ストライク2!」
またストライク、しかし薫の振ったバットは確実にボールを捕らえつつあった。スライダーが読まれてきてる……。
『まずいですねスライダーが読まれてきています』
『チッ、もうかよ早すぎるだろ』
薫の適応力にはかされるたしかに原作で運動神経抜群だという説明はあったがこれほどとは………。
『スライダーと見せかけてストレートを放つかもう一度スライダーを放つかどうするかは君次第だよ』
『ああ、解った』
雄介の顔から汗がこぼれる。あの汗は暑さからくるものではない恐らく彼の心臓は高鳴っているに違いない。
「ラスト!」
第三球を投げた。ストレートか?スライダーか?
「雄介のやり方は見抜いてるよ!ストレートだ!」
薫はそう結論付けバットを振った。たしかに飛翔するボールがカーブする気配はない、雄介のことだから最後は正面から堂々とストレートを放つと思っていたが薫にも見抜かれていたか……。
バットとボールが接触するその時だった。
「あれ!?」
なんとボールはバットに接触する瞬間カーブして逸れたのだ……そう雄介が放ったのはストレートではなく遅延式のスライダーだったのだ。
カキーン
しかしカーブするのが少し遅かったようでバットに接触ボールが打たれてしまっただがあの角度ならファールで済むだろう。実際打たれたボールはファールゾーンに上空に飛び試合を間近に見ていた観客の集団に……観客!?
「皆逃げろ!」
「避けて!」
雄介と薫が叫ぶファール球とは言え雄介が投げ薫が打った球だあんなのが当たったら洒落にならない。
「星川さん!」
他の観客は咄嗟に避けたが運動が苦手な留美は咄嗟に動けないでいた。当たる!最悪な状況が頭を過った。しかし、
「ワン!」
パク!
なんと飛び上がったハチが落下するボールを口で受け止めたのだ。
「嘘……だろ……」
「ハチ凄っ!」
雄介と薫が驚き気味に声を上げる。犬とはいえあんな危険なボールを受け止めたのだそりゃ驚くだろうな。
「ハチ!ありがとうっ!」
心底嬉しそうにハチを抱き締める留美と嬉しそうに尻尾を振っているハチを見て俺も安堵のため息を漏らしていた。
こうしてハチは通り名が生体魚群探知機からイージスの盾に替わった………あ、野球には勝ちました。
―――冬―――
12月の早朝、俺は寒さで目が覚めた。
「さっむっ!」
流石東北、冬の寒さは東京と比べ物ならないくらい寒い、これは雪でも降っているかもしれない。俺は寒さで体を震わせながら窓を開けた。
窓を開けたそこは雪国であった……訳でなく。
「雪だぁあああ!」
窓を開けたそこは雪にテンションを上げる薫がいた(窓の向こうが薫の部屋であることを忘れていた)。
秋穂は豪雪地帯で今日みたいに雪が積もるのはザラだそうだ。それでもここ2〜3年は積雪量は少なかったらしく、薫のテンションが高かったのは2〜3年ぶりに積もったからだ。
「とりあえず暖房を着けますね。寒くて風邪を引いてしまう」
薫に断りを入れて家中の暖房のスイッチを入れに行こうとする昨日から両親も待田夫妻も仕事で不在のため家には俺と理子しかいない理子に寒い思いはさせたくないのだ。
「あっ、雪で停電してるから電気着かないよ」
「なんですと!?」
試しに部屋の電気を着けてみるが全く反応がない。薫の話によると冬の秋穂で停電は当たり前でどの家庭も停電に備えて準備しているようだ。秋穂の家も石油ストーブ、懐中電灯、非常食、電池式ラジオは完備している。残念ながら我が家にある暖房器具はエアコンやコタツといった電気式のもので石油ストーブなんてものはない。
「仕方ないですね。発電機を動かしますか」
「発電機!?なにそれカッコいい」
発電機のどこにかっこよさがあるのかわからないが父が東北は雪が凄いからとこんな時のために発電機を購入して我が家に取り付けたのだ。仕事で忙しい割に気配りの出来る人である。
「ねえ、落ち着いたらお邪魔していい?うち親が昨日から居なくてさ、一人じゃ寂しいんだよね」
そういえば薫の両親は共働きで刈穂町で働いてるんだったな。うちも理子と二人っきりだし丁度良いな。
「そちらもですか?うちもなんです。良いですよ発電機が動いたら来て下さい」
「やったー!ありがとう征男」
俺が了承すると薫は余程嬉しいのかオーバーに喜んだ。男勝りだがこういう時は可愛らしいな。
薫と別れた後、俺は一階におりる。
「征男さま大変です。電気が着きません!」
一階に降りた俺のもとに理子が慌てて駆け寄るどうやら俺が薫と話している間に起きて一階に降りたようだ。
「どうやら雪による停電らしいです。発電機を動かしますので理子さんしばらく待っててください」
「私も手伝います!」
「気持ちは嬉しいのですが一人でも出来ますし理子さんには風邪を引いてほしくないので家にいてください」
発電機は家にあるのだが残念なことに発電機を動かすガソリンが車庫にあるので一度外に出なければならないのだ。家なのに余りの寒さから白い息が出るのに理子を外に出すわけにはいかない
「でも……」
「なら理子さんには別のことを頼みます。薫さんが後から来るそうなので温かいココアをお願いします。停電でもガスは使える筈ですしね」
まだ納得していない理子に別の仕事をさせる理子は俺の世話を矢鱈としたがるのでこうしてたまに簡単な仕事与えるこうしないと俺の為に無茶をするからだ。
「薫さんが……解りました準備しますね!」
どうやら納得してくれたようだ。俺は上着を着ると車庫のガソリンを求めて外に出た。
「ううっ寒寒!」
発電機は無事動いた。停電も例年通りなら1〜2日くらいで復旧するそうなので燃料切れの心配はない。
俺がリビングに戻ると携帯片手に理子がきた。
「あ、征男さま先程征男さまのお父様からお電話がありまして……」
電話の内容は秋穂と刈穂を繋ぐ、いや秋穂を外界と繋ぐ唯一の道、県道174別名『いなほ道』が雪の影響で通行止めになり今日中に帰れないというものだった。こりゃ薫の親も帰れそうもないな薫が了承するなら今夜は薫泊めるか?
ピンポーンピンポーンピンポーン
誰だうちのチャイム連打する奴は……って薫しかいないか、
「はいはい今開けるからそんなに慌てな「征男!留美が大変だよ!!」……詳しく話してくれませんか?」
薫の話によると薫は俺と別れた後クラスメイトの安否が気になり彼らと連絡を取ったそうだ幸い雄介を含めたほとんどの生徒と繋がり無事を確認出来たそうだがただ一人留美とだけは連絡が付かなかったそうだ。
「留美ってまだケータイ持ってなくて……だから自宅に掛けたんだけど電源入ってないって……」
恐らく停電で家電に電気が供給されてなかったのだろう。頭のいい彼女のことだ無茶なことはしないと思うが心配だ。
「それに留美の家って『おーるデンカ』だっけ?家全部が電気に頼ってるから今頃、留美多分寒い思いしてる……」
オール電化か……不味いな冷暖房も調理も給湯さえ電気頼り……ガスを使わなくて済む反面、今日みたいな停電が行ったらどうにもならない(ガスが使えれば最悪コンロの火で暖が取れるのだがオール電化ではそうもいかない)。
「留美の両親って年末になると忙しなって家に帰れない日が多いんだって……多分今日も居ないと思う」
最悪だ。現代住宅としての機能を喪失した家に女の子が一人(プラス一匹)外は雪が降り気温もマイナスに突入している早く安全な場所に避難させないと命に関わる。
「解りました友達の危機です。私も本気を出して星川さんを迎えに行きましょう」
原作開始前にヒロインが凍死って洒落にならんからな。久しぶりに本気を出すつもりだ。
「星川さんは秋穂で出来た最初の友達です私も行きます!」
今まで俺と薫の話を黙って聞いていた理子が名乗りを上げた俺としても細かい所に気配りが出来る理子の同行は正直助かる。
「ありがとう征男!理子!最悪私一人で留美のとこまで歩いて行こうと思ってたんだ。こうなったら三人で留美を救いに行くぞ!えい、えい、オー!」
俺と理子の返事に感動した薫のテンションが高い。勝手に盛り上がっているところわるいがひとつ訂正させて貰うよ。
「誰が歩いて行くなんて言いました?」
「え……?」
「こんな雪の中歩いたらミイラ取りがミイラになるだけです」
誰が好き好んでこんな雪の中歩くかよ。
「で、でもどうやって行くの……?」
「まあ、私に任せてください」
心配する薫に私は笑って答えた。言った筈だ久しぶりに本気を出すと……。
「準備出来ました。征男さま」
「ねぇ征男、あんた本気でやるの?」
「本気ですとも出なきゃわざわざチェーンなんて車に着けませんよ」
俺達は今車庫にある父さんのセレナ車内にいる。父さんは会社に行く時は理貴さんが運転する社用車に乗るのでセレナは家に残されたままなのだ。
「そもそも私達中学生だよ。車の運転なんて無茶だよ!」
俺の本気それは父さんのセレナで留美を迎えに行くことだ。運転は前世の頃からしていたので問題ない。
「大丈夫です。車の運転は練習しましたから」
もちろん前世の経験に慢心することなく今世でも皆が寝静まった時に練習しましたよ。いや〜夜のドライブ楽しかったなぁ。
「練習!?征男何やってんのよ!?」
薫からツッコミが飛ぶ、彼女はツッコミキャラだったか?まあ、普段から無茶をやって俺や雄介を心配させた罰だと思ってくれ。
「それに雪降ってるのに安全に運転出来るの?」
「チェーン履いてるし、問題ないでしょう……多分」
「多分って言った!征男多分って何よ!?」
前世は仕事の関係上アフリカや中東を中心に車を走らせたことはあるが雪道の走行の経験はあまりなく雪道に自信はないまあ、スピード出さなきゃ問題ないだろ(適当)
「話し合ってても星川さんのうちにたどり着けないので車動かしますね」
「え!?もう動かすの?ちょっとまだ話は終わってn「出発!」話を聞けぇぇ!!」
薫の叫びをBGMに俺は車を動かした。
「いや〜なんとかなりましたね」
「雪道を車で走るのって新鮮ですね」
「二人ともなんでそんなに落ち着いてられるのよ……」
普段通りに話す俺と理子に呆れる薫、いいじゃないか無事についたんだから…。
「ここが星川さんの家ですか……」
「うん、そうだよ」
留美の家は現代的な住宅で辺りが木造建築ということもありかなり浮いていた。
「着いたことですし星川さんを呼びましょう」
家の玄関の近くには犬小屋があったがハチは居なかった寒いから家に入れたのかもしれない。ハチもうちに連れて行こう。
ピンポーン
チャイムを鳴らす。外に出た形跡はないので家に居る筈だ。
「ワンワン!」
家の中からハチの鳴き声と人が近づく音がする。
ガチャ
「あれ?皆どうしたの?」
ドアが開き留美が出迎える。毛布にくるまり寒さを凌いでいたようだ。
「留美!」
「え?薫ちゃん!?」
いきなり薫に抱き着かれて留美は戸惑っている。
「星川さん、無事でよかった」
「悪原君どういうこと?」
俺は留美に事情を話した。留美は俺達がわざわざ自分の為に雪の中を来たのを知ると嬉しさのあまり泣き出した。電気が使えないし電話も繋がらないし寒いしで限界だったようだ。最終的にはハチを湯タンポ変わりにしていたらしい(美少女に抱き締められるなんて羨ましいぞハチ!)
「まあ、ここに居ても仕方ないですし私のうちに行きましょう」
「うん、ありがとう悪原君……ところで車で来たようだけど悪原君のお父さんが運転したの?」
留美が涙を拭きながらセレナを指さして聞いてきた。そういえば誰が運転したか言ってなかったな。
「いえ私ですよ」
「え……?」
そこから先は出発前の薫との会話と似たような内容になったのは言うまでもない。
「「「あったかぁ〜〜い」」」
コタツに入りココアを飲む女性陣から声が上がるさっきから寒い所にいたから無理もないのかもしれない。
あの後自宅に戻ったら外は吹雪になった。帰るのが遅かったら立ち往生したのかもしれない。
「征男さま何か手伝いましょうか?」
「ならこの野菜切ってくれないかな」
「解りました」
今俺は理子達の為に寄せ鍋を作っているやはり冬と言ったら温かい鍋だろう。昆布から出汁を取り塩と砂糖を少々入れるこれで汁は出来た後は理子が切った野菜と肉を入れれば完成だ。
「お待たせしました。寄せ鍋です」
キッチンから鍋を居間に運びコタツの上のカセットコンロの上に置く
「うわぁ〜〜美味しそう!」
「あったかいね」
留美も薫も目を輝かせている鍋にして正解だな。
「征男、泊めるどころかごはんまで作ってくれてありがとう!」
「私も寒い中来てくれて嬉しかった。悪原君ありがとう」
美少女二人から同時に感謝されるなんてなんかこそばゆいな。
「友達を助けるのは当然のことですよ。それより鍋が冷めます。頂きましょう」
気恥ずかしさを誤魔化す為に食事を促す。こんなことで感謝されても困る二人には更なる困難が待ち構えているからだ。まあ、また俺が助けるがな。
「うん、そういうことならお言葉に甘えて……いただきます!」
「もう、薫ちゃんそんな一気に食べないの!」
「「ははははは」」
二人の漫才のようなやり取りに俺と理子は思わず笑ってしまう。やっぱり大勢で食べる食事は楽しいな……こうして吹雪の中俺達は団欒を楽しんだ。
季節は巡り秋穂に来て二度目の春が来た。俺達は晴れて中学二年生になり新学期が始まったそして……
「皆さん進級おめでとう!僕の名前は添島 亮、今日から君達の担任だ。一年間よろしく」
俺の新たな戦争も始まりを迎えた。
ユーザー以外からも感想が書けるようにしました(今まで知らなかった)誤字脱字の報告や感想を書いてくれるとありがたいです。