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大蜘蛛退治の依頼

 そこはどこにでもある普通の村といった雰囲気だった。

 とても妖が現れるようには見えないが、それは妖の活動時間が夜だからなのだろう。たいていの妖は逢魔ヶ時――夕暮れ時から夜明けにかけて出没する。

 

「で? どうすんだ?」

「ふむ、そうだな……。まずは君も交えて、依頼の詳細を尋ねに往くとしよう」

 

 数歩分先を往く春雪から、星影も離れることなくついていく。春雪の姿は紺の羽織に髪の銀色が映えてよく目立ち、見失いようがない。

 ここに来たからには、星影は『依頼を受けた春雪の依頼を受けた者』という極めて遠い関係だ。できるだけ目立たないように行動するつもりだった。

 しかし、春雪は歩く速度を変えて星影の隣にいるようにする。ときどきちらりと星影に向ける新緑色の瞳は、彼がそこにいることを確認するかのようだ。

 

「んだよ。ガキじゃねぇんだから、はぐれたりしねえよ」

 

 何度目か、ちょうど視線が合った春雪から目を逸らしつつ星影はそっけなく言い捨てた。

 

 まわりに頼ろうと思える大人がいなかった子供は、心が先に大人になろうとする。

 星影も例に漏れず子供扱いを嫌い、自分のことは自分でやろうとした。元からの性格もあったのだろう。彼は責任感が強く、人を信じられない子供だった。

 

幼子おさなごではなくとも、慣れぬ場所では迷ってしまうやもしれぬだろう? まあ私も人のことは言えぬが、一人より二人とはよく言うではないか」

「……わかったよ、あんたから離れないようにする。これでいいんだろ?」

 

 調子が狂うのだ。春雪のように、善意を全面に出してくるような相手は。

 そういう奴は、たいてい星影の態度に馴染めなくて離れていくが、春雪はどうなのだろう。鳶色の髪の隙間から春雪を見る。やっと自分から隣に来た星影を他意のなさそうな穏やかな笑顔で見ている彼からは、それはわからなかった。

 

 しばらく歩き、着いたのは村でも大きめの建物だった。この村の集会所らしく、玄関近くにある花壇では淡い色合いの花が咲いている。

 応接室にはすでに人が待っていて、その壮年の男性が春雪に依頼をした村の代表者らしい。

 

「このような村へよくお越しくださいました。春雪様。妖魔退治の専門家たる方ならば、きっとあの妖も……。そちらは?」

 

 春雪が来たことに感極まったようで立て板に水といった様子でまくし立てていた彼は、ふと我に返って星影の存在に気がついた。

 妖が村に現れるのだから、かなり大変だったのだろう。感動するのも致し方ない。

 

「彼は私の手伝いをしてくれる者で、星影 ユウシと申す。ところで、改めて依頼の内容を話していただけないだろうか」

「わかりました」

 

 数日前から、この村には妖が現れるようになった。それは大きな蜘蛛の妖で、夜に現れては暴れている。家を破壊し、中には襲われた者も少なからずいる。大蜘蛛は村に居座ることを決めたのか、昨日ついには巣を張りだした。

 

「このままでは困ります。お二人には、ぜひあの妖を倒していただきたいのです」

「もちろんだ。しかし、こちらも全力で戦うつもりだが妖退治には、それなりに時間がかかる。何処か泊まれる所はないだろうか」

「そういうことならば、一軒ご用意できます。元は空き家なのですが、手入れはきちんとしております」

「それはありがたい。往こうか、ユウシ」

 

 春雪はあたりまえのように星影にも声をかける。

 先程のこともあり、星影もその紺の羽織の背を追う。銀の髪は星明かりのようでいて、誰かを導く道しるべにさえなり得そうだった。

 からころと、春雪が歩くたび下駄が音をたてる。タイミングこそずれているものの、同じリズムでついていく靴音は星影のものだ。

 

 夕陽が空を黄昏色に染め上げている。あちこちの家からは夕餉ゆうげの匂いが漂っていた。ごく普通のどこにでもあるようでいて、縁のない者には遠い景色だ。手に入らないものを望んでもしかたがない。

 極力春雪の背だけを見て、星影は歩みを進めた。

 

 そこから数分も歩かないうちに、ある一軒家に着いた。ここがこれから星影たちが泊まる所らしい。生活感こそないものの、小綺麗な家だった。

 瞬間、鐘の音が空気を切り裂いた。

 

「あの妖が出た合図です!」

「っ」

 

 荷物を放り投げ、脇差だけを手にして星影は飛び出した。人々の流れとは逆方向に、野生の獣のような素早さで星影は走る。鳶色の髪が風になびいて、黒の目は前だけを見据えている。


 そう遠くないそこにいたのは、巨大な蜘蛛だった。自身の脚で持ち上げられた頭の位置は、星影の目線の高さとほぼ変わらない。脚を除いた身体の大きさは、二(メートル)といったところだろうか。

 敵として相対していなかったら、生理的な嫌悪感から避けていただろう。しかし現実にはこの蜘蛛の妖は敵で、星影はそれを倒すためにここに来たのだ。退くことはしない。

 

「ユウシ、それの相手など準備なしではできぬぞ。ここは一度……」

「あんたにる気がないなら、おれ一人でやってやる!」

 

 追いついた春雪の言葉をさえぎり、星影は鞘からすらりと脇差を抜く。夜の闇のような、黒鉄くろがね色の刃だった。それをまっすぐ大蜘蛛に向け、突きつける。

 

「おれと、この影断かげだちが相手だ。どっからでもかかってこいよ」

「――――!」

 

 意味不明な音を上げ、大蜘蛛が右の脚を高く上げた。先端は鉤爪状になっていて、ある程度の強度の物くらいは切ることができそうだ。

 降り下ろされた爪を、星影の影断が防ぐ。力を入れて跳ね返し、頭の辺りへと斬りかかる。

 

 ぎっ、と硬い音がした。大蜘蛛は影断による一撃をものともせず、口から糸を吐き出した。星影は大きく後方へ跳んで躱す。

 

「何だあれ……。傷も、ついてねえのか」

「如何に蜘蛛に似ていようと、あれは妖。ことわりから外れた存在だ」

「だから刀も通じない、か」

「全く通じぬというわけではない。隙を作り、弱点を突けば倒せぬということはないだろう」

 

 ぎりと星影は刀を握り直す。あの時、手応えはあった。だが、斬るには至らなかった。

 

「なら、もう一度だ!」

「ユウシ! 待て!」

 

 星影が追えば、警戒しているらしい大蜘蛛は退く。速度を上げれば、相手もそれに応じる。追いつつ、上から影断を突き立てようとするも、すんでのところで大蜘蛛にはあたらない。

 反撃をしようと、大蜘蛛が再び右脚を振り上げた。今なら無防備になった腹の下を狙える。

 

天昇水龍てんしょうすいりゅう!」

 

 地面から水が噴き上げ、大蜘蛛の身体を弾き飛ばした。星影が振り返ると、そこには春雪がいた。淡い緑の目を鋭くして、大蜘蛛を見遣っている。

 彼が今の技を使ったのだ。陰陽師の力で。

 星影の攻撃などには怯まなかった大蜘蛛が、春雪の水流で立ち上がれずにいた。

 

「……っ。邪魔すんな!」

「あれは一人で相手をできるような妖ではない! しかし、君と私が協力すればあるいは……!」

「ごちゃごちゃうるせえ! おれは、強くなきゃいけねえんだよ!」

 

 弾丸のように大蜘蛛の懐に飛び込み、星影は攻撃を仕掛ける。だがそれより一瞬速く、大蜘蛛が今度は左脚を振り抜いた。

 

「うあ……っ!」

 

 完全に攻撃の体勢だった星影に、避けることはできなかった。風に弄ばれる葉のように、為す術なく爪に切り裂かれ、回転しつつ地面を転がる。星影の手から離れ、銀の軌跡を残して宙を舞った影断は、星影が倒れたすぐ近くに突き刺さった。

 

「天昇水龍!」

 

 二度目の春雪の技に、辛うじて動ける程に力を削がれた大蜘蛛は慌ててその場を後にした。おそらく、力が回復し傷が癒えるまではここに近寄ろうとはしないだろう。

 

「ユウシ……!」

 

 春雪が近づいて見ると、星影は身体中、細かいものから深手のものまで傷だらけだった。服もぼろぼろになっている。捨て身に近い戦法をとっていたためだ。

 ぼんやりと、漆黒の目が開く。

 

「影断、は……?」

「ここに」

 

 星影が、春雪の差し出した脇差を受け取る。それが合図だったかのように、星影に表情が戻った。泣き出す直前の子供のような、頼りない表情になる。

 

「おれ……負けた、のか」

「私が大蜘蛛を退けることができたのは、君のおかげだ」

 

 ゆるゆると、星影は首を横に振る。

 

「あんたの力だよ。おれは、時間稼ぎしかできなかった……」

初陣ういじんだっただろう。君があそこまでできるとは、私も思わなんだ」

「負けたら……駄目だ。おれは、もっと強く……」

 

 ふっと星影の身体から力が抜けた。

 辺りが夜の闇に包まれる中、春雪はまだ大人ではない天才剣士を背負い、家へと向かった。

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