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貧すれば鈍すると言うけれど

 姉はとても優秀だった。偏差値の高い大学を卒業し、社会人になって働き始めてからはかなりの年収を稼いでいた。だから、父親も母親も姉をとても信頼し、誇りにすら思っているようだった。

 僕も姉を凄いと思っていた。年齢が離れている所為か、対抗心を燃やすことも劣等感を覚えることもなく、なんとなく保護者の一人のように思っていた気もする。そう言えば、姉は僕に毎月お小遣いをくれていた。

 そんな姉がおかしくなり始めたのは、僕が高校生になった辺りだった。その頃には、姉は家を出て一人暮らしをしていたので詳しい経緯は不明なのだが、普通に働く傍ら、姉はサイドビジネスを始めたのだ。問題は、そのビジネスがマルチ商法にしか思えない点だった。

 姉は父親や母親まで勧誘に来た。それで僕らは姉がそんなビジネスを始めた事を知ったのだ。高校生の僕は流石に誘われなかったけど、それでも説明くらいは受けた。そしてその説明を聞いて、僕はそれをマルチ商法だとそう判断したのだ。

 姉がそんな違法ビジネスを始める事も信じられなかったけど、それ以上に信じられなかったのは、父親や母親の態度だった。父親はまるで姉の言う事だから間違いないとでも言うようにその勧誘に乗ってしまい、母親は本当はどう思っているかは分からないが、それに盲従をしてしまったのだ。

 僕は心配になって父親に忠告をしてみたのだが、それを聞くと父親は激怒した。

 「マルチ商法ではないと、ちゃんとパンフレットに書いてあるではないか! お前のような高校生に何が分かる?!」

 マルチ商法をやっている所が、自ら“マルチ商法だ”と書くはずがない。そうも言ってみたけど、やはり無駄だった。

 父親は前時代的な父権主義者で、権威を重視する傾向がある。恐らくは、息子である僕から忠告を受けた事でプライドを傷つけられたのだろうとは思うけど、それにしても、理屈が通じない。それに、それほど怒るとも思っていなかったので僕はとても驚いた。

 「これからの時代は、会社で働くだけでは駄目だ。チャンスがあるのなら、積極的に挑んでいかなければ」

 僕の忠告はどうやら逆効果になってしまったらしく、父親はそのような事を言って益々そのマルチ商法に入れ込み始めた。僕はうちの家庭はどうなってしまうのかと非常に不安に思っていたのだけど、そうこうしている間に大事にならずにその問題は解決した。

 姉が神経症にかかっていて、病院に入院した事が判明したからだ。マルチ商法を始めてしまったのは、どうやらその所為で判断力が鈍っていたかららしい。姉は仕事で手痛い失敗をしてしまい、精神的に追い込まれていたそうで、それが直接的な原因になったようだ。

 なんとか成功を掴もうと、現実逃避をしてしまったのかもしれない。

 父親はその事実を知ってしばらくはショックで落ち込んでいた。後で知った話だが、父親の方もその頃仕事で失敗をしていたらしい。生活に困るような事はないが、出世の道は閉ざされてしまった。恐らくは、父親も姉の持って来たマルチ商法に現実逃避していたのだろう。

 精神的に追い込まれると、願望と現実の区別がつかなくなって、甘い話に騙されてしまう。

 貧すれば鈍すると言うけれど、人間にはありがちな話だと思う。

 

 最近になって僕は、その出来事と同じ感覚を味わった。書店を歩いて、経済関連の書籍コーナーを見ていた時の事だ。

 日本経済は大丈夫だの、こうすれば復活するだの、日本経済は強いだの、そこには、そんないかにも現実逃避願望を刺激しそうなタイトルや煽り文句で溢れていた。

 普通に考えれば、労働人口が減り基本の経済力が落ち始めている上に、高齢者負担や財政問題が悪化し続けている日本が、厳しい状況にある事は明白だと思う。なのに、その現実を直視しているようには思えない。

 これが民間だけなら、まだマシだ。ところがこれがそうとばかりも言えない。

 通貨をたくさん流通させれば、日本は復活する。そのような事を言って、政府日銀は2016年10月現在、月に10兆円も国債を買いあげている。これはどう好意的に受け止めても異常な行動と判断するしかなく、実際、IMFの職員は、この限界を2017年から18年と予測しているらしい。

 精神的に追い込まれて、願望と現実の区別がつかなくなっていないか、僕らはよくよく自省をしてみるべきだと思う。

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