79 郷愁
投稿を止めてて申し訳ないです。
鼻腔をつく刺激的な香辛料の香り。
意識せずとも勝手に口内に唾液が増えている。
その溜まった唾液を飲み込もうとして、喉が鳴る。
オレの腹はそれを欲して訴えを起こしてくる。
アハタさんが作った料理はそれだけオレを刺激するのか。
あぁ! もう辛抱たまらん!
「おやおや、そんなにも欲してくれるのかい。ありがとねぇ」
「いえいえ、アハタさん。貴女の作った料理は想像以上にオレを刺激していますよ! 早く食べたい って思うほどに、ね」
実際自分では抑えきれない空腹感が襲ってる。
アハタさんが持つ鍋はどうやら唐辛子系統の辛味のある料理だ。
鼻の奥がピリピリするようなカプサイシンの香りが漂ってる。
まだ鍋の蓋は閉まってるっていうのに、だ。
「今回ワタシが作ったのは狼族が嫌う、辛味のあるクーシャンという料理さ。苦手な人は苦手なヤツだね。子どもとかにはキツいかもしれないからお婿さんも気を付けるんだね」
それはそうだろうな。
蓋を閉めてても鼻を摘まんでいるヤツもいるし、メルネーちゃんなんかは苦しそうに咳き込んでしまっていた。
だが、オレは全然そういうのは大丈夫な男だ。
むしろ大歓迎と言ってもいい。
前世では自分から唐辛子フェスやら辛味を求めて激辛と書かれた店に行ったりしたもんだ。
七味より、一味の方が好きで周りからはドバドバ入れすぎと言われたもんだ。
オレとしては色が変わりだしてもまだ足りないぐらいなんだが。
けれどもそれは前世での話であって、今はそれほど強くないのではないかとオレ自身はそう思う。
まだ成長途中なガルゥシュとしての体はどちらかというとお子ちゃまだ。
息子も小さければ、毛もチョロっとしか生えておらず、好奇心が強い。
もちろん味覚だって子どもなのだ。
おそらくコーヒーを飲んだら苦いと感じるだろう。
それならば辛いのも──
「ほら! これがクーシャンさ! タンとお上がり!」
そう言って鍋の蓋を開けるアハタさん。
開けられた蓋から湯気が溢れるように沸き上がってくる。
オレの思考はそれに引っ張られるようにして浮き上がってきた。
赤く染まった湖面に浮かぶ黄色き月、それを彩る赤き肉、緑が微かに覗いていた。
出てきたのはいわゆるチゲ鍋のようなものだ。
豆腐がないのは惜しいな。
あの美しい白は赤い汁のなかで一際目立つ存在なのに。
無いものは仕方ないのだ。
最近は無い物ねだりばかりだな。
ちなみにチゲは朝鮮語で鍋だから翻訳すると《鍋鍋》になるのだが、そんなことは知ったこっちゃないのだ。
ゆっくりと全ての具材が均等に入るように掬って皿に盛っていくアハタさん。
あぁ、早くスプーンを手に取り掬い上げ飲み込むことで喉に刺激を受けたい。
箸は無いから細いフォークだ。
それを肉に刺して舌に乗せ味わいたい。
たっぷりと赤いスープに絡まった旨そうな肉を。
「いただきーますっ!」
堪えきれなくなったオレの思考はひたすらにクーシャンという料理に向いた。
オレは目の前に置かれた木の椀に満ちた汁を掬い口に運ぶ。
「───っ!? うっま!」
こりゃうめぇ。
思わず叫ぶくらい旨い。
そんなオレを見て誇るような顔をするアハタさん。一頻り満足そうに頷いたら鍋を置いて介抱しに行った。
うまみ成分を何から取ってるのか分からないが、とにかく美味しいことは間違いない。
辛味は唐辛子に似ているが少し甘味がある。
隠し味か何かで甘味を増やしているのかもしれない。
肉にも味が染み込み、辛味がちょうどいい。
こっちの体でも辛いものは全然イケル口みたいだな。
「アァーうめぇうめぇ…ひっさしぶりだな、こんなにうまいのは。クローネ母さんはなんやかんやで料理は下手だったからなぁ」
「ガルゥ変な顔してるよ…クローネさんは苦手だっていつも言ってたよね。あんまり食べた覚えがないのは、そういうことだったんだね」
「うん、ソフィ。そうそう。でも、サリシャさんは上手なのにな。うちの母さんは宿屋の看板娘だったらしいけど料理はからっきし って言ってたのは聞いたことがあるな、だから黒パン野菜スープばっかりなんだよ」
「ふふっ、ガルゥはこんなに上手なのにね。私のお母さんはそういうの大好きだったから得意だったんだよ」
オレは頬をポリポリ掻きながらクローネ母さんのことを思い出して自分でも苦い顔したなって思った。
ソフィはどこか納得したようだけど何だか懐かしそうな目をしてる。
かくゆうオレも懐かしくて久しぶりに会いたくなった。
アシヤカ村は会いに行くのには少し遠いから、半年前に一度行ったきり行ってない。
乗り合い馬車を頼むのにもお金は掛かるからな、やっぱりどうしても帰省する回数は少なくなってしまう。
セドルはそれぐらいの金は俺が出すから何度でも帰ってこいって言ってくれるんだけどな。
冒険者学校止めるつもりだし、一度パーティーで訪れようかな。
セーベとゼンを連れて、もちろんソフィも。
「父さんも母さんもどうしてるだろうなぁ」
「あ、ガルゥ会いたくなっちゃったの? 私は会いたいなぁ」
「そりゃなぁ、オレたちまだ成人してないんだぜ? ゼンはそう思わないか?」
「うん? 僕かい? 僕はあんまり。強いて言うなら姉さんに会いたいかな」
そう言ってゼンはゆっくりと目を伏せる。
ゼンはある貴族の四男坊だ、騎士爵らしいからどうせ長男だけ優遇されていたのだろう。
そこで優しくしてくれたのが姉か誰かなんだろうな。
だから結構ゼンは親に関しては淡白だ。
ゼンの話で出てくるのは槍の師匠くらいのもんだ。
「ゼンはその姉さんにやさしくしてもらったんだろ? いつか会いに行こうぜ、オレたちはパーティーなんだしさ。愛してくれた人に感謝しに行くくらい付き合うさ」
「ガルゥシュ、君ってやつは。そうだね、ありがとう。いつか感謝しにいこうか」
オレのどこからか引用したかのような言葉に共感してくれたのか爽やかに微笑んだゼン。
相変わらずイケメンな奴だぜ。
こんなにも微笑みが似合う奴もゼンくらいだと思う。
えぐいくらいのケモミミフェチじゃなければな……
「う~ん旅に出ると愛してくれた人に会いたくなるものなんだね、私も会いたくなるのかぁ、ママとパパにお別れ言わなくちゃ」
オレたちの会話を聞いていたセーベはしっかりと別れの挨拶をすることを思い付いたようだ。
リテラには会わないで旅だって欲しい旨を告げられたが、やはり挨拶はいるだろう。
胸にしこりが残ったままというのは酷なものだ。
そう、オレのように突然世界から消えるような真似はダメだ。
うぜぇ弟と妹だったが今思えばオレを心配してのことだったと。
父も母もだ。あんなに面倒な奴を養ってくれていたのだ。
感謝も別れも何もなく、突然と忽然と消えたのだ。
ある意味では清々したことだろう。
それでも、今まで積み立てられたものが勝手に消えたのだ、せめて金でも返せと思うだろう。
だが、何も出来ない。
あの世界にオレはいないのだから。
あぁ、今なら思える。
彼らには本当に感謝しなければならなかったのだと。
迷惑をかけましたと謝らなければいけないのだと。
でも、何も出来ない。
だからこの世界では親に、仲間に、家族のような彼らに感謝をしなければならない。
何も出来なかったと後悔しないように。
四章はマンネリ化してしまっていると思います。
読者の皆様には申し訳ない、何せたった2日のことをダラダラと書いてしまっているのですから。
しかし、これからのガルゥシュの苦労を描くアイデアに迷いが出てしまって、ロクシュタリアの村を旅立たせたくない。
クレハーロでまちがいなく何か起こるのですから。
と、ツラツラと私の想いを綴らせていただきましたが、どうかこれからも何卒本作を宜しくお願い致します。




