74 堂々
薄暗くぼんやりとした空が幾つもの赤き煌めきで照らされる。
篝火が空を染め上げた。
下からの光源はロクシュタリアの大樹に大きな陰影をつけ、更に大きく見えさせる。
「そぉーれっ! ハッ!」
──ドンっ! ドドドドッ! ドンッ!
号令から一際大きい音が飛び出す。続いてどんどん音の重なりが増えて音が耳を覆い尽くす。
もっとも多く篝火が焚かれた祭壇の横で、小柄なリス族の男衆が大きく腕を振り上げて太鼓っぽい楽器を叩く。
民族衣装のような服なのでそれらしくてかっこいい。
祭りが始まる。
「開催できてよかったわねぇ」
「一時はどうなることかと思ったぜ…」
「僕たちはまだこのお祭りが開催される理由は知らないけどね~」
「…確かにな…」
男子共が喋りながらオレの方に近づいてくる。
ゼンの言葉は完全にオレへの当て付けだな。いいじゃんもう。お前の好きなケモミミがパーティーに入るんだよ…
「本人が説明してくれると思いますぅ~」
「へぇーそうかい、まぁ君の説明じゃ解らないことだらけだろうしねぇ~?」
ウザさ全開で第一声をかけたらゼンのやつは笑みを崩さずにウザッと思える口調で返してきた。
「そこのうるさいの、子どもっぽいなぁー」
「仕方ない…男は皆そんなもの」
「こらこら、チヌネアもそう言うことを言うんじゃないの」
「あはは、…楽器の音ほどじゃないんだけどねー」
「メルネーちゃんは耳いいもんね」
女子組がやって来たみたいだ。
うるさいとエミッタたちに言われるがメルネーが言うように太鼓の方が音がデカイ。
オレとゼンは笑顔でにらみ合いながらも太鼓の音は聞いている。
聞き流している様に感じるかもしれないが振動が心地いいから、ぼんやりと聞く方が楽しく思える。
「オーッ! ハッ!」
「「「ハッ!」」」
──ドカカッ! ドドンッ!
クライマックスを迎えた太鼓は、掛け声によって一糸乱れぬ完璧なフィニッシュを決めた。
一拍の間をおいて男衆が撥を置くと割れんばかりの拍手と指笛が広場に舞う。
オレたちも力一杯手を叩く。まだ体に残った振動が興奮を味あわせてくれていた。
拍手がゆっくりと静まったのを見て、コジベ村長が祭壇の横に立つ。
村長は集まっているリス族の中でも頭二つ分くらい抜き出ている身長だ。その村長と同じくらいか少し低いぐらいなのは先ほどの掛け声を出してた男衆の彼くらいだろうか。
体格は細めだけどな。腕の筋肉は良さそうだ。
村長が腕を力強く広げ大声量で始まりの宣言をしようと息を吸い込む。
「さて、皆の衆! この度我が娘、精霊に愛されしセーベ、武道の才を持つテーベが、このロクシュの里を旅立つ! その偉大なる門出を祝して盛大に騒ごうではないかっ!! ───文句があるならかかってこい!!」
は? ん? 最後のは何?
言い終わるとともに拳を構える村長。そうするとオレたちの背後から絶叫にも等しい答えが返ってくる。
「文句ならあるぞぉぉおお!!」
オイオイ、マジで殴りかかろうとする奴いるじゃねぇーか、どんだけ脳筋野郎共なんだ。
文句を抱えているのは恐らく彼だ。
リス族の男性の平均身長だろう165㎝前後の身長を大きく見せようとしているのか、背伸びして、腕を上に掲げて、尻尾を大きく振る。目付きは悪い。眉間にシワをよせている。
まるで威嚇だ。リスの威嚇がそんな感じなのかは知らないが。
「クラベ……」
村長の近くにいたセーベがその声を上げた男を見て、ため息混じりに頭を抱えるような動きを見せる。
クラベというのが彼の名前なのだろう。何故かとても名前の響きが近い奴がオレの身近にいるような気がするが……
セーベの呟きは小さかったが、クラベが上げた声による一瞬の静寂をつき抜けてオレの耳に入る。この苛立ちを誰かにも知って欲しいため息の吐き方な気がする。
「おぉ! クラベか! なんじゃ? 文句があるなら存分に言うがよいの!」
この状況を意図していたのか不敵な笑みを浮かべる村長。
そんなことはどうでもいいのか、クラベはまたも声を荒げる。
「どうして、お前はこの里を去るんだよっ!? お前はずっと里にいろよ! そして俺の側にいろよッ!!」
「うわぁお」
口からついて出た驚きはオレだけじゃないはず。
堂々たる告白がオレたちの目の前で行われる。現状についていけてる奴は少ないと思う。
それにしても何て直情的で熱い奴だ、方法や過程なぞどうでもよいのだッ! ってことですか?
「…あーもう、やめてくれない? って私、何度も言ったよね! 私の話聞いてた? ねぇクラベ、せめて時と場所を考えて欲しいんだけど…!!! いつまでも子どもみたいに!!」
オォウ…こんなに自分の思いを激情に駆られて述べるセーベは初めてだ。何度も言ってるということは何度も何度もクラベは盛大な告白をしているという事だ。
「仕方ねぇだろう!! くそっ、里を出るだと? そんな危険な世界…俺達を迫害する人族の領域だぞ? 俺はお前を守りたい…でも!! あふれ出る思いを伝えてもお前は振り向いてくれないから…!」
いやだ…なにこの胸がキュンとするシチュエーションは……
「…ふざけないで、こっちの気持ちを考えたことはある? きっとないよね…」
なぜか学園の恋愛ものに見えてきた。
制服を着た二人が放課後の学校の廊下で話し合う姿が…一人は唾が飛ぶくらいに荒げた声、悔し気な顔を。一人は泣きたいくらいに小さな声、怒気を含んだ苛立ちの顔を。
なんか…オレたち帰ったほうがいいんじゃないか? 帰る場所は遠いんだけどさ。
「私はもうあなたに守ってもらうような存在じゃない…!! それに私はリス族のセーベとして人の街に行くわけじゃない。人と同じような外見で街に行けるんだからっ! そうですよね? ガルゥシュさん」
え? なに、ここでオレに飛び火すんの?
やめてくれよ…痴話げんかに巻き込まれるような経験はオレにはないよぉ。でも答えないとセーベとの関係が悪くなりそうだし、何よりこれから同じパーティーとして活動するのにギクシャクするのはヤダ。
なるべくクラベの怒りがオレに向かないように話さないと…
「えぇっと、そうだよ? オレの魔法でね?」
「また、またお前か…! っ! そうか、お前がセーベを誑かせた犯人だな! 言葉巧みにセーベを乗せたんだろう!」
うっ! 言い返せない…確かに乗せたようなもんだしなぁ。ただ犯人扱いされるのは正直いけ好かない。
「あのですねぇ…」
「違うのよっ! ロクシュの里を旅立つと決めたのは私! 夢見ていたそれを聞いて後押ししてくれたのがガルゥシュさんなだけッ!!」
オレが最大限オブラートに包もうとした言葉を遮ってセーベが吠える。吠えると表現したくなるほどの想いを乗せた言葉だ。
そう聞くとクラベはウッと一歩仰け反った。
「お、お前が、自分の夢を見つけて…いたの…か」
クラベは本当にショックだったのかフラフラと祭壇前から篝火の照らさない夜の闇に足を進める。
陽は既に沈んだ後だ。
「クラベッ!!」
「まて、セーベ。主役が祭りの場から離れたらせっかくの準備が無駄になる。オレが後で元気の出るものを与えてくるさ。だから門出を祝ってくれる皆の好意を無下にするなよ?」
セーベが追いかけようとするのをオレは止めた。セーベがクラベを追い止めて、話してるうちに旅立ちの決心を鈍らせられたら困る。
「う~、はい…それじゃあ、クラベのこと、お願いしますね?」
「あぁ。主役は堂々としてなきゃダメだ。んじゃ」
渋々といった感じだが頷いたので、軽くセーベの肩を叩いて落ち着かせて、オレはクラベが去った方に移動する。
「ガルゥ?」
やっと状況を判断できた皆がオレの近くに寄ってくる。未だに少し疑問符を浮かべたような顔をしているが…
「あー、ちょっと行ってくるわ…ってうちのクラメ・ベースは?」
全員の顔を一通り見回すと一人いないことに気づく。
「んーあっちの方に駆けていったわ」
大体クラメのことを見つめているクレールがクラベが歩いていった方向を指差す。
なんだろう? 響きが似ているクラメとクラベ…何か思うところでもあったのか?
よくわからない…と首を傾げてオレは二人を追った。
画力…欲スィ。絵がつくだけでも作品の印象って全然違いますよねぇ。




