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異世界の人生はミルクから…。  作者: 翠ケ丘 なり平
第五章 大樹の祭
81/115

71 日本語


 スンスン……


 スンスン……


 オレの目に真っ白でフワフワな尻尾がちらつく。


「あの~、テーベさん? 何でオレの体の匂いを嗅いでんの?」

「んーっ? 奥の方に香ばしい匂いがっあるから!」


 グルグルとオレの周りを回っては鼻を鳴らすようにヒクヒクさせる。

 こいつ……気づいてやがる。


「あ~もう…分かった、分かった。出すからちょっと待ってろ」

「んっ!」


 仕方ない、どうせこういうことに関する執念はリースタ家は格別だ。

 テーベの狙いはオレの懐にある携行食だろう。

 クレハーロで比較的安価に売られている小麦粉から作られたカロリーメ〇トみたいな物だ。

 味的にはかなり劣るんだが、この世界の中では結構栄養価がある方だ。それに、砕いたナッツ類を練り混んであるんだ。こいつが気づかない方がおかしいか。


 テーベのシックスセンス的なものには驚くな。いや、これは嗅覚か。ナッツ類限定の嗅覚。

 う~ん、どれだけ好きなんだか。


「ほらよ」

「おっ! おっ!」


 懐から巾着に入れた携行食…めんどくさいからナッツバーということにしよう。ナッツバーを軽くテーベに向かって放る。

 興奮しまくってるテーベはその高い運動神経にも関わらず、あわあわとナッツバーを取りこぼしそうにしている。


「あっ」

「あぁっ…」


 ナッツバーが半分に割れて片方が手に、片方が地面に落ちてしまった。

 情けない声を漏らしたテーベはこの世の終わりというような絶望に彩られた顔をしている。

 土足で過ごす家だからな…ついでに絶望してる間に3秒ルールも適用外だ。小麦粉で出来てるから埃が付きやすいし。


「あ~ドンマイ?」

「ウッ…あー」


 クックッ、頭抱えてうずくまっちゃって。


「んっ…んまっ…」


 って、あれ? ポリポリ…聞こえますよ。


「お前、食ってんの?」

「ウヒッ!? いや、旨いんっだってっ!」

「おい! 流石に落ちたやつは食うなって」

「えぇー、食い足りないんだってっ!」


 目をうるませて口周りに食いかすをつけたままそんな縋られても…なぁ。

 くっ…なんか可愛くて…


「あぁ! もう! あと一本だけだからな! 門出祭で食えなくなっても知らねぇからな!!」

「うんっ! ダイジョウブだっ!」


 ほんとかよ。携行食だけあって一本だけでも結構腹一杯になるはずなんだけど。


「ま、いいや。ちょっとリテラ…さんのとこいってくるから」

「んまっ、んまっ」


 聞いちゃいねぇ…別にいいけどよ。

 オレの葛藤も分かってくれないだろうな。あれだけのことをされたリテラに対してさん付けをするのを躊躇ってしまう。事情を知らないから恨むに恨めないオレは甘いんだろう。


 常に自分にも他人にも甘いオレはリテラに対して強く追求出来るだろうか。


 テーベとウダウダやってたリビングから出て廊下に向かう。

 突き当たりがセーベたちの部屋だな。荷造りは終わっているんだろうか。

 ちょっとお邪魔さしてもらおう。



 結論から言おう。何の躊躇いもなく開けたのが間違いだった。


 デジャブだ。

 白い肌、ふさふさの尻尾、ごわついているドロワーズ、冷めた黒い目。

 少し異なるところもあるがさすが親子だ。何年も前に子どもを出産しているとは思えないほど幼い体つき。体型はセーベの方が大きいほどだ。


 そう、開けた部屋にはリテラがいた。

 音に反応したのか振り返ってこちらを焦点定まらないような朧げな目をしている。

 二度目だしそこまで慌てることはない。静かに目を閉じて運命を待つだけ。

 確かに悪いのはオレだが、そもそもセーベの部屋にリテラがいるのも悪い。テーベだって親が寝込んでたってのにリビングにいちゃダメだろ。

 ……うーん、これだけ責任転嫁してても何も言われないし何もされない。別に高速思考のスキル使用してないぞ、普通は何か言われる筈だろ?


「…ぅぁ」

「え、」


 リテラの口から発せられたのは怒気でもなく悲鳴でもなかった。

 正常な人が出すとは思えない弱々しくハッキリとしない音。

 想像していた事態ではなかったオレは瞬間的に止まってしまう。


「ど、どうしたんだ!?」

「……ぁあぇ」


 奇跡的にも瞬時に思考が戻ってきたために反応することが出来た。目を向けないように後ろを向いて問いかける。それでも動揺は隠しきれないが。

 そして、かけた疑問もただの音の羅列によって返される。


「なんだってんだ、訳わかんねぇぞ! と、とりあえずテーベを…」

『────まって』


 疲れで判断するのが遅れたオレはとにかく先ほどまでリテラについていたであろうテーベを連れてこようと部屋を出ようとする。


 そこでかけられた声はぼんやりと聞こえた。

 過去に聞きなれていた、柔らかく穏やかな言葉。


────日本語


 思わず振り返る。確認せずにはいられなかった。

 発言者はオレじゃない。リテラしかここにはいない。

 それでも十何年も聞いていなかった言語を話す同郷者を確認したい。


『──やっぱり、あなたも、転生者』


 あぁ……そうか。そうなのか。

 リテラ・リースタは転生者だったのか。


自分は日本語大好きです。

美しい表現が多いですよねー。母語は大切にすべきだと思います。

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