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異世界の人生はミルクから…。  作者: 翠ケ丘 なり平
第五章 大樹の祭
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二人で一人

戦闘シーンが書きたくなってもうたんや…

 

 自分らしく生きようと思った。


 それは今でも変わらない、あの子と精神を分かち合った私らしく。


 彼女も彼女らしく…生きようと思った。


 いわゆる多重人格と呼ばれるような私たちは互いに意識を共有することは出来ない。

 法則が判明したときに筆談で会話しただけだ。


 私ことセーベと彼女ことテーベは性格が全くと言っていいほど異なるらしい。詳しくは知らないんだけど…私は大人しくて、彼女はなんというか荒っぽい? らしい。

 それでもパパ…ゴホンッ えっとお父さんとマ…お母さんは私たちがどちらになろうとも愛してくれる。そう、そんなことは分かってる。あの人たちの娘で良かったと感じるほどには。


 私は彼女に救われてきた。

 辛いとき、悲しいとき、苦しいとき、彼女はただ変わろうと言ってくれた。変わりたいという思い、そして感情だけはお互いに伝わるから。

 つらいとき、強引に殻に籠るようなものかな。自分の意思は表層に出ていないだけで生きていることに変わりはないと思う。


 あのときもテーベは救ってくれた。

 自己保身だったのかもしれないけれど、今までで一番──という思いが強かった。


 あれは───私が好奇心の塊だった幼い頃の暑い日だった。

 変異体のアルビノであまりにも真っ白な毛を持っている私は周りの子どもたちから避けられ気味だった。気味というのは私の思い違いかもしれないけど…

 大人たちは村長の娘とあって優しくしてくれた。でも子どもにはそんな事情は関係無いからね。

 だからその日も一人で森に出掛けてた。

 森は物の宝庫だった。日々新しい物が見つかる。


 新しいものを見つけた──否、見つけられた。


 そいつはこちらを見て、開いた口から涎を垂れ流し濁った目を爛々と輝かせ低い姿勢をとる。そして──


「ウォォォォンン!!」


 生い茂った葉から覗く雲間に遠吠えをあげる。

 黒々とした毛皮、口からはみ出すように生える尖った歯、日々で鍛えられたのであろう筋肉の盛り上がった立派な四肢。


 私は遠吠えをした狼型の魔物によって地面に張り付けられてしまったように動けなくなった。

 動けない間にも周囲の草からヒタヒタと、死神の鎌が迫ってくる。


 まだ腰が抜けなかっただけマシだった。腰が抜けていたらきっとすぐにでも襲われていただろうから。

 つっ立った私を吟味するようにゆっくりとゆっくりと周囲を回る遠吠えした魔物。

 時たま「グルルッ…」と唸り声をあげては涎が地面に吸い込まれていく。

 遂に他の死神も草をを掻き分けて顔を出した。

 その数合計五匹。


 体が言うことを聞いてくれない。呼吸が上手く出来ない。肺から空気が漏れ出ていく、汗が顎を伝って滴る。


 心臓が一度『ドクンッ』と震える。


『変われっ!!』


 幾度となく伝わってきた、ただ一つの思い。

 しかしこれまでよりも圧倒的に強いテーベの溢れでる思い。


 反射的に、頬袋に溜まったドングリを強く(かじ)る。

 私の、私たちの───人格交代の法則。


 ガリッ という固い音だけが風の音に反して響く。


 そこで私の明確な意識は沈む。

 ぼんやりと眺めるような感覚は覚えている。


 ユラリと幽鬼のように、ヌルリと幻影のように私たちの、今はテーベの体が滑る。左の魔物の顔面に右の急激な回し蹴りが襲う。

 魔物は反応することもなくその蹴りを受け弾き飛び直線上の木にぶつかり舌を出して倒れ伏す。


 数瞬で呆気なく一匹が倒れた。

 残り四匹。

 目を見開いた狼たちは直ぐに歯を噛み締めてこちらを威嚇する。低い体勢を更に低くして後ろ足に力をためていく。


 ほとんど予備動作なく、蹴り飛ばした場所から宙に舞い、リス族としての特徴である木を掴まるための爪を細い枝に引っ掻け、飛び付いてきた狼の一匹に自由落下の力を使って脳天を殴り付ける。

 地面に強烈な勢いで落とされまた一匹が倒れ伏した。


 残り三匹。


 とても同じ体を有してるとは思えないほど流麗で素早い戦闘。

 私もテーベもリス族固有の拳法、ロクシュ拳を学んでるけど、私は苦手。精霊さんたちとお話しする方が好きかな。精霊さんたちを使役してどうにかあの狼たちから逃げられるくらいだと思う。冷静になればの話だけど…


 再び吠える狼たち、若干テーベが口角をあげたような気がした。


「グルルァァアアア!!」


 腹の底から響くような声音。私だったら確実に腰を抜かしているだろう。

 一瞬で散開した狼たちは三方から一斉にテーベに向かって飛び込んで来る。ほとんどタイムラグの無い強襲。

 けれどもそれはテーベにとっては何てこと無いものだった。


 右足を軸にして低く飛び込んできた魔物の顔面に左足を蹴り込み、反動と捻転で後ろの狼に右の膝蹴りを食らわせ、仰け反ったところに手を組んで振り下ろす。

 魔物の最も重要箇所である魔石が砕け散り、地面に縫い付けられ最後の呻きをあげて絶命する。

 テーベは地面に立つことなく腕を起点に跳躍する。跳躍した次の瞬間に「グギルァァア!」と悔しげな声を漏らして狼が下の空間を噛みついて通る。


 この一匹だけが残った。テーベには玉の汗、荒い呼吸が残る。

 狼には逡巡(しゅんじゅん)だ。ここまで仲間を軽々と潰され、引き際を逃したような苛立ちが…いや、これはプライドを傷つけられた怒気。


「フッ…フッ…」


 短い呼吸を繰り返していく。これで乱れたリズムを戻すようにゆっくりと短く繰り返す。

 更にゆったりとした動きで構え直す。

 右拳を顔の前に、左拳を胸の前に、右足を引き、腰を落とし低く構える。


 油断はない、ただ向こうのプライドが少しだけ上回った。


「…ガァ!!」

「───ヅッ!!」


 テーベの伸ばした腕、右の低い下突きを生物ではあり得ないほど捻り避け、顎門(あぎと)とも形容できそうな荒々しい口を左足のアキレス腱に食い込ませる。


 激痛──痺れるような痛み、表層には出ていない意識でも完全には消えない苦しさ。


 けれどそれを苦しいと感じたのは私だけだったのかもしれない。

 テーベの心は激痛に歪みながらも 張り合いがあって楽しい とでも言いそうな感情だったから。


 そこからも一瞬。

 噛まれた足を振り上げて右拳をフック気味に狼の顔面に叩き込む。けれど噛んだ口を開けようとはしない。より一層、強く噛み砕かんばかりに歯を軋ませる。


 口を開けさせることを瞬時に戦略として放棄して、背に見える魔石を砕くために限界まで体を折り曲げ右の踵落としをぶつける。


「グァ……!」


 最後の呻き声を残して魔物は絶命した。噛みついたままで。


「ハァ…、ハァッ……」


 ドタッ と、地に腰を下ろす。

 このまま噛みつかせて置くわけにもいかないからテーベは痛みを近くに落ちていた枝を噛んで堪えながら、狼の口を両手に力を込めて開いていく。

 死に際の力は強大でまだ私の足に傷痕は残ってる。


 とてもじゃないけどロクシュの里に帰られるかどうか…

 森の奥地、微かな光しか差しこまない薄く湿った苔と葉の息づく生物の住みかを飛び散った血で赤く染め、白き尻尾にも血が滲む。


 なんにせよ、里には帰らなければならない。

 動きにくくはあるが手を使って転ばないように尻尾のバランスも使って立つ。


 テーベは少しでも私に痛みを感じて欲しくないのか、頑なに人格交代をしなかった。

 足を引きずりながら里に戻っていく途中で、いくらなんでも帰ってくるのが遅いと心配して探しに来たお父さんたちに会った。

 その瞬間に意識は暗転した。


 次に里で目が覚めたとき、お父さんとお母さんが居て…お父さんにはこっぴどく怒られて、お母さんには抱きしめられた。


 二人とも涙が伝ってた。それだけで…


 ──とにかく! まだ光の精霊さんと出会ってなかった私にはあのとき出来ることは無かった。もし、もしテーベがいなかったら私の人生は終わっていた。


 私たちは周囲には入れ替わりの法則を知っているとは言わなかった。あくまでも、自然にドングリの殻を噛んできた。

 それは明確な理由があった訳じゃないんだけど…


 結局、私は彼女無しじゃあ私として不完全で…セーベとテーベで表裏一体。


 二人で一人だ。どちらの人格が優れている訳じゃない。


 ハッキリとした想いは伝わらないかも知れないけど──


───テーベ、ありがとう

セーベたちはアルビノといって体内のメラニン色素が先天的に欠乏する遺伝子疾患ですが、虫から動物全般に存在しています。もちろん人間にも。

 誤解されることもあるでしょう。

 遺伝子疾患で住みづらい世界は何処でも一緒だと思います。

 生まれで差別や忌避される人たちが強くあれる物語を書きたいと思っている次第であります。

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