70 おあずけ
「おおー!」
思わず声をあげてしまうほどにロクシュタリアの里の広場は祭りの雰囲気に包まれていた。
リス族たちが小柄な体を生かしてそこら中を駆け回って、大声の喧騒が何重にも重なりあって独特の高揚感が胸に沸き上がってくる。
「薪がたりないぞ! 誰か持ってきてくれ!」
「祭壇の準備出来てるー? 急いで!」
「どっかに塩余ってない!?」
「酒樽これで足りる!? ちょっと村長呼んできてー!」
なんだかどっかで見たような光景だ。
あぁなるほど、これは文化祭だ。
この慌てたような感じがもう……
料理の材料の確認とか、当日にするからアワアワするんだよなぁ。だからといって嫌な気分になるわけじゃないんだけどな、ウキウキが勝るというか、その焦燥感も祭りの一部というか。
とにかく楽しみになってきて自分でも笑顔になっているだろうことを自覚する。
おっとと、忘れてた。プリンを確認しに行かなきゃな。
ということでキッチンを貸してもらった村長宅に向かう。
道中でクレールやチヌネア、エミッタたちと少し会話をした。メルネーちゃんは未だにゼンが苦手なので匂いが染み付いているらしいオレにも近寄っては来ない。流石は犬獣人といったところだ。
んでエミッタたちとの話だが、
「いやね? なんか急に眠いなー、って思ったわけ。でもさ? 料理を作ってる訳じゃない? 寝たら焦がしちゃうし、火の側で寝たら危ないじゃない? だからといって眠気には勝てなくて……寝ちゃったんだわ。そしたら思い出せないけど幸せな夢を見たの。 でさぁー! 起きたらもう大変!! 火は消えちゃってるし、焦げた匂いがしてるし、皆寝てるしさー!」
「大まかな流れはエミッタの言う通りだ。私たちは眠気には逆らえなかった。私も幸せと呼ぶにふさわしい夢を見た」
「……私は念願だった黒魔術が完成する夢を見た……フフ」
チヌネアが怖すぎる……黒魔術って…
魔術という概念が無いのにそう理解できるのは言語理解のスキルのせいだな?
ま、まぁ幸せは人それぞれだからな…?
結局三人はリス族のオバ…ンン゛! えーと、ご婦人に呼び戻されていった。
なんやかんやでオレたちは野営の授業でやるべきことは出来るから手伝い役にはもってこいなんだろう。
オレは手伝わせてはもらえないんだけどな。お婿さんはいいのよーとか言われて…さ。
それはさておき、家についたんでノック三回扉を開けて中に入らせてもらう。ノック二回ってトイレの時にするものらしいからダメらしい。落とされまくった面接で得た知識だったかな?
とにかく、台所に向かう。
そうするとオレが放置した水がめの上のバケツ(鍋)プリンの氷結した塊と、その塊に向かって拳を構えるセーベ、いやテーベかな?
どういう状況ですか?
「お、おいおい! 何してるんだ?」
「うん? あぁガルゥシュか。さっきはよくもやってくれたなっ! 乙女の柔肌に拳を振り下ろしやがってっ」
「いやいや! 言葉が悪いな、そんなつもりはなかったんだって! やってしまったのは謝るよ! 悪い!」
案の定テーベだった。
いきなり拳を突き出してくるのをお辞儀をして躱す。
テーベの方が身長が低いから、かなりな角度でお辞儀をする。
「ちっ! 避けるなっ!」
「理不尽だな! おい!」
すぐに引き戻された拳の代わりに繰り出された左の蹴り上げを手で支えるようにして止める。一瞬の判断で身を捩って離れるテーベ。
オレの余裕さに腹が立ったのか猫だったらフシャー! とでもいうような睨み方をしてくる。尻尾の毛が逆立っているほど、お怒りの様子だ。
「ほら、落ち着けって。あとで旨いもの食わせてやるから。な?」
「ふ~ んっ! ホントだろうなっ!?」
ふ~ のところでオレの言葉を吟味して、んっ! のところで目を輝かせる。一気に尻尾の毛の逆立ちも戻ったようだ。ついでに鼻もひくひく、耳が左右にゆらゆら。小動物的可愛さが漂いまくっている。
「じゃあその旨いものをっと…あぁ、ところでさっきは何をしてたんだ?」
「うんっ? さっきって、その以上に冷たい奴のことか? そうだ! そいつはヤバイぞっ。全力で潰すんだっ!」
思い出してテーベに先ほどの鍋プリンへの構えのことを聞くと、目付きが野性的になり、再び構えを取った。
あー、もしかして……
「テーベ、それは氷だよ。魔物でも未知の敵でもないさ」
「は? こおり? なんだそれっ?」
呆然としたように目を訝しげに細める。しかし、それでも構えを解くには至らないようだ。
なるほど、人間解らないものを見ると敵意を持つのか。
「氷って言うのは…そうだな、雪は降るだろう?」
「あ、あぁ。雪は分かる、あの白くて冷たいやつだっ」
「そう、その時に井戸とかに薄いけど硬めの膜が出来ないか?」
やっぱりオレには説明する能力が弱い気がする。説明って難しい…
にしても、原理を知らないものが見ると何でもファンタジーだからな。
「えっと……ある! あるぞっ!」
「そうだ、それが氷。その塊がこれだよ」
「ほへぇー、なるほどなっ」
ここでようやく害のあるものじゃないと判って警戒を解いた。
まぁ、分かってくれたところでこの塊を溶かしますか。
『赤きものよ、重き熱をここに』
手のひら大の炎を作り、氷塊に近付ける。
指向性を持たせていないので魔力で周囲をコーティングして熱が広がらないようにする。火球のようにすぐに投げるのなら要らない処置だ。魔力をより多く使うことになるからな。
今回はゆっくり溶かすからこれでやる。
ジュュゥウという音とともに氷塊が勢いよく溶けていく。溶けた水は水がめに貯める。
中からキンキンに冷えた鍋を取り出した。蓋付きの鍋だからプリンには直接氷には接してない。
余った氷は置いておくとして…
鍋の蓋を開ける。
そこにはプルプルとした黄色がかった乳白色のプリンさんがいらっしゃいました。
うわっ、ヤバい。テーベのテンションが爆上げになったのが分かる。
音が出るほど強く大きく尻尾が振られ、オレに目線を合わせて瞬きを繰り返す。
食べたいのは分かった、だがしかし……
「おあずけだ! テーベ!」
「うぇっっっ!? おあずけ!? なんでっ!?」
口をあんぐりと開けて吼える。
「ダメだったら、ダメなんだよ。これは祭りのときにお披露目するから-“あとで”食べさせてやるよ」
「ウッグゥゥ!!」
あとで を強調してテーベに伝える。若干ウキウキで言ったのはオレが少しSっ気があるからだな。
門出祭まであともう少し──問題は山積みだが──開催は出来そうだ。
梅雨はしんどいわ……
もう2017年も半年目──はやいなぁー




