決意
「ガルゥシュ!!」
「目を覚ましてくれよ!」
爽やかな春風が頬を撫でるが、そんなものはどうでもいいというふうな一刻を争うような焦燥を孕んだ声が響き続ける。
必死の呼び掛けにも彼は応えない。身じろぎひとつせず瞼ひとつ開けることがない。体を揺さぶるにも脳震盪を起こすと危険なので軽くしか出来ない。
その時ゆっくりとガルゥシュの頬を一筋の涙が伝った。伝った涙は静かに流れ落ち地面に染み込んで消えた。
語り合えない嘆きの涙、そう考えた彼らは掛ける言葉が一瞬見つからなかった。
しかし、そこで一人の少年が叫んだ。
「ガルゥシュ! 君はこんなところでこんなことで終わるような奴じゃないだろう! 君はいつだって僕の憧れなんだ! こんなところで君の物語を終らせないでくれ!! それに…それに…まだ君はソフィティアに告白してないだろ!! 彼女を幸せにするのが君の使命の筈だろう!?」
彼らの中でも最もガルゥシュに接していたゼンエスだった。彼らは冒険者学校寮で寝食を共にした親友とも言える仲だった。寮で寝る前に戦術の話や戦闘の話などの硬い話や、思春期の男の子らしく少し下品な話もした。もちろん恋バナも。
その恋バナでガルゥシュは話したのだ、ソフィティアのことを好いていると。そして身命を賭して護るべき人だと。
だがゼンエスが「告白しないのか」と問うても悩みはするが首を振る。「何故?」と問うと
「オレは彼女、ソフィを幸せにしなきゃならない。だけどオレと結婚したとしてソフィは幸せになるだろうか。いや、幸せにしてみせる、そういう気概はあるけど。それでもオレはソフィの選択肢を狭めたくないんだ。そういうことだよ。まぁ前は妹みたいな感じだったけどな。何にしても告白するとして、成人してからにするさ。
さぁもういいか、寝るぞ」
そのようにガルゥシュは自分を否定的に表現して理由を語ったが誤魔化すように蝋燭の火を吹き消した。
だがゼンエスからも誰の目から見てもソフィティアはガルゥシュのことを好いているのだ。と言うことは相思相愛であり何も拒む理由は無いとゼンエスは考えたが、それも彼らの恋愛の仕方であるとそれ以上突き詰めることは無かった。
突き詰めはしないといっても、顔は早く告白しろよという言葉が全面に出ていたが……
ゼンエスの言葉はまだ終わらない。
「いつの日か言った言葉は嘘だったのか!? 絶望なんてしてる場合か!? 使命を果たせよ!」
ガルゥシュの胸ぐらを力強く掴み、声を枯らすほどに強く強く言葉を発す。
「そ、そうよ! ガルゥちゃん! ソフィちゃんを幸せにするために目を覚ましなさい! じゃないと本気のディープキスするわよ!」
「お前がここで終わったらベゼック教官に何て伝えたらいいんだよ! ベゼック教官に報いなきゃダメだろう! 皆、お前に一番期待してんだよ!」
「……ガルゥシュがいなければ纏まるものも纏まらん。俺達は待っているぞ…目覚めろガルゥシュ……」
ゼンエスのあとに続いてピタシーナ、クラメ、フーの順に思いを告げる。
各々に言いたいことがあり、溢れ出る感情は彼らの瞳に透明な滴を浮かばせた。
彼らとて一年以上同じ寮、同じ授業で絆を育んできたのだ。
ベゼック教官が亡くなった時、いや、殺された時はあまりに急のことで激昂する暇もなく、教官を殺した吸血鬼ゴルチェラードもガルゥシュに倒されていた後だった。まだその時からたった一日しか経っていないのだ。
また教官に続きガルゥシュまでも居なくなってしまったら……そう思うと感情に抑えが効かなくなってしまった。
「……その絆が彼を起こせられれば良いのに…」
少し離れたところから彼らの絆をありありと感じた彼女、リテラは目を細めたあと、ロクシュタリアの樹を見上げ曇った空に向かってため息を吐いた。
しかし、そのため息もリテラにとっての決意するためのワンアクションであった。これまでずっとそうやって決意してきた。
決意の力がスキルに影響を与えるはずだ。
これまでコジベやセーベで散々試させてもらった結果から見て。
私の能力を全力行使する。
「さぁ、【現実逃避】よ。彼の夢を書き換えて……確かな現実に!」
リテラはガルゥシュに見せている夢を、今自分で見た光景に変えようとしているのだ。要するに彼女の視点を見ることになる。
だがそれは【現実逃避】で出来る能力を越えている、ということ。つまり今からリテラの固有スキル【現実逃避】は消滅する。
‘ステータス閲覧’ そう心の中で呟いて自分の小さな手のひらを見る。
固有スキル:【眼転夢】 特殊スキル:【心の壁】
ガルゥシュの鑑定と異なり、望みのステータスのみが脳に伝えられる。先程ゼンエスに壊された【心の壁】に影響はなかった。
そして一度きりの新たなスキル【眼転夢】。一度きりだ。使うと消える。固有スキルが消える。それはつまり魂の磨耗に繋がる。
なぜならスキルは魂の力だから。
【眼転夢】はガルゥシュの夢である暗黒とリテラの見ている視界が一方通行で変わる。つまりリテラはこれから失明し、ガルゥシュは必死に皆が呼び掛けている状況を知る。
使い終わると急激な魂の磨耗によってリテラの脳に負荷がかかるだろう。そうなれば言語機能はおろか、記憶も……
なかなかにキツい条件だ。視力が無くなるし、吐き気を催す暗黒を感じなきゃいけない。
だけどそんなことはどうでもいい。彼は私と違って明るく光る仲間たちを持っているから生きてもらいたい。
どうしたんだろうか私は。そんな希望を与えるようなことする性格じゃないのに……ふふっ、でもいままでになく心が踊る自分がいる。
ありがと……私と同じ転生者…
そしてありがとう、コジベ、セーベ。あなたたちのお陰で私は……今まで生きてこられた。本当に、ありがとう…
「感謝だけは伝えて! 二人に! 【眼転夢】!」
発動……頭の芯と眼球が軋むように痛みを訴えてくる、今の私の顔はひどいことになってるだろう。焼けるような喉が呻き声を漏らす。
ここに夫と娘がいなくてよ か っ た ……
フワリと暗黒が目の前を真っ暗に染め上げた。
そして、リテラは言語機能に障害を負い、認識能力と行動能力の一部を失った。




