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異世界の人生はミルクから…。  作者: 翠ケ丘 なり平
第四章 因果の通り夢
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魂に刻んだ記憶

 

 暖かいお湯に浸かっている感覚で目が覚めた。

 いや、目が覚めたという表現はどうなのだろう。周囲の状況は確認することが出来ない。


 正しくは覚醒と言ったほうがいいかもしれない。意識が異なる時間軸と異なる領域に順応したのだから。


 地球で生きていたわたしはもういない。新しい生命として私は働いていくのだ。


 まぁ、それはいいけど、ここは何処だろ。視界も聴覚も確保できず、意識がまだ明白でない。強いて言うと少し不快な臭いがするくらいだろうか。


 どうしよう。何も情報がない。


 ん、眠いな。寝てもいいものなのかな……せめて情報が少しでも判明してから眠りたい。


 う、ダメ、眠気……


 ◇◆


 眠りから覚めてはみたが、今が覚醒からどれくらいたってるのか全然判らない。


 私は多分、極小の生物、もしくは無機物なのではないか。親もいないという要望はこういうことなのか。しかし、どちらかというと生物であると思う。うっすらだが脈動している気がする。


 はぁ、生まれ変わりって難しいのだろうか。私の願いを聞き届けたあの声の主はこんな私に祝福を与えると言っていたけど…


 考え事をしていると周期的に眠気が来た。どうせ得られる情報も特にないのだからとそれらの眠気に逆らわずすぐ寝るようにした。


 そうすると、何度か寝た間に私は大きくなり、強烈な光と全身が強ばる感覚、胸が冷えつくような気体を吸い込む動作で意識が完全に明白に覚醒した。


 そこでようやく悟った。


 私は転生したのだ、と。赤ちゃんとして新たなる世界に産まれてきたのだ、と。


『ふふカワイイ、でもサヨウナラ。ゴメンネ…』


 自ら止めることの出来ない、この世界最初の声である泣き声でも恐らく新しい我が母の小さな呟きはしっかりと私の耳に届いた。

 少し片言な感じだが、そもそもなんで産まれたばかりの私が意味を理解できるんだ。

 しかも産まれてすぐサヨウナラ?ゴメンネ?


『…神樹様に良くしてもらってネ…、本当に本当にゴメン…ネ』


 …んで、なんで泣いてるの…?なんで謝るの…?

 いつの間にか私の大泣きは止み、涙と軽い嗚咽(おえつ)を漏らしながら私は母の顔を凝視していた。

 母の顔は涙に濡れ、クシャクシャになってしまっていたがどこか幼く透き通る白い肌をしていた。けれど最も目を引くところは頭についた二個の突出物、動物のような耳だ。今、その耳はだらしなく垂れふるふると小刻みに震えている。


 私と母のやり取りは行われることなく助産婦によって引き離された。届くはずもない小さな紅葉(もみじ)のような手をがむしゃらに母に向けて伸ばす。

 どうしてそんな行動をしたのか分からない。ただ心が(うず)くようなチクリとした痛みがそうさせたのかもしれない。


 そのあと私は綺麗なしっとりとした布に包まれ、涙であまりはっきりとは確認出来なかったが祭壇のようなところに静かに置かれた。赤々とした光を周囲に撒き散らす篝火が赤ん坊の私に畏れというものを知らしめた。


 その時まではまだ現実でないように感じていた。けれど漆黒を照らす熱が私に“この世界で生きている”ということを強く意識させた。


 篝火はどこか(おぼろ)げでどこか(はかな)く、その熱をただ緩やかに揺蕩(たゆた)わせているだけだった


 ◇◆


 薄明るい陽光で目が覚める。木をほぐした歯ブラシで歯を磨き、手で水瓶から冷たい水を()み顔を洗う。


 今日も今日とて神樹ロクシュタリアに祈りを捧げる。真っ白な布を申し訳程度に体に巻き付け右の獣耳を摘まみ、私が住む(うろ)より小さな(うろ)に生えた一本の枝に頭を下げる。

 この一本の枝だけが薄く金色に光っており、これが神樹のご本尊で極稀(ごくまれ)(おごそ)かな声が聞こえてくることがある。


 一番最初に聞こえた時はあの祭壇に置かれた後、この金色の枝の前で眠ったときのこと。


 《優秀なる子よ、そなたの願いは聞き届けられ我に預けられた。そなたが望んだことゆえ我には変えることはできぬ。ただ我の一部を渡そう。そなたの生きる力にするが良い》


 これがこの神樹の言葉だった。神樹が言う一部とはある一枚の小さな葉っぱ。その葉っぱを持っていれば自身のみの流れる時間を緩やかにするという信じられない力。他の人より寿命が長くなるということ。体はほとんど成長しなくなるのだけど。


 そして、神樹が次に言葉を発したのは私が成人しコジベ・リースタというイタズラ少年の嫁に入りセーベが産まれたときのことだった。


 ロクシュの里という、この里はリス族という亜人族の里で人族の領域から少し離れて暮らしているとのことだ。


 この里では村長の息子と巫女が婚約しなければいけないとの事らしい。その掟は村長に息子が産まれたときは絶対遵守(じゅんしゅ)だ。もし産まれなければ里内で優秀な子とのことだ。


 それを知っていたコジベは私の気を引くためにイタズラしてたということだ。男子は好きな子にちょっかいをかけるというやつだろう。

 けどそのイタズラは少し辛かった、地球の思い出が(よみがえ)ってくるから。それでもこの子が私のことを想ってやってくれてると解ってから気持ちが楽になって、徐々に私もコジベに惹かれていった。

 コジベと結婚するときはなんだか恥ずかしかった。本当にコジベが私のことを好きなのかどうかは分からなかったけど愛してくれていることはうっすら分かったから。


 神樹の巫女と言えど地球とは異なる文化だから処女でなくてもよいというのには大変驚いたけど。


 セーベが産まれた時、神樹ロクシュタリアはこう言った。


 《優秀なる子よ、そなたが産んだ子をいづれ訪れる少年に託せ。そしてそなたの能力で一度絶望を知らしめるのだ。そなたと同じ生まれ変わりを望んだ者に》


 出産の苦しさのあと聞いたこの言葉によって私は驚きと、どこか()に落ちなかったことをスッと理解することになった。

 私はこの世界に転生したとき、何故私なのか、もっと他に望んだ人もいたのではないか、何故私が神樹の巫女をしなければならないのか、そんなことばっかり考えていた。


 理解したことは、恐らく私の性格がコジベを好きになるような性格、いや言い方が違う。言うとしたら私が地球で恋、恋愛をしなかったから、という理由で私が転生した。そして私が巫女をさせられる理由はその少年に必ず会うようにこの里を離れさせないため。


 そんなことの為だったのか、私がこの世界に生きる理由は。

 いいだろう。乗ってやる、その神らしきものが仕掛けるものに。

 そして少年が絶望に陥りやすいように私の性格も変えてやる。かつて私を嘲笑った彼女達のように。


 こうして私と彼は出会った、神らしきものが()いた計画通りに。

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