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異世界の人生はミルクから…。  作者: 翠ケ丘 なり平
第四章 因果の通り夢
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魂に刻まれた記憶

今回の話はかなり重いです。

(うつ)展開注意!もしかすると15禁…

 “生命”の終わりと始まりはいつも突然だ。


 突然で申し訳ないけれどこの世界の概念について、私の考えを語らせてほしい。

 精子、卵子は世界の根幹によって決められている魂の規格を越えている。

 というよりも魂として完璧ではない。受精卵になってようやく魂として規格される。


 私は受精卵になってからが“生命”と定義している、そうしなければ射精や排卵で外に出され死滅する精子や卵子はただの情報伝達物質ではなくなってしまう。

 この世界の魂は循環している、と私は考えている。

 繋ぐ者がいる限りどの世界も同一世界線上なのだ。その存在が神と呼ばれるものなのかは私には判らないが。


 ここで、私の話をしよう。私の魂に刻まれている記憶の話を。


 私、現世の名は リテラ 前世の名は ─────


 相変わらず前世の名は魂に保存されないのか、考えようとするとノイズが入ったように考えが邪魔される。但し、名前だけだ。それ以外の記憶は鮮明に残っている。

 私が地球の平和ボケしているとされる国で()いたげられながら暮らしていた記憶が…


 私はいわゆる“いじめられっこ”だった。暗く、ウジウジと教室の隅で小さく(ちぢ)こまることしか出来ない。男女関係無く無視されるか、バカにされる日々。先生もどの学年になっても私は放置されていた。

 母親は家に男を連れ込み、私を部屋に籠らせる。父親も私には特に興味が無かったのかいつも仕事で家に帰ってさえ来なかった。思えば父も出先で女を作っていたのだろう。

 そんな私には家にも、学校にも何処にも居場所は無かった。

 あの時私は数えきれないほど自殺を考えた。でも、あの地球で生きている間に何かしなければならないと心が弱くだが、呟いていた気がする。その細く切れそうな使命で生きていた。

 だけど、ひとつだけ救いがあった。もしかするとそれが使命だったのだろうか。


 私は押し付けられた飼育係で、ある小さな動物に出会った。


 リスだった。正確にはシマリス。学校の裏山で産まれてどこかの少年に連れてこられたリス。


 誰からも丁寧な扱いを受けてなかったのか薄汚れ、かなりやせほそった子だった。

 他にも動物はいたけれどこの子が食べられるような餌が余りにも少なかった。雑食動物の筈なのに…どの餌も大きい動物から食べていくから…


 そんなところに私は共感を覚えた、親近感と言うのだろうか。

 強いたげられ、虐められ、無視され、縮こまり、存在してもいないように過ごし、“死”に救いを求めようとする。そんな、目。その目に強く惹かれた。


 それからは私はその子を甲斐甲斐(かいがいし)く育てた。その時間だけは他の一切を気にすることもなく自分とその子の世界だった。

 けれど、人と小動物の寿命は全然違う。

 私とその子が出会ってから2年ほどだった。

 それからただひたすらに、前にも増して陰鬱(いんうつ)な日々が戻ってきた。

 その日々は もし生まれ変われたなら… そういうことばかり考えていた。


 だけどその日々も突然終わりを迎えた。


 ある日のことだった。その日は太陽が煌々(こうこう)と照りつけ、肌にじっとりと汗が浮かぶような夏の日の昼だった。

 その日は珍しく父が帰ってきていた。よれたスーツ姿だっただろうか。額にベッタリ張り付いた髪が汚いという思いが第一印象だった。

 その日も流し台にたまった皿が(あふ)れていた。壊れかけの扇風機の羽の音が耳に(さわ)った。あと、昼のニュースを伝えるアナウンサーのハキハキとした声も…


 私は肌にくっつくパジャマがその日は妙に苦しかった。唯一私が好んで着た少し丈が縮んだピンクのパジャマ。それは母が私にお下がり以外で買ってくれたパジャマだったと思う。


 母も父も特に会話をすることもなく、母はテレビの前でカップメンをすすり、父はビールを飲んでいた。特に冷えてもいないビール瓶だ。


 あれは突然だった。確かどこかで最高気温が40度近くなったとかいう毎年のようなニュースが流れていた時だった。


 突然、置いていたビール瓶を父が汚れたテーブルにぶつけて叩き割った


 弾き飛んだ瓶の破片は部屋の隅で軋む椅子に座る私の右肩に刺さった。そんなに飛んでくるなんて父の力はよっぽど強かったんだな、と逃避ぎみに思った。

 それほどに痛みは感じなかったけれど、時間がゆっくり進んでいるように思えた。


 母は(わずら)わしそうに父を見たあとまたラーメンをすすり始めた。

 そんな母には目もくれず、がに股で私の目の前にやって来た父は私の胸ぐらを掴み思いっきり私の頬を右拳で殴った。あの言葉とともに…



『お前さえ産まれて来なかったらどれだけ良かったかッ!』


 うん、知ってた、知ってたよ、お父さん。わたしに存在してほしくなかったんでしょ…神様も酷だよね、あなたの人生にこんな疫病神押し付けてさ。


『それは同意。あんたどっか行けよ』


 あ~うん、お母さんもね。わたしのせいで人生丸潰れだったんだね、ゴメンネ。あなたたちの娘として産まれちゃって…


 あーぁ、生まれ変われないかなぁーこの人たちの迷惑がかからないように…あのシマリスみたいに親がいないほうが楽じゃないかな?


 ─────ズッ


 なんだろう、この音。殴られた影響の耳鳴り?


 《───その望み叶えて差し上げましょう。》


 何? 望み?

 そう、か、これがわたしの望みなのか。生まれ変わりが…


 《──貴方に祝福を…》


 祝福?してくれるの?こんなわたしに?


『おい、立てよ、まだ殴り足りねぇからッ!』

『うっせぇから静かにやれよ…』


 タバコと酒臭い息を吐きかけられる。


 それがこの地球最後の匂い。


 父の荒い呼吸が聴こえなくなってくる。母のスープを飲む音も聴こえない。

 今更右肩と頬が痛くなってくる。


 それらが最後の耳と皮膚の感覚。


 《良い人生を─》


 これがこの地球での最後に聞いた言葉だった。

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