61 才能を欲した者
一瞬、眩い輝きが意識の全てを覆い尽くした。
閃光が収まったと感じたとき、両腕が木の幹のようにビシビシと絡み付く痛みが疼き、青々とした葉が全方向に広がっている。
闇の絶望…虚無の孤独…存在の消失…これらが襲う心への重圧。それがどれだけ和らいだのだろう、暖かな激情が『オレ』を包む。
ただ一つ『オレ』という存在を意識することが出来た、だが胸を衝く孤独感だけはどうあっても拭いきれない。
それでも…それでもずっとずっと楽で落ち着く───
☆☆
太陽光の反射による閃光が辺りを白く染める。
その数瞬、薄いガラスが割れるような音がほんの小さな響きと化してその場の全ての者の耳に入る。
「うっそ!マジ?」
と同時に甲高い叫び声も…
「…お前にも絶望を与えてやろうか」
再び、首筋にナイフを突き立てられているような鋭く重厚な声音がリテラに向かって発される。
「!ちょ、ちょっと!待っ…!」
今、実際にリテラの喉元に、ナイフでは無いがゼンエスの愛槍が突き付けられている。障壁を失ったリテラは鈍く光る《ルーベンス》の切っ先を見て息を詰まらせた。
「ガルゥシュの意識を戻せ…」
垂れた前髪から覗く冷ややかな視線と少しの怯えが混じった視線が交差する。
だが…
「フゥ、男の子の友情っていいもんねぇ…だけど、無理、無理なのよ。今解除したら自我を失っちゃうわ」
両手をあげたまま首を小さく振る。チラリとガルゥシュが横たわっているところを見る。
彼らは術者であるリテラでさえ解除に代償がかかることを知り、驚き目を見開いたが直ぐに訝しげに目を細めた。
「あら、疑ってるの?ホントよ。自分が命の危機なのに騙すような愚かな真似はしないわ」
ある意味で真実の証拠となることを四人に諭す。自らに頑強な障壁を張っているような彼女であるから信じるのはそう難しいことではなかった。
しかし、そうなると彼らには為す術も無くなってしまう。元凶であるリテラを制圧すれば終わるものだと考えていたのだから。
「…他に…他に方法は無いのか」
絞り出すように出した言葉はただただ藁をもつかむ思いだった。
「んーとりあえずその槍下ろしてくれると嬉しいんだけど?」
槍の矛先を見下ろすようにしたあと、首を傾げて反応を見る。
「…何か起こせば容赦はしない」
肺にたまった空気を細く吐き、目を合わせず静かに槍を下ろす。
「しないわよ、神樹ロクシュタリアに誓って…」
リテラは目をゆっくりと閉じ右耳の耳たぶを軽く摘まみ頭を下げた。おそらくこれが誓いの印なのだろう。
その行動を警戒しつつゼンエスは一歩後ろに下がる。他の三人も聞こえる距離に近づいた。
「さてと、彼を起こしたいのね?そうねぇー強引にやると自我が崩壊するってさっき言ったし~」
人差し指を唇に付けブツブツと呟く。
「んぅ、これだったらいけるかも…、でもなぁー」
「おい!方法があるんだったら言えよ!」
クラメは我慢出来ないようにリテラに激しく問う。苛立ちをぶつけるように…
そしてリテラは唯一であろう方法を話始めた──
☆☆
かつて『オレ』は優柔不断で自己管理も出来ないクズだった。
そんなオレに親友と呼べるような友、ましてや恋人というものは一人として居なかった。
ずっと、楽しいと心から思えた事が無かったような気がする。
親は『オレ』にほとんど無関心だった。長男だった『オレ』は少し歳の離れた弟や妹に才能や学力で抜かれていった。
ただもっと愛情が欲しかった、弟や妹に与える愛情の一欠片でも良かったから。
けれどあの世界は唐突に終わりを迎えた。
『オレ』が才能を欲したから。
今度の【オレ】は愛情を存分に与えてくれる親に出会った。
そして好意を向けてくれる女の子にも。
その後、親友とも言える奴、学友に出会った。皆今では仲間だ。あの世界ではこんなに楽しかった思い出はそう無かった。
だが、【オレ】は恩師を失ってしまった。
この世界は『オレ』が生きていたあの小さな世界よりよっぽど理不尽で厳しい世界だとそこで初めて分かった。
果たしてこの世界で【オレ】は何を為すのだろう。かつての『オレ』に無い才能を携えて…




