56 リテラ・リースタ
「アイツとはわいの妻…“リテラ”、ロクシュタリアの樹の代弁者である、ロクシュの巫女じゃ…」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてコジベ村長がボソボソと呟く。
まさかそんな人がセーベのお母さんだとは思わなかった、この里で一番偉い扱いなんだろうか。
「その、リテラさんって普段は…」
「普段はロクシュタリアに空という穴が開いていてな、そこに小さな小屋を作って暮らしておるよ。たまに帰っては来るんじゃが…その…」
あ~なんとなく分かった。帰ってくるのが怖いのか。
本当にどんな人なんだ?村長にセーベにおそらくリス族全員に恐れられているリテラさんって…
「いいか、婿殿絶対!絶対にアイツに歯向かうな!アイツはな、リテラは!」
なんだそれ、歯向かうなって…!?
「あらぁー?コジベ?ワタシがどうしたってぇー?」
「…!!?あ…アア…」
やけに語尾を伸ばした口調でヒタヒタという音が幻聴として聞こえるような緊迫感がオレを捕らえる…そんなオレよりさらに首根っこを強烈な力で掴まれたのようなコジベ村長の方が顔は真っ青だろう。油を差し忘れたロボットのように首をギギッギギッと回し、おそらく無意識の喘ぎを漏らす。
コジベ村長のリス族にしては大きな体に隠れてリテラさんはまだ見えない。リテラさんであろう声はとても若くて透き通るように聞こえる、が、その声の奥にチリチリしたプレッシャーを感じる。
「リ、リテラ…ひ、久しぶり…だな…」
「ええ、久しぶり。ところでコジベ、あなた誰かと話してるの?」
うっわビクビクし過ぎだろ村長…そんな人に挨拶したくねぇ~というより、挨拶できる気しねぇ…
村長の影に隠れてリテラさんから逃げようかと思ったが、誰かと話してるとか言われたら挨拶するしかないじゃないか…
「あっ、えっと。こ、コンニチハ!」
緊張しすぎて片言になってしまった!もうやだ、どこにとは言わないけど帰りたい!!
精一杯の誠意をみせるためキッチリ45度のお辞儀をした為、まだリテラさんの顔は見えない。向こうにはオレが人族であることはわかるだろうが。
「ふーん。あなた相当出来るのね…」
「…!?」
何だって!?相当出来る?どういうことだ?強さがわかるってことか?
不快感は感じなかった…ということは【鑑定】のスキルじゃない。いや、もし【鑑定Lv10】なら…オレでもまだ【鑑定Lv8】なのに?
何故か背中に冷や汗がはしる、そして顔をあげようとしても、まるで押さえつけられているかのように顔をあげることが出来ない。
「あら、それでもこんなものかしら…?」
「お、おい。リテラ、それくらいにしてやってくれ」
村長がオレを庇うようにリテラさんとの間に入ってくれた。
その瞬間押さえつけるような力が和らぎ、顔をあげることが出来た。
顔をあげて村長の後ろからリテラさんを見て驚いた。
リテラさんは見た目はリス族そのもので、目元はセーベにとてもよく似ていてとてもお母さんとは思えない、と言うよりも若過ぎるくらい若い。
そこまでが一瞬で感じたリテラさんの姿だ。一瞬しかなかったのは勝手に【精霊視】スキルが発動させられたからだと思う。自分の意思ではない、何かが介入したような嫌な気分。
「さぁ…何を掴むかしら?」
抑揚のない声でそうリテラさんは呟く。
発動させられた【精霊視】スキルによってオレは全く何も見えない状況に陥った。閃光耐性も【精霊視】で起こる光には関係無いらしい。
「ぐっ!?ガァ!!」
突然、激痛が目の奥に感じる、頭が割れそうな感覚…
《アアア!───》
うっぐ!なんだ!?どうしたんだ!?アン!
くっそ!頭が痛い!
永遠とも思える長さで痛みが続き、周りの様子がどうなっているのかも分からない。
☆☆
「ッハァハァ…」
まだ疼くような痛みが残っているが大分ひいてきた。
「どういう…ことだ…」
「フフッ、自分の手を見てみなさい?」
まだ周りが見えないオレに、ただリテラさんの声だけが聞こえる、その声に従って自分の手のひらを見る…
「うわぁああぁああ!!」
無意識に叫び声をあげてしまう。
オレの手が木の根っこのように太くウネウネと絡まり、動かそうとすると指であろう所の先端からボロボロと崩れていく。
ただただ無意味な叫び声をあげ、茫然と崩れる自らの手とも思えない木片を見つめ続ける…
リテラによって激痛、恐怖、戦慄を刻みこまれたガルゥシュ…
その恐怖の先に待つものは…
次回!57 闇に芽吹くは…
──果たしてリテラはガルゥシュにとっての敵か、味方か──




