54 謝罪と迷彩と
薄く蝶番が軋む音が細い廊下に響く。
「…すいませんでした!」
オレは扉の音を聞いた瞬間、頭を深く下げて謝罪した。
悪気はないとはいえ見てしまったのだから謝らないわけには行かないだろう? うら若き乙女の身体を見てしまったのだから…
「………」
……扉が開いてからしばらく経つけどセーベの反応が無い。
『んーほらガルっちもこう言って謝ってるし、許してやんなよ!』
ガルっち?あぁオレの事か。ガルゥと呼ばれる事は多かったけど小さなゥ抜きは初めてだ。
セーベは許してくれるかな?許してもらわないと…これからの話もしづらいし、さ。
「…はぁ…頭を上げてください…」
オレは恐る恐る頭を上げた。
頭を上げるとセーベが思ったより近くにいて、目があった。
「…気を、つけて、下さいね…」
セーベはオレの顔を覗いて言ったが、怒り慣れていないのだろうか 、耳が少し垂れて下を向いている。
これは許すというよりは何て言ったらいいのか分からないって感じかな。
「本当にごめん」
「もういいです…私も蹴ってしまったので…ごめんなさい」
セーベは消え入りそうな声で蹴ったことを謝った。
蹴られたのも元をたどればオレのせいだから謝られるのは困る。
「いやいや、悪いのは全部オレのせいだって、セーベが謝る必要はないよ」
「ぅん…」
う~んちょっとぎこちないな。
何か話す取っ掛かり無いかな…? そういえば…言ってなかった。
「なぁ。ルーメン」
『ん?』
「フォローありがとう、助かった」
『フフン! いいってことよ、このルーメンちゃんにかかればチョチョイのチョイなのよ!』
…コイツ、すぐに調子に乗るタイプだな。
まぁ面白いけど。チョチョイのチョイとかあんま言わねぇだろ…
「ま、待ってください。ルーメンってなんですか?」
「ん?あぁ。光の精霊の名前だよ」
『ガルっちがつけてくれたのよ! いいなまえでしょ! セーベもこれからルーメンって呼びなさい?』
「え、あ、はい。る、ルーメン様?」
戸惑ってんなぁ。しどろもどろになってしまってる。
まぁこれまでずっと光の精霊さんって呼んでたわけだし。
『ルーメンでいいわよ! 様 は何か違うじゃない?』
「は、はい。ルーメン…?」
『そうそう。それでいいのよ!』
本人がかなり“ルーメン”って名前気に入ってるみたいで良かったよ。
『ねぇねぇそういえばガルっち、何で料理してたり、今日、村が騒がしめなの?』
あ~まだルーメンも知らないのか。と言うことはもちろんセーベも知らねぇよな。
「えっと、ちょっとお祭り? 的な?」
『お祭り? そんなのこの時期あったけ? ねぇセーベ』
「えぇと、なかったと思うんですが…」
あっ、そうだ、また忘れてた…
セーベにロクシュの里から出てオレのパーティーに入ってもらうことを言わないとな…
これはオレから言っちゃった方がいいか?
悪いけど、話を強引に変えちゃおう。
「えっとあのさ、セーベはさ、ロクシュの里から出たいと思ったことはある?」
「? ロクシュの里の外ですか? いつも出ていますが…」
「いや、そうじゃなくて、世界中を旅してみたいなぁ みたいなことなんだけど」
「え~とあります…、けど…ほら、私は獣人族で、更に、珍しいアルビノなので…人族のいるところには行かない方がいいと…
ガルゥシュさんたち、皆さんは獣人差別はなさらないようですから里にお連れしたんです」
あ、あぁーそうか。エイゲニア王国は獣人差別はまだ少ない方だからそんな意識は薄かったけど、リンデーン帝国とかアンセビメル神国はキツいらしいから、やっぱり難しいか。
いや、でもオレの幻影魔法があれば何とかできるか?
出来そうな気がする。耳と尻尾を風景に溶け込ませればいい。
「えっと、もし!
もし、獣人差別が無かったらどうする? それなら行くか!?」
オレは少し強めに迫ってみた、これで「別に行かなくてもいい」みたいなこと言われたらつれていく方法がない。
強引に連れていくのは何か違う気がする。
こう言うのは自主性が大事だと思う。
「どうでしょう……
…いえ!行きたいです! もし、獣人族じゃなかったらって、何度も思って…」
セーベは少し迷ったような素振りを見せたが、本心を隠した蓋を剥ぎとって自らの胸の内をさらけだした。
「本当か?」
オレはセーベが心から外の世界を観て回りたいという気持ちがあるか、確認した。
セーベはゆっくりと力強く頷いた。
「そうか。なら…なぁ、セーベ、オレのパーティーに入って旅をしないか…?」
「えっ?」
「オレは幻影魔法が使えるから、その耳と尻尾を隠せると思うんだ。どうかな?」
「そんなことが…出来るんですか…?」
「やってみようか?まずはルーメンの姿でも出してみようか」
上手く出来るといいんだけど…、イメージを頭に描いて~こう、フワフワと…よし。
適量の魔力を込めて…
「うしっ、上手くいった…あれ?」
『?』
待って、何か、いつものオレの幻影魔法じゃない?ぼやっとしていない?何で?
まるで描写が違う…前は480pだったのが1080pになったみたいな。
要するにSD画質からフルHDになったみたいな。
もっと言うとDVDからBlu-rayになったみたいな。
そんな感じだ。分かりにくいかもしれないが、でも何で?
《特殊スキル【光】の効果を補助使用し、マスターのイメージの鮮明度を向上させております》
マジで? アン~補助ありがと~! 流石ですわぁ!
ってか、【光】そんな効果あったっけ?
《【光】の効果を開示しますか?》
あ、そうね。そうしてくれ。あんまり覚えてないしさ。
《承知しました。【光】の能力を開示します》
{【光】:光の精霊の力を借り、光の能力向上、浄化作用が含まれる光になる。光の角度を変えられる。}
サンキュー、アン。
え~とこの効果の中で幻影魔法に影響させられるのは…
《{光の角度を変えられる}です》
あ~そうなのね。
じゃあこれからはずっと鮮明に幻影魔法が使えるのだね?
《そうなります》
良かったぁ。
まぁどれもこれもアンが居てこそなんだけどな。自分じゃどれぐらい角度をつけるかとかわからねぇもんな。
アンが居なかったらきっと何処かで野垂れ死にしてるぞ…オレ…
《恐縮です、しかし私の存在意義はマスターのお役に立つことですから》
う、うぅ…ええ子や、めっちゃええ子や~ありがたや~ありがたや~
アンへの感謝は言葉では言い尽くせないから[瞬間思考]はこれ位にして…
「えっ!? ど、どっちがルーメン…?」
『何言ってんのよセーベ? どっちって何よ?』
「あっ、喋ったら分かりますね、それですよ、ルーメン」
『へ? ……ん?!? ウヒャアァアア!! わ、私がもう一人~!?』
セーベがオレとアン合作の幻影を見て少し困惑したが、ルーメンが言葉を発したから区別が付いたらしい。
オレたちが作ったのは幻影で話す効果は無いからな。
ルーメンは何のことか視界に入らなかったのか分からない様子だったが、セーベがルーメンの幻影を指差した方向を目で追って…
…よりによってオレの耳元で大声で叫びやがった。
動揺したのか思いっきりオレの右耳を引っ張るし…
「ルーメン、痛いからオレの耳を引っ張らないでくれ」
『あらヤダ! 私ったら。
でも、でもね? ガルっち見てよ! この子、私がもう一人いるのよ?』
「ルーメン、オレとセーベの話聞いてたか?」
『ん? いや? お祭りって何だろうって思ってたし、二人が真剣そうな話してたし…?』
こ、コイツ…気を使ってんだか使ってないんだか。まぁそれでこそルーメンって感じだけど…
「ハァ。それはオレが作った幻影だよ。良くできてるだろ?」
『ほへぇー、あんたホント、スゴいわね…、それにしても私ってこんなに可愛いのね? 知らなかったわ…ウフフ!』
オレが初めてフンバ校長の幻影魔法見たときと同じような反応しやがって…
ん? 待てよ…幻影なら皆見れるよな…?
ルーメン見せれるんじゃね? 今度やってみよ。
「まぁルーメンは置いといて、耳と尻尾を隠せると思うんだけど試してみるか?」
「そうですね。これだけ凄いものを見せていただいたんですから…お願いします!」
「よし。いくぞ」
オレのイメージは光学迷彩だ。身体を透けさせる感じ。
光の角度を変えられるなら軽くできるだろう。どれくらい変えるとか分からないからアン頼りだけど…
《常時発動の場合、私の演算ソースをセーベ・リースタに振り分けます。マスターに関わる演算が遅くなります。よろしいでしょうか》
そうなの? まあ、刻一刻と入射角とか変わるだろうからその辺は仕方ない。
どうせ有り余ってるスペックだろ?
いいよ。
《承知しました。起動致します》
ジジッという音と共にセーベの耳と尻尾が周囲に溶け込む。
「ど、どうですか?」
「いいぞ! 透けてる。今の見た目は普通の人間の女の子だよ!」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ。これなら大丈夫!」
『あらっ、セーベが セーベ? じゃない? 何かいろいろ足りない?』
フッフッフ、何処か抜けてるルーメンには気付かれないレベルの迷彩だな。確かに少し違和感があるのは分かるけどね。
《忠告、触れると解ける可能性が34.2%、衝撃を加えると97.3%の確率で解けます》
ま、マジか。そんな確率まで把握してんの…
言っとかないと…二人とも触っちゃいそうだ。
「セーベ、ルーメン、幻影に触れると解けちゃう可能性があるから触るなよ」
「あっ、そうなんですね。本当かどうか、触っちゃいそうでした」
『えっそうなの? あ~だからもう一人の私も消えちゃったのね?
なるほどね~』
やっぱり触ったんかい。まぁあれだけ似てたら触りたくなるわな。
「まぁ、ということでオレの幻影魔法の凄さはわかってくれたと思う。
さて、もう一度言うぞ、セーベ。
…オレのパーティーに入って、旅をしないか?」
話を元に戻して、オレはしっかりセーベの目を見て言葉を区切って言った。
ここで断るのも頷くのもセーベの自由だから選択して欲しい。父親に言われてとかじゃなくて自分の意思で決めて欲しい。
「…よろしくお願いしますっ…! ルーメンもいいですよ、ね…?」
あっ、ルーメンにも聞かないとダメだったか。それだとテーベにも言わないといけないか?
『んぁー? な~に~が~?』
「また聞いてねぇのかよ!」
くっ、思わず突っ込んじまった、いや、もうマジで話聞けよコイツ…
「ハァー旅だよ旅。世界をまわるんだけど、一緒に行かないかって話」
『たび!?行きたい行きたい! 旅、行きたーい!』
「分かった、分かったから落ち着け。
じゃあオレのパーティーに入るということで、これからヨロシクな、セーベ、ルーメン」
「よ、宜しくお願いします…」
『よっろしくぅー!』
二人は異なる意思を持ってオレに答える。
それでも二人ともこれからに楽しみを持っているようだった。




