46 慰め
オレたち男部屋には部屋の真ん中に腰くらいの高さのテーブル。
テーブルの回りを木の二段ベッドが囲んでいる部屋だ。
テーブルの上にいくつもの皿があり木の実と何かの種だろうか? 種、葉っぱ、サツマイモが盛られていた。
うん、リスっぽいね。
セーベは雑食っていってたけど…基本的に木の実かな。
「なんかあれねぇー、美容に良さそうな食べ物ばかりねぇ」
「……」
「まぁ確かに…ヘルシーではあるだろうね…僕としては肉が食べたいけど…」
こんな話をしているとクラメが帰ってきた。
「…クラメ、クレールは……?」
うぉ、珍しくセントが喋った。
セントも心配してたんだな。無口で無表情気味だからな、いまだに心情が分からない。
「あぁ、今は体力を消耗したのか寝てる。顔色も戻ってた。
きっとガルゥシュのお陰だ、ありがとう」
「そうか、それは良かった」
やっぱりアンは頼りになるな!アンのお陰だ。
これ、前も言わなかったけか?いや、何度でも言おう!
『アンは頼りになる!ありがとう!』と。
《私はマスターの力によって成り立っています》
そんな謙遜しなくてもいいの!
ホントに頼りにしてんだからさ。
そうしてオレの脳内で話していると、突然ゼンが顎に手を当てて天然なのか恐ろしいことを呟いた。
「なぁ、ところでクラメってクレールのことどう思ってるんだ?」
「フッ!?」
うわっきたねっ。クラメの奴、口に入れたナッツ吹きやがった。
「なっ!何言ってんだッ!
お、おれがあ、アイツのことを好きだなんて!」
動揺しすぎ…こりゃ確定ですわ……羨ましいですわぁー!
いや、まてまて、オレにはソフィがいるじゃないか。
フッフッフ……
「別に好きかどうか聞いてないけど、その反応はそうなんだろ?」
「そうねぇー青春ねぇ。うらやましいわぁん! ねぇガルゥちゃぁん~」
グエッ、オロロロロ……
ピタシーナ!こっちをみてウインクをするんじゃねぇー!
「お、おれがクレールのことを……?」
「えっ!?自分の気持ちに気付いてなかったの?」
「そ、そんなのわかんねぇよ…」
「…ハァ…」
セントまで頭に手をやってため息ついてるし……どんだけ鈍感なのさ。
オレたちはそんなくだらない話をしながら気分を紛らわしていた。
だがさすがに疲れていたからか、クラメが寝だしたので寝ることになった。
……眠れない…
「ハァ…ちょっと外出るか…」
オレは小さな光玉をだし、ベッドから出た。
一段目のベッドだったし、隠密のスキルを使ったから誰も起こしてないだろうと思う。
外は大きな月の光に照らされ、思ってたより明るかった。
オレはロクシュの里に通っている小川に架かった橋の上で腰を下ろし、脚をぶらつかせる。
小川には綺麗な透き通った水が流れ、水草が揺れていた。
「……くっ、ベゼック教官…」
オレは皆の前では押し込めていた想いを一人になったこの機会に、と口に出した。
口に出すことによってとめどなく想いが溢れる。
「オレが、もっと……!!」
オレの頬には一筋の涙が伝う。
知覚しているが拭う気はない。
きっとまだたくさん流れるだろうから…
「ベゼック教官…もう、話をすることは出来ないのですね…
オレにはもっと教官に教えてもらうことがあったのに…」
誰もいない夜の虚空に息をはき出す。
流れた涙はズボンに小さなシミを作る。
オレは前世で人の死に悲しんだ覚えがない。
前世では既に祖父や祖母は亡くなってたし、親が死ぬ前にこっちの世界に来たから。
こう考えると、オレはとてつもない親不孝ものだな…もし戻れたら……いや、この考えは今は無駄だ。
しかし、悲しんだことはないオレには、こっちの世界でベゼック教官が無惨にも殺された今、どう気持ちを整理すればいいのか分からない。
そんな今は明るく照らす月の光がオレの目には嘲りにしか見えなくなってくる。
「…ガルゥ?」
感情の波に支配されているオレはソフィが近くに居たことを感知できなかった。
「え…ソフィ?どうして…」
「目が冴えちゃって…って、どうした…の?」
「いや、何でもないよ……」
ソフィがオレの横に来て、腰を下ろし、オレの顔を見て涙を拭ってくれた。
「うそ だよね。ガルゥ、あなたは、何を悔やんでるの?」
オレの顔を覗き込み、目線を合わせて区切るように言葉を紡ぐソフィ。
ソフィの純粋な青い目が優しい光を生む。滲んだオレの瞳にはその光は辛すぎて……
「ソフィ……オレは、オレはどうすればいい…?教官はいなくなってしまった……」
「そう、ガルゥは教官がいなくなっちゃったことに不安や悲しみを感じて己を罰してるんだね?
でも、でもね?ガルゥ…私は教官の殺される所も見てないし、何も出来てない。
だけど、ガルゥは教官の仇をとったんだよ…?」
「でも……」
「考えてもみて?教官は元冒険者だったんだよ、死は覚悟の上のはずだと思う。
悲しみすぎて怒られちゃうよ。
『オラ!! メソメソしてんじゃねぇよ! 前向けや!!』とかね…?」
そうか、そうかもしれない…仇はとったんだ。
「ガルゥは頑張ったんだよ。
もし、それでもまだ悩むんだったら…もう少し強くなればいいんだよ。
私からすればもうガルゥは強いんだけどね!エヘヘ…」
少し目尻に涙が浮かんでいる…ソフィも悩んだんだ…
ソフィは優しい微笑みを浮かべていた。
オレを慰めるために無理してるんだ。
「ありがとう、ソフィ。気分が楽になった…」
「ううん、私がいなくてもきっとガルゥは大丈夫だったよ」
「本当にありが、とう…ソフィ…」
ソフィに慰められたオレはなんとなく空を見上げた。
いや、なんとなくじゃないな、涙が流れないように、だ。
見上げた空は星がまるで降ってくるかのようにうめつくしている。
川のせせらぎと草木の揺れる微風がオレたちを包み、月明かりはオレの心を満たしていた。




