幕間 森にて
三人称視点となります。
鬱蒼と繁った森の奥──
過去に隆盛を誇った吸血鬼族の生き残り、その一人。
そのヴァンパイアは腐った切り株に腰掛け、ニタニタと痩せこけた口をにがませ、ほくそ笑んでいた。
「ヒヒッ。ようやく、ようやくあの固有スキル持ちがこの森にやって来たのですよ…! これであの吸血姫に負けない力がワタクシの物になるのです……それにしてもあの固有スキル…なんとワタクシにあつらえたようなスキルでしょう…!! ヒヒッヒヒヒッ!」
乾いた笑いを漏らしながら甲高い声を発し、ブツブツと呟くヴァンパイア。
その横で身じろぎもせず、鳴きもせずにそのヴァンパイアの倍はあろうかというキマイラが立っていた。
「わざわざ西の森にいたキマイラをワタクシのスキルで操作状態にしたのです…、あの邪魔なコドモたちを相手してもらいましょうかね…? さて、少し理性を戻してあげましょう」
パチンッと音をたてヴァンパイアが指を鳴らす。
「……!! グゴォア!」
キマイラが理性を取り戻し、全ての頭が吸血鬼を睨み、真ん中の獅子の顔は口を大きく開けヴァンパイアに襲いかかった。
しかし、そう上手くはいかない。
「おっと…!」
「! グガッ!?」
ヴァンパイアが掌を向けた瞬間、キマイラの動きが完全に止まった。
獅子は大きく口を開けたまま。山羊は睨んだままで。
「う~む、少し元に戻しすぎましたかね…? どうせワタクシから離れればある程度理性は戻るわけですし…」
「グゴォアアアアアアア!!」
動きを止められてもキマイラの本能が許せないとでも言うように雄叫びをあげた。
「…黙れ」
「グッ……」
とてもこの痩せぎすの男が発したとは思えない強烈な殺意が吹き荒れ、周囲の気温が急に冷え込み、一斉に鳥が羽ばたき遠ざかっていった。
外見が痩せぎすだが、これはこのヴァンパイアの本当の姿ではなく、殺して奪い取った肉体である。
このヴァンパイア、本名をゴルチェラード・セテレテータは他人の体を乗っ取り、記憶以外のスキル等を引き継ぎ存在していた。
「ワタクシは数百年、生きてきましたが、あれほど相性の良い固有スキルはないでしょうからねぇ…さて、キマイラに行かせますか…」
独り言を呟く、ゴルチェラードがスッと手を向けると、その方向にキマイラが走っていった。
「この体なら普通に戦っても勝てないですか…ね?まぁコイツはアサシンだったですかね。不意打ちで構わないでしょう…」
ユラリと立ち上がったゴルチェラードはフッと気配を消し、切り株の周囲は木々のざわめきだけが残った。
☆
冒険者学校教官ベゼック・シュゼンタは木々の隙間を縫うように疾走していた。
「ガルゥシュのチームのどいつかがヤバイ!」
ガルゥシュ・テレイゲルのチームが危機に陥る可能性が高く、安否の確認のため急いでいた。
少し開けた場所に出た
「おい、お前ら!! 無事か!? ガルゥシュは!?」
「教官!? あっ、え、ガルゥシュが魔物を!!」
「…あ、あっちです……」
「向こうか! ……?」
ガルゥシュのチームの四人を見つけたが奴がいない。
とにかく四人が無事で良かったとベゼックは思ったのも束の間だった。
その時、一瞬ベゼックは違和感を覚えた。
この違和感に従っていれば、何か変わっていたのかもしれない。
「アァ……遅いですねぇ…気付くのが…」
ベゼックの右腕は宙を飛び足元に落ちた。
気づくのは激痛が走ってからだった。
「─ッァ! グッ!! て、テメェ! 何者だ!!」
「『風嵐』……」
答えることなく、風嵐という中級魔法を普通より小さく、人ひとりだけを囲む大きさを作り出した。
その魔法はターゲットを包み込み、刻む。
「ぐぁああ!」
「「教官!!」」
比較的状況の把握が出来ていたクラメとメルネーが駆け寄ろうとするが間に合わない。
「クックッ。イーヒッヒッヒッ! 頂戴いたしますよぉ! そのお体っ!!」
体を仰け反らし、そう叫んだ時、その口からコウモリの形をした紅の何かが飛び出し、ベゼックの右腕の切断面から入っていった
コウモリのような何かが出てきた元アサシンの男の体はシワシワになり干からびた。
まるでミイラの如く。
それに代わるように、ベゼックの体は右腕から急激に浅黒くなり少し体躯が広くなったようだ。
しかしゆっくりと体を地面に横たわらせる。
草が鳴る音と、靴と土が擦れる音がかすかに空気を震わせた。
「教官、ベゼック教官!! 大丈夫ですか!? クラメ! 何があった! どういう状況だ!!」
ガルゥシュ・テレイゲルが木々の間から飛び出して来た。
ガルゥシュ・テレイゲルは遅かったのだ、あと数秒早ければ救えたかもしれない──
やはり三人称は難しい。バトルシーンは作りやすいですけど…。




