39 あの男
オレがベゼック教官とクラメ、クレール、メルネー、チルネアを見つけたとき、信じられない光景がオレの目に飛び込んできた。
皆が集まって恐怖の顔に染められ、クラメが必死にベゼック教官の後ろで剣を構えている…幸い怪我はしていないようだ。
しかし、ベゼック教官の右腕は…
肘から先が切断されていた。
見たこともないような量の血が地面に染み付いて、体中が切り傷でズタボロになって体が浅黒くなって横たわっている姿だった。
教官が倒れこんでいる方向に何か…
所々破れてボロボロだが、異様に黒いローブ
? このローブ、何処かで…見たような…
いや、それよりも!
「教官、ベゼック教官!! 大丈夫ですか!? クラメ! 何があった! どういう状況だ!!」
オレは着いた瞬間にベゼック教官の右腕に光治癒魔法をかけた。
淡い光が傷口を覆うように広がる。
時間がないから応急処置で悪いが無詠唱だ。
「ガ、ガルゥシュ!! 今すぐベゼック教官から離れろ!!」
《クラメ・ベーズに同意。即刻離れることを推奨》
ハッ? クラメに続いてアンまでどうした?
離れたら治療出来ないだろうが。
ベゼック教官がこんなにもズタボロなんだぞ!
「………クッ、クックッ………」
「教官!? 教官! 大丈夫ですか!」
あぁ、良かった。
生きてはいるみたいだ。
かなり危険な状態だから意識が戻っても動かないでくれるとありがたい。
教官はゆっくりと首をオレの方に向けた。
目がオレを捉える。
「……アァ」
ゾクッ! っと悪寒が背筋を一瞬にして這い尽くした。
な、なんだ!? ……こ、この感覚!
まさかっ!
あの、黒いローブは! 見たことがあるじゃないか!
クレハーロに来たとき、ギルドの帰り、ぶつかった奴!!
その瞬間、オレは咄嗟にクンペルを抜き構え、飛び退いた。
「…ンンアァ大丈夫ですよ…!? ワタクシ史上最高の気分です!!」
教官のしゃべり方と全く違う!!
声を聞いて思わずクンペルの柄を握り締めた。
「ア…ァ、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ…? ワタクシ、雑魚に興味はありませんから」
「お前は誰だ…? 教官をどうした!」
もっと色々聞きたいが、おそらく教官になりかわっているコイツを刺激するわけにはいかない。
鑑定したいが不快感を感じた瞬間、攻撃してくるかもしれない、今は下手に動けない。
「…アナタには固有スキルがないですし、全く興味ない……ですが、ワタクシいい気分ですので教えてあげましょう!
ワタクシの名前は『ゴルチェラード・セテレテータ』………吸血鬼族の末裔ですよ! ィヒ、ィーヒッヒッヒ!」
ヴァンパイア族…!?
厨二病じゃない限り、そんなこと自分で言うわけがない。
だが、こんな状況で言うと言うことは本気でそうなのか?
それに、奴は言葉始めに何て言った?
オレに固有スキルがないと言ったか?
あっ! あの、ゾクッとした感覚はスキル鑑定か!!
もし無いと思ったのなら、今のオレは鑑定でバレないように【隠蔽】のスキルで色々隠しているのが機能していると言うことだ。
油断してくれている。
だが、それでもコイツは危険だ。
なるべく視線を外すな。
それでいてクラメたちには逃げてもらわなければいけない。
オレは足先に魔力を通して土魔法を使い、地面に『逃げろ』と文字を刻んだ。
コイツはさっき、オレたちに興味はないと言ったが信用出来ない。
オレは四人も守れはしないだろう。
難しいだろうが出来ればクレハーロまで逃げて欲しい。
状況を伝えてほしい。
出来るのは時間稼ぎだ…それしかない。
オレの役割は皆を逃がすための殿!
戦闘ではすぐに決着が着いてしまうだろう。
話をせざるを得ない。
「一つ聞きたい…」
「なんでございましょうか? 君のような小物には構っていられないのですが、先ほども言った通り今は非常に機嫌がイイ! 一つだけ聞いてあげましょうか!? ヒヒッ!」
「お前の目的は何だ?」
「おぉっとワタクシの崇高なる目的を訊きますかぁ!? 仕方がありませんねぇ! 答えて差し上げましょう!」
ここでゴルチェラードは口角をつり上げてニヤリと気味悪く嗤った…その口の中に二本の鋭い牙が付いている。
まちがいなく吸血鬼なのか。
チッ、皆が逃げてくれない…腰でも抜けているのか? オレがコイツを引き離すしかないな。
オレの怒りに触れなければ話は続けられる。
「ワタクシの目的は! ワタクシを醜く、弱いと言ったあの吸血姫!! 奴を苦しめいたぶることがワタクシの目的です!」
「そんなことに、教官を、関係のない人を巻き込んだのか!!」
ダメだ、オレにはコイツが理解できない!
まだだまだ怒るな、まだ後ろが逃げてない。
口に注目しろ。
内容より文字の羅列としてとらえろ。
怒らないために。
「そんなこととは、なんでございましょうか! こんなにも崇高なる目的を! この男は実に良い固有スキルを持っていたため、一年前から計画し、ようやく! この男に移ったのです!! 矮小な人の体を活用してやったのです。ワタクシに活用してもらったことを悦んでもらわなくては!!」
「ふっっざけるなぁ!!」
ダメだって、ダメ。
もう無理、許せない、許すことはできない。
怒るな、みんなを危険にさらす。
「ヒヒッ、ィヒヒヒッ! 戦いますか? この体を試すチャンスです! 貴方も西の森にいたキマイラと同じ様に操って差し上げましょうか? 」
「あのキマイラもお前が操っていたのか!」
昔、ロックパンチベアーを倒したとき、ダグラン師匠が森の魔物が活性化していると言っていた理由はキマイラか。
それはいい、だがゴルチェラードにはあのキマイラを操る実力はあるということだ。
殺すよりよっぽど難しいはずだ、実力を甘く見たら死ぬ。
そうだ冷静になれ。
物事を考えろ。
怒りの熱を脳の回転に回せ。
コイツを倒す為には鑑定するべきだ。
どうせ戦うんだ!
鑑定!
{個体名:ゴルチェラード・セテレテータ
・種族:人間〔吸血鬼〕
・性別:男
・状態:血液憑依(死後)
・レベル:22(-11)
体力:250/280
魔力:75/137
攻撃力:???
防御力:???
素早さ:???
・所持スキル
(種族スキル)血操魔法Lv10
(固有スキル)【血液強化】【血液増強】
(通常スキル) 剣術Lv5 槍術Lv4 盾Lv5 斧Lv3 体術Lv5 治癒魔法Lv2 身体強化Lv4 疾走Lv5 気配感知Lv3 隠蔽Lv3
(派生スキル)[剣の達人Lv3][護る者Lv4] [縮地Lv4]
・称号:【血を極めし者】【殺戮者】}
・状態:血液憑依(死後)
(死後)
(死後)
死んだ後、死んだ?
死んでしまった?
どこかでプチリと切れた音が聞こえた気がした。
許さねぇ!!! 絶ッ対に許さねぇ!!!
たった一年の出会いだけど俺にとっては恩師だ…!
よくもよくもよくもよくも!!
ベゼック教官を!
コイツはオレが責任を持って殺すッ!




