36 特待生殺しの試験 戦闘・結果
長め。
大きな地響きをともなって土のような色をした巨体が迫ってくる。
「[波土]、[土道]!」
オレは皆が戦いやすいように場所を整える土魔法を使った。それによって大きな波のように木が根っこごとゴボゴボッと左右に寄っていく。そしてデコボコな地面が平坦になった。平になるまで2秒と掛からなかったんじゃないだろうか。便利な魔法だこと!
一瞬、皆が振り返って驚いたかのように目を見開いていた。
チナは驚いている場合じゃないとでも思ったのか、頭を振ってあの魔物に注意を向けた。
さて、魔物の鑑定でもするか。多分あの子たちで倒せると思うし。
ほい、鑑定っと。
{個体名:ブラウンホーンライノゥ
・種族:ホーン獣
・状態:興奮
・ランク:C
体の皮膚はとても分厚く、突進することが好き。角の部分は薬として重宝される}
ランクCか、いけるかな?ちょっと不安だ。確かロックパンチベアーがC-ランクだったか?5人なら行けるはずだ。
『…[水籠]!』
おぉ!カレンの水属性魔法か!上手いな!
ブラウンホーンライノゥを水で囲むことによって突進のスピードを落とし、攻撃体勢を整える時間とブラウンホーンライノゥの攻撃の無効化が一度に出来た。
「りゃぁああ!!必殺!肉三昧!」
はぁ、でた。ペックの意味不明な必殺技。飛び上がって縦切りからのくるっとターンして横切りからの突きという三連撃だ。なぜそういう名前なのか。
でも水ごと切っているにもかかわらず勢いが殺されることなく連撃を決められている。たった一週間の特訓だったが剣の振り方は抜群に良くなった。
「くらえ!」
ヒュンと風を切る音が耳に届く。
レドーが弓を使って恐らくブラウンホーンライノゥの目を狙ったのだろう。
初めて連携したときは味方に当たりそうだったけど今回は良かった。しっかり皆の動きを見ているみたいだ。
「あーー!弾かれた!」
少年らしく甲高い声をあげてレドーが嘆いた。
あちゃー、やっぱり真正面から矢を射ると分かっちゃうよな。角で弾かれたからあれだけど、皮膚が分厚いからダメージは大きくないだろうな。そうなると目を狙うのが一番か。
「危ね!そっち行ったぞ!」
ペックが正面を受け持っていたため、振り回してた角が当たるところだったみたいだ。回避して体勢が崩れたところですぐカバーには行けないみたいだ。
「私が止める!セッリャアア!」
鈍く銀に光る一閃がブラウンホーンライノゥの横腹に吸い込まれていく。
「ヴ、ヴォォオオン!!」
赤い鮮血が空に飛び散り、紅の一文字が刻まれる。
突然の死角からの斬撃によって苦しむサイの如き魔物は重低音の悲鳴をあげた。
チナが声出してなかったら、オレは手助けしてたな。これはあの子たちの戦いなんだから手出しは無用だよな。
本当に危険だったら助けにに行くけど、さ。
いや!ヤバイッ、チナッ!
「キャァアアア!…ガフッ!」
痛みと生命の危機を感じたのか大暴れしたブラウンホーンライノゥの角の側面がチナの腹部に強烈な一撃を加えた。
チナは軽く吹き飛ばされたものの、あの魔物の攻撃圏内にうずくまっている。
このままだと踏み潰される危険もある。だが少し遠い…間に合うか?
「ヴオオオオオオ!!」
これまでにない咆哮をあげて苦しむ。苦しむ声の主の目に深々と突き刺さる矢があった。その矢からはかすかな魔力の残滓を感じる。
「はぁはぁ、チナちゃんからはなれろ…!」
「チナ!大丈夫!?」
相当集中したのか息を荒げているレドーと焦った顔をしたカレン。おそらくカレンが矢に風の魔力を込めてレドーが射ったんだろう。
オレは【縮地】のスキルを使用し急接近し、チナを拾い上げあの攻撃範囲外にでた。
【縮地】は本当に一瞬なので拾い上げるという行動が出来るか不安があったがどうにか出来た。一瞬で移動が出来る【縮地】はかなり重宝する。けれどどうしても身体に少しの硬直時間がスキル使用後にでてしまう。もし、また誰かが危険に陥るとすぐには対処出来ない。強引に動こうと思えば出来なくはないけど……
とにかく助かったか。レドーとカレンのお陰だ。取り合えずチナの治癒だな。
「ゲホッゲホッ!」
「チナ、今治してやるからな。『水癒《ウォーターヒール》…』」
オレの手のひらから出た淡い水泡がふわりとチナの腹部にくっつく。そして水泡がじんわりと染み込んでいく。
これでたぶん治るはずだ。
「フゥー、あ、ありがとう」
「よかった、大丈夫か?」
「う、うん」
これで取り合えずひと安心か。
もうあいつオレが倒しちまうか。何処かで見てる冒険者学校の教師がいるはずだけど…
そこで振り返って見た光景に驚いた。ブラウンホーンライノゥがピクリとも動かないように横たわっていたから。
いや、確かに叫び声が聞こえないとは思ったが…
「これでよかったー?かな?」
「み、ミナ…ポゼガー使ったのか?」
「ウン。だって…あぶないと思ったから」
今になってポゼガー禁止を思い出したのか俯き、理由を言うミナ。しかし!
「よくやった。ナイス状況判断だ!ミナ」
「うえっ!?よ、よかったの?な、ないす?」
少し狼狽した様子でこちらを見たミナ。あ~ナイスの意味わからないか。【言語理解】のスキルだもんな。翻訳ではないし。
ま、いま説明はいいや。
「何言ってんだ、あのままだと危なかったって思ったんだろ?」
「う、ウン…大暴れしてたから…」
無性に頭を撫でてやりたくなった。
子どもは褒めないとな、ずっと叱られたらやる気なくなるっつーの。前世は引きこもるまで叱られっぱなしだったからなぁー…褒めてほしかったよ……
オレはチナをゆっくり木にもたれかけさせて頭をポンポンして目を合わせてから立ち上がった。
「……バカ…」
口をついて出たであろう小さな言葉がフッと聴こえた。
あ、あれぇ?オレなんかバカって言われることした…?ま、まぁいいや。
「ペック、レドー、カレン、こっち来い。ミナ、もう一回言うけどいい判断だった」
「えっへへ」
「なぁ!ミナ、どうやって毒まわしたの?」
前衛として近くにいたペックは近くにいすぎたためか、ミナが毒を入れた方法が分からなかったようだ。かくいうオレも分からない。振り返ったときには倒れてたし、とてもあの分厚い皮膚を短剣で通せるとは思えない。
「ん?えっとね~チナが切ったとこに刺したの。今も刺さってると思う」
なるほどな。チナが一閃したとこに刺したのか。それなら毒もすぐまわるか。というか“思う”?確かにパッと見た感じどこにも刺さってないな。
「…ォォオオ!」
あっと、まだ生きてるんだったか。このままにしててもいずれ出血死するだろうが、もう楽にした方がいいな。
「手柄横取りするようで悪いけどオレがやるぞ」
「いいよ、どうせ自分たちじゃうまくころしてやれないし」
オレの言葉にペックが自信を無くしたように答えた。
「武器の性能とペックが成長したら出来るだろう、さ!」
語尾のところでオレの相剣クンペルをブラウンホーンライノゥの首に振り下ろした。
音もなく体と頭が分かたれ、オレたちの、いや、この子たちの戦闘は終わった。
ちなみにミナのポゼガーはブラウンホーンライノゥの倒れた側に刺さっており見えなかったと言うわけだった。
☆☆
今、オレの手の中には羊皮紙が一枚ある。
「うそだろぉお!」
「うそぉぉ…!」
オレと、普段は活発なのに今は顔を青ざめさせている少女エミッタの声がはもった。
オレたちはクレハーロ冒険者学校の教室で今回の試験の講評を教官から貰ったところだ。
当日は辺境伯であるクレメト辺境伯がいらっしゃったらしいがオレは会ってない。森の深いところで狩りをしてたし、朝早かったから。だが他の皆は会ったらしい。
いや今、そんなことはどうでもいい。この羊皮紙に書かれている評価だ。
な、何なんだこの、“C”は?“A”じゃないの!?
そんな顔で見てたからか教官が、
「ガルゥシュ、てめぇは一般生の実力も考えず森の奥深く入りやがって。しかも己が前衛でもない。せめて一般生を守りながら戦えよ」
「え、え~そんなぁー」
理不尽だ!と言おうにも教官の眼光が怖くて…くっ!そんなところは前世のままかい!オレー!
そうやってオレが頭を抱えているとエミッタが…
「ガルゥシュちゃん、アタシらヤバいな…」
どうやらエミッタもオレと同様やらかしたみたいだ。試験前はかなりやる気満々だったのに。
そうだ!他の皆は…ハッ!ち、違う皆のオレたちを見る目が違う!これは“可哀想”の目だ!と言うことはコイツらいい評価取りやがったのか!
えっ!?クラメも?セントも?
「うそだぁああ!」
おれの絶叫が教室に響きわたり、隣のエミッタが同情の目を向けていた…
☆☆
「やったよ!ガルゥシュくん!私たちみんなA評価!」
チナたちの笑顔と明るい声がオレの心に突き刺さる。正直、羨ましい…
良かったね、皆。そう言う気力もなく、苦笑いのオレはソフィたちに励まされて寮に帰った。
これは、この試験はオレにとって精神的に名前通りの
“特待生殺しの試験”だった…
チナがカワイイ、ウフフフフー♪
短編かいたんでよろしくだべ。




