後悔……そして消失
忘れていた……。
大事に思っている……その思いは、胸の中に仕舞っていてもただの種にもならない。
言葉にして、相手に思いを伝えることで、芽を出して花が咲くのだと……。
積もりに積もった言葉の種は、凝り、澱んで憎しみや哀しみ、怒りに変わる。
咲かせた愛の花には、栄養であるこちらも言葉であったりスキンシップであったり、労りであったり、書簡や贈り物でもいい、そっと贈るべきだった。
喜ぶかは解らない。
けれど、伝えることは、相手を思いやること……大切だと信じて貰うこと……。
忘れていた。
だからこんなにも悲しいのだ。
「桃桃……済まない……。大切にすると約束したのに……赦してくれ。謝っても許して貰えぬのは解っている。ただの自己満足だ……でも、それでも聞いて欲しかった。置いていかれたと哀しかった。ただ、私はそなたに笑っていて欲しかったのに……」
涙が子龍の頬を伝う。
その一滴が桃子の頬に落ちると、瞳が開かれた。
その瞳は労わるようであり、哀しげに陰っているようにも見えた。
「桃桃……」
一度目を閉じ開いた桃子は、感情を失したように淡々と告げる。
『悪夢ヲ発見!』
「桃子どの?」
スルッと身を翻した無表情の、瞳にも意識のない人形のような顔は、ぎこちなく、
『悪夢……ヲ全テ戴ケマスカ? ソウスレバ、貴方ハ悪夢ヲ見ルコトハナクナリ、平穏ニ過ゴセマス。サァ、全テ下サイ』
「悪夢?」
『ハイ。貴方ノ奥方ノオ願イデス。本当ハモット早ク任務遂行完了デアッタノニ……数百年モ拘束サレルトハ思ワナカッタ』
呟く口調は何故か苛立たしげで、不機嫌そのもの。
『貴方ノ心カラ悪夢ヲ頂キマス。丁度、弱ッテイタ上ニ、オカシナモノヲ口ニイレラレ、不快デス。悪夢ヲ……貴方ノ奥方ノ記憶ヲ頂キマス』
「妻の記憶は悪夢ではない!」
子龍は叫ぶ。
「看取れなかった、傍にいられなかった、言葉にできなかった……後悔はあるが、妻といられて幸福だった! 後悔はない! ただ、謝って、もう一度傍にいて欲しいと伝えたいだけだ。嫌だと言われようと、最後には必ず、言わせて見せる。昔のように『仕方ありませんね……貴方は』と溜め息を吐かれても、必ず共にいるのだと!」
『ソレハ貴方ノ言葉。奥方ノ本心ハ嫌ダト言ッテイタラ?』
「それでも諦めるものか!」
『愚カダナ。ソレガ、コノ娘ヲ1200年モ追イ回シタ男ガシテキタ事ト、同ジダト思ワナイノカ?』
「なっ!」
一瞬息を呑む。
畳み掛けるように、
『ソナタハ、自分ガソレホド高尚ナ人間ナノカ? アノ男ニハ、アレコレイッテイタヨウダガ、自分ガ言エルノカ? 胸ヲ張リ言イ返セルカ?』
「……っ!」
『人間ハ矛盾シタイキモノダ。心ガ壊レルホド悩ンデイテモ、平気ダト微笑ム。本当ニ苦シクトモ、助ケテ欲シイト思ッテモ家族ニモ友人ニモ、誰ニモ相談ガ出来ナイ。辛イト思ウノハ人ソレゾレ。感ジ方モ違ウ……心ニ振リ下ロサレタ傷ハ、誰ニモ解ラナイ……。ドレダケ……冷タイ布団ノ中デ夫ヲ思ッテ泣イテモ……隣ハ冷タイママ……イツモ通リノ朝ハ来ル』
哀しげで苦しげで、優しげな微笑み。
『モウ一度、モウ一度ト言ウノハ、強イ人ノ言エルコト。弱イ者ハ、タダ終ワリを望ムモノ。挑戦ナド考エル事も出来ナイ! チョットシタ事デ傷ツイテ、孤独ヲ思イ知ラサレルダケ! ソレノドコガ悪イ? 我ハ涙グム人々ノ哀シミヲ糧ニシテ、人々ハ哀シミヲ悪夢ヲ我ニ与エルコトデ、心ヲ軽クデキル!』
「だが!」
『黙レ! 聞キタクナイ! 今更ダト思ワヌカ?』
桃子は目を細める。
『再見……私ノ糧ニナレ!』
「桃子さん!」
背後から腕が伸びる。
関平である。
振り払う時に、
『ソナタノ悪夢ヲ……』
と、手のひらを額に当てる。
関平はがっくりと倒れる。
桃子は目を細め、うっとりと艶然と微笑む。
『久シブリニ上等ナ悪夢ヲ頂イタ……デハナ? 後デ、モウ一度』
と、走り出すと窓から逃げ去ったのだった。




