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悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア  作者: 村咲 遼
真侑良の恋……
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趙子龍の妻……。

 子龍しりゅうと妻の出会いは孔明こうめいたちも知らない。




 知っているのは、黄夫人こうふじんは、夫が劉備りゅうびに仕えるようになった後、定期的に挨拶に来るようになった母子……。


 母親は瞳の澄んだ優しい顔立ちの女性で、幼い二人の男の子を抱っこして手を引いて、質素な姿である。


「初めてお目にかかります。私は趙子龍ちょうしりゅうの妻にございます。そして、上の子はとう、下の子はこうと申します。未熟な者ですが、どうかよろしくお願い致します」


 丁寧に礼をした女性は、影の薄い人だった。

 しかし、とても幸せそうに微笑む人だった。


「夫は本当に素晴らしい方なのです。優しく、強く……きっと、きっと参謀様の期待以上の力を発揮できますわ」

「とても優しいのですわ。夫はお忙しいと言うのに、夜中に戻っても必ず子供たちの顔を見て頭を撫でてくれるのです」


 普通、とるに足りないことでも、彼女には幸せな事だったのだ。

 ささやかで、それでいてかけがえのない一時。


 特に、癖の強い軍の中で、一番柔軟な考え方を持つのは趙子龍。

 二人も彼と親しくなり、忙しい時には屋敷に泊めたりと言うこともあった。

 その時には必ず使いを送っていたのだが、寂しくはなかったのだろうか……と思ったこともある。


 一度果が問いかけたことがある。

 すると、儚げに微笑み、


「夫は頑張られていらっしゃいます。私は、あの方を影で支えて差し上げたい。それが幸せですわ。子供たちも二人も傍にいてくれる。夫には夫の家はここにありますよと、お疲れになられた時には、帰って頂けるようにと思っております」

「それでいいんですか?」

「はい」


即座に答えが返る。




 しばらくして、孔明と共に戦場にいた子龍の妻は、静かに息を引き取り、まだ15歳になるかならずかの兄弟が、


「奥さま、本当に私たちに良くして頂き、ありがとうございました」


 母を亡くし、迷ったような眼差しの統と泣きじゃくる広。


「お二人はどうされるの?」


 黄夫人の一言に、


「母は『お父さまには大事なお勤めがある。私の死を伝えなくても構いません。二人は力を合わせ、お父様のような人になりなさい』と……私たちは軍にと思っております。あの……屋敷のことですが、母が自分が亡くなった後には、自分のものは全て処分して欲しいと……。新しい女人を迎えて頂くようにと……整えて逝きました。私たちは軍ですので、父と会うことも少ないかと思います。父の地位を鼻にかけては、母が嘆きます」

「それより、私は、父なんて要らない!」


泣きながら叫ぶ広。


「母上は、待っていたのに! ずっとずっと待ってたのに! 会いにも来ない! だいっきらいだ! あんな奴に、母上のことを伝えなくたっていい! 兄上や私のことだって、何にも思ってない癖に!」

「広!」

「だいっきらいだ!」

「……そなたたちは……」


 孔明に従い歩いてきた存在に、二人の少年は見上げる。

 滅多に会うこともなかった父親。


「何があった? 遊びに来て良いところではないのだぞ?」


 静かにたしなめる子龍に食って掛かろうとした広を押し留め、統は、


「申し訳ありません、将軍。私用にて参謀どのの奥方にお会いしに参りました。終わりましたので、すぐに失礼致します」

「……そうか。しかし、その……」

「何もございません。では、広、失礼しようか」


二人は頭を下げ、帰っていった。

 静かな空気が流れる。

 孔明が、視線をさ迷わせながら……、


「趙将軍のご親族が……亡くなられたのか?」

「……いえ……」


躊躇う夫人の横で、果は、


「おばさまが亡くなったそうです! 自分のものは全て処分し、将来、将軍が新しい方をお迎えになられても構わないようにと、準備をされて! 統と広は軍に入るから、屋敷を頼みますって来たのよ! 将軍が帰ってきても大丈夫なようにって!」

「……そ、うですか……」


無表情の子龍に、


「将軍!統と広を追いかけて! 奥さまのお墓はどこか、今までは本当に忙しかったのだから……」

「……それは、無理でしょうな……」


寂しげに微笑む。


「私は夫、父親失格です。息子たちには恨まれ……妻にも、全て処分と言うことだけで……解ります」

「子龍どの。私が……」

「いえ、孔明どの。ありがとうございます。私は、一度だけ……荷物を取りに参ります。それから、軍に留まりましょう……失礼致します」


 頭を下げ、帰っていった背中に、


「本当に失格よ!」


ぷんぷんと怒る娘に、黄夫人は、


「果? お止めなさい。奥さまは子龍さまの為にとお考えだったようだけれど……哀しいことね」

「何がよ?」

「大切な方の微笑みも姿もなく、屋敷の中にあるのは、ご自分の衣類のみ……。奥方は全てを処分されたと言われていたでしょう? 『生きた証は息子たちです。見守って下さい』亡くなったあの方を責めるのはいけないけれど、そこまで綺麗さっぱりと存在そのものを消し去りたいと思う程、将軍を愛して憎んでおられたのかしら……」


囁いた。


「自分の思いを告げて差し上げれば、良かったでしょうに……」




 がらんとした屋敷……。

 ただ、子龍の部屋は綺麗に掃除がされ、衣も整えられていた。

 しかし、子供たちの寝顔を共に見た、妻はいない。


『貴方……花が咲きましたね……来年も一緒に見ましょうね?』


 声が聞こえたような気がして庭を見ると、いつか約束をした桃の花が咲いていた。

 その木に近づき、見上げる。


「……約束を、守れなくて……済まなかった。済まなかった……」




 膝をつき号泣する姿を、戻ってきていた統と広は見つめるしかなかった。

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