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悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア  作者: 村咲 遼
ヴァルキュリアになる前……記憶に残る過去
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越後……恋は夢か現(うつつ)か幻か……

 安倍晴明あべのせいめいは念の為、桃子とうこの父、藤原為時ふじわらのためときに使いを送った。


 本当の事は書けなかったが、桃子に危険が近づいていること、しばらくこの都から去った方がいいことを伝えた。

 そして、災いから身を避ける術を伝え、便りを綴っている。


 すると、顔色を変え、何度も頭を下げながら屋敷に訪れる。


「も、申し訳ございません! 突然お伺いを……」


 長男夫婦は別の屋敷を構え、次男夫婦とその子供たちと生活していた晴明は穏やかに微笑む。


「お久しぶりですな。為時どの」

「本当に、お久しぶりでございます」




 晴明は、50才を越えるまで表舞台に出ることはなかった。


 それは、陰陽道の世界の異質さと、今、道長みちながや有力貴族とのよしみを通じて、ある程度収入を得ることができたこと、この点である。

 ……本来の陰陽師の職と地位では、収入は余りない。

 代わりに、有力貴族と繋がりを得て、現代で言う副業……アルバイトに勤しんでいたのである。

 それに、晴明は師匠が賀茂忠行かものただゆきとその息子の保憲やすのりにより陰陽道を教わっていたが、実際は陰陽寮おんみょうりょうの定員は決まっており、その上、下級貴族の晴明は位が上がることはなかった。


 しかし逆に、政権争いに破れた為時だが、淡々と日々を過ごしており仲良くなった。




「……陰陽師に気安くて、宜しいんですか?」


 そう晴明は尋ねたことがある。

 年下の為時は、朗らかに笑い、


「じゃぁ、政権争いに破れた私に親しくして下さって、宜しいんですか?」


漢学者として知られた知恵者の青年に苦笑する。


「貴方は、思った以上に大らかな方のようですね」

「いえいえ、屋敷では厳しい父と言われて、息子には怖がられ、娘は食って掛かられます」


苦笑する。


「おや、お子さんは二人?」

「はい。上は惟規これのりと申します。大人しく、まだまだそつなく過ごせるか……私の二の舞にはと心配しております……逆に、娘は桃子と申しますが、逆に知恵者で……娘が男であればと思ったことも」

「そうなのですか……為時どのに良く似たご兄弟ですね」

「娘がこの顔に似てしまうと困りますが……」


 たれ目の穏やかな微笑みを浮かべる、息子程の年齢の為時に、


「穏やかな貴方の空気に……苦難は長く続くことはないでしょう」

「……妻を亡くし子供たちまで失われたら……昔、万葉集に山上憶良やまのうえのおくらの『しろがねくがねたまも何せむにまされる宝子にかれやも』とありますが、子供や家族が宝だと、今ではそう思います。子供の成長を見届けたいと思うことが幸せだと」

「大丈夫ですよ。苦難は貴方から払われましょう」


その言葉通り、元の式部丞しきぶのじょうの位が戻ることはなかったが、子供たちと過ごせる程には暮らせるようになった。


 子供たちを大事に思っていた為時にとっては、特に娘が心配であったのだろう。




「申し訳ございません! 突然お伺いを、このような時刻に……」


 青ざめた顔で姿を見せる。


「あぁ、いいのですよ。為時どの。本当に曖昧な便りをお送りし、こちらこそ申し訳ないことを……」

「いえっ。もしや、あの子の聡いことのせいで……」


 為時は晴明の縁もあり、道長に目をかけて貰えるようになった。

 そして、行儀見習いにと北の方の倫子のりこに仕えることができたのだ。

 惟規は成長するにつれて、父親の温厚さと実直な性格が慕われ、それ相応に職務に励んでいるらしい。

 そして、縁があり、もうすぐ結婚することになるという。


「桃子は縁がまだなく……いえ、本当は藤原宣孝ふじわらののぶたか殿に、文を戴いてはいるのですが……」

「宣孝どのといわれると、為時どのと然程年は変わらず、正室、側室がおられて……」

「桃子は乗り気ではありません。何度か倫子さまの元にお仕えしていた時に会ったと……それで、あれこれと……。でも有力な縁があり……私や惟規にと……」


 言葉を濁す。


「そうですな……私には息子が二人でしたが、自分の力で取ってこいですな。まぁ、私が長い間陰陽寮の天文生だったので、息子たちも同じ道に進みましたが、あれこれと努力を重ねました。桃子姫は自由に生きて欲しいものですな」

「そうなのです。ですが……あの子も気が強いと言うか、私や惟規のことになるとあれこれ言い返すのだとか。困った娘です。幸せになって欲しいのですが……」


 親馬鹿とは言うまいと晴明は思う。

 何度か会ったが、息子の惟規も桃子の兄だけに出来が良い。

 桃子は群を抜いて出来るのである。


 晴明は、揺れる心を押さえつけ、告げた。


「信じられぬかも知れませんが……実は……」


 晴明は話し始めたのだった。




 しばらく話を聞き入った為時は、真顔で、


「では、晴明さまは尻尾があるのですか?」

「いえ、ありません……アハハ! そのような問いかけをされたのは、初めてですよ」


晴明は笑う。


「まぁ、悪巧みをする者に振る尾はありません。為時どのは巻き込まれた……それだけですよ。それよりも……」

「えぇ。小野篁おののたかむらどの……参議篁さんぎたかむらとも呼ばれておりますね。その方が……」

「……今のところはどうとは言えませんが、どうなるか……です。ですが、可愛い娘御を不幸にと思う親はないと、お伝えしたかったのですよ」


 為時は頭を下げる。


「ありがとうございます。桃子は本当に……私も家族も本当に、貴方とお会いできて良いことが巡って参りました。感謝いたします。暫しお別れになりますが、晴明さま、お体をお大事になされて下さい」

「ありがとうございます。為時どのも、ご健勝を……」





 晴明は見送り、そして旅立つ友人親子に無事を願ったのだった。

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