第8話 会食
士は、実験及び考察が一段落ついたところでメイドに呼ばれ、昨日と同じ食堂へと向かって歩いていた。
その装いは制服のスラックスと黒い半袖Tシャツ、そしてクロスをあしらったシルバーのネックレス。さらに左腕には昨日まではなかった黒っぽく光りさりげなくルーンが刻まれたバングルを着けている。そのバングルは【千変万化】が変化したものである。王城内であるため、武器である霊装を出したままにするということはできない。だが、千変万化ならば一見するだけでは武器には見えないため、顕現させても良いのだ。
数分後。
士は食堂へと到着した。
そして、扉を開け中に入る。中には既に召喚された者たちが全員揃っており、ユリスも居た。
◇◇◇◇◇
「訓練?」
食事中、ユリスの言葉に謙也がそう反応した。
ユリスが言ったこと、それは「戦闘についてや魔術、この世界について学ぼう」ということだ。まあ、実際は戦闘訓練をうけないかと言われたのだが。
「はい。
この世界は危険に満ちています。ですので、身を守るために訓練を受けていただきたいのです」
ユリスはそう言う。
「(そうして、勇者という自覚を持たせて何処かに行くのを防ごうってことか?……あー、なんかありそうだな)」
士は水を飲みながら考える。ちなみにワインを飲んでいないのは別世界組の謙也たちが煩いからだ。いや、たちというよりは謙也が煩いからだ。実際、この世界では酒は15歳から飲める。だが、謙也は元の世界でのことを持ち出し、飲酒を咎めるのだ。それを言うならば士が飲むのを止められないはずなのだが、一体なにを思ったか士を止めるのだ。
郷に入っては郷に従えというすばらしき言葉もあるが、どうやら謙也には関係ないらしい。
「どうでしょうか?」
ユリスが媚びるような視線を謙也に向ける。
「もちろん、やるよ」
そして、謙也の答えは予想通りであった。
「(やっぱ、髪邪魔だなぁ。少し切るかぁ)」
士は全く別のことを考えはじめているが…。
「先輩、髪の毛長くないですか?」
「んー、あー、俺もそう思ってたとこ。切ろうかなぁ」
「あ、じゃあ私やりますよ。あ、でもハサミが」
「ハサミか……理髪用のは無いけど普通のでも大丈夫か?」
「ちょっと切るくらいなら……たぶん」
「OK、あとで頼むわ」
「はい」
優花も謙也のことなど、まったく気にしていなかった。
◇◇◇◇◇
そして、夕食時。
「「「「「誰っ!?」」」」」
「いや、それはひどいだろ」
少し長かった髪の毛を整えた士を見て謙也達別世界組が声を揃えた。まあ、確かに前髪で目が隠れ若干の陰気臭さがあった士がいきなりその美貌を晒したのだから当たり前と言えば当たり前である。
「それはそうと…ユリスさん。
先輩のあの部屋、どういうことですか?」
士の変わり様に謙也たちが驚いている時、優花はユリスへ問う。
「どういう……とは?」
「惚けないでください!
なんで、先輩だけあんな部屋に滞在させられているんですか!?」
首を傾げるユリスに優花は声を荒げる。
「おい、白崎落ち着け」
「先輩!ですけど…」
「気にすんな、別にどうということはないだろ」
「ねぇ、あんな部屋ってなんのこと?
十分すぎる部屋じゃない。私たちに貸し出されてるのは」
先ほどの言葉と士と優花のやりとりを聞いて葵が口を挟む。
どうやら、彼女は優花の言うあんな部屋が自分達の部屋を言っているのだと思っているようだ。
「十分?
なにを言ってるんですか?これを見てください!」
優花はそう言いながら最早写真を撮るくらいしか使い道のないスマホを取り出してとある写真を見せる。
その写真は士の部屋を写したもの。つまり、優花達の泊まっている部屋と比べるとかなりの差がある部屋が写ったものである。
「これが先輩の泊まっている部屋です。
これが十分?ろくに手入れもされてなさそうな装飾に、くすんだ色のカーペット。それに私たちと比べたらどう考えても狭すぎる部屋です。
なんで、先輩がこんな部屋に追いやられてるんですか?」
優花は写真を見せながらユリスに問う。
「そ、それは…皆様と同じグレードの部屋がもう無かったからで…」
「私の隣の部屋は空室だったのだが?それも同じような部屋だったし」
ユリスは吃りながら答えるが、葵がその答えを否定するように口を挟む。なぜ葵がそんなことを知っているのかというと一度間違えて入ったためだ。
「どういうことか説明してもらえるかしら?」
葵も優花の側に立ち、ユリスを見る。
二対一。二人は納得する答えを得るまでユリスを離さないだろう。それに二対一とは言っても潜在的には聖と美織も葵達の側だ。つまり四対一。そうなると気になるのは士を除く二人の男だが、零治は我関せずといった感じで外を眺めているが窓越しにユリスを見つめる。
「そ、それは…」
「もういいじゃないか!
きっと手違いさ。みんなしてユリスを責めるなよ」
言い淀むユリスを遮って謙也は葵達に咎めるように言う。
「手違いって……先輩だけ途中で違う場所へ連れていかれてるんですよ?手違いでそうなりますか?普通なら近くの部屋に連れていくはずです!」
「そうだな…手違いというには少し難しいと思う。
手違いで済ませるよりも、幾つものことを…私たちのことを考えて色々と反論したことに対する報f…「止せ、高槻。別に俺は気にしてないんだ。それに白崎もだ。こんな事で目くじらをたてるな」
優花が言い、葵が何かを言わんとしたところで士はその言葉を遮った。
「さぁ、飯だ、飯。
こんな下らねぇ事より飯の方が大事だ」
何かを言いたそうな優花達を無視しながら士は適当な席に着く。
ほどなくして優花達も席に着いた。