第26話
「私と踊ってくださるかしら?」
グラスに注がれた白ワインを口にしていた士に1人の女性が声を掛けた。
白い魔力を帯びた絹(士は知らぬことだがこれは白麗蚕と呼ばれるモンスターの糸である)のドレスを着た金の髪の18歳くらいの女性。天上の美とでも言えそうな少女がそこに居た。
◇◆◇◆◇
「私でよろしければよろこんで、ランベルク様」
「ティアナで構いませんわ、勇者様」
「なら、私のこともツカサと。勇者といっても数多く居るのでその方が良いでしょう。それではティアナ様、行きましょうか」
「様は要りませんわ、ツカサ様?」
グラスを置き、士はティアナの手を取る。
あまりにも自然な──こういったパーティーの中でよく見られる行動だが、周囲の者たちはどこか見惚れているような様子が見られた。
そんな中、その状況を作り出した片割れである士は脳裏に数時間前に会った老人を思い浮かべていた。
『服の前にこちらを』
そんな言葉と共に渡された紙束に書かれていたのはこの王国の主要な貴族やその容姿。
貴族社会なら知っていて当然の知識を知らない士に気を使ったオフェアノなりのプレゼントだ。
「まったく優秀な……」
「なにかありましたか?」
「いえ、それでは……」
自然な流れで士とティアナはダンスを始めた。
士からすれば初めて聴く曲ではあったが、ティアナ以前の令嬢とのダンスの時と同じく素早く周囲に視線を走らせながら動く。
その動きはどう見ても完璧で、とても初見で踊っているとは思えないものだった。
それはティアナと士、2人が共に整った容姿をしているのも関係しているのだろうがティアナのダンスも高いレベルにあるからだろう。
この光景はどこか周りから逸脱したような、それこそそこだけ別世界に……物語の世界に入ったような感じだった。
その証拠に、踊っていない人間は皆誰かと話すことなく、士とティアナの2人から目が離せなくなっていた。
それは勇者達も、そして王族も例外では無かった。
「すごいな……」
アルフォンスは士とティアナを見て、呟いた。
貴族の社交界は……それも、特に面子と華やかさを重視するこの国は、パーティーに参加するものは総じてその容姿は整っており、服装や装飾といったものも吟味されているため非常に絢爛豪華なものだ。それが、王家主催のものとなれば尚更で、参加している貴族も普段以上に気合が入っているため、このパーティーの豪華さはアルフォンスの知る中で一番といっても過言ではなかった。
なんとしても勇者を落とそうとする令嬢子息、勇者でなくとも普段なら会うことの少ない上位貴族と関係を持ちたい、あわよくば婚姻関係を作りたい下級貴族。
王家主催なだけに王国中の貴族が集まっており、なんとか優位に立とうと着飾っている者が居るこの場は本当に華やかだった。
そんな中、士とティアナは少し言葉を交し、ダンスを始めただけでその場に居た人間全てを釘付けにした。
「なあ、兄貴。アイツが噂の黒の勇者か?」
「たぶんそうだろうね」
「勝てるか?」
「ゼクス、『神竜の財宝を盗む』って知ってるかい?」
「わかった、わかった。勝てないってことだな」
『神竜の財宝を盗む』とは、この世界のことわざの一つで『不可能なこと』を意味する。また、場合によっては我々でいう『虎の尾を踏む』と同じ意味をもつこともある。今回の使い方に関しては前者だ。
「なら、親父なら?」
「無理じゃないかな?いくらウチが辺境で、父上が強いと言っても人から片足踏み出したくらいだよ」
「それだとアイツは人間辞めてるってことになるぞ?」
聖王国における東の辺境であるドラン辺境伯領は世界有数の軍事力を誇る帝国との国境であり、同時に聖王国と帝国に跨がる魔境が存在している。魔物と人、その両方に対処し続ける必要があるドランの地の領主に強さが求められるのは当然のことだ。
そして、2人の父である現ドラン辺境伯は魔境の氾濫を退け続けた猛者であり、アルフォンスの言葉の通り人を辞めかけている聖王国でも指折りの戦士なのだ。
しかし、そんな父を持ってしても勝ち目はないだろうと言われ、ゼクスは唖然とする。
少し離れたところで踊っている様子を見れば、どこぞの貴公子然としていて、決してそこまでの強さを持っているとは思えない。確かに、噂としてはあの騎士団長に勝ったというものを聞いたが、噂は噂で尾ひれが付き騎士団長とは言っても、第一騎士団などの騎士団長でないかと思っていたのだ。
にも関わらず、武の才能のみならず人を見るということにも長けたアルフォンスがこうも言うということに、ゼクスは驚かざるを得ない。
そして、見た目とは異なるそのイメージが、自身の兄と重なってならなかった。




