第25話
パーティーが始まってから既に30分が経過していた。
勇者達の入場……士が居るため多少荒れたりするかと思いきや、王や貴族達がなにかをするということもなく万雷の拍手に迎えられそのままパーティーは始まった。
「ツカサ様、私と踊ってくださいませんか?」
「いえ、ここは私と」
「いえいえ、私と!」
「申し訳ありません、皆さん。私の体は一つしかありませんので、順番ということで、まずはリーズリット様と踊らせていただいても宜しいでしょうか?その後にまた誘っていただければご一緒させていただきます」
(だれ……あれ)
壁際でレモン水の入ったグラスを持ちながら葵は、少し離れたところで女性に囲まれている士を見て思った。
いつもなら「離れろ鬱陶しい」くらい言いそうなのに、そんな素振りはまったく見せていなかった。その理由が集まっている女性達が皆一様に美しいからなのか、それとも士が態々そうしているのかは分からないが何故かイラッとしたのは確かだ。
しかも、一々動きが相手を考えていて、尚且つ美しいからさらにだ。その様子を見て周りの女性達はさらに士に見入っている。
このまま見ているとそのうち嫌になって来そうなので他の勇者達を見渡す。
優花はジーッと士を見詰めている。
聖はチラチラと士を見ている。
美織は軟派そうな男に話し掛けられて苦笑いしている。
零治はガツガツと肉を食べていた。
そして……謙也は…………
「そうだね☆」
イケメンスマイル(士命名)を振りまき、士よりは少ないが多くの女性達を相手にしていた。
それも、この国での謙也の評価……【勇者】の中の勇者、光の勇者というようなものと、そのルックス故だろうか。
だが、葵は……葵たちは知っている。その勇者が勇者では無いということを。
『あいつ……勇者じゃないしな』
『勇者じゃない!?どういうこと?』
『俺達はジョブとして【勇者】というものを持っている。それはまあ、勇者として召喚されたから当たり前だろうよ。けど……夕崎、あいつは勇者であって勇者じゃない』
『まず前提としてこの世界での勇者はジョブとして【勇者】を持つことで認定される。けど、隠しステータスとでも言うのか……普通のステータスに映らない【称号】という欄を見たところアイツには【勇者】に関するものは二つあったがどちらも勇者としてはみとめられないようなものだった』
『それは?』
『一つは【偽りの勇者】、勇者を騙る愚かな者。
それを見て俺は、一回夕崎のステータスのジョブを確認した。んで、その結果アイツのジョブは【勇者】じゃなくて【演者】。「最初に求められた存在を模倣する者」っていうことらしい』
『それだけ聴くと強そうだろ?それこそ最初に求められれば勇者にでも魔王にでもなれるんだから。でも、勿論デメリットはあった。それは一定時間を過ぎるとそのジョブが消滅し【騙る者】というジョブに変化するというもの。それで、その【騙る者】になると今まで【演者】として得た全てのステータスを失う。
つまり……あれだ。夕崎は勇者ではなく、もしそれが露見すれば事情を知るものからは勇者を騙った大罪人とされるわけだ。それはこの国も帝国もどの国でも同じだろうよ』
『それとな……【演者】のジョブを得るには条件があるんだ。
自身を信じて疑わず、周囲へそれを押し付け悪影響を及ぼしたもの。とかな』
『そしてもう一つは【蛮勇者】。理非を考えない愚かな者。はた迷惑な勇気をもって周囲を破滅へ導く者』
ふと、元の世界でのことを思い出す。
謙也が色々とやらかしたために夕崎家が大きな打撃をうけたというのは聞いたことがあった。
「うかない顔だな。パーティーは嫌いか?」
「……いえ、そういうわけでは。貴方は?」
突然声を掛けられたために一瞬反応が遅れたが葵は話し掛けてきた相手を見る。
赤い短髪の若い男。おそらく貴族だろうが、他のナヨナヨした感じの者達に比べ、決して太くはないのだが鍛えられているのがよくわかった。系統としては士に近い感じだ。
「【大地の蛇】の一族。ゼクス・フォン・アイゼンドルフ・ド・ドランだ。よろしく頼むぞ、勇者殿」
差し出された手を握り返し、葵はこの男の素性を察する。
名前からして貴族というのは確定だ。ドランという名……この国の地名を関していることから領地持ちなのはわかる。そしてこのドランというのは帝国との国境に位置する東の辺境だ。
つまり、この男はそこを守護する辺境伯家の1人ということだろう。
この辺は士の寝ている間に地理として教わった。
「それで?勇者殿はなぜこんなところで壁の花になっている?ダンスに誘われなかったというわけではないだろう?」
「生憎、踊るのは苦手なので。そういう貴方も踊っていないようですが」
ゼクスの顔立ちは、日本で多くの少女達が夢想するような貴公子然としたものではない。どちらかと言えば血腥い戦士や前線で戦い続けるような騎士に近いワイルドな感じだ。しかし、それは彼が不細工であるというわけではなく、普通に整った顔立ちをしている。
ただ、生やした髭のせいで若干敬遠はされていそうだが、予想通り辺境伯家の人間だとするならば多くの令嬢が擦り寄っていてもおかしくはなさそうだった。
「俺も生憎と踊るのは苦手でな。剣を振っているほうが余程いい」
なるほど、脳筋の類だったかと葵は1人納得する。
女よりも戦い。そんな感じの人間なのだろう。にも関わらず自分に声を掛けてきたということは、自分に似た雰囲気を感じたかあるいは……
「さて、勇者殿。俺と踊っていただけるか?」
この踊るというのを言葉通りに受け取るならばその女性はきっとマトモというか普通の環境で育ったのだろうと思う。
しかし、この言葉を「戦おう」というように解釈してしまう時点で自分は乙女などではなく、この男──ゼクスと同類なのだろう。
「果たして貴方に釣り合うかどうか」
「ふ、ははは。気にするな、俺は勇者と戦いたいのだ。それも強者とな……勇者殿となら良い戦いができそ……痛っ!」
ドスッと、鈍い音がした。
見ればゼクスの後ろに赤髪の少女と青年が立っており、少女の拳がゼクスの背中に突き刺さっていた。
「ゼクス、ここは王族の開いたパーティー会場だよ。少しは弁えて行動してくれないかな」
「そうだぜ、オレだって我慢してんだから。ゼクス兄だけ勝手に口説くなんて許さねーぞ」
「リューナ、またそんな口調で。いい加減淑女らしくしなさいとなんども」
「あーあー聞こえなーい。……っと、アンタが勇者だな。オレはリューナ・フォン・アイゼンドルフ・ド・ドラン。よろしくな!アンタの名前は?」
女性にしては些か乱暴な口調で少女……リューナは葵に話し掛けた。
「私は……高槻葵いや、アオイ・タカツキ。よろしく……えーと」
「リューナでいいぜ」
「よろしく、リューナ」
差し出された手を握り返すとリューナは笑みを浮かべた。
「なら次は僕かな。
僕はアルフォンス・フォン・アイゼンドルフ・ド・ドラン。よろしくね」
柔和な笑みを浮かべながら、アルフォンスと名乗った青年は手を差し出してきた。
恐らく弟と思われるゼクスとは違ってこれぞ正に貴公子といった感じの風貌をしているが、彼から感じる気配は無意識に葵の身体を強張らせていた。
はっきり言って異常。そんな得体のしれなさがアルフォンスにはあった。だが、その得体の知れなさには覚えがある。一度だけ、本当に一度だけそれも一瞬士から似た空気を感じた。
年若いにも関わらずそれに比例しない重い死のニオイ。
それが、葵の感じたものの正体かもしれない。
「私と踊ってくださるかしら?」
グラスに注がれた白ワインを口にしていた士に1人の女性が声を掛けた。
白い魔力を帯びた絹(士は知らぬことだがこれは白麗蚕と呼ばれるモンスターの糸である)のドレスを着た金の髪の18歳くらいの女性。天上の美とでも言えそうな少女がそこに居た。
後に、このときのことを葵は日記にこう記している。
『彼女が士に声を掛けた瞬間に、パーティーの主役が勇者から士と彼女に移ったような錯覚を覚えた。
圧倒的な美が相対したとき、周りの人間は一切のこと……王族にすらその意識を移すことができなかった。
もし、幼い頃に少女が皆夢想する物語があるとすれば、その一節に必ずあるだろう情景がそこにあった』
キャラが一気に増えた……




