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第24話

時は流れ、前回の密談から七日目。

城では数多の人間が忙しなく動いていた。


この日、この城で行われるのは食事会であると同時に舞踏会でもある勇者のお披露目パーティーである。

開始は午後5時。会場は王城の敷地内に建てられた舞踏会用のホール、そこに面する庭だ。噴水や水の上に建てられた涼し気な東屋、シンメトリーの生垣などなど遙か昔からそのままの形を残しているそこは聖王国内でもここくらいでしか見ることのできない美しさだろう。


さて。

今回のパーティーの目的は勇者のお披露目であるが、その他にも目的はある。それは実にわかりやすいものだ。

昔からパーティー……舞踏会というものは貴族の出会いの場も兼ねていた。招待状にはダンスの曲順が記され、令嬢や子息はそのダンスを完璧に覚える。そして、お目当ての異性と踊らんとするのだ。

その為に、舞踏会のある日程に合わせ貴族達は様々な準備を行う。女性は美しいドレスを仕立て、香油を使い、化粧をし、その肌も艷やかに。男性は清潔に尚且つ格好良さを演出する。


だが、それらも今までの話。

悲しいかな、今回のパーティーはそんな側面もあるが、それ以上に勇者のことで持ちきりだった。どれだけ目当ての者が居ようがその者がそのに釘付けでは意味がない。

それは……いろんな場所から聞こえてくる勇者の噂のせいであった。

勇者……というのは国内では重要な存在だ。神の遣わせた使徒であり、人類の守護者。宗教国家であるこの国では尚の事だ。

それだけでも勇者というものは注目されるというのにその噂は多くの人間(特に想い人のいる貴族)の心を折った。


曰く、黄金の剣を持つ優しき勇者は柔和な整った顔立ちをしている。

曰く、神の盾を授かりし勇者は雄々しく凛々しい整った顔立ちをひている。

曰く、黒髪を結った剣士の女勇者は凛としていて身体はメリハリがあり美しい。

曰く、茶髪の巻き髪の魔術師である女勇者は均整の取れた肉体を持ち、美しい。

曰く、黒髪を腰まで伸ばした治癒師の女勇者は優しげでまるで天使のよう。

曰く、黒髪がふんわりとした弓師の女勇者は妖精のように可愛らしい。


完璧すぎるほどの文言に誰もが嘘を疑った。

しかし、城内で実際に何人も勇者を見掛けた故にそれが事実だとわかった。


そして、最後に1人。

謁見の際に国王に異を唱えた男。

彼に対する最初の噂は酷いものだった。しかし、ある時を境にそれは一変する。

それは1人の王女が流したものであり、同時にとある騎士がそれを目にし、とある騎士団長に確認したが故のことであった。


曰く、その勇者は夜のように黒く美しい短めの髪を荒々しく流し、ルビーの様に美しく神秘的な瞳を持つ。その姿は獅子よりも凛々しく、なにより気高い。その強さはまるで神を守護する英霊の如く、かの騎士団長をも凌駕する。さらに、その容姿はまるで神の造られた芸術品かのように完成されている。


これを聞いた時、どう思ったのだろうか。

恐らく、謁見時にあの場に居た貴族たちはそんな馬鹿なと言いたくなっただろう。

そんな貴族たちから彼のことを聞いていた子どもたちは、嘘を吹き込まれたと思うかもしれない。

だがそれ以上に……令嬢たちはまだ見ぬ彼に想いを馳せた。









◇◆◇◆◇


「──────というわけ素材を使っているため、物理的な防御力は勿論のこと、魔術耐性も兼ね備えております」

「パーフェクトだ、爺さん」


目の前に掛けられている礼装を前に、士はそう口にした。

黒を基調としたその礼装は無駄な装飾は無く、最低限の装飾だけが施されているがそのどれもが最高級であり、みすぼらしさというものは感じられない。そして、士の要望通り戦闘が可能なものに仕上がっていた。



数分後。

士は礼装へと着替えていた。


その礼装の形はよくアニメなどで見る軍服チックな騎士服というのが一番近いだろう。

さらに、その上に内側が紅い黒マントを羽織り、準備は完了だ。

若干吸血鬼風になってしまったが、それなりに良いものだ。


「よくお似合いです」

「お世辞は要らん」

「靴はどうされますか?」

「このままでいい。コイツなら……ほらな?」

「なるほど、便利なものですな」


【幻月】に軽く魔力を込めれば、それは目の前にあるオフェアノの持ってきたブーツと瓜ふたつの形になっていた。


「さて……そろそろ時間か」


士はオフェアノに渡された特殊な懐中時計を確認した。

外装はミスリルで、蓋を開ければ見慣れた文字盤と針があるが、それと共に2つの月を象ったオブジェが動いていた。


「そうですな」

「では世話になった」

「いえ。いい仕事をさせていただきました」

「それじゃあな」


士は扉を開け、与えられた更衣室から出ていった。


「失双月の晩に会いましょう……我らが神子よ」


部屋に残ったオフェアノのその呟きは誰の耳に入ることなく消えていった。












◇◆◇◆◇


「俺が最後か」


教えられていた待合室に入ると各々着飾った勇者達がお茶を飲んでいた。

士は皆を見る。

葵は髪を纏めて、蒼のドレスを。

聖は縦巻きロールはそのままに、赤いドレスを。

優花は薄いピンクのドレスを。

美織は薄い黄色のドレスを。

そして、色々な装飾品で下品にならない程度に着飾っていた。


「そうですわ。

それより、着飾っている淑女相手になにも無しですの?」

「ん?ああ……ならそれっぽくやろうか」


士はそんなことを宣った聖の前に行くと、跪き、彼女の手を取りその甲へキスをした。


「よくお似合いです、お嬢様」

「な、なにを……」

「いや、それっぽくやれって感じだったから前に教わったやつをやっただけだが?」


士はなにか問題でも?とでも言いたそうに赤面している聖に答えた。

普通、手の甲へのキスは『尊敬』『敬愛』を示すものだが、プロポーズの際にも用いられることもある。

恐らくではあるが、聖は後者のほうで解釈をしたのだろう。

しかも、士だから余計に質が悪かった。これが普通の男なら聖も不快になる程度だっただろうが……なんと言っても無駄に士はイケメンだ。柔和な感じの優しげなイケメンという感じではなく、どちらかと言えば刀のような冷たく鋭いといった感じではあるが、それを好む人間は少なくはない。そしてなにより、いつもは適当な感じの士がそれなりにちゃんとするというギャップに聖はときめいてしまったようだ。ギャップ萌えというやつだろうか。


「そんなことをしてる場合じゃないと思うんだけど?」


少し苛立った声で葵が士を咎めた。

たしかに、あと数分もすればホールに呼ばれることだろう。


「失礼します。勇者の皆様、ホールへご案内いたします」


いや、数分どころではなくすぐだった。





パーティーが始まる。


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