第20話ꙩ夢と心配
だからどうしてこうなった…
懐かしい夢を見た。
ほんの四年前。中学一年の頃の記憶。
両親が死んでから三年が経ったころの記憶。そこにはもう会うことなどできない最も大切な女性が居た。
『温度どう?』
『ちょ、なんで入ってくんだよ!』
『世の中の姉弟は皆一緒にお風呂入るんだよ?』
『嘘つけ!それはもう通じん!』
『えー、一週間前まで入ってたのに?』
『姉貴が嘘吐いてたせいでな』
そんな下らない会話。
ちょっとブラコン気味の姉とまだギリギリなんとか純粋だった少年。
二人の生活はまだ続くと思っていた。
だが……
『速報です!
東都中央銀行で立て籠もり事件が発生した模様です!現在中には五十人ほどの人が居ると見られています』
『新たな情報です。
犯人は反社会活動団体の『赤犬』とのことで、現在インターネットサイトで生放送が行われています。
それによると、彼らの目的は投獄されている幹部とメンバーの開放、そして6億円のようです』
その日常は突如崩れ去った。
少年の姉が出掛けた先、それが東都中央銀行であった。
そして……
『警察の特殊部隊が突入したようです!激しい銃声が聞こえます!』
およそ18時間後。
特殊部隊が突入し制圧するも、結果として一般人12人が死亡、36人が負傷という大惨事となった。
そして、死者の中には少年の姉も含まれていた。
なぜ、この様な事態になったのか。
その中で1つネットを起点として大きく問題視されたものがあった。
それはマスコミによる報道である。マスコミは事件が起こるとすぐさま殺到した。そこまではまだ想定内であった。しかし、特殊部隊を写し、その突入する瞬間や配備風景、さらには既に上層階にエントリーしている隊員を写したのだ。
もちろん、それは生放送であり、銀行内にあるであろうテレビや携帯電話のワンセグでも確認できた。そして、僅かではあったが犯人たちに準備する時間を与えてしまったのだ。
そう、どこから突入してくるのかという情報による準備をする時間を。
その結果としてそれなりの被害を警察も受けたのである。
それはさておき。
少年は姉が死んでから無気力に生きていた。葬式も殆ど親戚に任せていた。
ただ、一日中部屋の中で寝転がっているだけ。食事も殆ど取ることは無かった。
しかし、それも10日ほどで終わりを迎える。
姉が死んでから10日。少年はそれまでの無気力さからは程遠い印象を受けるようになっていた。
広い屋敷の離れ、かつて少年の親が彼のために立てたトレーニングルームから激しい打撃音が響く。
その音の発生源は吊るされたサンドバッグと汗を流しながらそれを殴り続けている少年だった。
少年の姉が死んでから少年は考え続けていた。そして、あることを決意した。それは復讐であった。
復讐の相手は『赤犬』、そしてその協力関係にある他の組織。ただし、その復讐相手には武器商人は含まれなかった。ただのビジネスとして武器を売った武器商人も相手にするのであれば武器を製造した者も殺らなければならない。そんなことまでしていられるか。というのが少年の正直な考えだった。
この2日後、少年の元にある人物が訪れる。
少年の親戚のその男ともう一人のガッシリとした体格の男は少年にある誘いをする。
国防統合軍特殊作戦部隊に来ないか、と。
国防統合軍特殊作戦部隊通称【SOT】。国防陸海空軍の特殊部隊と警察の特殊部隊から選抜された者しか入隊できない最高峰の部隊として知られている。ただ、知られているのは名前などだけであり、その構成や装備などについては一切知られていなかった。
ただ、少ない情報の中で知られている中にこのようなものがある。対テロ部隊としての一面がある。ということである。
少年はその誘いに乗ることにする。
ただ、最初は乗り気ではなかった。組織に縛られると自由に動けなくなるためだ。だが、それはあまり心配することではないと言われた。それでも少年はノリ気にはなれなかった。
なら何故少年が誘いにのったのか?それは親戚の男の言葉があったからだ。
「復讐がしたいならすればいい。
だが、その先になにがある?僕は虚無感だと思う。
でも、その復讐の過程で人を救ってもいいんじゃないかな。君が部隊に入って敵を斃すたびに誰かが救われる。そう考えたら……部隊に入るのも別に悪いことではないだろ?
それに……目的があるのと無いのとでは随分と違う。もし君が復讐を果たした時に目的を失ったとき、新たな目的が見つかるまでの繋ぎにも、新たな目的そのものにもなるかもしれないからね。
だから、言わせてもらうよ。
君の時間と復讐を使って、人を救ってもらいたい」
復讐は他人から見れば愚かとしか思われないだろう。自己中心的とも思われる。
だが、大義名分を得れば復讐も必要な事と同じことにされる。その方が後々の都合が良さそうだ。
少年は男の言葉を聞き脳内でこう纏めた。
それに……
どうせなら、誰かを救うってのもいいかもな。とも思った。
2年後。
中学三年生……15歳となった少年の姿は埼玉県のとある私立高校にあった。
学校見学……というには些か様子がおかしい。なぜか。それはその高校を装甲車や警察車両、救急車などが取り囲んでいるからだろう。
そして、少年も……骸骨のイラストの付いたフェイスマスクと黒い戦闘服を身につけ、小銃を装備していた。
およそ三時間前。
校内に黒仮面を着け銃器で武装した集団が侵入した。黒仮面は侵入後間もなく学校を占拠し、日本政府に声明を発表した。そして、声明の発表と同時に見せしめか、三人の教員を殺害する様子をネットに配信した。声明の内容は自分たちの組織の目的についてと金の要求、そして凶悪犯の釈放要求であった。これを受け、日本政府および警察は警察の特殊部隊……埼玉県警RATSに出動要請を行った。が、防衛省からのとある要請により、後方支援へと回されることとなった。
防衛省からの要請。それは国防統合軍特殊作戦部隊の支援である。海外とは違い、基本的に機密事項となっている日本の特殊部隊。出動回数も少なく、もし出るとなれば各国の注目を受けることとなっていた。しかし、2年前の東都中央銀行での失態……民間人の死亡などによって、日本の特殊部隊は大したことがないという評価をうけた。それによって国際的なテロ対策でも日本の発言力は低くなってしまった。
日本の特殊部隊は大したことない。という風潮を変えるという目的によって国防軍の出撃が決定された。
出撃するのは国防統合軍特殊作戦部隊第零小隊。特殊作戦部隊内最強の部隊である。
少年と共に装甲車で待機しているのは国防統合軍特殊作戦部隊第零小隊所属作戦分隊のメンバーである。
詳しくは省くが公式には存在しないとされる第零小隊はある種の超法規的措置が取られた部隊である。それは少年……つまり中学を卒業していない者がいる時点でよくわかる。
だが、その分部隊は強力無比。同じ特殊作戦部隊の合同部隊50名を相手にしても僅か10名で制圧を行ったほどである。
しかし、その構成員は個性が強いすぎるため纏まるまでに時間がかかってしまった。
そのため、これが初任務となっている。
そして、数時間後。
遂に突入が行われた。
黒仮面達は生徒たちを大講堂に集めているということが、偵察用超小型ドローンによって確認されている。校舎にも数人の黒仮面が居る。
その結果、突入に関してだがまずは校舎を静かに制圧。そして校舎からの連絡通路と講堂の非常階段からの突入ということになった。
少年が行うのは校舎の制圧及び連通からの突入である。
「一人殺った」
「右を。俺は左」
少年ともう一人は静かに敵を片付けていく。基本的に銃は使わず、敵が一人ならナイフで……といった具合で制圧を進める。
そして、少年が六人、合計で10人を排除したところで校舎の制圧は完了した。
『こちらアヴェンジャーおよびライトニング。突入準備完了』
『了解。一分後に照明を落とす』
一分後、照明が落ち、学校が暗闇に包まれた瞬間小さな火花と鮮血が散る。悲鳴が上がる。
行われているのは戦闘ではなく一方的な蹂躙であった。
第零部隊の面々が正確に黒仮面の頭を撃ち抜く。反撃を許されず黒仮面はただ撃たれるのみ。
たいした時間がかかることもなく、すぐに制圧が完了した。
戦闘による死傷者はゼロ。射殺数は計28人。
突入までに時間が掛かったことを除けば満足のいく結果であった。
そして、少年は……
「……大して心も痛まないな」
心を病むということは、なかった。
◇◇◇◇◇
「なんで、こんな夢見るかね」
士は目を覚ますと呟いた。
サイドボードに置いてある腕時計(異世界改造済)を見ると時刻は朝6時。いつもより早い目覚めだ。だが、特にやることもない。今日の予定と言えば王との会食であるが、士は呼ばれていない。最早慣れっことなっているため士はなんとも思っていないが同時にいくつかの心配事がある。その殆どが謙也関係である。いつもなら、自分が前に出ることで面倒なことを回避できるだろうが、今回はそれが無理だ。そうなるとあの良く言えば真っ直ぐな悪く言えばチョロい謙也になにを吹き込まれるかわかったものではない。それこそ「帝国が我が国を攻めている。助けてくれ」とでも言われれば、人を殺すことなどできもしないのに、自分だけでなく他人を巻き込んで突撃でもしかねない。
それに他の勇者に関しても心配である。
葵はともかくとして、聖と美織、優花の三人など特にである。何故かは知らないが、勇者は全員容姿端麗である。そうなると、下衆な欲望に駆られる者が現れるのは必至といっても過言ではない。しかも、全員が交渉事においては素人である。そうなると、知らぬ間に言質を取られ、関係を持たされる可能性も出てくる。
無いと信じたいところではあるが、あの豚だから油断はできないだろう。さらに以前士が予想していた囲い込みに関しても吹き込まれる可能性がある。
はっきり言って面倒以外のないものでもないことが、この会食で決定されるのを士は心配しているのだ。
そんな士の心配をよそに、会食は進められるのであった…




