第16話ꙩ暴飲暴食
「やっはろー」
「先輩!起きられたんですね!」
士はいつもの食堂の扉を開けながら気の抜ける挨拶をする。
そんな士に優花は声を掛ける。しかしながら言いたい。やっはろーを返し給えと。男のやっはろーなど需要は無い。かわいい娘がやるからこそやっはろーはやっはろーなのである。そこんところはっきりわかっていただきたい。
「ああ、起きた。
で?そこで俺のことをすごい睨んでる色男くん、何か用?」
士はふざけた様子で親の敵を見るかの如く睨んでいる謙也に問う。一体俺がなにをした、というのが士の正直な想いだろう。
「なにかもなにも!「さぁて、飯くおうぜー」
そして、謙也がなにかを言おうとしたところでこの態度である。塩対応どころかウユニ湖対応である。ちなみにウユニ湖対応とは対応すらほぼしないことである。
「なっ、僕の話は!「あのさ、夕崎。お前がなにを言いたいのか予想は付いてんだよ」
士は謙也にそう言う。
「けどな。
俺は、俺はな。お前らと違って……ずっと飯を食ってないんだよ!」
「「「は?」」」
「そ、そんな理由で…「そんな?お前、喧嘩売ってんのか?意味もわからずアブねぇ痴女と戦うことになるわ、そのせいでぶっ倒れて飯食い損ねるわ」
「こっちからしたら大問題なんだよ!」
「あ、はい」
力説する士に謙也は思わず頷いてしまう。
それほどまでの気迫で士は語っていた。
「次」
「次」
「次」
「めんどくせぇ!一気に焼いて持って来い!」
数十分後。
食堂では未だかつてないほどの戦闘が行われていた。
餓えし獣と調理に情熱を注ぐ者達。
彼らの戦いは開始から30分を経過していても治まる気配がなかった。
士の前には空になった皿が大量に積み重ねられ、巨大な肉の塊が置かれているがそれすらもすでに元の1/3くらいの大きさである。
「もっとだ!」
「料理長!食材が足りません!」
「なにぃ!なら買い付けてこい!」
「は、はい!」
「料理長!コカトリスのステーキあがりました!」
「よし!持っていけ!」
餓えた獣の雄叫びに答えるように料理人たちは調理を行う。使われている素材はすべて一級品。しかし、それらは量を大きく減らしていた。
そして、三時間後。
遂に戦争は終了した。勝利したのは士。
満足した様子で食後の紅茶を飲んでいる。
「それで、ここに残ってるってことはなんか話があるってことだろ、お姫様?」
士はティーカップをソーサーに置くと、珍しく自分の正面に座っているユリスに話し掛けた。
「ええ。
十日後、勇者の御披露目を兼ねたパーティーが開催されます」
「で、お前は邪魔だから出るな。ってことか?」
「そんなことは!」
「ない?だが、今までの対応を受けてるとそう考えるのも普通な気がするぞ。
俺のなにが気に入らんのか知らんが──ああ、いや。初日のあれか」
「い、いえあれについては私たちが」
「お姫様、言動には気を付けたほうがいいよ。
まあ、いい。それで、そのパーティーがなに?俺の予想だとそこで勇者のパートナーでも探すんだと思うけど」
士はそう言うと紅茶を口に含む。
「そうだな。
夕崎にはお姫様又は居ると思われる聖女、零治には上位貴族の令嬢、斑鳩・月宮・白崎・葵には上位貴族の子息または属国の王子ってところか。そんでもって俺は裏で殺害または奴隷化それとも他の奴らと同じく──いや、同じに見せかけて隣国と接する辺境の領主の娘かな」
士は現状でのこの国における立ち位置を鑑みて考えを述べる。
謙也は先の霊装の儀に於いてこの国の貴族達に勇者として認識されている。ジョブでの勇者という点では召喚された者全てが同じだが、その霊装を見た者からは『彼こそ真の勇者なり』という認識をされるようになっている為、名実共に勇者とされている。称号【勇者】といったところか。そうなると必然的に勇者の伴侶となるのは王女または勇者に寄り添う聖女という認識となる。そしてこの場合の聖女とはこの聖王国に深く関わりを持つ【聖光神教】という宗教が認定した女性のことである。
次に零治。彼については謙也と同じく勇者と認識されているにはされているが、その霊装からどちらかと言うと【守護聖騎士】といった認識のほうが強い。そうなるとまた教会から……ということになる可能性はあるが、国としてはそれはマズイ。となると貴族の令嬢──さらにそれが教会の要職についている貴族の娘であればなお良いため、この様に考えられる。
次に聖達。彼女たちについては大して深く考えられては居ないだろう。子種を持つ訳でもなく、将来期待できるとしたら母体としての性能のみ。さらに女であるならば秀麗な男を与えれば十分であろうとの判断だろう。
そして、士。士に関しては謁見でやりすぎた。これだけだろう。これは士もわかっている。そして、本人は知らないことだが、謁見でのことが無ければ謙也の位置に居たのは士である。基本的に優れた容姿を持つ者が多いこの世界でも見たことのない──ある意味で人知を越え、神憑り的に優れた容姿を持っている士。さらに能力も十分。この2つで担ぎあげるには十分な理由だ。
「こんなところか?んー、いや待てよ。押し付ける感じではなく普通にアプローチをかける感じか?まあ、いいや」
士はなんとも適当な感じに思考を切り替える。だが、士は十分すぎるほどに情報を得た。常人離れした聴覚、さらにそこに【神仙術〔天耳通〕】を使用したことによってユリスの脈拍を聞きとり、自らの仮説への反応を見た。
「まあ、俺が聞きたいのはそんなことじゃない」
「なぜ、俺への対応を変えた」
「昨日までは面白いほどに他と扱いが違ったのにな。今日は俺との会話をしている。どういう風の吹き回しだ?」
士はそう問うた。
「……わ、私たちは貴方を誤解していました」
「礼儀も弁えず、嘘を吐く卑劣な男だと」
「し、しかし、わかったのです!あなたはそんな「あー。もういいや」え?」
士はユリスの言葉を遮る。
本当のことを言うと、別に士はユリスに答えなんて求めていなかった。対応が変わったことなど幾らでも予想はつくし、今更どうこう言われたところでこの国への印象が変わるわけでもないのだから。なら、なぜ問うたのか。理由は簡単。先程士が言った『言動には気を付けろ』この言葉を理解しているのか確かめるためである。
例えばである。
小さな子は好きな子にイタズラをする。というのは大衆によく知られることだろう。それは大人からすれば微笑ましいが当人──イタズラされた方はどうだろうか?『お前のことが好きだったからやってしまったんだ』こんな事を言われて『はい、そうですか』と言えるだろうか?無理だろう。『好きだったから』という言葉が免罪符になるわけではない。そんなの『だからどうした』で片付けられる。『だからどうした。そんなの関係ない。私は傷ついた』。これが被害者の思いだ。
くだらない言葉で自身を正当化しようとするなど愚かである。
今回は士への対応が問題点である。
そして、ユリスは見事に士の言っていたことを理解していなかった。『誤解していた』。これを免罪符にした。
本当に言動には気をつけるべきだろう。
今回必要だったのは言い訳ではなく謝罪。たとえ形だけであってもそれは必要だった。
とにかく、ユリスのこの言動により士が自らこの国に付くことはなくなっただろう。