第13話 戦闘
士は一瞬で距離を詰めると、跳躍し体を回転させ、刀を振り下ろす。だが、アンリはそれを剣で真正面から受け止める。しかし、士もそれを予想していなかった訳でもなく、離れながら空中で蹴りを放つ。
そして、着地した時、「ピシッ」と嫌な音がし、髭切が刀身の半ば程から折れた。
「一回打ち合ってこれか……来い【髭切】」
士は折れた髭切を見て呟くと再びその手に髭切を召喚する。
そして、もう一度アンリへと駆ける。
「オラァ!」
士は右手に持った髭切をアンリの左肩から右脇腹にかけて振り下ろす。が、アンリがそれを剣で防ぐ。髭切が砕ける。だが、士は気にすることもなく左手を振り上げる。その手にはいつの間にかまた髭切が握られている。そして、右手を横に振る。その手にはまた新たな髭切が。
士は両手に髭切を持ち休むことなく攻撃を与える。避けられればもう一方の手で、刀が折れたり砕けたりすれば再び召喚し攻撃する。だが、そこまでしてもアンリにダメージを与えるには至っていない。事実、何度か攻撃は当たっているのだがその全てが悉くアンリが身に纏う黒き軍服──しかも戦闘を開始したら局所に鎧のようなものが現れた──に阻まれる。
それは技量によるものではなく単純に装備の性能の差である。
この世界ではあらゆる物に等級が付けられる。装備などはF~EXに分けられる。さらにSS以上のものは大抵が国宝などとなる。
それはさておき。
現在士が召喚している【髭切】はランクにしてSS。対してアンリの軍服【黄泉の衣】はランクXX。そしてアンリの剣【無銘の絶望】もランクXXである。
通常、装備のランクは一つ上くらいなら互角とはいえないまでも十分に戦える。しかし、ここまで高いランクで尚且つここまで差があるとまともに戦うことすら難しいのだ。
「ガッ!」
士の連撃の隙間を縫ってアンリは士の腹へと蹴りを放つ。士は何とか髭切を交差させ、防御しようとするが蹴り砕かれ、ほぼ減衰していない威力の蹴り……しかもヒールを受けることとなる。
士は宙を浮き、吹き飛ばされながら周囲に髭切を召喚する。その数──実に200。そして、それを一気に射出する。しかし、近付いてくるアンリの足を止めることはできない。
「フッ!」
「クッ…ソ…がっ!」
アンリは吹き飛ぶ士に追い付くと士の背中へ回し蹴りを叩き込む。士は再び吹き飛びながらなんとか体勢を建て直す……が、目の前に迫ったアンリを避けるためにすぐに移動することになる。
「《焔環》!」
士は移動しながら魔法を放つ。
火属性魔法《焔環》。火属性魔術《炎環》を改良したものだ。
現れた焔は渦を作り円となり、アンリを囲む。だが、アンリが【無銘の絶望】を振ると焔の勢いが弱まる。同時にアンリが飛び出してくる。
だが、時間は稼げた。
士の手には髭切ではなく、別の刀が握られていた。名は【虎杖丸】。アイヌ口伝叙事詩に登場し、刀身や柄に獣神が描かれ有事にはそれらが現れるという言い伝えのある刀である。
「『獣神よ、刀に宿りし守り神よ 戦場にて我を守りたまえ【獣神解放】』」
士は早口で頭に浮かんだ詞を紡ぐ。
その詞は獣神達を呼び出すための詞。士の周りに半透明の竜、そして狼が現れる。
竜と狼はアンリへと攻撃を仕掛ける。
竜は鋭利な爪のある腕を振り下ろし、狼はその速さを活かして噛み付かんとする。
しかし、
「甘い!」
アンリは【無銘の絶望】を振り上げ狼の首を断つと、竜の一撃を避け、無防備な喉元に異常な速さで剣を突き立てる。
突き刺さった場所から竜の体が凍っていく。そして……全身が大した時間を掛けずに凍り……砕ける。
「クッソ…これでもダメかよ…」
士は呟きながらアンリに攻撃する。
一撃、二撃、三撃、四撃……そこまで打ち合ったところで虎杖丸が砕ける。
「そろそろ、分かっただろう?
霊装を使うといい……それも、固有能力まで使ってな」
士にアンリが問う。
士はアンリを見て、虎杖丸を消す。
そして……
「来い……【夜叉斬姫】」
霊装を顕現させた。
◇◇◇◇◇
士は夜叉斬姫を腰の剣帯に付ける。
「……抜刀…壱の剣【鎌鼬】」
その呟きと共に士の姿がその場から消える。次の瞬間にはアンリの眼前で抜刀体勢に入っている。
だが、アンリはそれを無銘の絶望で防ごうとする。
「返し…参の剣【飛燕】」
しかし、士は抜刀はするものの、一歩後ろに下がり突きを放つ。
「くっ、」
アンリは顔面目掛けて放たれたその突きを回避しながら士の腹に小さな氷を撃つ。
その氷を士は避け、追撃をしようとするが…
「がっ」
避けたはずの氷は士の背面から腹を穿ち、鮮血を撒き散らす。
士は苦悶の声を漏らしながら、踏み込み、アンリを斬らんとする。だが、再び氷が飛来する。
「邪魔だ!」
士はその言葉と共に周囲に黒き焔を迸らせる。その焔は氷を溶かし、地面を焦がす。
「……何、笑ってんだよ…」
そして、士はアンリを見て呟く。
少し離れたところに居るアンリは笑っていた。
「いや。なに。
愉しくてな……それに、笑っているというのなら貴様もだ」
それを聞いたアンリはそう答える。
確かに士の口角も上がっている。口の端から血を流し、腹に穴が空いているにも関わらず、だ。
「それよりだ……固有能力を使え。
もっと私を楽しませてくれ」
アンリは士に告げる。
「固有能力…」
「そうだ。使うがいい」
そして、士は遂に固有能力を使う。
「血を喰らえ……【血濡れの夜叉姫】」
士は【夜叉斬姫】を自らの首にあてがい、その首を切る。そして、流れた血は【夜叉斬姫】へと流れる。その血は夜叉斬姫へと吸い込まれ、既に流れた血も全て夜叉斬姫へと集まる。
「……【夜叉神化】」
そして、士は呟く。
その呟きは【夜叉斬姫】の固有能力…その中でも最も破格の力を持つものを使うための言葉。
士の体に紅い線が走る。
士の顔に赤い筋が現れる。
士の黒髪が白くなる。
士の周りに電流のように赤いスパークが迸る。
士は自らの体を見ると、夜叉斬姫を顔の横で構える。
「……行くぞ」
その言葉と共に士は再びアンリへと突撃する。
先程までと同じ攻撃。だが、今回は決定的に違うことがあった。
「くっ」
アンリの軍服が裂け、鮮血が舞った。
深くはないがしっかりとした傷を付けたのは今回が初めてである。しかし、士は止まらない。
袈裟に斬撃を放ち、返す刀でアンリの腕を狙う。それもかすったと思いきや士は既にそこには居らずアンリの背後から蹴りを撃つ。さらに追撃として数百の焔の弾丸を放つ。
数秒後。
土煙の中からアンリが飛び出してくる。軍服は所々が裂け、顔には火傷も見える。
士はアンリを見て刀を納め、加速する。
そして、抜刀する。
その攻撃はアンリの右腕へ吸い込まれる。
夜叉斬姫は抵抗を感じることもなくアンリの腕を切り落とす。士はそのままアンリの左腕も切り落とさんとするが、その場から離れる。その刹那。士の居た場所から先端の尖った氷柱が飛び出す。
「失せろ」
士は避けると純粋な魔力の塊を撃ち出す。
その魔力の塊──不可視の魔力弾は氷柱を砕き、そのまま背後の壁を粉々にする。
そして、士が次にアンリを確認した時には……右腕も元通りになっていた。
「チッ、戻るのかよ」
士は悪態をつきながら刀を構え直した。