第11話 将軍
士と葵の仕合から一時間。
士を除く勇者(仮)たちは各々訓練を行っていた。
その中でも目を引くものが三人。
葵、優花、謙也だ。
葵は言わずもがな、優花も中々の剣術の腕である。霊装は弓だったが、装備があれば十分に前衛として戦える。
そして、謙也。
元々、剣術の腕はそこそこ──全国大会出場できるくらい──持っていたが、この世界に来て腕に磨きがかかっているようだ。それもそのはず、謙也のジョブは【勇者】、そして【剣聖】。どちらと武器使用に補正が掛かるジョブだ。
さらに、振っているのは霊装の為、見映えがする。その結果、特に目を引いている。
さて、謙也が振っているのは霊装である。先程、士が使用しても大丈夫か確認し、不許可だった霊装である。別に謙也は強引に使っているわけではない。それが意味することは、何故か許可が下りたということだ。つまり、この国の贔屓だ。
だが、それに対して士は何を言うこともなかった。別にその程度の贔屓でキレる士ではない。ただ、「アホだな」と思うだけだ。
さらに二時間後。
時刻は12時を回り、昼食時となってきた。だが、この時間になっても将軍とやらは姿を現していない。しかも、その頃になると士を除く葵達も暇になってくる。その証拠に先程までとは動きが違う。ただ一人だけ謙也は頑張っているがそれは「キャー、ケンヤ様素敵です!」などのユリスの言葉の影響だろう。
そして、もはや士など棒付きの丸い飴をなめて完全な観戦モードである。
離れたところで巻き上がる土煙を見ては「おー」などと言っているだけで、本当になにもしない。ここまでくるとある意味清々しいサボりだ。
「あー、腹減ってきたなぁ。なぁ、神居よ」
「あー、そうだなぁ。変態マッチョ」
そこに変態マッチョ──零治が話しかけた。士は一応彼に返事をし、同意する。
「誰が、変態マッチョだ!」
「じゃあ、変態ゴリラ」
「ゴリラじゃねぇよ!」
「変態コング」
「変わってねぇよ!つか、変態は固定かよ!」
「うるさいぞ、変態」
「もはや、変態呼び!?」
「冗談だ」
二人は下らない絡みをするが、その腹は空腹を訴えている。成長期の青少年の胃袋は肉を求めているのだ。そう、お上品な王宮料理なんかでは満足できないのだ。この二人が求めているのは山のように積まれた、肉!肉!肉!
「腹……減ったな」
「なあ、神居よ」
「なんだ、竜胆の旦那」
「肉を喰いたくないか?」
「ああ、喰いたいな」
「牛を一頭喰いたくはないか?」
「ああ、喰いたいな」
「だが、俺たちには金がない。そうだろ?」
「ああ、そうだな」
二人は座り込みながら問答をする。
そして、零治が悪い顔をしながら言う。
「なら……請求は王城宛てで食おうじゃないか」
「貴様……天才か?よし、行こう。すぐ行こう」
「行かせるわけないでしょ!」
士はその提案に乗ろうとするが、いつの間にか来ていた葵によって止められる。
「よし、旦那。金を貰ってこようじゃないか」
「よし、神居。決定だ」
「集ろうとするのをやめなさい!」
またしても葵は二人を止める。しかし、何故だろうか。この二人の息が合いすぎていて恐ろしさを感じる。
そして、葵は少し羨ましいと思うがそれは無意識であり、本人は気付いていないだろう。
戦闘訓練というなかのほのぼのとした日常。
戦場に咲く一輪の花のように美しく
「っ、伏せろ!」
そして、儚い。士が叫ぶ。二人は直ぐ様行動に移す。
突如飛来した円錐形の氷によってそのほのぼの空間は消え去る。
「《氷弾》!」
士は伏せた状態のまま氷塊の飛んできた方へ魔法を放つ。だが、それが当たることを狙ってのことではない。
戦場では狙撃手という存在は大きな意味を持ち、同時に大きな危険性を孕む。遠距離から狙い撃ちされるのだから、当然だろう。そして事実、このスナイパーによって数百人の被害を被ったこともある。フィンランド、ソ連の冬戦争と言えばわかるだろう。
だが、そんな狙撃手でも危険はあるのだ。カウンタースナイプと言われるものだ。放たれた銃弾の軌道から発砲された地点を割り出しそこを狙い撃つというものだ。それは幾ら遠くにいるとは言え危険である。その為、スナイパーは一度撃てば当たろうが当たるまいがその場所から即座に離脱する。
士が当たることを狙って放ったわけではないのもこれが理由である。
「いきなりなんだってんだよ…クソ」
士は周囲を警戒しながら呟く。少し離れたところでは優花や聖、謙也とユリスが固まっている。
士は障壁魔術を自らの身に纏わせながら、立ち上がる。
「ふむ…今のを避けるか」
士が声のした方を向く。
「なるほど」
その先から黒い軍服の様な物を着て、金髪を伸ばした紫眼の女が歩いてくる。腰には細身の剣を下げている。
彼女こそが、悠久騎士団団長にしてこの国の将軍アンリ・ニュクス・フォン・ランパートである。