第9話 禁忌魔導書
「さて……と。【叡智】によると……これをこうして……こうで……よしできた」
深夜1時。士は自室であることをしていた。
それは魔法の練習である。魔力の操作は既に出来ていたため、後はどのようにして魔法を発動させるのか。それを叡智によって知り、実際に行っていたのだ。
詳しくは省くが魔法の発動方法は【魔力を汲み上げ、起こる現象をイメージしながら詠唱し、発動】という感じだ。だが、今回士は詠唱などはしていない。【無詠唱】と呼ばれる高等技術を行っていたのだ。それと、勿論危険なモノは行っていない。精々が小さな光の玉を出す程度だ。
「よし…行くか」
士はそう呟くと霊装【夜】を装備し、能力を発動させる。そして、扉を開けると王城の最奥にあるとある場所へと向かった。
突然だが、この世界では本というものは貴重である。
それは製紙技術や印刷技術が発達していないからである。さらに羊皮紙やモンスターの皮から作られる魔皮紙は高価であり、なかなか一般市民には手が出せない。
その為、この世界では図書館などで本を読むことが一般的となっている。
そして、ここは王城。
王族が住まう場所であり……この国最高の書庫の所在地である。
士が向かったのは書庫。さらにその奥にある禁書庫である。その目的は本……それもこの国の歴史書や魔術に関する本、そして…禁忌魔導書を手に入れるためである。
実際のところ、前者の魔術に関する本については【叡智】でこと足りるのだが、士は敢えて取りに向かった。まあ、本命は禁忌魔導書である。
禁忌魔導書とは禁忌とされる魔術や凶悪な魔獣を封じ込めたものである。その力はどれも国を容易く滅ぼす程であるが、禁忌魔導書の力はこれだけではない。
禁忌魔導書……それは本来とある賢者が自らの後継に相応しいと選んだ者に渡された魔術書だった。その数は全8冊と言われているが今までに確認された数は2冊である。その理由はこの禁忌魔導書の特性に由来する。そして……本来の力は……
「これが……禁忌魔導書か」
士は書庫の最奥、禁書庫の封印を破り、幾重にも鎖を巻き付けられ、魔方陣が幾つも刻まれた台に安置された黒革の本を見て呟いた。
士は鎖が巻き付けられた禁忌魔導書に右手を触れさせ…魔力を汲み上げ練り一気に禁忌魔導書に注ぎ込む。
鎖が弾ける様に舞い、禁忌魔導書が浮き上がり、禁忌魔導書が発光する。
そして、士は…見知らぬ場所に立っていた。
士は無言で霊装を顕現し、数メートル先に浮いている禁忌魔導書を見、禁忌魔導書へ歩みより再び手を触れる。そして、魔力を注ぎ込む。すると、禁忌魔導書が7つへと別れた。
それを確認すると士は禁忌魔導書を一冊ずつ手に取る。
『汝、我を支配…sjdsv3yod…』
そして、魔力を注ぎ込む。そのせいだろうか。突然響いた声もノイズが入り意味不明な音を出すばかりとなった。だが、士はそんなことなど気にせず、次の禁忌魔導書を手に取る。それを繰り返す。
無言……だが、士の額には汗が滲んでいた。心なしか顔色も悪くなり、顔や首筋には血管が浮き出ている。
それもそうだろう。
士は現在、禁忌魔導書よりもたらされる幾つもの情報を処理している。それもただの情報ではない。さらにこの禁忌魔導書本来の力を発揮させるべく行っている行為がさらに士を苦しめることとなっていた。
さて、ここで気付くことがあるだろう。
先程分裂し禁忌魔導書は7冊となった。確認されているのは2冊だけである。普通なら確認されているのも7冊となるはずなのに、なぜか2冊。
それは何故か。簡単である。嘗て禁忌魔導書を手に入れた賢者候補は禁忌魔導書の力に飲まれ、2冊しか顕現させることが出来なかったからである。そして、その賢者候補は幾つもの国を滅ぼした後に命を禁忌魔導書に吸いとられ死亡した。
「…はぁっ、これでいいか…」
士は全ての禁忌魔導書に魔力を注ぎ込み終わるとそう呟いた。
そして…
「『我、七将と一王を従えん』」
そう言い、7冊の禁忌魔導書を重ね、自らの血を落とした。
7冊の禁忌魔導書は光を発しながらひとつへ、そして、形を作っていく。
「さて、こっからだな…」
士が【夜】を仕舞い呟く。
『GRAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』
士が刀に手を掛けた瞬間、咆哮と共に一体のドラゴンが現れた。
◇◇◇◇◇
「クソが!」
士は悪態をつきながら龍の足を斬りつける。
だが、付けた傷はたちまち塞がってしまう。
戦闘が始まってから既に3時間。
今までもそんなことが繰り返されていた。
「《災禍の雷霆》!」
士の言葉と共に宙に現れた魔方陣から緋色の雷が放たれる。だが、龍はそれを巨体ながらも鈍重さを感じさせない素早い動きで回避し、尻尾で士を打ち付けんとする。
しかし、それを喰らう士ではない。それを回避し、神足通と縮地を併用し、一瞬で龍の懐へ潜り込み、メリケンの様に変化させた千変万化を着けた左手で強烈なストレートを打ち込む。
『GRAAAA!?』
龍がそんな声を上げながら翼をはためかせ士から距離を取る。そして、その顎門を開き魔力を集中させ…放つ。
「攻撃パターン変更ってか!?
っぶねぇなぁ!」
士は避けながら自らの手に魔力を集中させ放つ。
龍のブレスの士バージョンといったところか。
しかし、龍もそれを避けると今度は先程のブレスのようなものを弾幕の如くばらまいた。
「チッ!」
士は刀を振り回し、弾幕を斬り、逸らし、避け続ける。だが、少しずつではあるが弾幕がかすりはじめる。
そして、ついにその時が来た。
今までよりも一際大きい弾幕が続けて放たれる。
「マズッ、」
それは士の右腕に当たり、腕を引きちぎる。そして、バランスを崩した先には龍の尻尾が。
「ぐぉっ、……ゲホッ、」
はじめて攻撃が直撃した士は吹き飛ばされ、大地を転がる。口からは血を吐き、折れた肋骨が皮膚を突き破り、外に出て、右腕からは煙が上がっている。
「あぁ……いってぇ」
士は仰向けになり、呑気に呟く。
その間、龍は徐々に徐々に士に近付いて行く。
「ゲホッ、……使ってみっか、《英霊纏身……:ジークフリード》ゲホッ、…《伝承具召喚:バルムンク》」
士は血を吐きながら自身のスキルを発動させる。
すると、士の体を黄金の光が包みこみ、傍らには柄に蒼い宝石の埋め込まれた美しい長剣が現れた。
「……《再生》」
士はそれを確認しながら自らの右腕を再生させ、長剣を手に取り、立ち上がる。
士が身に纏いしは龍殺しの英雄ジークフリード。召喚したのは魔剣バルムンク。彼の英雄は龍を倒し鋼鉄のごとき不死身の肉体を手に入れた。そして、今士の体にはその英雄の得た力、そして自らのスキルによってさらに強化された力が宿っている。
「……あぁ、こういう感じか」
士は呟きながらバルムンクを一振りする。
そして、目の前の龍へと突貫する。
「……けど、通らないか。なら…」
だが、バルムンクの刃は龍へと完全なダメージを与えることは出来なかった。しかし、士はそれに衝撃を受けることもなく次の行動へと移る。その目線の先にあるのは霊装【夜叉斬姫】。
士はそれを目指し疾走する。そして、右手で【夜叉斬姫】を掴み……バルムンクを斬った。
【夜叉斬姫】の能力【斬姫】。それは斬ったモノの特性を喰らい、血を吸い斬れば斬るほどに力を増すというもの。つまり【夜叉斬姫】はバルムンクの【龍殺し】の特性を得た。
それ即ち……
「ここまですりゃ、勝てんだろ。
神居陰陽流魔風の太刀一番【真空裂斬】」
士の勝ちの確定である。
風の魔法を纏わせた刀は通常なら視認すら叶わない速さで振るわれる。そして、その斬撃は飛び、龍を斬る。それは呆気ないほどに簡単に傷を残す。【不癒】の能力の効果も薄かった龍にだ。
士はそれを確認し、猛攻を仕掛ける。
縦横無尽に飛び回り、龍を混乱させ、全身を切り刻む。
そして……頭を落とした。
ここで言っておくとすればこの龍の強さは分類外だ。それを英霊を纏い無理矢理とはいえ倒せたのだから、士はかなりのイレギュラーなのだろう。
「はぁ…やっと終わった……勝ったぞ!」
士は仰向けに倒れ、拳を突き上げる。
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【七罪の覇者】を討伐。
【七罪魔法】を習得。
【七罪の覇者】の召喚が可能。
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「よしっ、手に入った…」
さて、今回士が突然禁忌魔導書を取りに来た理由だが、それは至極簡単。召喚獣と最強とされる魔法系統が欲しかったからである。ちなみに【七罪魔法】となってはいるが、罪を犯して発動などというわけではない。
まあ、それは置いておき、士は無事?召喚獣を手に入れたのだった。
「えーと、こうか」
士は禁忌魔導書に書かれていた手順にそって【七罪の覇者】を召喚する。
巨大な魔方陣から漆黒の赤き目のドラゴンが出現し、士に頭を垂れる。
「おお、良いねぇ。えーと、次は名前を付けるか……そうだな…【デュラン】でいいか。よし、お前の名前は【デュラン】だ」
『gra』
士が言うとドラゴン……デュランは一鳴きする。
士は一度デュランを撫でると一度帰らせた。
これが召喚魔法の一つ、契約召喚である。
それと、禁忌魔導書の本来の力だが、それは勇者の魂魄霊装と似ており、魔力を吸えば吸うほどに魔獣や魔術が強くなるというものだ。