御風激闘伝4 永遠ノ二人
時系列は、輪路達が最終決戦を繰り広げた、少し後です。
御風の家。今日はお泊まり会の日だ。
快楽の波に溺れ、気絶してしまった四人。エメは一人満足し、真由美の中に戻って安眠を楽しんでいる。
やがて、朝が来た。
「御風さん。真由美ちゃん。それからエメちゃんも、聞いて頂きたいことがあります」
目覚めた後、リエルは真剣な顔で、三人に話し掛けてきた。
「何ですか改まって」
御風が尋ねると、リエルは遠慮がちに答える。
「私達、故郷に帰ろうと思うんです」
「えっ!? そんな、どうして!?」
驚いて尋ねる真由美。
吸血鬼は元々、外国の魔物である。そしてラナンとリエルの母娘は、成長の遅いラナンを成長させるために、日本に来た。今やラナンは、すっかり大人の女性に成長している。目的を果たした以上、もう御風に迷惑を掛けるわけにはいかない。だから、故郷に帰るつもりでいるのだ。
「迷惑だなんてそんな……」
「いいんです。私達は余所者ですし、それに……」
リエルは御風と真由美を交互に見る。
「……いえ。とにかく、もうラナンと相談して決めたことなんです」
ラナンも頷く。二人の決意は、かなり固いようだ。
「そうですか……」
「残念です。二人が帰っちゃうなんて……」
「二人の精気も、すごく美味しかったのになぁ……昨日だって……」
三人とも、とても残念そうだった。これまで長く、いい友人として接してきたラナンとリエルが、いなくなってしまうのだ。
「これで最後の別れというわけではありません。いつか私達の生活が安定したら、皆さんをお呼びします」
「そうしたら、遊びに来て下さいね!」
二人の言う通りだ。これでもう会えなくなるわけではない。いつかまた、必ず会える。三人は、それを心待ちにすることにした。
*
御風達が住んでいる街のどこか。
「さてと、結構遠くまで来たし、ちょっと休憩しようかな」
機械で埋め尽くされた部屋で、一人の男が背伸びをした。それから、用意してあったパンとミルクを摂る。
「こういう小さな街って、結構な穴場だったりするんだよな~」
食事を終えたら始めるつもりだ。自身の黒い欲望を満たすための、許されない悪事を。
*
三日後。ラナンとリエル、そして真由美とエメは、港に来ていた。港には、大きな客船が一隻、停まっている。二人が今夜乗る船だ。チケットはない。ただ乗りである。
「御風お姉様、残念でしたわね……」
「本当だよ。こんな日にこんなことになるなんて……」
ラナンと真由美は残念そうに呟く。本当なら御風も来るはずだったのだが、御風は突然母が病院に運ばれてしまい、様子を見に行かなければならなかったのだ。
「仕方ありませんわ。御風さんに、よろしくお伝え下さい」
「はい。言っておきます」
仕方なく、真由美が御風の分まで、挨拶することにしたのだ。
「そろそろ出航しそうよ」
「まぁ大変。それじゃあお二人とも、お元気で!」
「またね! 真由美お姉様! エメお姉様!」
エメに言われて、客船に向かう二人。
その時だった。
「ん? 何か飛んで……」
エメが、何かが飛んでくる音に気付いた。そしてそれは、ラナンとリエル。真由美とエメの上に、ピンポイントで落ちてきたのだ。
「こ、これ、檻!?」
真由美が見る限り、それは生き物を閉じ込めておく檻だった。そして真由美が呟いた瞬間、彼女達を閉じ込めた二つの檻は、消えてしまった。
「……え……」
気が付いた時、真由美とエメは、暗い部屋の中にいた。全体が暗いというわけではなく、二人のいる檻が上からスポットライトのように照らされている。
「こ、ここ、どこ!? これ、何!?」
混乱しながらも鉄格子を掴み、揺さぶる真由美。だが鉄格子はしっかりと嵌まっていて、びくともしなかった。
「……ただの檻じゃない。アタシの魔術が使えないわ!」
エメは魔術を使って檻を破壊しようとするが、魔術は発動せず、魔力を放出することさえできない。
「真由美お姉様! エメお姉様!」
「二人とも、大丈夫!?」
ふと、ラナンとリエルの声が聞こえた。見ると、二人も檻の中に囚われてしまっている。
「ラナンちゃん! リエルさん!」
「真由美ちゃん。見て」
今度はエメが気付く。この部屋にある檻は、二つだけではない。十個もの檻があり、それら全てに女性が捕らえられている。しかも、ただの女性ではなかった。
ある者は、両腕に鳥のような翼が付いている。またある者は、身体の所々が鱗に覆われ、尾が生えている。さらにまたある者は、足が魚の尾ひれになっており、水槽に入れられている。全員、どう見ても人間ではない。
「みんな、魔物よ」
サキュバスだからこそエメにはわかった。彼女達は、全員魔物だ。
「これって一体、どういうことなの!?」
困惑する真由美。
その時、
「やあ初めまして。突然手荒な真似をして申し訳ない。だが、どうか喜んで欲しい。君達は今から、僕の新しいコレクションになるんだ」
やたら派手な服を着て、顔にケバい化粧を施した男が、ドアを開けて中に入ってきた。
「な、何ですのあなた!? コレクションってどういう……!?」
ラナンは混乱している。男が言っていることの意味はわからなかったが、とにかく彼女達を捕らえたのがこの男であるということはわかった。
「僕の名前はウォーリー・ヴィクトリア。今日から君達の主人になる男で、ビューティーコレクターさ」
「ビューティー、コレクター……?」
かなり寒気のすることを言われたが、リエルはビューティーコレクターという存在を知っている。世界中のあらゆる美しいものを手に入れて、コレクションしている者達のことだ。コレクションの種類は多種多様で、宝石や貴金属、絵画のような文化財など、本当に様々だ。
ふと、リエルは思い出す。ビューティーコレクターの中には、人間の女性を拐って自分のコレクションにする者もいると、どこかで聞いたことを。
「まさか……」
リエルは青ざめた。ウォーリーと名乗ったビューティーコレクターは、ニヤニヤと笑いながら答える。
「僕は魔物の女性専門のコレクターさ。世界中の美しい魔物の女性をコレクションしているよ。この部屋にいる娘達、全員僕が集めたんだ」
やはりそうだった。人間をコレクションするビューティーコレクターがいるなら、魔物をコレクションするビューティーコレクターだっているはずだ。このウォーリーは自分達をコレクションするために、檻の中に閉じ込めたのだとようやくわかった。
「……んん?」
ふと、ウォーリーは気付いた。本来、ここにいることがあり得ない存在が、ここにいるということに。
「君、何でここにいるんだい? 君は人間だろう?」
そう。真由美の存在だ。真由美は人間であり、魔物ではない。
「何バカなこと言ってるのよ!? あんたがエメちゃんと一緒に、無理矢理この檻の中に入れたんでしょうが!!」
ここぞとばかりに反論する真由美。あれだけ近ければ、一緒に捕らえてしまっても無理はない。意図的にやったのではないのかと。ウォーリーは説明する。
「この檻は、僕がどんな魔物でも捕まえられるように作った特別製だ。普通の檻にはない機能が付いている」
ウォーリーはこの専用の檻を使って魔物を捕まえるのだが、この檻には三つの機能が付いている。
まず一つは、力の封印。中に入った者は力が出せなくなり、異能を持っていた場合それを封じてしまう機能だ。エメが魔術を使えないのは、この機能に原因がある。
次に、回収機能。捕獲する魔物の中には、スライムのような檻では捕まえられないものもいる。しかし一度檻に入ってしまうと、檻が魔物の情報を登録し、エネルギーの鎖が魔物を連れ戻す。これはスライムのような不定形の魔物でも抜け出すことができない。
そして最後の三つ目。これが一番重要な機能だ。
「捕獲する際誤って人間を一緒に捕獲してしまった場合、その人間を強制的に檻の外に転移させる。だから、君がこの中にいるはずは絶対にないんだ」
「そ、そんなこと私が知るわけないじゃない!!」
「ん~。考えられる理由としては……君、もしかしてそのサキュバスと契約してる?」
「!?」
ズバリ言い当てられて、真由美は黙った。よくわからないが、ウォーリーに契約しているのを知られるのは、かなりまずい気がする。だから、知らないふりをした。
「何のこと?」
「とぼけても無駄だよ。他に理由なんかない」
「仮に契約してたとして、どうしてその転移機能とかいうのが効かなくなることに繋がるの?」
「知らないのか? 契約といってもいくつか種類があってね。僕が問題視しているのは、契約した相手の中に魔物が入るタイプの契約だ」
ウォーリーはさらに説明する。このタイプの契約を交わした者は、常に一緒にいなければならないという制約が働き、四百メートル以上離れられなくなる。もし無理矢理離れようとすれば、無理矢理すぐそばまで引き戻される。契約というよりは、一種の呪いだ。
ウォーリーの檻は相手を封印することに特化しているため、中から外に向けられる力には強い。だが代償として、外から中に向けられる力への抵抗力は皆無に等しいのだ。一応檻自体は、ミサイルでも壊せないほど頑丈に作ってあるが、外部からの干渉にできる対策はそれだけ。例えば、檻の中に瞬間移動するような能力は防げない。中にいるエメの方から外の真由美のところに行くことは防げても、外の真由美から中のエメのところに行くことは防げないのだ。よって、真由美が契約していると、一度吐き出された後に瞬間移動で戻ってきて、檻は主の判断を待つために人間排出機能を停止する。
「君がそこにいるのは契約している証拠なんだ。僕も魔術や異能については一定の知識があるから、わかるんだよ」
そうでなければこんな檻は作れないだろう。とぼけても無駄だった。
「さて、僕は人間をコレクションする趣味はない。兄さんはこの前死んじゃったし、どうしようか……」
ウォーリーには、ウォレスという兄がいる。ウォレスは人間の女性専門のビューティーコレクターだが、ついこの前死んでしまった。ウォレスが生きていれば、真由美を引き渡すということもできたのだが、ウォーリーは考える。
「とりあえず、そのサキュバスとの契約を破棄してもらおうか。全てはそれからだ」
「い、嫌よ!! エメちゃんは、私の大事な契約相手だもん!!」
「……それじゃあこうするしかないな」
真由美が契約の破棄を拒否すると、ウォーリーは拳銃を取り出した。
「契約を外部から破棄させるのに一番手っ取り早い方法は、どちらか片方を殺すことだ」
どちらかでも死ねば、その瞬間に契約は成り立たなくなる。ウォーリーはエメをコレクションしたいので、この場合殺す相手は真由美だ。
「君には死んでもらうよ」
「待って!!」
真由美に銃口を向けて引き金を引こうとするウォーリーの前に、エメが割り込んだ。
「時間をちょうだい。アタシが、真由美を説得する」
「……僕も鬼というわけじゃないし、手荒な真似はあんまりしたくない。一日待ってあげるから、その間に説得して契約を破棄しろ。できなかった、わかってるね?」
ウォーリーは拳銃を懐に戻し、期限を与えてから部屋から出ていった。
「真由美。契約を破棄するためには、双方の合意が必要なの。あなたが破棄するって言ってくれないと、契約を破棄できないのよ。アタシはあなたを、あんなやつに殺させたくなんかない。だから、契約を破棄して。あなたが破棄するって言ってくれさえすれば」
「絶対やだ!!」
エメは契約を破棄するよう言うが、真由美は断固拒否する。
「真由美ちゃん……」
「ここで私があいつの要求に従ったら、エメちゃん一生あいつのコレクションにされるのよ? エメちゃんはそれでもいいの!?」
「……いいわけないじゃない。もっとずっと、真由美ちゃんや御風ちゃんのそばにいたい! コレクションになんかなりたくない!! でも、どうしようもないじゃない……」
あんな変態に死ぬまで飼われるなど、嫌に決まっている。今すぐここから逃げ出したい。でも、逃げられない。魔術は使えないし、身体に力が入らない。この檻の中から、外に出ることができない。自身が逃げられない以上、逃げられる存在を逃がした方がいい。
「大切な友達を目の前で殺されるなんて耐えられない。だから真由美ちゃん。あなただけでも逃げて!」
「友達を見捨てて逃げることなんてできない!」
エメを、ラナンを、リエルを見捨てて、自分だけ逃げることなど、真由美にはできなかった。
「エメちゃん。真由美ちゃんが本当に逃がしてもらえるとは限らないわ」
「えっ?」
エメはリエルを見た。
リエルがこんなことを言った理由は、ウォーリーが契約を破棄した真由美を、逃がすとは一言も言っていないからである。相手が魔物とはいえ、ウォーリーがやっていることは間違いなく犯罪だ。そして、真由美に顔を見られている。目撃者を生かして帰したりするはずがない。
「どのみち殺すつもりでいるに決まっていますわ! こうなったら、とことん抗ってやるべきですわよ!」
「そうだよ。ラナンちゃんの言う通り。みんなで助かる方法を考えよう?」
「でもどうするの? アタシ達の力じゃ、この檻は……」
それは考えていない。だが、何とかするしかないのだ。
「きっと御風が助けに来てくれる」
「そんな……ここがどこかもわからないのよ?」
地上なのか地下なのか、山奥なのか町中なのか、全然わからない。そもそも、国内ではない可能性さえある。そんなところに御風がたどり着けるかどうかなど、絶望的だ。
「大丈夫。御風なら、必ず助けに来てくれるはずだから」
根拠は全くなかったが、いつも、どんな時でも、御風が助けに来てくれたことを思えば、真由美は信じられた。今回も必ず、御風は来てくれると。
*
「今頃ラナンちゃんとリエルさんは、帰りの船の中かしら」
深夜。母の容態も大したことはなく、無事に帰宅した御風は、ベッドの上に横になっている。もう二人に会えないのは残念だが、仕方ないのだ。彼女達にも、彼女達の生き方というものがある。
と、御風は起き上がった。電話の呼び鈴が鳴る音が聞こえるのだ。部屋を出た御風は、受話器を上げて電話に出る。
「はいもしもし。竹本です」
「もしもし? 片平です」
「あら、真由美ちゃんのお母さん」
電話の相手は、真由美の母だった。
「いかがなされました?」
「そっちに、うちの真由美が行ってない? まだ帰ってきてないのよ」
「えっ?」
御風は時計を見る。時計の針は、既に十時を回っていた。
「いえ……」
「そう……ケータイにも出なくてね。何かわかったら、御風ちゃん教えてくれる?」
「はい。では失礼します」
真由美はまだ帰宅していない。とっくの昔に帰ったものと思っていたが、妙に思った御風は電話を切り、真由美がラナンとリエルを見送りに行った港に向かった。
*
結局、御風は真由美を発見できず、仕方なく帰宅して翌日を迎えた。朝になってから真由美の家に電話を掛けてみたが、まだ帰っていないらしい。真由美の携帯電話にも掛けてみたが、同じだった。
そして、学校にも来ていない。
「竹本。片平が昨日から帰っていないそうだが、お前何か知らないか?」
ホームルームの時間。御風は木下から聞かれたが、
「……いえ、何も」
と答えるしかなかった。
「……まぁいい。他の連中も、片平がどこに行ったのか知っていたら、あたしに言え。以上だ」
何か知っていたら言いに来るように木下が言い、ホームルームは終わった。
「木下先生」
「ん?」
「……こちらへ」
しばらくしてから、御風は木下に言いに行った。
「やっぱり何か知っていたんだな?」
「はい」
「よし。じゃあお前が知ってること、全部話せ。本当に全部だ」
「全部ですか? きっと先生が驚くことばかりになると思いますが……」
「話せ。一つでも隠し事をすれば、すぐわかるからな」
「……では……」
あの場では話せないことだったので、人気のない教室に木下を連れ込み、昨日の夜のことを包み隠さず全て話す。ラナンとリエルの正体についても、全て。木下は特に驚くこともなく、冷静に御風の話を聞いていた。
「……その吸血鬼の母娘が、片平を連れ去った可能性は?」
「ありません。あの二人は信用できます」
「なるほどな。じゃあ今から、ちょっとその港に行って調べてくる」
「私も連れていって下さい! 真由美がどこに行ってしまったのか、気になって気になって……」
「……いいだろう」
木下は御風の同行を許可し、大至急港に向かった。
*
「ここか……」
港に着いた二人。木下は服のポケットから、白い一枚の紙を取り出した。
「先生。それは?」
「ちょっと黙ってろ。集中するから」
木下は御風の質問に答えず、目を閉じて紙を自分の額に当てた。
木下は表向きは教師だが、実は討魔協会という魔物や異能者専門の組織から派遣された、討魔術士という法術士である。この紙は周囲の残留思念を読み取るために作られたもので、木下は集中して思念を集める。
(残っているはずだ。片平の思念が)
一通り周囲の思念を集め終えた木下は、今度は集まった思念の中から目的の思念を探し出す作業に入る。
「……チッ。こいつは厄介だな」
「何かわかったのですか?」
「ああ。片平は誘拐された。ここにいた吸血鬼の母娘と、サキュバスも一緒にな」
「えっ?」
木下は探し出した思念をさらに分析し、ここで何が起きたのかを突き止めた。
「犯人はウォーリー・ヴィクトリア。世界中の女の魔物を拐って回ってるっていう、変態野郎だ。片平を拐ったのは、恐らく手違いだな。早く助け出さないと片平は殺される」
「真由美が!?」
「奴は女の魔物にしか興味がない。人間の女はすぐ殺す」
「そんな……どうしてそんなことがわかるんですか? 先生は一体……」
「詳しい話は後で必ずする。それより、今はウォーリーを捜す方法だ」
ウォーリーは協会でもかなり早い段階から危険人物としてマークしていたが、非常に用心深い男で常に移動を繰り返しており、捕まえられないでいる。木下は残留思念を読み取ることで犯人がウォーリーであることを突き止めたが、そこまでだ。アジトを突き止めることまではできない。
「真由美……」
御風は目を閉じて、真由美の無事を祈る。木下はそれを見て、御風は本当に真由美が好きなのだと思った。
「……そうだ。いい考えがある」
ふと、木下はウォーリーのアジトを突き止め、乗り込む方法を考案した。
「竹本。お前そのまま、片平のことを強く想え」
「えっ?」
「片平がまだ生きてるなら、同じようにお前を想ってるはずだ。それを利用して、あたしが片平の居場所を割り出す」
互いが互いを強く想うなら、その想いは必ず繋がる。繋がった想いの糸をたどり、真由美の居場所を見つけ出す作戦だ。
「本当にそんなことができるんですか?」
「これをやるのはあたしも久しぶりだが、お前らの絆が本物なら間違いなくできる」
「……二人の愛が試される時が来たのね……わかりました。お願いします」
御風は最初嬉しそうに呟き、木下に依頼した。
「よし。じゃあ、始めるぞ!」
木下が言った瞬間、御風はより一層強く真由美の事を想った。真由美を助けたい。真由美を連れ戻したい。また真由美と一緒に愛し合いたい。真由美、真由美、真由美!!
木下は神経を張り巡らせ、二人の絆の糸を辿ることに努める。うまく二人の想いが繋がれば、木下の頭に真由美がいる場所のヴィジョンが浮かぶはずだ。
そして、
「……見つけた!」
とうとう木下の頭の中に、真由美がいる場所のヴィジョンが浮かんだ。
「これは、ロボット?」
木下が見たのは、二足歩行する巨大なロボットだった。さらに絆の糸を辿ると、ロボットの中に真由美が、そしてウォーリーに捕らえられたとおぼしき、魔物の女性達が見えた。
(なるほど。常に移動を繰り返していたのはこういうわけか……)
同じく協会がマークしていたウォーリーの兄、ウォレスと全く同じ手口である。好みは違うが、やはり兄弟らしくやる事は同じなようだ。
(ん?)
ウォーリーの居場所を正確に割り出すため、再びロボットの外観を見る木下。ふと、このロボットが向かう先が見えた。何かがある。空間がぼやけていてよくわからないが、恐らくこれはウォーリーの隠れ家。捕獲してきた魔物達を集めておくための場所だ。
と、木下はなぜまだ真由美が生きているのか気になり、真由美の心を読み取った。
(片平にサキュバスとの契約を破棄させるために、一日待ってるのか)
エメと契約していたのが幸いした。少なくとも、今夜まで殺される事はない。それがわかって、木下は術を解いた。
「奴の居場所がわかった。うまくやれば、奴が今まで拐ってきた魔物達も助けられる」
「本当ですか!?」
「ああ。今夜準備を整えて片平を助けに行くから、お前は家で待ってろ」
「私も行かせて下さい」
「おいおい。さすがにあそこに乗り込んだら、お前死ぬかもしれないぞ?」
「こうなったことは、私に原因があります。だから、真由美は私の手で助けたいんです」
あの時一緒に行っていれば、真由美が変態に捕らえられる事はなかった。その事を、御風はずっと悔やんでいるのだ。自分の手で助けて、真由美に謝りたい。
「……仕方ねぇ。お前も来い」
「ありがとうございます!」
御風のおかげでウォーリーのアジトが見つけられた以上、木下もあまり強く言う事ができず、仕方なく許可した。御風は礼を言う。
(待っててね、真由美!)
勝負は今夜だ。
*
「くっ……壊れない……!!」
真由美はエメと力を合わせて、鉄格子を揺り動かしたり、叩いたりしてみるが、全く壊れない。
「駄目ですわ……」
ラナンとリエルも檻を壊そうとしてみたが、噛みついても引っ掻いても、体当たりしても傷一つ付かなかった。
「諦めた方がいいわ」
「そうよ。私達もずっと前に試したけど、壊せなかったんだもの」
周りにいるハーピーや人魚、ドラゴンの娘などが真由美達に諦めるよう言う。
「絶対諦めない!!」
しかし真由美はそれに耳を貸さず、ひたすら檻を破壊する作業を続ける。
その時だった。突然彼女達が見ている風景が変わったのだ。先ほどよりももっとたくさんの檻が並んでいる、地下室のような場所だ。真由美は反射的に理解する。ここはきっと、ウォーリーの隠れ家だ。自分達は先程まで、いわば輸送されているような状態にあり、今目的の場所に着いたのだと。
しばらくして、ウォーリーがやってきた。
「長旅お疲れ様。そしてようこそ。僕の屋敷へ」
ウォーリーが入ってきた瞬間、囚われていた魔物達が、一斉に助けを求め始める。ここから出して。ママのところに帰して。助けて。悲鳴のような声を上げ続ける魔物達。
「どうだい素晴らしいだろう! 僕が二年もかけて集め続けた、自慢のコレクション達さ!」
とうのウォーリーは彼女達の悲痛極まる声を楽しそうに聞き、新しいコレクション達に自慢した。
「狂ってる……狂ってるわ! あんた!」
真由美は狂気を感じながらも、ウォーリーがやっている事を批判した。
「人間の女に理解してもらおうとは思わないよ。ところで、もう契約は破棄したかい?」
ウォーリーはうんざりするように、真由美に尋ねた。
「しないわ。あんたの言う事なんて、絶対に聞かない」
「……タイムリミットまで、まだあと三時間ほどある。死にたくなかったらそれまでに契約を破棄するんだな」
残り時間が少ない事を告げて、ウォーリーは部屋から出ていく。間もなくして、人型のロボットが何台か入ってきた。どうやら、コレクション達の食事などのケアを行うための用途で造られたものらしい。ロボットは真由美とエメが入っている檻の前にも、食事を持ってきた。安物の袋入りゼリーだ。
「最後の晩餐ってわけ?」
真由美はゼリーを掴み取ってそれを不愉快そうに見ると、怒りに任せてロボットの顔に投げつけた。あんな最低野郎が用意したものなんて、水一杯もいらない。ゼリーはロボットの顔に当たって床に落ち、ロボットは何事もなかったかのように去っていく。
「あと、三時間……」
エメは呟いた。三時間後までにここから逃げなければ、真由美は殺されてしまう。無理だ。とても間に合わない。
「……」
真由美の顔にも、緊張感がにじみ出ていた。
*
「結局間に合ったのはあたしらだけか」
木下と御風は、ウォーリーの隠れ家の前にいた。相変わらず、空間がぼやけていて全容がわからない。恐らく、光学迷彩か何かでも使っているのだろう。協会から応援を要請したが、二人が一番早く到着した。時間が惜しいので、すぐに突入する。
「竹本。覚悟はいいな?」
この中はウォーリーのホームグラウンドだ。どんな罠が仕掛けてあるか、わかったものではない。これより先は死地である事を教え、それでも進む覚悟があるか、木下は御風に問いかけた。
「無論です。下がれと言われても、私は絶対に引き下がりません」
御風にとっては愚問だった。なぜなら、この中には最愛の人がいるから。最愛の人を、自分の手で助け出したいから、御風はここに来たのだ。
「わかった。そこまで言うなら、もう止めない。ああそれから、ウォーリーは殺すなよ?」
御風は頭にきている。本当なら、ウォーリーを八つ裂きにしてやりたい。だが、ウォーリーからはまだ、他に捕らえている魔物の情報を引き出さなければならないのだ。ウォーリーのコレクションが、ここにいる者達だけとは考えにくい。
「わかっています」
「ならいい。よし、行くぞ!」
「はい!」
真由美を、捕らえられた者全てを救うため、二人はウォーリーの屋敷に突入した。
『侵入者有り!! 侵入者有り!! 直ちに迎撃態勢に入れ!!』
入った瞬間、屋敷が姿を現す。その直後にけたたましいサイレンが鳴り響き、銃を持ったロボット達が迎撃に出てくる。
「はっ!! やっ!!」
御風は姫百合を抜き放ち、銃弾を弾きながらロボット兵を次々に斬り倒していく。通常の日本刀なら最初の一体を倒しただけで刃こぼれを起こしているだろうが、姫百合は通常の日本刀の三百倍の強度と切れ味を持つ超が付く名刀だ。鋼鉄製のロボットであろうと、難なく斬り裂ける。
「ふっ!!」
木下の武器は籠手だ。ただの籠手と侮るなかれ。頑丈なロボット兵が、どんどん殴り倒され、砕かれている。木下は探知の術だけでなく、肉体強化の術にも長けている。あとは弾幕をすり抜け、殴り倒すだけだ。
「ここはあたしに任せろ!! お前は片平を!!」
「はい!!」
木下は雑魚の相手を引き受け、御風は真由美を捜しに行った。
*
「やれやれ、侵入者か。本当に嫌になるね」
ウォーリーはそう言いながらも、特に焦っている様子はなく、地下に向かう。今はコレクションの方が大事だ。
「時間だよ。契約は破棄したかい?」
真由美の前にたどり着いたウォーリーは、再度、真由美に契約を破棄したかどうか尋ねる。
「何度も言わせないで。あんたの言う事なんて、絶対に聞かない!!」
真由美の答えは変わらなかった。ウォーリーの命令には絶対に従わない。最後まで抗う。怖くて堪らなかったが、真由美は勇気を奮い起こす。御風が同じ立場だったら、きっとこうしたと思うからと。
「そうかい。なら君には、死んでもらうよ。もう少し賢いと思ったんだけどね」
ウォーリーは懐から拳銃を取り出した。
「契約を破棄しても、私を殺す気だったくせに!!」
「あれ、わかっちゃった? だって顔見られちゃったんだもん。口封じしなきゃ」
リエルの予想通りだった。契約を破棄しようがしまいが、どのみちウォーリーは真由美を殺すつもりでいたのだ。
「真由美ちゃんを殺すなら、アタシも殺しなさい!! アンタなんかのコレクションになるくらいなら、喜んで死を選ぶわ!!」
「エメちゃん!!」
その時、エメが真由美を庇うために飛び出した。
だが、
「……」
ウォーリーはもう一丁拳銃を取り出し、躊躇わずにエメを撃った。
「う、あ……」
「エメちゃん!!」
「エメお姉様!!」
「エメちゃん!!」
崩れ落ちたエメを真由美が受け止め、ラナンとリエルが檻の中から叫ぶ。
「これ、魔物用の麻酔銃。せっかくのコレクションを傷付けたくないからあんまり使いたくないんだけどさ、暴れる魔物を大人しくさせるために持ってんの。あと最低でも一時間は、僕の邪魔はできないよ」
殺したわけではなく、眠らせただけだ。しかし、これでもうエメは、真由美の盾になれない。
「美しい友情を引き裂くようで心が痛むけど、死んでくれ。邪魔だから」
大して痛んでないという風を見せながら、再び実弾の方の拳銃を真由美に向けるウォーリー。万事休す。絶体絶命。もう助からない。
(御風!!!)
真由美は目を閉じて、心の中で強く最愛の人の名前を呼んだ。
「!!」
次の瞬間、ウォーリーは背後から強い殺気を感じ、後ろを振り向いて発砲した。しかし、それはそこに立っていた少女の刀に、いとも容易く弾き飛ばされる。
「私の恋人に、これ以上怖い思いをさせないでくれないかしら?」
「御風!!」
「お待たせ、真由美」
御風だ。御風が間一髪で間に合ったのだ。
「お前、誰だ!? 一体どこから入り込んだんだ!? 外の警備は何をしている!?」
「私は竹本御風。今言った通り、そこにいる片平真由美の恋人よ。外の兵士は、木下先生に相手をしてもらっているわ」
「木下先生も来たんだ……」
御風はウォーリーの矢継ぎ早な質問に、丁寧に答えた。
「返してもらうわよ。あなたが手に入れたもの、全て」
「返してもらうだって? やなこった! ここにいるのは全部僕のコレクションだ!! お前みたいなやつに渡してたまるか!!」
逆上したウォーリーは、実弾と麻酔弾の二丁拳銃を、両方御風に向けて発砲する。御風はそれら全てを姫百合で斬り払い、ウォーリーの拳銃は弾切れを起こした。
「木下先生から止められてるから、殺しはしないわ。でもね、手足の一本くらいは覚悟しなさい!!」
御風は駆け出す。殺すなとは言われたが、傷付けるなとは言われていない。殺しさえしなければ、どんな怪我を負わせても構わないのだ。半殺しでも。
「くそっ!!」
しかしウォーリーはズボンのポケットから何かを取り出し、床に投げつけた。何かは炸裂し、猛烈な煙を発生させる。御風は立ち止まり、煙を吸わないよう口と鼻を片手で塞いだ。煙はすぐに消えてなくなり、ウォーリーの姿もまた消えていた。
「……真由美!! 今出してあげるわ!!」
逃がした。だが今はウォーリーを追うより、真由美達を救出する方が先だ。御風は素早く駆け寄り、檻を斬りつける。真由美達が何をしても壊せなかったあの頑丈な檻が、簡単に破壊された。
「御風!!」
「真由美!!」
二人はようやく再会し、抱擁を交わす。
「怖かった……怖かったよぉ……」
「ごめんね、怖い思いをさせて。もう大丈夫よ」
真由美は緊張の糸が切れて、泣き出してしまう。御風はそんな彼女を安心させるように、優しく背中を撫でた。
「エメちゃんは?」
「さっきの奴の麻酔で眠ってる」
「……そう。よかった……」
エメが真由美のそばで倒れているのには驚いたが、眠っているだけで命に別状はない。
「御風お姉様!! あれを!!」
ラナンが檻の中から、何かを指差している。御風が見ると、そこにはドアがあって、開きっぱなしになっていた。きっとウォーリーは、あそこから逃げていったのだ。
御風は姫百合を振るって全ての檻を破壊し、囚われていた魔物達を解放する。
「ラナンちゃん、リエルさん。真由美とエメちゃん達をお願い」
「はい!」
「わかりました」
「真由美。あの男を片付けたらすぐ戻ってくるから、待っててね」
「うん。あいつをやっつけて!」
「もちろん!」
御風はラナンとリエルにこの場を任せると、ドアを抜けてウォーリーを追いかけていった。
*
「ここは……?」
ドアを抜けた先にあったのは長い階段。その階段を一番下まで降りて、また開けっ放しになっていたもう一枚のドアを抜けると、そこにはとてつもなく広大な空間が広がっていた。辺りには、様々な機械が転がっている。どうやらここは、格納庫のようだ。一番奥には、巨大なロボットがいる。
すると、天井が左右に開き、ロボットがいる足場が上に競り上がっていった。リフトだ。
「ちっ!!」
ウォーリーはあれに乗っているに違いない。御風はロボットを追いかけようとしたが、それを阻むようにしてロボット兵が沸き出し、マシンガンで攻撃してきた。
「修羅十文字!!!」
鬱陶しかったので、修羅十文字を放ってまとめて吹き飛ばす。ロボット兵は全て吹き飛んだが、肝心のロボットは修羅十文字が当たる前に上に逃げてしまった。
「逃がさない!!」
御風はすぐに、ロボットを追いかけていった。
*
「ふう。思ったより、手応えなかったな」
木下の奮闘により、地上の制圧は完了していた。あとはウォーリーを拘束しているはずの御風と合流し、協会の部隊の後続の到着を待つのみ。
そう思っていた時だった。
「な、何だ!?」
突如として大地が激しく揺り動き、屋敷の敷地の一部から、巨大なロボットが出てきた。御風の愛を借りて見た、あのロボットだ。
「僕の屋敷で、よくも好き勝手やってくれたな!!」
ロボットからウォーリーの声が聞こえる。警備のロボット兵に任せればいいと舐め腐っていたが、予想以上の強敵とわかって主自ら手を下しに来たのだ。
「このエレガントウォーリーで、叩き潰してやる!!」
激怒したウォーリーはロボット、エレガントウォーリーを駆って木下に襲い掛かった。
このエレガントウォーリーは、背中から先端にチェーンソーが取り付けられたアームが二本と、ブレードが取り付けられたアーム二本を伸ばしてきた。本体も拳を振るい、頭部に搭載されたバルカンも使って、木下を徹底的に攻撃する。
「くっ!!」
それを避けていく木下。エレガントウォーリーの攻撃はとても大振りなので、回避自体は難しくない。
「はぁっ!!」
隙を突いてエレガントウォーリーのボディーを殴りつける木下。
(硬い!!)
ロボット兵を簡単に粉砕してしまう木下の拳を受けたにも関わらず、エレガントウォーリーの装甲はへこみもしない。ぐずぐずしているとアームが襲ってくるので、すぐ離れる。かわして今度は連続で何発も殴るが、ダメージは与えられなかった。
「木下先生!!」
そこに御風が駆け付け、姫百合を振るう。だが、御風の攻撃でも、エレガントウォーリーには傷一つ付けられなかった。
「無駄だ!! その程度の攻撃力で、僕のエレガントウォーリーは破壊できないぞ!!」
「うるさい!!」
御風は跳躍し、アームの上を駆け抜け、エレガントウォーリーの頭部を斬り付けたが、逆に頭突きを喰らわされて吹き飛ぶ。このエレガントウォーリーの装甲は、魔物達を捕らえていたあの檻よりも、遥かに頑丈なのだ。
「竹本!!」
木下が受け止め、御風はどうにか着地に成功した。
「そんな小さな剣一本で、僕相手に何かできるわけないだろう!!」
圧倒的な防御力と攻撃力を見せつけ、勝ち誇るウォーリー。
「そうかしら?」
御風は口の中に溜まった血を吐き捨てる。彼女の闘志は、まだ折れていない。
「今から見せてあげるわ。何ができるか」
御風の全身から、青い炎のような気が吹き出す。修羅十文字を叩き込んでやるのは簡単だ。しかし、もうそれでは御風の気が済まないし、ウォーリーを殺してしまう可能性がある。だから御風は、奥の手を使う。姫百合の柄を親指でずらした。その下には、赤いスイッチが付いていて、それを押してから、ずらした蓋を閉める。
「切り裂いてやる!!」
エレガントウォーリーのチェーンソーが迫る。だが御風は、そのチェーンソーを姫百合で真っ二つにした。
「な、何!?」
さっきまで御風の姫百合は、エレガントウォーリーの装甲を斬れなかった。それなら、装甲と同じ硬さのチェーンソーを切断できるはずがない。
「竹本!? 一体何をしたんだ!?」
「二ヶ月ほど前まで、私の姫百合は、頑丈でよく斬れるだけの、ただの刀でした」
だが吸血鬼母娘のような人外の存在を知り、このままでいいのかと思い始めたのだ。このままで、真由美を守れるのかと。もちろん鍛練は欠かしていない。しかし、いくら御風が強くなっても、それだけでは限界がある。そこで、武器の方を強化するという方法を思い付いた。
「姫百合の刀身から下を、高周波ユニットに変えたんです」
これにより、姫百合は御風の気をエネルギー源として刃を振動させる高周波ブレード、姫百合改へと生まれ変わったのだ。今、ユニットを起動するためのスイッチを押した。元々常軌を逸する切れ味を持つ姫百合が高周波ブレードになれば、その切れ味は飛躍的に上昇する。
「くそ~!! 舐めるなァッ!!!」
残った三本のアームを振り回すエレガントウォーリー。御風は二本目のチェーンソーを斬り裂いて、跳躍。
「二階堂平法中伝、八文字」
八の字を描くように姫百合改を振るい、残った二本のアームも斬り落とす。
「うわああああああああ!!!」
バルカンで攻撃するが、御風はことごとく弾きながら着地し、駆け出す。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
エレガントウォーリーの右足を、姫百合改を振り回しながら駆け上がり、走りながら斬り裂いて解体していく。
そして、
「あ、あ……」
エレガントウォーリーは見る影もない無惨な鉄屑へと姿を変え、自分を守るものが何もなくなったウォーリーの喉元へと、御風は姫百合改の切っ先を突き付けた。
「宣言通りよ。私はあなたを殺さないわ。でも、手足を斬り落とされたくなかったら、私の言う事に従いなさい!」
「は、はい……」
御風の凄まじい気迫に圧され、遂にウォーリーは降伏した。
*
その後、駆け付けた木下の同僚達にウォーリーは拘束され、捕らえられていた魔物達は助け出された。順次、元いた場所に帰される事になっている。
「本当に、ありがとうございました」
リエルは御風に礼を言う。
「もう行ってしまわれるんですか? あんな事があった後ですし、少しくらい休んで行かれても……」
「いえ、これ以上ご迷惑は掛けられません」
リエルとラナンは、このまま故郷に帰るらしい。名残惜しいが、元々別れるつもりだったのだから仕方ない。
「皆様、お元気で!」
「重ね重ね申し上げます。本当にありがとうございました!」
自分達を救ってくれた事。見送ってくれた事に心から感謝し、二人は一陣の風と共に消えた。
「……行っちゃったね」
「ええ」
三人は、二人が去った跡を見つめている。エメの身体に、麻酔の後遺症は残っていない。
「エメちゃん、私の中に戻っていいよ。疲れたでしょ?」
「……うん。そうさせてもらうね」
エメが何だか疲れきった顔をしていたので、真由美が自分の中に入れて休ませる事にした。
「もう少ししたら私達も帰してもらえると思うから、待っててね」
「うん」
御風は真由美の肩を抱いて座る。
しばらくして、捕まっていた魔物達の保護が完了し、御風と真由美は帰してもらえた。
*
四月。始まりの季節、春。今日は、桃華宮女子校の始業式だ。
「……」
真由美は校門の前で、舞い散る桜を見ながら、ぼーっと突っ立っていた。
「ま~ゆみっ!」
「うひゃっ!?」
背後から気配も感じさせずに現れた御風に太ももを撫でられ、真由美は飛び上がった。
「み、御風!?」
「何してるのこんなところで?」
「……別に、桜を見てただけだよ」
「そう? もうすぐ学校始まっちゃうから、急いだ方がいいわよ」
そう言って、御風は先に歩く。だが、真由美は動かない。
「真由美?」
ついてこないのを変に思った御風が振り向く。
「……あの変態に殺されそうになった時、すごく怖かった。自分が死ぬ事よりも、御風ともう二度と会えなくなるって事が」
だが、真由美は死ななかった。御風が助けてくれたのだ。おかげでこうしてまた、御風に会う事ができる。
「もう一年御風と一緒にいられるんだなって思うと、すごく嬉しい」
今年で二人は三年生だ。もう一年間、御風と一緒に高校生活ができると思うと、真由美はとても嬉しかった。
だが、御風は尋ねる。
「一年だけ?」
「……えっ?」
「真由美は私と、たった一年しか一緒にいたくないの?」
「……あっ……!」
真由美は質問の意味を理解した。一年だけじゃない。卒業してからも、大人になってからも、御風は一緒にいる。それなのに、たった一年で満足していいのかと訊いているのだ。
「もう真由美をあんな目に遭わせたりなんてしない。今まで以上に一緒にいて、あなたを守る」
御風はそのまま、真由美のそばまで歩いてきて、
「幸せにするわ。真由美」
真由美に口付けをした。真由美は驚いたが、周囲には誰もいない。まるで世界が空気を読んで、二人のための時空を作ってくれたかのようだ。安心して、舌を絡ませ合う。
と、そこでチャイムが鳴った。
「大変! 行きましょ!」
「うん!」
吹きすさぶ春の嵐の中。二人の少女は、自分達の学舎へと走っていった。
というわけで、だいぶ長くなりましたが、御風激闘伝もこれで終了です。自分的にはかなり満足できる終わりになりましたね!
では、またいつかお会いしましょう!