テンプレ通りに「ざまぁ」を書いたはずなのに悪役令嬢が怖くなった話
テンプレ通りに「ざまぁ」を書いたはずなのに今度はヒロインが怖くなった話
タイトル通り『テンプレ通りに「ざまぁ」を書いたはずなのに悪役令嬢が怖くなった話』の続きです。やっぱり女は怖い。
リスプ公爵家の大広間では、主のリスプ公爵がゆううつな顔をしていた。
「おのれフォートラン公爵め! 娘のエイダが王太子妃になってからというもの、我が物顔で王宮にのさばりおって! あのドヤ顔を見ると虫酸が走るわ!」
顔のレベルはリスプ公爵も似たようなものだが、それを口にする勇者はその場にはいなかった。
「さよう、事あるごとに『フォートラン家はジャバ王国で最も歴史がある貴族』と吹聴しておりますな。歴史ではリスプ公も負けていないというのに」
リスプ派のパスカル男爵が追従した。もっともこの場に集まっているのは、リスプ派の貴族だけだ。
「全く、フォートラン派の横暴は目に余りますな」
「実にけしからん。何か手を打たねばなりませんな」
「しかし妙案はありますかな?」
リスプ派の貴族たちが口々に発言した。しかし議論は先に進まなかった。誰も『妙案』を持っていなかったからだ。
「いまいましい! だがうかつには手を出せん。エイダ妃は世継ぎのベーシック王子を産み、良妻賢母と評判が高い。あの脳筋王太子が曲がりなりにも務めを果たせているのは、エイダ妃が陰で操っているからだ。両陛下は今はエイダ妃を重宝しているが、いずれは国を乗っ取りかねん毒婦だ!」
リスプ公爵のエイダを見る目は確かだった。が、自分も同じことをやろうとしていたことを、すぐに忘れるところはお馬鹿さんである。
「何かいい知恵はないものか?」
リスプ公爵の言葉に、貴族たちは全員下か横を向いてしまった。
この馬鹿な大人たちを冷やかな目で眺めていた人物がいた。リスプ公爵家の令嬢シープラである。
実はシープラはリスプ公爵の娘ではない。リスプ公爵がパスカル男爵家から養子に迎えたのだ。だがシープラはパスカル男爵の娘でもない。シープラは孤児院で育った。
シープラは孤児院の前に捨てられていた赤ん坊だった。本当の両親も名前もわからない。普通なら不遇の子供として不幸な人生を歩んだのだろう。だがシープラは普通ではなかった。
シープラは一歳で自由に言語を使い、大人と会話が出来た。二歳で算数を理解し、簡単な計算が出来た。この早熟すぎる子供を、周囲の大人たちは奇異な目で見た。神童と言う人間もいれば、悪魔の子と言う人間もいた。
そんなシープラが世間から一目も二目も置かれるようになる事件が六歳のときに起きた。国王に商人から純金製の冠が献上されたことがあった。王室御用達になりたくての賄賂だったが、純金製かどうか、疑惑が出てきた。国王は御用学者たちに鑑定を命じたが、学者たちは困った。冠を傷つけるわけにはいかない。本物だったら責任がとれない。彼らは比重を調べることを思いついたが、複雑な装飾を施した冠の体積をどうやって計算したらよいのかわからない。それを聞いたシープラが、冠を水で満たした水槽に沈めて、溢れた水で体積を計る方法を提案したのだ。この方法により冠は偽物であることが証明され、商人は国外に追放された。
この功績により、シープラは特別に高等教育を受けることを許された。だが入学した学校でいきなり問題を起こした。授業で重い物ほど速く落ちると教えた教師に、全ての物は同じ速さで落ちると異論を唱えた。シープラの異論は次のようなものであった。
重さが十の球と一の球があるとする。重いものほど速く落ちるのなら、十の球は十の速さで、一の球は一の速さで落ちるはずである。ではこの二つを接着したらどうなるか? 十の球は十の速さで落ちようとするが、遅く落ちる一の球に引っ張られて、十より遅い速度で落ちるはずである。しかし全体で見れば重さは十一だから、十一の速さで落ちるはずである。明らかに矛盾している。
このシープラの異論に教師どころか御用学者たちも反論ができなかった。学問ならば実験で決着をつけるべし。シープラにそう言われて、塔の上から重さが違う鉄の球を落とす実験が行われた。実験の結果、シープラの言う通り、重さが違う球は同じ速度で落下した。
なぜ同じ速度で落下するのか? 教師や学者たちは当然わからなかった。シープラはこう説明した。確かに重いものほど落下する力は大きいが、重いものほど動かすのに大きな力がいる。その結果、重さの違いは相殺されて、落下する速度は同じになる。では紙や羽はどうなるのか? シープラは空気抵抗だと説明した。風に当たれば体が押されることからわかるように、動くものは空気の抵抗を受ける。紙や羽など極めて軽いものは、空気の抵抗により速度が遅くなる。しかしある程度重いものは、落下する力が大きいので、空気の抵抗がほとんど効かない。この説明には誰も反論できなかった。
こんな出来事が数回続き、シープラは大賢者の生まれ変わりと言われるようになった。シープラは本当は高貴な身分の者の子供ではないか、などという噂も立った。シープラ本人はおくびにも出さなかったが、周囲の人間を馬鹿にしてこう考えていた。
『アルキメデスやガリレオの真似をすればチヤホヤされるんだもの。異世界チートなんて楽勝よ』
そう、テンプレ通り、乙女ゲームのヒロインのシープラも転生者だった。
そのシープラも、正直、今の状況には戸惑っていた。
『おかしいわね。な○うのテンプレだと、断罪イベントで逆に王子が追い落とされるはずなのに。分不相応と言われないように、パスカル男爵家を踏み台にしてリスプ公爵家の養子になったし、公衆の面前を避けて断罪するよう王子をたきつけたのに。悪役令嬢対策は万全だったはずよ。まさか色仕掛けで既成事実を作って、かかあ天下で「ざまぁ」するなんて。ゲームにはそんなルートは無いはずなのに』
シープラは前世でゲームをプレイしただけではなく、な○うも読んでいた。洪水のような悪役令嬢物のテンプレたちを読んでいた。ゲームの世界に転生したと気づいたとき、な○うのテンプレも思い出した。前世でリケジョだったシープラは、テンプレを冷静に分析した。ヒロインたちの失敗の原因は慢心にある。しょせんはゲーム、ストーリーにリアリティが乏しい。要するに話に無理がある。その無理に疑問を抱かなかったヒロインたちは、シープラから見ればお馬鹿さんだった。そこでシープラは入念に悪役令嬢対策をとった。
ゲームではシープラはパスカル男爵家の令嬢となっている。しかし爵位が一番低い貴族が王族、しかも王太子と結婚するなんて無理がある。そこでシープラは色々と手を回して、パスカル男爵家を踏み台にしてリスプ公爵家の令嬢になった。公爵は爵位が一番高い。ゲームでもシープラは孤児院育ちだが、心優しいパスカル夫妻に引き取られたという設定になっていた。だが現実は、シープラの才能に目をつけたパスカル夫妻に手駒として引き抜かれたのだ。パスカル夫妻は損得勘定で動いたのだ。シープラは夫妻に恩も義理も感じていない。むしろ嫡男のプロログが期待外れで困っていたリスプ公爵に恩を売らせてやったのだから、パスカル夫妻から感謝されてもいい、そう考えていた。リスプ公爵はプロログの妻にコボル王女を迎えて王家との関係を強化したかったのだが、プロログが残念すぎる人で、どう考えても婚姻が成立しそうにない。それならシープラを養子に迎えて、エイダを追い落として脳筋王太子と結婚させよう。シープラは巧みにリスプ公爵にそう吹き込んだ。
それゆえ、シープラは困った立場に立たされていた。自分に利用価値が無くなれば、傲慢な貴族たちはうさ晴らしに自分にどんな仕打ちをするかわからない。シープラはなんとか自分の価値を証明しなければならなかった。
「父上、いい知恵があります」
リスプ公爵は、残念な息子のプロログの発言に嫌な予感を覚えたが、発言を許すことにした。
「言ってみろ」
「王太子妃付の侍女から聞いた話ですが」
プロログは残念な人だが、王宮の女性たちには意外と人気がある。玉の輿を狙えるからだ。それに母親に似たのか、プロログは顔だけはいい。だが顔しか取り柄がない。王族という身分と剣術という取り柄がある分、王太子の方がマシだ。プロログはジャバ王国の残念な人のワースト一位だ。二位はもちろん王太子だ。
「王太子妃はシッケンとかいうものを検討しているそうです」
「シッケン? それは何だ?」
「なんでも王様を補佐する偉い人らしいです」
「それがどうした?」
「父上がシッケンになれば、フォートラン公を見返せます」
リスプ公爵は発言を許したことを後悔した。
「おまえは馬鹿か? 考えたのはエイダ妃だろう。フォートラン公がシッケンになるに決まっている。私ではなく自分のためにシッケンとかいう地位を作るに決まっている。私には悪い知らせだ」
「そうですか。残念だな」
残念なのはおまえだ、リスプ公爵はそう考えた。だがシープラは違うことを考えていた。
『シッケン? ひょっとして鎌倉幕府の執権のこと? そうか、やっぱりエイダは転生者なのね。予備知識で破滅フラグを回避して、北条政子を気取っているのね。それなら私が淀殿のように、奈落の底に落としてあげるわ』
シープラは思わず口元が笑いでほころびそうになったので、扇子を拡げて口元を隠した。ちなみにこの世界で扇子を『発明』したのはシープラだ。ジャバ王国の貴族の間では扇子が流行していた。
「お父上、私にも考えがあります」
リスプ公爵はシープラに、プロログよりはマシな期待を抱いた。
エイダは突然、国王になぜか謁見の間に呼び出された。行ってみると、国王夫妻と夫、義理の妹、そして国の重鎮達が揃っていた。しかも全員の表情が険しい。エイダは自分に怒りが向けられていることを、否応なく感じた。しかし心当たりが全くない。
「お父上、参りました。どのようなご用でしょうか?」
国王は表情を変えず、一枚の紙を差し出した。
「これを知っているか」
エイダは直接紙を受け取ろうと前に出ようとしたが、国王のそばにいた役人に止められた。エイダは役人の手を介して紙を受け取った。それは写真だった。国王夫妻と夫と妹、そして自分と息子が写っている白黒写真だ。エイダはこの写真を撮影したことを覚えていた。
錬金術師から国王にカメラが献上されたとき、エイダはびっくりした。まさか中世のヨーロッパによく似た世界に、カメラが存在するとは思っていなかった。事実、国王もびっくりしていた。
錬金術とは、化学反応によって金を作ろうとする試みである。現代では金は元素であり、化学反応では作れないことがわかっている。しかしそれを知らなかった時代のヨーロッパでは、錬金術が流行していた。あのニュートンまで錬金術にはまっていたのだ。それはこの世界も同じだった。
カメラを作った錬金術師は、銀を原料に金を作ろうと試みていた。もちろんそれは失敗したのだが、金の代わりに光が当たると色が変わる化学物質が出来上がった。その錬金術師は本来の目的をそっちのけにして、この化学物質を研究した。そして原始的なピンホールの白黒カメラの発明に成功したのだ。エイダはそう聞いていた。
「写真ですね。はい、存じております。これを撮影したときのことは覚えています」
「ではこれも知っておろう」
国王は役人の手を介して、さらに数枚の写真をエイダに渡した。その一枚目を見たとき、エイダは眉をひそめた。場所はどこかの屋敷の東家らしい。その外に自分が写っている。だがエイダはこの写真を撮影した記憶がない。それどころか写真に写っている場所すらわからない。
「いいえ、このような写真は撮った覚えはありません。場所もわかりません」
「次を見てもそう言えるか」
エイダは次の写真を見て驚いた。東家の扉は開いて、中からイケメンの若い男が手招きのようなしぐさをしている。それに向かってエイダが軽い駆け足で走っている。
「こんなものは知りませんし、していません!」
「まだあるぞ」
エイダは最後の写真を見た。東家の窓越しに中をのぞいた写真だった。ベッドに男が横たわり、自分が下着姿になっている。エイダは自分に不貞の疑いがかけられていることを悟って愕然とした。むろんこんなことはやっていない。一時的な感情で、自分の野望を危うくするような真似などしていない。
「これは事実ではありません! 悪意のある捏造です!」
「黙れ!」
国王は一喝した。
「絵であれば画家次第でどんな嘘でも描ける。だが写真はありのままの風景を写す物だ。捏造などあり得ん!」
「そんなことはありません。写真も捏造できます!」
「ではどうやって捏造をしたのだ?」
「それは……」
エイダは答えられなかった。真っ先に思い浮かんだのはデジタル編集だったが、この世界にはまだデジカメもパソコンもない。エイダは銀塩フィルムの知識を持っていなかった。
「それみろ、答えられぬではないか」
「お父上、話を……」
「黙れ! 貴様のような端女に父親呼ばわりされる覚えはないわ!」
国王はとりつく島もない。エイダは夫を見た。だが夫は強いショックを受けた表情をしていた。
「エイダ、おまえには失望した。まさか不義密通をしていたなんて」
「あなた、違います。私はそのようなことはしていません!」
「ベーシックも自分の子供かわからない」
「ベーシックはあなたの子供です!」
だが王太子は首を横に振った。エイダは狼狽した。自分は破滅フラグを回避したと思い込んでいたが、そうではなかった。しかも今度は悪役令嬢などという生易しいものではない。大罪人にされたのだ。婚約解消、いや離婚どころではすまない。
「衛士たち、この女を捕らえよ。地下牢につないでおけ。明日、公開で処刑する」
国王はエイダに期待と信頼を寄せていた。それだけに裏切られたときの怒りも大きい。国王の命令で近衛隊の衛士たちがエイダを取り囲んだ。エイダは恐怖に震えて動くことができなかった。
だが土壇場で思いがけない人物が発言した。
「父上、お待ちください」
発言したのはエイダの義理の妹、コボル王女だった。エイダはさらに恐怖を覚えた。というのも、コボル王女との関係は上手くいっていなかったからだ。コボル王女の重度のブラコンは有名だった。物心ついたころ時から、お兄様を連呼して兄の王太子の後を追いかけ回した。コボル王女はエイダにお兄様を横取りされたと思っているだろう、エイダはそう考えていたのだ。
「なんだ?」
「これは重大な事件です。もっと慎重に吟味すべきです」
恐怖に震えていたのはエイダだけではなかった。その場にはフォートラン公爵もいたのだ。王女は国王の怒りの火に油を注いで、自分も処刑させるつもりかもしれない。そう思ったフォートラン公爵は怯えた。だがコボル王女の言葉は意外なものだった。
「不義密通であれば、当然相手がいるはず。その相手は誰かわかっているのでしょうか?」
「……いや、わかっていない」
「その現場はどこかわかっているのでしょうか?」
「それもわかっていない」
「それでは不充分ではありませんか?」
エイダとフォートラン公爵はいぶかしく思いながらも、かすかな期待を抱いた。だがそれは、国王の言葉によって一瞬でつぶされた。
「そうだな。相手も一緒に処刑すべきだな」
「はい」
「よし。拷問でも何でもして、全てを吐かせてやろう」
エイダはショックで気絶しそうになった。そんなのは大げさな話だと思っていたが、自分自身が体験して、そうではないと知った。
「それには及びません。写真という決定的な手がかりがあるのですから。他に手段がないのならともかく、端女とはいえ不要に女を傷つけたとあっては、父上の威厳に傷がつくやもしれません。真相が明らかになるまで、牢に閉じ込めておくだけで充分でしょう」
コボル王女の言葉に、国王は一瞬考えた。
「うむ、おまえの言う通りだ。衛士たち、こいつを牢につないでおけ。ついでにこいつもだ」
国王はフォートラン公爵を指さした。
地下牢に閉じ込められたエイダは、まだ混乱していた。必死に冷静になろうとしていた。
自分は浮気をしたか? もちろんノーだ。ではあの写真はどうやって作られたのか? わからない。写真の知識がない自分が考えても無駄だ。ではなぜあの写真は作られたのか? 何者かが自分を陥れるためだろう。では誰の仕業か? もちろん敵だ。では敵は誰か? これもわからない。フォートラン公爵は権力者で、誰に恨みをかったか定かでない。では別の方法で犯人を特定できないか? 写真だ。写真を捏造できそうな人物は相当限られるだろう。真っ先に考えられるのは、カメラを発明した錬金術師だ。その錬金術師は誰だ? 知らない。
「これは姫殿下。なぜこのような場所に?」
扉の向こうから聞こえてきた看守の声に、エイダの思考は中断された。
「面会です。囚人と話があります」
「それでしたら私どもが囚人を引っ立てますので……」
「急いでいるのです。貴方たちは席を外しなさい。王族以外の者に聞かせられない話なのです」
「ですが姫殿下の御身に危険が及ぶやもしれません」
「それは無用の心配です。そうでしょう? マクロ、スクリプト」
エイダは声を聞いたときから、しゃべっているのはコボル王女だとわかっていた。マクロとスクリプトは王女付の侍女で、ボディガードも兼ねている。王女を守るためには殺人も辞さない、恐怖の殺し屋として騎士団の騎士たちの間でも恐れられている存在だ。
「御意」
マクロとスクリプトは無言の圧力を看守にかけたらしい。看守はそう言うと立ち去った。
コボル王女が地下牢の扉の狭い窓から顔を見せた。
「とんだ災難ね。不倫なんかしていないんでしょう?」
コボル王女の言葉に、エイダは飛びついた。
「はい、その通りです。お父上、陛下になんとかおとりなしを……」
「私、貴女のことが嫌いなの」
エイダの視界が真っ暗になった。
「でも安心して。無実の罪を着せるほど嫌いじゃないわ。それに嫌いなのは貴女だけじゃない。別の嫌いな人間を喜ばせるのはしゃくなの」
エイダはコボル王女の言葉に戸惑った。
「別の嫌いな人間とは、誰ですか?」
コボル王女はその質問に直接は答えなかった。
「あの写真を父上に見せたのは誰だか知っている?」
「……いいえ」
「リスプ公爵よ」
「リスプ公爵……」
エイダはリスプ公爵を知っていた。父親のフォートラン公爵とは犬猿の仲の政敵だ。確かに父親を陥れるためにやったとしても不思議ではない。だがエイダは、リスプ公爵のことをそれ以上は知らなかった。前世で自分がプレイしていたゲームでは名前しか登場しない脇役だからだ。
「カメラを発明した錬金術師は誰か知っている?」
「いいえ」
「シープラ・パスカル・リスプよ」
「シープラ・パスカル……!」
エイダはシープラを知っていた。ゲームのヒロインだ。確かゲームではパスカル男爵家の令嬢だったはずだ。だがなぜかこの世界ではリスプ公爵家の令嬢になっている。自分は予備知識を使ってゲームのルートから逸脱した。その余波が及んだのかもしれない、エイダはそう考えた。神の見えざる手がこの世界をゲームの世界に引き戻そうとしているのか?
「とりあえず時間は稼いだから、もう少し我慢して。北条政子さん」
エイダはさらに混乱した。コボルが北条政子を知っている? それはつまり、コボルが自分の前世を知っているということだ。
「マクロ、スクリプト、用は済んだわ。いくわよ」
「「はい」」
コボル王女たちは、エイダが問ういとまも与えず、立ち去った。エイダはより深刻な混乱に落とされた。
リスプ公爵家の大広間には、今度はリスプ公爵とシープラの二人だけがいた。
「あのときのフォートラン公の顔、おまえにも見せたかったな。写真に撮って保存しておきたかった」
リスプ公爵はとっておきのワインをグラスの中でまわしながら、シープラにささやいた。
「ご機嫌ですわね。父上に喜んでいただいて、私も幸せです」
「まさか写真が捏造できるとはな。シープラ、おまえはとんだ悪女だ」
シープラはふくれた表情を作ってみせたが、笑みは隠せなかった。
「心外ですわ。私は親孝行をしただけですのに」
「親孝行か。では悪女の父親の私は、それ以上の悪者か」
大広間にリスプ公爵の笑い声が響いた。
「唯一残念なのが、処刑がその場で決まらなかったことだな。コボル王女が不義密通の相手を探して、一緒に処刑すべきだと言い出したのだ」
「それは困りましたね。そんな人いないのに」
「大丈夫だ。その程度の捏造なら私にも出来る」
「ほら、父上もやっぱり悪ですわ」
「これは一本取られたな」
二人の笑い声が大広間に響いた。
続きは書きます。
I will be back.
…maybe,
……perhaps,
………I hope.