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卵生

作者: 噛逢再狂

 何所か、人のいる世界


「まだか、まだなのか」

 月日の流れを感じさせるゴシック調の屋敷に、低く抑制された男の声が響き渡った。威厳に満ち溢れた重厚なその一声には、しかし焦りが滲み出ていた。

「いったい何故だ。あの日から、もう九ヶ月が経っているんだぞ。伯爵も、まだか、と御焦りだぞ。無理もない。伯爵は『化物伯爵』の名で呼ばれているような方なのだ。もし、お前が産めば伯爵は、一生好き勝手に暮らせるだけの財を与えてくださるのだぞ。おまけに、『月夜嬢』と呼ばれ、数え切れない程の男が狙っている一人娘まで下さると言っているのだ」

 ゼエゼエと息をつくと男は再び口を開いた。

「早く産み落とすのだ。私が悪魔と契ったのは何のためだ。産み落とすのだぞ。『金の卵』を」

「分かっております。しかしまだ……

 先程から老人の非難の的となっていたまだ若い妊婦は、か細い声を絞り出しそれだけ答えると、再び口を噤んだ。この闇の中でも判るほど妊婦はやつれていた。しかし、もし血色が良く黒々とした隈さえ消えていれば、王宮での舞踏会では一輪の華となる事、間違い無いだろう。まだ十七,八の妊婦は、それほどの美しさを秘めていた。

「いいか、早く産み落とせ、いいな!」

 それだけ言い残すと老人は、ドスドスと床を踏み鳴らし去って行った。闇に彩られた寝室に、格調高い絵画と妊婦だけを残して。



「やっと生まれそうか!」

 屋敷に老人の歓喜が生まれたのは、それから二日目の夜だった。

「何時だ、何時生まれそうだ?」 

 老人は妊婦に、一昨日の怒声が嘘のように、優しい声を掛けた。しかしその眼は、脚に傷を負った子狐を狙う猟師のそれだった。程無くして屋敷の門を叩く者があった。老人が二山向こうから呼び寄せた、腕利きと評判のその医者は妊婦に軽く触診すると、明日か明後日の夜には卵が生まれ落ちる旨をソワソワと落ち着かない老人に伝えて帰って行った。

「こうしてはいられん。伯爵を御呼びせねば。出産に伯爵も立ち会う事は伝えたであろう? 良いか、しっかり生むのだぞ」

 そうして老人は去って行った。

  


 屋敷に着いた時から、伯爵の顔は笑み一色に彩られていた。普段は他人が触るだけでも罵声を放つ愛用のステッキを、老人の使用人が引っかけた時も、豪快に笑いながら使用人にチップを投げたぐらいだったのだから、老人の抱いている期待が相当の物だと誰もが推し量れた。そして、一日目は何事も無かった。

 


 屋敷に伯爵の妻が訪れた。伯爵の妻も、伯爵程ではないにしろ奇妙な物を好む事で名が知られていた。そしてその夜。出産となった。 

「いいか。伯爵に加えて夫人も御出でになった。しっかりと。しっかりと生むのだぞ。アレを、『金の卵』を」

 何度目か分からない程、そう念押しする老人の横では、伯爵が妻に語りかけていた。

「この方はとある土地の地主だったのだが、同時に錬金術の研究もされていてな。もちろん教会の許す範囲でだが……結局、鉛を金に変える事も、不老不死を得ることも出来無かったらしいんだが、ある時、偶然に悪魔に出会ったそうなんだ。そして悪魔から二つの物を授かったらしい。この『金の卵』を産む女と三種の獣が合わさった化物を。私はその悪魔とやらは見ていない。しかし、化物はしかとこの目で見た。確かにあれは化け物だった。人が針と糸で縫い合わせた獣の死骸の集合体なんかではなかった。もしあれが私のコレクションにあればお前にも見せたのだが、あの無知で愚かな中央協会の偏屈老人どもが、事もあろうに焼き殺して骨すら持って行ってしまったのだ。しかも焼いたのはこの方と私の前でだぞ、信じられるか」

 伯爵の激昂を遮ったのは老人の一声だった。

「私は伯爵という真の理解者を得られたのですから、確かに惜しい事でしたが気持ちの整理はもう済ませましたよ。それにまだこの女が残っています。いよいよのようで御座います、伯爵」

「そうか。いよいよか。『金の卵』。神、いや悪魔がもたらした奇跡が見れるのか。生きている内に、この目で」

「はい、伯爵」

 

 そして…………卵は産み落とされた。

 純白の、ごくごく普通の卵が。

 決して、それは『金の卵』ではなかった。


「い、一体どういうことだ? 君?」

 伯爵は茫然と呟くと、次の瞬間にはまるで悪魔のような目で老人を射抜いた。

「ま、まさか君は、私を騙して?」

「ま、まさか、有り得ない。有り得ないんです、こんな事は。バ、バカな」 

 老人は最早、正気を失ったようにそう呟くと、ふと妊婦だった乙女の腹部へ目をやった。老人の眼にはそこがまだ僅かに膨らんでいるように見えた。次の瞬間、老人は腰に帯びていたナイフを攫むと乙女の腹を横一文字に引き裂いた。乙女は死んだ。

「何をしている! ****! 王国聖騎士団だ! 自らの妻を殺した罪、その命で贖ってもらうぞ!」

 そして、使用人の知らせで駆け付けた騎士の一刀のもとに、老人もまた屍となった。老人は、僅かな抵抗すらしなかった。ただ、焦点の合わない目を宙に向け、乾いた笑いを漏らしながら跪いていた。その姿はまるで、悪魔に魂を取られた者のようだった。


           

 

  

 伯爵が、その外見に似合わない若々しい声で呟いた。

「どうだった。彼は」

 その問いに答えた伯爵夫人の声も、その外見とは大きくかけ離れていた。夫人はどこか妖艶に呟いた。

「少しつまらなかったわ。この前の人は、私達を殺そうとして来たのに」

「ああ、あれには確かに驚いた。しかし、君も『合成獣』を与えたのに『金の卵』は与えなかったなんて人が悪い。それに、適当に作った人の卵を孕ませられてあんな老人のもとに贈られた『模造人間』が可哀想だよ」

「貴方は相変わらず優しいわね。まるで天使みたい」

「何の冗談だい? あんなの僕らの天敵以外の何物でもない」

「ふふ、それにしても、人間が盛んに交尾して排卵しようとする理由が分かった気がするわ」

「まったく。まさか君が宿すなんてね、『金の卵』を。そんなにそれが気に入ったのかい?」

「何言っているの? 子を残そうとするのは『母性』とか言う本能なのよ?」

「それは人間の話だろう? 僕らにはそんな物無い」

「じゃあ、同族……仲間が一人増えると思えば? 貴方も同族は嫌いじゃないでしょ?」

「『金の卵』から生まれるのは悪魔じゃない。」

「え~。凄く楽しみじゃない、子育てなのよ?」

「………………君が楽しみならそれで良いよ」

「ふふ、やっぱり天使みたい。さてと。……………次は誰で、遊ぼうかしら」

 二人の間で静かにそんな会話が交わされた次の瞬間、もうそこに伯爵とその夫人の姿は無かった。

 代わりにその場に立っていたのは、影のような二つの存在だった。

 乙女の姿をした方のソレの腹は、僅かに膨らんでいた。

 そしてソレらは、滲み消えた。

 屋敷に真の静寂が舞い降りた。

     

                                 END



 

 一時間少しでの執筆となったため、誤字脱字有の可能性が大。もし有れば御免なさい。文才の無さについては許してください。

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