16.進級
4月になった。進級の季節だ。今村は高校2年生になった。
「…何か教室に入るの滅茶苦茶久し振りな気が…」
進級したということはクラスが変わるということ。つまり教室も変わる。…となると術を掛け直さなければならなくなったのだ。
ということで今村は約一年振りに学校の本校舎にいた。
(これで学校~家ルートの式神設定は終わりっと。次は授業中のノートを取る…)
「あ…今村!同じクラスなんだ。へぇ~」
何か白々しい感じで誰か来た。今村は少しだけそれの相手をすることにする。
「何か用か小野。」
「べ…別に用はないけど…その…一緒のクラスだから話しかけたのよ…」
「そうか。」
(…そう言えば記憶盗ったっけ?)
ふとそんなことを思い出す。あの時は「ワープホール」が目的で、それを盗ってから最後の方が面倒臭くなってかなり適当にした気がする。
(まぁどうでもいいか。所詮騒いだところで誰にも信用されないだろうし)
「ね…ねぇ。ちょっとあの…今日って午前授業だよね?」
放置することに決めた今村に小野はまだ用があったようで何か言っている。
「…授業あるのか?」
「いや、始業式とホームルームしかないけど…そんなことより!」
「いったいどこの辺りがホームなんだろうかね。」
「ちょっと話が進まないから黙ってて!放課後…じ…時間ある?」
そこで今村は少し考えた。
(…この間貸し一つとか言ったのが不味かったか?何とかご機嫌を取ろうとしてるとか…それとも中学ん時に俺を陥れた…誰だっけ何とかの所に連れて行こうってか?今なら一族郎党ぶっ殺せるが…)
「…一応暇と言えば暇だな。」
結論としてまぁ別にいいかと思った今村はそう答えた。その瞬間小野の表情が輝く。
「じゃあ今日ちょっと寄り道しない!?」
「…どこに?」
「え…帰るまでに決めとくね!」
そして小野は去って行った。
(ふむ。決めてないなら待ち伏せ系統はなさそうだな。…さてそれはそれとして術式掛けとかないとな。)
今村は始業式から式神に代理させることにして教室に一人残って自らに「錯視錯覚」を掛けて周りから見えなくすると好き放題に術を掛けまくった。
「…最悪俺の部屋にある薬で人間が狂いだしたときに回復ポイントとしても使えるようにっと。」
半径3メートル以内の敵意を持った人間から「氣」と体力を奪うように式をプラスしておく。
「あとは…保護フィルムかけてっと…こういう時にローブって凄いなって実感できるんだよな~」
気泡が全く入らないようにフィルムを貼るローブを自画自賛しておく。そんなことをしていると理事長の手先が現れた。
「…何だ?」
「理事長室にお願いします。」
「…わかった。」
「それでは失礼致します。」
手先は音もなく消えたつもりだが何となく呼びつけられたのが気に入らなかった今村に足を引っかけられて転んだ。
「…?失礼します。」
ローブの速さとコントロールの良さの所為で今村が何かしたのかを全く気付かなかった手先は恥ずかしそうに消えていった。
「…さてと、さっさと済ませてしまうか。」
今村は理事長室に向かった。
「…何の御用ですか?」
入ってすぐ理事長の様子を見て何か言い辛いことを言うのだろうなと察した今村はソファに座ることもなく切り出した。
「…先に言っておきますが、私は何度も反対しました。それでも話だけでもと言われたので伝えておきます。今村君。『サーベルライガー』はご存知ですか?」
「勿論。」
名前の通りサーベルタイガーとライオンの特徴を持ったネコ科の地獄の魔獣だ。かなり獰猛な性格をしている上、食欲に底がないため空腹でなくとも獲物を見つければ狩ることが多かったため、地獄の統治者たちに大規模な駆除を行われ現在数をかなり減らしている。
「その保護を来週から…地獄の依頼で行ってほしいのですが…」
「いいですよ。」
恐る恐る申し出る理事長に今村はあっさり承諾した。それには逆に理事長が驚いた。
「えっ!」
「…受けない方がいいなら受けませんけどね。」
「い…いえとんでもない!受けてくれるんですね?」
「まぁ…ちょっと訓練の成果の確認をしに…」
(後、超モフりに。確か生存してるところって「サーベルライガー」を聖獣として見てる部族の抵抗があって生存してたと思うが…まぁいいや。モフろう。モフらないと…うっああ~っ!)
「…どうしたんですか…?」
顔に出ていたようだ。今村は曖昧に笑ってごまかす。
「とりあえず話はこれで終わりですね?」
「はい。…それではお願いします。地獄の門は来週水曜日の9:00から五分だけ開くので…」
「わかりました。じゃあ失礼します。」
今村は理事長室を後にした。
「…ということで来週水曜日に全員で地獄に行くから。準備しておくように。」
「や…やったぁ…これで訓練は終わりですね…」
今村が閉鎖空間に行って理事長室での話をすると強制ギブスをはめた相馬が安堵の声を漏らした。
「は?いや月曜日まで続行するし、保護終ったらまた始めるけど?」
「お…鬼…」
今村が何を馬鹿なことをぬかしおるか…と言った状態で言い返すと相馬が沈没した。そんな相馬をゴミを見る目で見ていたルカ、祓、月美が今村に訊く。
「お師匠様、地獄って暑いですか?寒いですか?」
「行くのは暑い方だ。…まぁ『黒魔の卵殻』使うから服装は特に気にしないでいい。」
ルカはそう言われて服装の事について考え始めた。次に祓が尋ねる。
「滞在期間はどれくらいですか?」
「見つかるまでだろ。因みに俺は手を出さないからな。お前等で見つけろよ?」
そして祓は下がった。最後に月美が尋ねる。
「手を出さないとは支援もなしということですか?」
「…ん~…基本的に無し。これ一応テストだから。…じゃ、はいこれ。」
今村は4人に黒い水晶をローブで渡す。
「テストの採点をやるやつね。…じゃ、とりあえずメニューがまだ終わってないみたいだしまた後で。」
今村は学校に戻った。
「…そろそろホームルーム終了か。『同一化』」
今村は式神の場所にとって代わると同時に式神を一時的に吸収した。それとほぼ時を同じくしてホームルームが終了する。すると小野がやって来た。
「終わったわね!じゃあ行きましょ!」
「へいへい。」
(何か楽しそうだな。良いことでもあったんだろうか…)
とりあえず何かいいことがあったのかと周りを見てみるが3人ほど軽く人間じゃない以外には問題なさそうだった。
「何してるのよ…早く!」
「はいはい。」
今村は大人しく付いて行くことにする。そして着いたのは今村の家から大分離れた所だった。
「…寄り道?」
(迂回路ってレベルじゃないんだが…)
「ここのカフェが私が知ってる中で一番おいしい店なの!」
「…へぇ。教えてくれてありがとよ。」
「そ…それに思い出の…所だし…」
何か言っているのが聞こえたが特に小野と接点がないので訊かないことにしておく。
それはさて置き、今村はケーキセットと言うものを頼んでみる。
「…あ、支払いは俺がもとう。」
(…ガニアンから大量に巻き上げてるけど使い道がない上に最近『ミダス王の腕』作ったから更に無駄になりそうなんだよな~)
因みに「ミダス王の腕」は触れたものを金に変える能力を持つ腕にする為の呪いのブレスレットだ。
「い…いいわよ。この前からずっと助けてもらってるし…」
「まぁ気にするな。貸し一個はちゃんと取ってるし。」
「そ…そう。で…その…何すればいいの?」
「まだ決めてない。」
何故かかなり緊張しているらしい小野。今村は戦争時の俺の姿を見たから怖がってるのかな~位に受け止めている。
「と…ところで今村って…祓ちゃん…だったよね。…彼女と付き合ってるとか…?」
「ない。」
即断した。
「じゃ…じゃあルカちゃん…連れて帰ったみたいだけど…ルカちゃん…」
「ない。」
即答した。
「じゃ…じゃあ今付き合ってる人は…?」
「いない。…何でそんなこと訊くんだ?…あぁ、貸し一つでエロいことでもされると思ってか…?それもない。」
小野は「いない」の時点で喜びの表情を見せるがその後に微妙な表情を見せた。
(まぁ…魅力全否定だからそんな顔もするか。)
適当にしているとケーキセットが来た。今回は何となくミルフィーユにしてみた。
(…あ~でも最近親が結婚は?とか彼女は?とかウザったいしな~…偽装恋人頼んでみようかな。)
命の貸しがあればまぁ受けるだろと思いながらミルフィーユを一口食べる。
「うまっ!」
「!でしょ!」
小野が今村の言葉に驚く。今村はケーキの美味しさに驚いておりそんなことは気にしない。そしてとりあえず店員を呼んだ。
「すみません。ケーキ全種類一つずつ。」
「わかりました…ドライアイスの方は…」
「?ここで食べるんですけど。」
「え!?…か…かしこまりました。」
持ち帰りの時間に合わせてドライアイスの量を確認してくる店員に今村はここで食べることを言うと驚かれた。
「…ここのケーキ結構色んな種類あるわよ…?」
傍で見ていた小野が今村に注意しておく。だが今村はどこ吹く風でケーキを食べ進めていく。
「あぁ別に大丈夫。俺人間じゃないし。」
呆れているのか驚いているのか分からない小野を前に今村はケーキ全種を制覇してクッキーもテイクアウトした。
(…ってか上手いな…アーラムはこういったの苦手だったはずだから料理系は期待できないんだが…一応『呪式照符』)
クッキーを鑑定。すると
美味しいクッキー
ゲネシス・ムンドゥスに飛来した地球という別世界の星から来た人間が作ったクッキー。美味しい。
と出た。それを見て今村はアーラムが何か頑張り始めたな~と思い、いつか地球にも行ってみるかと決めた。




