7.恋愛君一号 中編
「…さて、あの馬鹿起きろや…」
部屋の片づけを終えた今村は折角「恋愛君一号」を作ったというのに出て来ないソードマスター(笑)を待つのもアレになって来たので今村は相馬を起こすことに決めた。
「…面倒くさいな…あ!こんな時に月美か。」
「どうなさいました?」
昨日から雇われたメイドのことを思い出して今村が呼ぼうとすると何処からともなく月美が今村の目の前に現れた。今村が相馬を起こすように頼むと月美は来た時と同じように消えた。
そしてしばらくして今村は気付いて思わず口から言葉を漏らした。
「あ、しくった。祓に行かせれば良かった…ちっ…」
折角強制フラグメーカー「恋愛君一号」を持たせていたのに何て失態をしてしまったのだろうと思うと自然と舌打ちが出る。
だが、一日はまだ長いしいいか。と割り切ることにした。そして月美が帰ってくる。
「起こして参りました。」
「ごくろ。ん~さってっとぉ!これでようやく動かせるな!」
「…何をですか?」
先程の掃除からこの人がやることは一応聞いていないと死にかねないと思った月美は今村に尋ねる。
「ん?ラブコメさせてやろうと思ってね。あいつが心のどこかで想う人物と強制的に心拍数が上がるような事態に遭遇するように世界改変中。」
「…そんなことのために世界を改変するんですか…」
月美は主に聞こえないように言ったつもりだが今村は普通にそれを拾う。
「ん~そこまで酷い改変はしてないよ。ただ確率が少し変わるように仕向けただけ。…例えば道の角でぶつかった時にありえない体勢に転がったり、何故か意図せずとも町でばったり会ったり…後暗い部屋で奇跡並みの偶然が重なって出られなくなったり…まぁ恋愛王道の確率変動。」
そして今村は理事長が仕掛けていたカメラを乗っ取ったシステムを起動させた。
「さて、何が起きるかな?」
「楽しそうですね…」
月美は今村の横顔に呆れが混じった溜息をつく。この主は困った人であるらしい。
「人の恋路は蜜の味ってね。クックック…相馬は聞いてたより単純思考の主人公向きの性格してたしここで育てて異世界で勇者でもやってもらおうかね…それまでに祓の好感度を結構なモノにしておかねば…」
「…本人の了承は?」
「相馬はとった。祓はまだ…ってか『好きになって異世界に行って来い』とか言えるわけねぇだろ。」
祓にも相馬にも動きがないので今村は一時諦めて月美の方を向く。月美は微妙な顔をしていた。
「…何故、祓さんと相馬さんを結ばせようとするのですか?」
その言葉の言外にはどう見ても祓さんはあなたのことを好きだと思いますけど。という意味合いが隠されている。…が、今村は全く気付かない。
「ん?面白いから。」
にっこり笑って答えた。月美が大きく溜息をつきそうになる所に今村は「そして」と付け加えて。
「あいつ死んだことになってるからこの世界にはいられないだろ。あんだけ美人なんだ。人前に出れば嫌でも目立つ。ずっとひっそり生きていくより異世界で大手を振って生きた方がいいだろ。」
(…何かまともなことを考えてるんですね。でもそれならこんな面倒なことをせずにご主人様が一緒に行けば…?)
自身の楽しみだけじゃなかったのか…と少々主のことを見直す月美。今村はそれを見て苦笑いする。
「あー…まぁ俺が行ってもいいんだが…どうせならイケメンのほうがいいかな~って。」
「う…今声に出しました…?」
そうであれば大失態だ。考えていることをそのまま言ってしまうなど惚けているとしか思えない。だが今村は首を振った。
「それくらい見たらわかる。」
(…なら祓さんのはもっとわかるでしょうに…あんなに露骨に好き好きアピールされてるのに…)
昨日来た時から対応する目が違った。…それとも私たちだけにあんな無感情の目を向けるのだろうか…そう思っていると今村は楽しそうだった。
「あ~やっぱり?やっぱり月美もそう思うか?」
「…は?」
気付いていたのだろうか。なら何故こんな悪趣味なことを…というよりナチュラルに心を読まないでほしい。
「やっぱ相馬と俺らに向けられる顔違ったよな~?」
「は?」
この人は何を言っているのだろう。
「うんうん…人前で滅多に感情を出さない割に初対面の相馬には何か意味ありげな顔してたしな。」
いや、あなたさっき自分と接触していたときの祓さんの表情見てましたよね?どう見ても…どう考えても…
「…ってか動かねぇなぁ…引きこもりかよ。相馬は刀見てうっとりしてるし祓は…よくわからない体操してるし。」
…バストアップの…あれ以上大きくなってどうするつもりなんですかね。ふと自分のを見てこれでも平均以上はあるんだけどな…と思いつつ悲しくなって来た。
「な~んかまどろっこしくなって来た。月美。今から迷宮作るからそん中に二人を突っ込んできて。」
「はぁ…?」
「『αモード』…」
訝しむ私の前で主様が絶世の美男子に…はわ…ヤバいですこれ…これこそ相馬さんなんて目じゃないですよ?今すぐ抱かれたいぐらいありますもん。
「よっし…あとちょい…」
はぁあ…汗が輝いて見える…「ばぁんっ!」…ん?祓さん…
「先生!いきなりどうし…って…あれ…?」
「ぐおっ…いきなり突っ込んで…あ、しくっ…」
勢い良く突っ込んできた祓さんに押されるように主様と祓さんは迷宮の中に入っていき、消えていきました。
「…なるほど。暗い中に二人きりで閉じ込められる…と。」
何か馬鹿馬鹿しい茶番を見せられた気分です。…それでは庭の掃除でも始めますか。
月美はモニタールームから出て行った。
「…『αモード』解除。さて祓。言い訳を聞こうか。」
「いきなり部屋に先生の膨大な氣が入って来たので敵襲かと…」
「成程。…今朝、いきなり俺の部屋に入って来た時の教訓はもう忘れたわけだな?」
祓は朝方のことを思い出して顔を赤くした。今村はそれを見て己を恥じているのだろうな。と思い十分説教もしたことだしこれで切り上げることにした。
「…さて、脱出にはここで20分待てばいいからジッとしてようか。」
―――折角ツイスターとか障害物のネットとかで密着させようと思ったのに…―――
祓には今村の心の声が流れてくる。そして一件のあらましを知った。そして思ったのは…
(…もっとこの『恋愛君一号』があれば…先生と…)
怒りよりも「恋愛君一号」の性能についてだった。祓がじっと「恋愛君一号」を見ているのを見て今村が別のことを考え始める。
―――そう言えば…この効果って何か今日全部俺にかかって来てねぇか?朝覆い被さるにしても覆い被さられるにしても…これの効果は心の一部でも好きと思ってる人物との強制フラグメイク…―――
その心の声を聴いて祓の心が高鳴った。気付いて…
―――壊れてるなこれ。直さねぇと―――
くれなかった。祓はがっかりする。
「あー…それ、渡しといてなんだけど…一回返してくれるか?」
今村は頭を掻きながら祓の持っている「恋愛君一号」を指さす。
「…今日は持っていろと言われたので明日返しますね。」
だが、これの効果について知っている祓が簡単に返すわけがない。今村はかなり乱雑に頭を掻いた。
「いや…ん~…それ持ってると色々困ったことが起きるぞ?」
―――主に俺との接触とか。…多分製造者優先とかだろうな…呪いの一部が入ってんだろ…完全に削除したつもりだったんだがなぁ…祓が俺のことを好きなわけねぇし…そうだろうな~―――
「望むところです。」
(主に接触とか接触とか。基本気に掛けてくれないんですから偶にはいいじゃないですか…)
「望むところってなぁ…」
―――あ~説得メンドイ。実力行使で行くかぁ…ほい『飛髪操衣』―――
その直後赤い光がこの場を包み警報機が鳴って今村は思い出した。
―――あ、自分で作った罠に引っ掛かった。やばっ―――
直後、今村と祓は網を投げられて密着することになる。互いに吐息がかかる距離で見つめあう二人。
「…ほら見ろ。早速困ったことになった。」
―――俺の所為だけどな。氣に反応する罠付けてたの何故か忘れてた。さっき作ったのに…何でだ?『呪と…っとぉ危ねぇ…刀抜いたらもっと大変なことになるんだったぁ…―――
相馬対策の罠が今村に引っ掛かる。祓はドキドキしながらも無表情でかなり楽しんでいた。
(…こんなに近くに先生がいるの初めて…今触られてる…んぅ…私先生に触られて嬉しいけど…それって変な子なのかな…?)
祓がそんなことを考えていると今村がキレた。
「あー!もういいや!『αモード』!」
網を切り裂く、すると次なる罠が…
「おっらぁっ!『呪死烈破』ぁ!」
破壊された。そして迫り来る罠を全部破壊し終えた今村は安心して「ワープホール」を使って迷宮から出た。
(…イジワル…)
若干精神年齢が幼くなった祓を連れて。
ここまでありがとうございました!
 




