蛇の後ろ足
「よっしゃ抜けたぁっ! このまま入るぞ!」
逃走成功を確信した今村はライアーと共に自世界からかなり遠方に飛んでおり、ここ最近の中で最高クラスのテンションでそう叫んだ。しかしライアーの返事はない。
(痛い……っぐ、この俺にここまで……)
彼は自身に掛けられた呪いの影響で酷い頭痛に苛まれていたのだ。しかし、表面上だけ笑ってその痛みすら嘘に変えることで今村について行く。
「それで? どこに入るのかな?」
「うん? ちょっとした知り合いのところにね……あぁ、そこに入る前に俺のことは前世の通名である相川に戻しておいてくれ。相手がちょっと面倒だから。」
「……別にいいけど、その知り合いって?」
今村、もとい相川は愉快そうに笑ってライアーに告げる。
「【全知】、この世の全ての知識を司り『アカシックレコード』の所有者である【聖賢王女】、原神に単体で逆らうことが出来る七賢神の筆頭様のところだよ」
「あっ、口では嫌がっておきながらまた増やすんですね。流石……目指せ天美神12柱制覇ですか?」
「何でもかんでも知り合いが俺に惚れてると思うな。タダの知り合いに決まってんだろ。殺すぞ? あいつは俺のこと普通に正しく嫌ってるよ。腐れ縁の悪友みたいなもんだ」
(……学習能力ないのかな? それとも、周囲のイカレっぷりに麻痺してるのか……まぁ、愉し気だから別にいいけど……)
『アカシックレコード』へのパスをくれと言った時も「嫌」の一言で片付けられ、逆に誰かからパスを貰わない限り侵入できないようにセキュリティを強固にされたことを引き合いに出し、心外だと言わんばかりに移動を続ける相川にライアーはもう何も言わずに意味深な笑みを浮かべながら彼について移動をするのだった。
そして着いたのは原神たちが元々住んでいた場所や相川が現在住んでいる場所から考えるとかなり質素な一軒家だった。その入り口の中に入るとまずは外界と室内を分断する一室に入る。
「……? 妙だな。いつもなら来ることも【全知】で相手にバレてるからすぐに……お? 何か書置きが……滅世以下に魅了される男子禁制? ……あぁそうか。ライアー」
「はいはい。『俺は男で女好き』」
自らの発言を嘘にするために世界の辻褄を合わせて自身の情報を上書きするライアー。小柄で割と可愛らしい少女になった彼はこれでいいかと相川を見上げて視線で告げる。それとほぼ同時に扉が開いた。
「……先にライアーだけ、入りなさい」
扉の向こうから現れたのは眼鏡をかけ、知性に満ち溢れた冷たい美貌を窺わせる薄空色の道衣を着た絶世の美女だった。彼女は相川に一瞥をくれると先に少女と化したライアーだけ室内に入るように告げて部屋の中に戻ってしまう。
「お?」
「行ってらー」
疑問に思いつつ、自分と二人きりになるのに抵抗を示さないとは本当に相川の言う通りなのかと考えるライアーと気楽に待機する相川。一先ず言われた通りにするかとライアーだけが室内に入ると……何となく寒気がした。
しかし、虚偽者であるライアーは飄々とした態度を崩さない。彼女と化している彼は明るいテンションでこちらを一切見ようともしない【聖賢王女】に声をかけた。
「やーやー、初めまして「挨拶は不要。薄っぺらい会話も不要。用件だけ言うから黙りなさい」……oh」
挨拶を遮られ、真っ当な正の神々の反応を見せられたことでライアーの嗜虐心が燃える。しかし、彼女がこちらに向けて見せた紙切れ一枚によってライアーの顔は蒼くなり沈黙してしまう。
(やっばい……これ、いや、不味いっしょ……)
そこに記されていたのは虚偽者、嘘の塊であるライアーの真実。ともに世界を滅ぼした相川しか知らないはずの彼の正体だった。この真実を知っている者だけが全ての事象を嘘に出来るライアーに本当に危害を与えられるという資格のようなものだ。
これで彼女の【全知】が本物であり、自身では到底及ばない存在であることをライアーは理解する。
「……【全知】に対応できるのは【例外】のみ。嘘を重ねても真実さえ知っておけば相手にならない。まずはそれを理解して私の話を聞くこと。」
「チッ……何が目的、だ……」
相手の不気味さに思わず視線をそらしながら悪態をついてしまうライアーだが、その逸らした先に飾られていた写真と思わしきモノを見て絶句してしまう。
そこにあったのは、相川と誰かの写真だ。例外者として自身の写真を全て滅ぼそうとする相川の写真があること自体は彼のおかれている立場からしてそこまで不思議ではない。ただ、その状態がライアーの思考を止めた。
(……禁忌、最悪の術式が、ふんだんに……何だこれ。何だこれ! ヒェッ……)
思わず、彼が相川と出会う前の素の状態に戻ってしまうライアー。【全知】たる彼女は今、何が起きているのかについても既に知っていたらしくそのことを織り込み済みの会話をしてくる。
「……今あなたが見たこと、彼の目は自身に深刻な害のある物を自動で排除する能力があるため彼の隣にある物をそのまま見るはずですから……黙っておきなさい。」
【聖賢王女】の言葉にライアーは無言で頷く。彼の視線は相川と、その隣が念入りに、執拗なまでに漆黒に塗り潰された写真に釘付けだったが、【聖賢王女】が動くことで否が応でもそちらを見てしまう。
「それから……邪魔をしないこと。邪魔をすれば……【全知】の能力で、あなたが最も嫌がることを全てやってあげるから。まずは、あなたの名前と正体の公表から……」
「な、何が目的なんだあんた……」
「知れたこと……彼と私の戦いなのだから、あなたはこれまで通りに横で傍観者を気取って黙ってなさい。そろそろ、彼が勝手に入ってくるから以上よ」
【例外者】の行動すら読んでみせるのか。驚愕するライアーだが、扉が勝手に動くと【聖賢王女】の言う通り、相川が勝手に入って来た。
「おやおや、お熱いことで……【全知】に止められなかったから入ってくるのも既知と見做して入って来たぞ?」
「構わないよ。掛けるといい」
(怖ぇー! さっきまでの威圧感がないよ! 同一神物!?)
冷たい美貌から想定されるこちらを射竦める眼光から一転して、春の木漏れ日の如き柔和な笑みを相川に見せる【聖賢王女】。そんな彼女を前にして相川はまず部屋を一望すると苦笑していた。
「……随分いい趣味してんな」
「毎日楽しいよ。君が知らない女に気を遣ってるなんてねぇ……」
「はっ……精々馬鹿にして笑えばいい。で、もう面倒だし時間ないことはそっちにもわかってるだろうから本題いいか?」
(相川逃げてー! この女の発言の意図をお前は超間違って解釈してるから!)
内心で思うだけで言われた通り沈黙しておくライアー。目の前の二人は【全知】前提の下で会話を進めている。
「逃げるために手を貸せと言いに来たんだろう?」
「その通り。もう恥も外聞もないね。報酬はきっちり払うから依頼しに来た。」
「ふむ……報酬と言われてもねぇ……君も理解してるだろう?」
「あぁ、【全知】で欲しいものを得る術も知ることが出来るのは分かってる。何でも出来ることもな。それでも通して話を聞いているってことは、依頼を聞くことが出来る何かがあるってことだろ?」
互いに笑みを崩さずに話し続ける両者。この場で苦しんでいるのはライアーだけだ。だが、彼は嘘つきなので笑みを崩さない。みんな笑顔だ。
「……概ね、その通りだね。今の私じゃ手に入れられないものがあるんだ。依頼達成の暁にはそれをいただこうじゃないか。」
「安請け合いは難しいが……まぁ、奴らを追い出すことさえできれば【虚数大帝】の能力が使えて、それさえあれば大体何とでも出来るしな……そこまで見込んでの話か?」
「まぁ、上手く行けばの話だから今の時点でたらればを語り過ぎるのはよくないがそんな感じさ。ただしこちらも相応の覚悟を背負ってやるんだ。依頼終了後には君の全身全霊を以て私の依頼を果たすこと。いいね?」
「……内容が気になるところだが? 何だ?」
確約するのに少し難色を示す相川。しかし彼も自分がやることに失敗した場合のことを考えて何をやるか詳しく言わないことが多いため微妙に納得の方向に傾いている。そんな内心の動きすら【全知】で予め把握していた【聖賢王女】の弁舌は相川の思考に違和感を覚えさせることなく契約成立に向けて動く。
「……まぁその内容じゃ確約は出来ないな……何で中身を言わない?」
「はぁ……君の依頼をそのまま彼女たちに告げ口してもいいんだよ? 出来る範囲でもいいと言ってるのに契約できないなら諦めて彼女たちと一生過ごせばいいさ。私の能力によると1月後に待望の初夜をあの幼馴染の子と過ごしそうだが? 因みに一発で的中。その後は君たち流に言うなら毎日がeverydayと言ったところか」
【聖賢王女】の言葉に相川は非常に嫌そうな顔をする。露骨にありえそうな未来が幻視されたのだ。
「ぅ、瑠璃かよ……また嫌にリアリティがあるところを……いや、お前が言うなら事実なんだろうけど、あいつに関してはお前にも責任があるだろ……」
「さぁ条件は提示した。大仕事になる上、私がこの家から出て長い時間拘束を受けて原神、旧神、そして君たちが変に生んだ新神相手に面倒ごとを処理しに行くというのに君は出来る範囲という文言を足しても私に協力できないというなら、話はここまでだ。」
話は終わりと【聖賢王女】は言葉を区切る。そもそも論、封印状態な上に、逃げ出してここに来るのが精いっぱいだった相川に対して準備万端の【全知】の能力を持っている相手は分が悪い。また、相川も思考するタイプであり、ここで切ったということは彼女の能力の【全知】ではこの条件で相手が飲み込むと判断したということだという判断が頭を過る。
(……まぁどの道終わったら消えるし、契約してもそこまで問題ないと言えば問題ないんだが……)
「あぁ、言い忘れていたがライアーには特定神物による呪いが付与されているから決めるなら後1分と言ったところかな。」
「チッ……これ以上は無理か。この条件で頼む。」
「そう来なくっちゃ。」
(あぁ……相川、いや今村終了のお知らせ……まぁ全部そいつの言う通りなのが質悪いよなぁ……いや、それすら【全知】で織り込み済みか。今村ぁ……今までで一番厄介な相手を引き込もうとしてるぞお前……)
例えば【聖賢王女】に僅かでも相川を騙そうとする意思があれば相川はすぐに企みを看破しただろう。悪意や害意があっても同じことだ。だが、彼女はそうではなかった。
「さて……まずは潜入から始めるとするかな。尤も、これは簡単なんだけどね。君が私のことを愛してると嘘を吐けばいい。明らかな嘘でも彼女たちに否定することは出来ないからね。」
「…………ふぅ、俺も気持ち悪さが増したもんだ。この1年の間に歯の浮く台詞を言わされ続けたせいである程度は普通に言えるようになったしな……言いたくはないけど。」
「…………………………そうかい。まぁいい。迎えが来るからそれに合わせて行こうじゃないか……」
【聖賢王女】シキは嘘でも自分が最初に愛されていると言われる予定だったのがいつの間にか狂っていたことを知り内心でのみ歯噛みする。だが、【全知】たる彼女は相川……彼女が今村と改名させた彼に分からないように笑った。
(この程度のズレ、私が耐え忍んだ期間に比べれば……)
彼女の予定では、相川を篭絡するのにかかる時間は数百年だった。それが相川の想定外の行動によって数億、数兆と膨らみ、彼が相川を止めて今村になっても伸びた結果、今では段階が増え、数十兆にまで伸びている。
(本ッ当に心を無くした捻くれ朴念仁め……長かったよ、本ッ当に。でも、これでようやく第一局は私の勝ちで終わる……! フフフッ! 後二局。これからは近くにいられるという余裕があるから気を緩めなければ問題ないはず……)
彼がまさかの死を迎えて茫然自失となる中で普通に現れ、【聖賢王女】ではなく、彼の一知神であるシキとして新たな名前を要求された際、彼女が提示した名の由来を思い出し、長かった年月を偲ぶ。
朴念仁から心を無くして少し捻って生まれた新たな彼の名前。東洋の姓名占いにおいて彼の結婚運で大吉になるように個人的な願望を少しだけ入れつつ他の大いなる神々に気付かれないようにしたその名前。
「さて、仁。愛人らしく行こうか」
それが今、気軽に呼ぶことが出来る間柄になった。契約とはいえ、彼に最も近く居続けることが出来るこの場。もう誰にも譲らない。例え、目の前に急に現れた【運命神】が相手だとしてもだ。
(……複雑にしてくれた原因が来ましたか……!)
「お迎えに来ましたよ旦那様……と、そちらは愛人衆に出馬希望の方ですか?」
「いや、俺が独自に引き入れると決めた相手だ。」
「……では特別枠での推薦出馬ということで。」
「……うん?」
敵愾心を出しながら見ていた【運命神】ラーラと今村の会話に首を傾げる【聖賢王女】シキ。相川の周辺まで含めて見ると嫉妬で感情を抑えるのが面倒になること、また、相手が多すぎて万が一の可能性を考えると多大な能力が必要になって肝心な相川を補足することが難しくなることが【全知】で分かっていたため、彼女の計画に関係なかったところをを見ていなかったツケが来たようだ。
「……どういうことかな? 問題となるのは10柱だと聞いたんだけど?」
「問題は閣僚クラスの中でもトップクラスに面倒なそいつらだ。お前にはそれと同格の元老院を今から俺が勝手に作って入ってもらうつもりだが、まぁ……」
言葉を濁す今村に引き続いてラーラが表面上はにこやかに。ただ、内心ではかかって来いという挑発的な笑みでシキに告げる。
「永世貴族として最上級、並びに上級神の313名。そして一般愛人として任期3年の愛人衆が451名。貴女が入るのはその中です。精々、頑張ってください。あぁ、補佐党に入るのでしたら歓迎いたします。貴女の頭脳でしたら旦那様を十分に補佐できると思うので。」
「…………へぇ、上等だね……」
「安心しろ。何だかんだ言っても俺が捻じ込むから何とでもなる。」
(……いやぁ、死にそう。今村グッバイ。被害に巻き込まれないよう、俺は影ながら応援するぜ! もう二度と脱走の手引きはしないからな!)
逃げ場を作ろうとして更に退路を埋めた今村は友神にすら引かれながら更に泥沼となる日々を歩んでいくことになる。
以上です。ありがとうございました。
よろしければ明日以降より更新予定の『例外者の難行』をよろしくお願いします……




