【暴食現象】
「……ところでフィトさんは入って来てからずっと寝てますが……何をしに来たんですかね?用がないなら帰っていただけませんか?」
「え~?今~どこ~?」
今村以外の誰かが何をしても基本的に目を覚まさずに退かすくらいのことしかしなかったフィトだが、今村から話題を振られた瞬間に目を覚まして周囲のことを覗う。
「……3層目に向かうところです。」
「も~着く~?」
「いえ、まだですが……」
「じゃ~い~や~」
再び眠りに就いたフィトを何とも言えない目で見た後、クロノは周囲を見て今村に告げる。
「……そう言えば結構減ったね?」
「そだね。私とー、チビおっぱいとー、ネボスケちゃんとー、お肉さ……シュティちゃんとー、変態とー、ぼっち……フォンさんとー、オロオロとー……ヤンデレだけになったね!」
「……酷い呼び名……」
フォンやシュティの時に睨まれて訂正を入れる安善に何とも言えない顔でそう答えるクロノ。大体は不満を持つが、マキアだけは褒め言葉と受け取って頷きつつヴァルゴが連れて行かれたことを考えていた。
「……やはり、先生は巨乳好き……胸が大きくて良かった~!でも、あの先生はヴァルゴちゃんの大平原がお好きとなると……む~……悩みどころですね……」
「……私たちは大きさはあまり気にしてませんがね……あれは分類分けした結果あの私が気に入らなかっただけで……」
だが、マキアは聞いていない。
「いや待てよ?大平原じゃなくて、幼い肢体が好きと言う可能性が……未成熟なあのミニボディに≪自主規制≫な≪自主規制≫をして、鞭でおまぎゃっ!」
「うるさかったから黙らせたよ!偉い!?」
止まらなかったマキアを沈めて俵のように担いで安善は今村にキラキラとした目でそう尋ねる。取り敢えず今村は頷いておいた。
「えぇ……まぁ……」
「やったぁ!褒められた!撫でてくれるの!?」
「いいですが……」
「きゅーん……」
本当に嬉しそうに自分から頭を擦り付けて目を細めながら撫でられる安善を見て羨ましそうにクロノも次マキアを沈めるのは自分だ……と無駄なマキアの被害が確定したが、それはともかく次の場所に着いた。
「さて、そろそろ3層ですが……ここには愛情の私がいます。皆さまにとって最も好ましいと思われる相手ですが、忠告をさせていただきます。私たちは、消えることを前提として動いていますので、あまり深く信じすぎないようにお願いしておきますよ。あなた方にはここから出て帰る場所があるのですから。」
その言葉は一同の胸に重石を乗せたような言葉だった。目つきが細くなったり若干の苛立ちを見せる者もいるが、外に出されては本懐を遂げられないので一応はその言葉を気にしないかのようにして、一行は不透明なガラスのような扉の中へと入って行った。
「……読み終わった。っと。さて、死ぬか。」
「いやいやいやいや。待ってよ。」
「ん?何だ?あぁ、安心しろ……何か思いの外出てくるのが遅いけど入った奴らは吐き出すから。」
「そういう問題じゃなくてさ、そう言えば子どもたちと一緒に飲むとか言ってたのはどうしたのさ?」
「あぁ、一応行ったから満足。」
読書を終えた今村がほぼノータイムで消滅に掛かり出したのを見てアズマはすぐさま止めに入る。
「えーと、あ。そうだ。何か、孫が……」
「おぉ、お前にとっての甥っ子な。まだ小さいが……まぁ、見た感じ将来有望だったよ。美形になるんじゃないか?俺が消えた後、よろしくな~」
「あぁもう……消える消えるってしつこいな……そう言えば何で消えるのさ?」
「色々。まぁ、気にすんな。誰しもいつかは消えるもんだ。事故にでも遭って死んだと思え。じゃ……」
「あぁもう!この手はあんまり使いたくなかったんだけど……!」
アズマはそう言って今村の目の前から消えた。
「?別にそんなスプラッターに死ぬわけじゃないんだがね。まぁいいや。消えますか。「させません。」」
突如迫りくる剣に今村は反射的に反撃を入れた。
「……?百合か。まぁ俺を殺したいのは分からんでもないが……放っておけば勝手に消えるから殺すまでもないよ?」
「嫌です。死なせません。」
「……まいっか。」
無視して消えることにした今村。だが、百合はそれを許さない。
「何?何か用があんの?」
「生きてください。」
「嫌だ。……消滅の術式って何気に組むの面倒なんだよね。それこそ、俺みたいな結構デカい存在値を持つ化物とかを消す時は……何回も壊されるとイライラするんだけど?」
「こっちは、イライラどころじゃないよ?」
華凜も現れた。その姿はいつもと異なる戦装束だ。
「私たちの気持ちも知らないで……!」
「子の心、親知らず。親の心、子知らず。まぁそれでいいじゃん。そんなことより華凜、何か強くなってね?……力の操作……あぁ、他の子どもたちの能力を集めたのか……んー……跡継ぎ、こっちでもよかったかもなぁ……」
「親の心、子知らず……?そんなこと……?」
「言葉に惑わされてはダメですよ、華凜さん?」
怒りに身を震わせる華凜を百合は柔らかな口調で窘めて喋っている間に組んでいた今村の消滅術式をかき消した。
「ありゃ。」
「お父様を相手にする時は、常に警戒していないと……感情は、出来る限り排除してください。私の能力で、何とかしてあげたいんですが……」
「ほぉ、精神のエントロピーまで操作できるようになったのか。」
「そんな、暇は、ないのでっ!」
「……ま、そうだねぇ……」
百合と華凜の攻撃に対して今村は特に避けることもせずに首を傾げる。
「まぁ……あ、思ったより痛い。次からは避けるか。……で、まぁ最期の稽古にでもしてやるか。おら、来い。」
「最後になんか……させないっ!」
今村は薄く笑うと刀を仕舞い、徒手空拳で華凜と百合を迎え撃った。
「マジかよ……これでもダメならもう……」
今村の規格外さを見せつけられたアズマは非常に苦々しい顔で項垂れる。
―――……駄目のようですね。あの二人を相手に、あそこまで余裕を保たれるとなると……報告します。―――
突如として聞こえた念話にアズマは勢いよく顔を上げて反論する。
「お、オルディニさん……ま、待ってくれない?」
―――待つことで現状が良くなるとは思えないので原神様方に報告させていただきます。―――
だが、通話相手は冷たい声でそう言ってアズマの提案を斬り捨てた。
「やっぱり、ダメだよ……父さんの為だけに、皆が死ぬなんて……」
―――死んだように生きるくらいなら、マシです。では。【暴食現象】の封印地点へ移動してください。……あなたがいなくても、私たちは封印を解きます。皆さんの思いを無駄にしないでくださいね?―――
念話は一方的に切られた。アズマは力なく、それでいてスピーディに移動を開始した。
【暴食現象】。それは過去、力の最盛期を迎えていた原神たち6柱掛かり、更に旧神の武装勢力総出で封印までしかできなかった最悪の現象だ。
「……あぁ、もう……どうして、僕はこんなに無力なんだよ……!」
アズマは世界の壁を殴り壊してその封印箇所に転移した。




