4.デジャヴ
「そういや華凜。今日なんか編入生が来るらしいぞ。」
「……どうでもいいんだけど、何て答えてほしいの?」
同じクラスになったアズマと華凜は周囲から遠巻きにされつつ話をしていた。と言っても、アズマが華凜に話題を提供し続けているだけだが。
「この時期に不自然だなとでも言ってくれればいいのに。華凜って冷た過ぎだよね……?」
「どうでもいいことに何て返せばいいのよ……そろそろ学校始まるから前向いたらどう?」
そう言われればそんな時間なのでアズマも前を向いて先生の到着を待つ。その日は雨で、校庭は雨に打たれて落ちた桜の花びらが散っていた。
「何で入学して4日目なんだろうな……欠席者とかいうわけじゃないし、本当に編入生だよね……」
「そんな事より早く帰りたい……大体なんで、編入生の紹介を帰りのHRで……こういうのは朝やるべきでしょ……」
早く家に帰りたい華凜は担任が到着して編入生の紹介の前座を行う中でアズマと誰にも聞こえない声量でそう話しつつ担任の話を聞き流し、本を閉じて帰る準備を進めた。
「えーね。では、ね。私からはね。これでね。ね。以上になるから、ね。少しだけ待っていて、ね。お願いしますよ。ね。」
やたら「ね」と言ってくる担任はそう言って決められたホームルームの時間より早くに出て行った。
「勝手に帰っていいかしら……アズマ、身代わりに何か作ってくれない?まぁ自分でも気づかれずに帰れる自信はあるけど……面倒なのよ。」
「すぐ終わるだろうから待ってなよ。」
アズマが華凜をそう宥めて転校生を待っていると教室の前の扉が開き、中に男が二人入ってくる。それと同時に期待していた同級生たちが落ち着いた。
だが、アズマの方は首を傾げる。
(あの人……理事長じゃ……?……何だあの転校生……もしかして裏口入学でもしたのかな?……って、え。これってもしかして……)
アズマは二人の内、年配の男を見て理事長だと思ったが、同級生たちの視線は既に目の前の二人に興味はなく、今日出された課題などを進めている者や放課後のことに思いを馳せている者が大勢だ。
それもそうだろう。転入生は黒く、闇を束ねたかのような黒髪に死んだ魚よりも黒い漆黒の目以外はどこにでもいそうな青年なのだ。
しかし、アズマの関心はそんなところではない。後ろの華凜に確認を撮ろうかどうか考えていると理事長が口を開いた。
「さて、皆さん。覚えているでしょうか?私はこの学園の理事長、海川 栄一郎です。」
(若い……二十半ばにしか見えないけど相当な実力者だよね……何でそんな人が高々一人の編入生の為に……やっぱり、僕の考えてる通りの……?)
アズマがそう考えていると編入生の目が後ろで華凜と合い、何かに気付いた華凜が大声を上げようとして何者かにそれを無理矢理封じられているのを感知してアズマは察した。
だが、一応黙っておく。そうすると理事長は続けていた。
「ここにいる子は少し事情がある子で、編入期間も短いですが、皆さんどうぞ仲良くしてくださいね?」
(うわ、要らない介入だ……もし僕の想像通りだったらその一言ヤバいよ。)
アズマが一々突っ込む中、話は進行していく。
「それでは尾藤君、自己紹介を。」
理事長がそう言うと黒髪の青年は一歩前に出て口を開いた。
「……尾藤……はぁ。仁。生まれも育ちもこの自治区で13歳。趣味は読書と傍観。よろしくお願いしますよ。」
「……賢志とするのでは……?」
「バレたからもういい。面倒だし。」
理事長と尾藤の会話でアズマは確信した。
(うん。これやっぱり父さんじゃん。)
「さて、まだ学校が始まって間もないから尾藤君は短期編入生とはいえ出席番号順に従って大川君の後ろ、小田倉君の前の席に行ってもらう。席を動かしてくれるかな?」
ここで嫌という人はいない。すぐにそれに従って席が動かされてイスと机を術で持った尾藤はそこに移動して来た。小田倉は華凜の隣から動かされたことを残念がるが、どこか安堵した風にも見える。
「では、今日はここまでですので解散してください。」
華凜の隣に編入生が来たことを妬む視線はある物のそれ以上の関心を惹かずにHRは終わりを告げた。
しばらくして誰もいなくなるのを待ち尾藤は微妙な顔をしてアズマと華凜を見つつ結界を張った。
「……何で分かった?」
「え、何でって……まんまじゃん……逆になんでバレないと思ったの……?」
「髪の色も変えて来たのに……」
「……?いつも通り黒いですけど……?」
「茶色にしたんだけど?……もしかしたら『錯視錯覚』……あぁ、それか。」
(要素の貸し出しが認識阻害に対してちょっと問題をきたしてるんだな。同室の存在に対する保護術式も入れてたわ。そういや。)
勝手に納得する今村だが、子どもたちはそうはいかない。
「何で学校に来たの?しかも、よりによって何で同級生!?」
「いや、白百合学園に対する監査を入れたんだが、その比較対象に地域性と学力的考慮を入れてこの学校にも監査を入れることにした。」
「でもそれでわざわざトップの人が来る必要ある!?」
「アズマ五月蠅い。……お父様、監査が目的とはいえ編入生として学校に来たからには同級生として扱わせていただきますが、よろしいですか?」
「あぁ、勿論。」
誰にも見えないくらいもの凄く小さく、そして素早く小さなガッツポーズをとる華凜に対してアズマはまさに空いた口が塞がらない。
「……いや、もう……俺だけ……?この状態を変だと思うの……」
「いや、それが普通だから大丈夫。華凜は変。」
「……後でお話があります。お部屋に来てください。」
アズマの苦笑と今村の微妙な顔、そして澄まし顔の華凜はしばしの沈黙で見合い、今村が口を開く。
「因みに今回の件は内緒な。お前らが黙ってれば多分大丈夫だし。」
「……その自信はどこから来んの……?」
「ん?基本的に俺のことを目の仇にしてる奴以外は誰も俺に興味ないと言う事実に基づく自信。」
今村の返事には乾いた笑いしか起きない。華凜などは冗談としか思っていないので次の言葉を黙って待つだけだ。
「……まぁ最近はその自信の根拠が若干揺らいではいるが……それでも、大丈夫だと思う。」
「若干……?」
「アズ兄ぃ、華凜姉ぇ、何してるの……」
アズマが今村の発言を疑問視していると一緒に帰るはずだったのに遅いアズマと華凜のことを心配して優也がやって来て、尾藤を見て完全に停止した。
「優也どうし……父上!?」
「……おぉ~パパ、制服似合うね~」
優也に遅れること少し、龍一とザギニが現れて驚愕し、ザギニは今村を見て拍手した。
「……バレるのか……チッ……」
「どーしたんスか?」
迎えに行って、いつもであればすぐに戻ってくるはずの子どもたちが戻ってこなかったのでキバまで現れた。彼は今村を見るが首を傾げるだけだ。
「……おっと、まだ生徒が……彼が、どうかしたんスか?」
「え、気付かないの……?」
「キバさん、お父様の秘書なのに……?」
一向に気付かないキバに子どもたちは驚くが、今村は胸を張り、キバ以外に見えないように念話する。
―――これが普通だ。で、内緒な?―――
自分の術式に満足したらしい今村はそう言い残していつもとは違う面倒な手順の転移方陣をわざわざ描いて予定された場所へ飛び、そしてそこで自宅へと飛んで行った。




